交差する思考──建築・小説・映画・写真
『中山英之|1/1000000000』刊行記念トーク

中山英之(建築家)+柴崎友香(小説家)+長島明夫(編集者)

長島明夫──みなさんこんばんは。編集者の長島と申します。今日は3月にLIXIL出版から刊行された『中山英之|1/1000000000』という本の刊行記念イベントになるわけですが、僕はこの本の編集を担当したわけではありません。それなのになぜこの場にいるかと言うと、僕は『建築と日常』という個人雑誌を発行していまして、6年ぐらい前、その別冊として『窓の観察』という小さな作品集をつくりました。

fig.1──『窓の観察』[『建築と日常』別冊](2012)

最初にqpさんという人が撮った窓の写真が載っていますが(「窓32」)、ここで中山さんに窓に関する絵本みたいなものをつくっていただき(「窓のあっちとこっち」)、柴崎さんにも窓をテーマにした短編小説を書いていただきました(「見えない」)。過去にそういうご縁があり、それを中山さんが今回の本の刊行を機に思い出してくださって、久しぶりに再会しようというのがこの場です。ではまずは中山さんに、新刊の紹介をしていただくのがいいでしょうか。

fig.2──『中山英之|1/1000000000』(LIXIL出版、2018)

映画の思考──濱口竜介監督の話

中山英之──こんばんは。今日はおしゃべりのきっかけにと思って、15分くらいのスライドを準備してきました。必ずしも本の内容と重なるものではないのですが、じつは僕のなかで大切にしたい偶然もありまして。

僕の仕事は建築ですが、小説や映画、あるいは演劇を読んだり観たりするときに、つくり手がそれをどのように組み立てていったのか、構造のようなものを見つけようとしてしまうところがあります。そうしたせいか、異分野の方との対談にときどき呼んでいただいたりもするのですが、もうだいぶ前に濱口竜介さんという映画監督とお話をしたことがありました。濱口さんは大学院を出て、まだ小さな作品をいくつか撮ったばかりの頃でしたが、そこから駆け上がっていって、今年はなんとカンヌに行かれたんですよね。是枝裕和さんが非常に大きな賞をお取りになりましたが、それに匹敵するような喝采をもって、新しい作家のデビューが報じられたとネットで読んで、一人遠くで胸を熱くしていました。そのカンヌに出品されたのが『寝ても覚めても』(2018)という作品で、原作である小説を書かれたのがここにいらっしゃる柴崎さんであると。そんな偶然があったので、今日はその濱口さんのことから、小さなお話をしてみたいと思って準備してきました。

濱口さんは私と大学が一緒で、東京藝大の映画学科のご出身です。僕は今その藝大で教員をしていますが、主に学部1年生向けに「建築概論」という授業を受け持っています。建築を学び始めたばかりの人たちに建築のなんたるかを概ね述べる、という十数回の座学なのですが、そのなかで濱口さんの大学院の修了制作である『PASSION』(2008)という作品の一部をみんなで観る、ということをやっています。ここで観始めると20分くらいかかってしまうので、今日はさらに抜粋していくつかキャプチャ画像を持ってきました。学生の修了制作なので、おそらくすごく低予算で、制作期間も限られている。一般の商業映画とはぜんぜん違うスケールでできています。濱口さんは「バスを借りて撮影したシーンが一番の贅沢だった」と確かおっしゃっていましたが、ほとんどのシーンがマンションの一室だとか、知り合いに借りられるような場所で撮影されている。ただ、そういう制約のなかでつくられているので、かえって監督がどうやってこの映画を組み立てていったのかを推理する題材として、すごくいいんです。

みんなで見るのは、学生時代に仲がよかった数人の若者たちが、そのなかのメンバーの結婚をきっかけに久しぶりに再会する、それでその日の夜、事情があって来られなかった仲間のマンションに飲み直しに行くというような、誰にでも経験のありそうなシーンです。すこし広めのマンションに一人暮らしという設定。監督はその部屋を駆使していろいろな出来事を起こすのですが、なんてことないように見えて、これがすごく建築の授業向きなんです。

fig.3──濱口竜介監督『PASSION』より ©東京藝術大学大学院映像研究科

部屋には4、5人の男女がいます。彼らのなかには昔付き合っていたとか、現在はまた別のカップルが成立しているとか、あるいはこの人はこの人をあまりよく思っていないとか、背後になかなか複雑な人間関係を抱えていたりするのですが、最初は表面上和やかにみんなで乾杯なんてしているわけです。ここから監督は、彼らを鮮やかにシャッフルしていく。あるのはリビングとキッチン、ベランダ、それからマンションの外の世界。ついでに、死んだ猫の仏壇というこの世の外まで用意されています。この複数の場所には当然、それぞれに色温度の異なる照明がある。キッチンらしい蛍光灯とか、青暗い夜の街明かりとか、乾杯しているローテーブルにはちゃんと暖色系の電球が配置されています。音も大切です。ベランダサッシの開け立てで、夜の街音が部屋のなかに入ってきたり、またシンと静まり返ったりする。マンションという存在を、監督はそういう異なる質を持った場の集合として見ているわけです。

さあ、場面は揃いました。問題は彼らをどう動かすかです。ここで学生に質問します。「教室の人間を任意の方法でふたつのグループに分けてください」と。「男と女!」とか「メガネ!」とかいろいろな意見が出ますが、このシーンで使われるのはタバコです。吸う人と吸わない人、監督にとってタバコは、そこにいる人間を好きなように分割できる道具です。けれどそれはごく自然なことなので、僕らは監督が物語を動かすためにタバコを吸わせた、というふうに映画を観たりはしない。監督は登場人物に「ちょっとタバコ吸ってくるわ」と言わせて任意の人間をベランダに追い出すことに成功するわけです。ここでリビングに残された一人に「寒いからちょっとそこ閉めて」と言わせる。急にシンとなった部屋に残ったのはもちろん、昔カップルだった二人です。

fig.4──濱口竜介監督『PASSION』より ©東京藝術大学大学院映像研究科

マンションの外も使っています。誰かに「ワインないの?」と言わせれば、さっきとは違う二人を部屋に残して、全員をコンビニに追い出すことができる。もちろん実際の役者たちは単にカメラの外に退くだけですが、コンビニが社会インフラ化している現代だから、これもごく自然な展開ですよね。さて、残された二人はこの日が初対面という設定なのですが、彼らの距離を急にすこしだけ親密なものにするにはどうすればよいのか。監督はまず、彼ら二人もまたタバコを吸うことにしました。そしてさらに雨を降らせる。監督目線で映画を観ることにだんだん慣れてきた学生たちが「雨かあ!」と沸きます。どんなに画面に目をこらしても、きっと雨なんて降っていないけれど、映画はそれでよいのです。二人で合計4本しか手がないのに、タバコと傘で3本が埋まってしまう。傘を互いに持ち替えながら、二人はタバコに火を付けあいます。

fig.5──濱口竜介監督『PASSION』より ©東京藝術大学大学院映像研究科

監督はそうやって、人間の内にごく普通にある属性を巧みに利用しながら、まるでそれが必然であるかのような自然さでカメラを移動させていく。するとそこにある色温度や音環境が、物語を勝手に前に進めていくのです。「みなさん、これは藝大映像研究科の修了制作です」。そう言うと学生たちの目が変わります。「この大学に来てしまったからには、映画の筋を追って共感したとか泣けたとか、そういう季節はもう終わり。みなさんはこれから、監督が環境や人間をどのように観察し、それをどのように組み立てることで物語を前に進めているのか、それを読み取るように映画を観なければなりません」、と、まあそんな授業です。僕なんて映画を観てすぐ泣きますし(笑)、現代の映画は無重力も恐竜も自由自在な世界なので、なかなかそういう見方をするのは難しいけれども、駆け出しの監督の撮ったシンプルな作品を観ることには、そういう学びが溢れています。映画監督にとってのマンションや人間は、僕たち建築家もごく普通に向き合っている対象に違いありませんが、映画だからこその必然性や自然さが引き出される瞬間に出会うと、夢中になります。

そんなわけで、僕は建築以外の分野でのものの組み立てられ方とか、その分野独特の思考方法に、すごく直接的な影響を受けてきました。だから建築の設計を手探りで進めていくとき、ときどきそういう表現に触れることは僕にとって不可欠なことなんです。『窓の観察』で偶然お隣さんになったことで知った柴崎さんの小説も、それ以来僕にとってそんな存在になりました。


201808

特集 記念空間を考える──長崎、広島、ベルリンから


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