市民社会の建築家・青木淳

倉方俊輔(建築史家、大阪市立大学准教授)

「動線体」と「原っぱ」の具象性

青木さんの「動線体」という概念は1994年、独立して最初の住宅である《H》の発表時に登場し、やがて抽象度を高めていって、重要な1997年の論考「決定ルール、あるいはそのオーバードライブ」(『新建築』1997年7月号、新建築社)と2001年の「『原っぱ』と『遊園地』」(『新建築』2001年12月号、新建築社)以降はあまり用いられなくなったが、この言葉には抽象性だけでなく、「道のような」という言葉に表象される具象性が含まれている。
それが表わしているのは、第一に、移動する速度は歩行であれ自転車であれ主体の「一人一人が思い思いに」の領分であること。つまり、速度は、面積や距離と違って計画性を逃れられる。第二に、移動を標準とし、停止を一時の0の移動と捉えることで、さまざまな活動の時間と空間が自然に設計できること。第三に、青木さん自身も強調しているが、建物の内外を貫く論理であること。以上は「原っぱ」などの言葉には移行できない「動線体」独自の含意だろう。
《大宮前体育館》の外部の自転車置き場などを見ると、ここに来るまでの運動も、来てからの運動も同じなのだとハッとさせられる。「動線体」的に人間を捉えれば、手段と目的の差も、敷地の内部と外部の区別も、相対的なものだ。設計者が決めた形のまわりで、さまざまな動きのスピードが生まれている。急いでバスで帰るためにバス停で一時停止している人たちがいる。建物のカーブに導かれ、敷地内をゆっくり散歩している人がいる。
動線体の溜まりのひとつ、つまり0の移動を可能にする場所が、体育館の屋上だ。ある場所に名前を付けることは、「何かしなければいけない」をつくるほうに向かってしまう。そこは管理側によって「屋上運動広場」と一応は命名されているが、どう見ても「原っぱ」だ。人が思い思いの行動がとれる場である。「原っぱ」だから、統一されていない住宅地が向こうに見えなくてはならないし、植物は雑草のように生えて、周囲を取り囲むのは粗野な金網でなくてはいけない。訪れたときは景色を眺めている人と、フリスビーに興じている人が自然に場を占めていた。「原っぱ」とは、青木さんが説明しているように、つくり手が「しなければいけない何か」を与えるのではなく、受け手がこのように使い方を発見する場所である。したがって、そこには「丁寧さ」ではなく、「ぶっきらぼうさ」が似合う。「原っぱ」という言葉が丁寧な説明ではなく、ぶっきらぼうであることと、建築の細部がまたそうであることは、同じ設計者から出た表現としてつながっている。
「『原っぱ』と『遊園地』」で言っていた「原っぱ」とは、抽象概念に還元しきれるものではなく、こうした具体的な形がつくる空気のありようを含んでいる。「動線体」という単語が、「道のような」という具象性と分け隔てられないのも同じことである。言葉の抽象度を上げていくだけでは、青木さんの建築は捕捉できない。だから本人も何度も言葉を重ねる。それが理解できる。

二度めのヒューマニズムの建築

《遊水館》の屋内スライダーも、さまざまな動きの混ぜ合わせの一環として、全体の造形テーマを変奏しながら積極的にアピールされていて、《ロンドン水族館ペンギンプール》(1934)を思わせる内壁に取り付いた形が、これもどんな時期にも青木さんが忘れることがなかった軽妙なユーモアを感じさせる。ぶっきらぼうは、丁寧さとは違って、時にユーモラスになり得る。ぶっきらぼうな言葉も、細部も、全体の形も、そんな同じ効果を持つ。モダニズムのかわいさとは、そのようなものだ。いわゆるポストモダニズムが、ただのお祭り騒ぎだったとして終わったことになって以後のモダニズム的なもののリヴァイヴァル──シンプルな形、ひねりのない言葉、率直な素材......──は、かつてのモダニズムのような「つくり手」主導の時代から、ポストモダンの「受け手」が価値を決める時代に完全に移行したことの表われである。たとえばモダニズムの建築家たちが賞賛されているときも、今やそれは、その建築家の思想に恐れ入っていることを意味するわけではない。ぶっきらぼうで、時に全力を傾けたがゆえのユーモアを感じさせる、幅広い読み取りが可能な客体として存在が許されている。青木さんは、このような意味でモダニストなのだ。
時間をかけて歩いた横断ギャラリーを抜けた先で、裏側──というものはこの建築にないのだが──から《遊水館》を眺めた。公共建築は市民を幸せにするんだと素直に感じられた。どこか日本離れした風景だった。場所から遊離していない。しかし、着地してもいない。
意思によってつくられたのは明らかで、風景に屹立して調和し、人間性を涵養し、軽快でいて、思索を始めさせ、流行を超越して、市民社会に奉仕する。《遊水館》も「これが最新!」と主張するのではなく、まるで、そんな理想のモダニズム建築が北欧かどこかにあって、それを受け継いでいるかのように建っている。もちろんそんなことはない。良きものは常に外にあるという先入観が、そう錯誤させるだけだ。
東京の建て込んだ住宅地のなかにある《大宮前体育館》と、多くの自然が残された福島潟に近接する《遊水館》は、立地がだいぶ違う。さらに遠いのは、建築がまだメタで取り澄ますこともできた1990年代から、どれだけベタであるかの競争のような2010年代の距離のほうかもしれない。けれど、2つの建築はその隔たりを感じさせない。他の建築家と比べても稀なほどに、青木さんの作品は一貫している。場所からも、時代からも遊離している──しかし、着地していないわけではない。内的な真摯さだけが、内的な一貫性をつくると考えると、不思議なことではないかもしれないが。
したがって、青木さんを論じるには、どこから始めても構わなそうだ。だとすると、自動的に決定される最新作から始めるのが、青木さんらしく適切なのだろう。どこから始めても、青木淳という「固有の課題」を「ぼく自身を通して具体的に考え直」した結果として、やはりひとつにしかなりようがなさそうだから。

201606

特集 青木淳 かたちってなんだろう


《大宮前体育館》から考える
《馬見原橋》から考える
建築が町にできること
市民社会の建築家・青木淳
論理場としての建築の開放性について
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