市民社会の建築家・青木淳

倉方俊輔(建築史家、大阪市立大学准教授)

一人一人が思い思いに

私が好きなのは「一人一人が思い思いに」という市民社会だ。みんな一斉にある方向を向いたり、背いたり、これが正しいとか、意味があるとか、そんな風に押し付けてくるようなことは嫌だ。誰だって、本当は、そうではないのだろうか? そんなことを言っていられるくらい、お気楽な立場なのかもしれない。まあ、いいや。自分が嫌だから、できるだけ、それに加担したくはないだけだ。
だから、今から書く青木淳さんの批評も、そんなふうでありたいと思う。これ以外は正しくないとか、意味がないだとか、私が一生の仕事として選び取った建築の歴史と批評が、そんな主張のためにあると思われたら心外だ。「一人一人が思い思いに」を拡大する手がかりとなることが、歴史・批評の本来の目的だろう。そのことは、来た仕事を一つひとつこなしていけば、伝わるところには伝わるはず。それで社会がより良くなると信じている。
上述の文章の「歴史・批評」の部分を「建築」に置き換えたのが、私の考える青木さんの建築だ。つまり、市民社会に対する最終的な信頼と、自らの専門性に対する自負と、「個々のそれぞれに固有の課題をぼく自身を通して具体的に考え直」★1した結果としての統一感を持っている。
結論を先に言えば、青木淳は市民社会の建築家だ、というのが本稿の骨子である。今、振り返ると、青木さんは一貫して、市民社会の建築をいかに設計できるかということに真摯に取り組んできた。
言葉というのは恐ろしいもので、こんなふうに「市民社会の建築家」と書くのは一瞬でできるし、それで何かわかった気になってしまう。しかし、これはなかなか難題だ。ここには「市民社会とは何か?」、「建築に何ができるか?」、「建築家は何をすべきか?」という3つの問いが含まれている。青木さんは、これら「市民社会」や「建築」や「建築家」という言葉で示される物事を、誰かが言ったり、今そうなっているという概念のままで良しとしない。だから、その取り組みは真摯なのだ。その都度、具体的に考え直し、自らの頭と心に問いかけながら、設計という作業を行なってみる。できたものを観察する。言葉の恐ろしさを知っているから、そこでつかんだ対象が別の言葉で置き換わらないように、丁寧に言葉にしてみる。それをまた観察する。その結果は次の設計に影響力を及ぼすといった動きの継続がある。
もちろん、先の3つの問いの関係性は、初めから決まっている。青木さんは建築家だから、市民のためには建築が必要で、建築のためには建築家が必要ということを証明したい、という以外にはありえない。というより、これまで数々の設計と言論を通じて3つの問いを立て続けたことが、単なる施設の設計業者ではない「建築家」という存在を引き受けようとする、堕落しない本人の意志の表われだ。そして、私の見るところ、実際にそれを仕事を通じて証明している。
本稿は『JUN AOKI COMPLETE WORKS |3| 2005-2014』(LIXIL出版、2016)への応答として書かれている。同書の「2008年から2011年」の次のような一節は、設計でも言論でも、まず正しい観察者であろうとすることから始まる当人らしい、明快で妥当な現状認識だ。

今思えば、少なくとも日本の建築において、2008年は節目の年だったような気がします。リーマンショックに端を発する不景気が始まり、それまで徐々に進んでいた日本社会の変質が大きく加速したと思うからです。公共工事でも途中で頓挫するのが珍しくなくなりました。また、設計に求められることが、新しい解決法よりも着実な性能確保に傾いてきました。大きい組織はより大きくなり、小さい組織は立ちいかなくなってきました。設計者より施工者の力が増していきました。その世の中の動向に追い打ちをかけたのが、東日本大震災だったと思います。 ★2

「建築家」は要るのか?という疑問どころか、今、下手をすると「建築」なんて必要なのか? これは冗談だが、「市民社会」に何の価値があるのか?という風潮にまで行きかねない日本で、青木さんとその建築がもっと理解されるといいなと思う。webという媒体なので、建築の専門家ではない方が目にする機会もあるだろう。逐一引用や典拠の表記は行なわないし、小難しい書き方も避けるが、根拠のない話ではないことは、対応する青木さんの作品や言論を参照することでおわかりいただけると思う。

速度の混成計画

磯崎新アトリエに7年間勤務した後、1991年に青木淳建築計画事務所を設立してからの作品は、驚くほどに一貫している。《大宮前体育館》(東京都杉並区、2014)[fig.1]が素晴らしかったので、住宅以外では最初の建物である《遊水館》(新潟県豊栄市、1997)を訪問したら、建築がつくる空気は見事に一緒だった。あまり長くなってもいけないので、青木さんの説明やよく語られていることは、そちらを参考にしていただいて、共通した素晴らしさの一端である「ゆったりした感じ」について触れたい。
《大宮前体育館》も《遊水館》も、種別としては運動施設なのだが、急かされる空気ではない。一人一人が思い思いに時を過ごしている。これが市民社会だなと思う。特に《遊水館》を訪れたのは平日だったので、高齢の方が多く、ゆったりと水のなかを歩く──と思うと、本格的にバシャバシャ泳いでいた方も──様子にほのぼのしながら、生と死に急かされることから以前よりも遠ざかったのが近代文明の発展に伴う、市民社会の達成であることを感じる。
こうした、ゆったり感の要因はさまざまあるが、細部のかわいさには言及したいと思う。《遊水館》は、あまり食べでの無いドーナツに串を刺したような平面構成である。幅の狭いドーナツの身のなかに更衣室などを収め、大きな穴のなかに配されたプールがある。高さのあるその空間を、宙に浮いた串刺しの横断ギャラリーから眺められるようになっている。こう書くと図式的な印象を与えるのだが、横断ギャラリーから見下ろした時に視界に飛び込んでくるのは、オニギリ型のころんとしたタイルである。プールサイドを埋め尽くし、プールや水飲み場の立ち上がり壁にも、丁寧に色を変えて貼られている。この隣の《潟博物館》でも使われている特注タイルの使用が、昔の家庭の風呂場のようなゆったり感にどれほど貢献しているか。また、全体の円形と呼応して、溶け込むことで、円を幾何学の側ではなく、人体を傷つけるそぶりを見せない有機的な形の側に寄せているか。「一人一人」が自分のものだと感じるような公共の空間が成立しているのには、視覚から理性に訴える回路だけでなく、このように身体の感覚に働きかけてリラックスさせる仕掛けがある。
「思い思い」の方はどうだろう? 青木さんの設計に私は、さまざまな動きのスピードを混ぜ合わせようとする意志を見出す。
《大宮前体育館》を訪れたとき、体育館と聞いて、何となく県立体育館の縮小版か小中学校の体育館のようなものを想像していたから拍子抜けして、解説文を読んで、設計をしない自分がいかにビルディングタイプを単純にしか理解していないか、その不明を恥じたのだが、これは「健康増進施設」だった。同じ「体育館」でも、公式戦が行なわれたり、タイムを競ったり、あるいは一斉に体育の授業を行なったりするというのとは最初から異なる目的の施設なのだ。やはり言葉に対する思い込みは恐ろしい......。
そして、青木さんは、これを大きな体育館のスペックを機械的に縮小して済ませるなどということをせずに、市民が勝ち負けを競ったり、記録更新を目指すような目的なしに、日常生活のなかで利用する「健康増進施設」として設計している。最良のコンディションを得るために周囲から閉ざし、単一目的のために、明快な方向性を持つ箱をつくるのではなく、周辺環境の延長上にあり、訪れる目的がさまざまに混じり合って、表裏のない場になることを目指している。本来の施設用途から導き出された当然の道理だ。
競争やスコア向上のためだけではない、楽しみのための「ゆったりした感じ」が、青木さんの設計によって強められ、さまざまな動きのスピードが混ぜ合わされることで、市民社会の「思い思い」が形態化したような施設だ。たとえばランニングマシーンで走っている人の隣をウォーキングしている人がいる。そしてその人たちと体育館の人々とのあいだに視線が通う。プールの端がいかにもゆったりと歩くのによさそうな形でカーブし、そこからカーテン越しに会議室の人の姿が見える。好きな速度を選ぶことが許可されていることを形が人に告げて、その総体として「何かしなければいけない」ことから離れられる公共の空間が生まれている。

[fig.1]青木淳《大宮前体育館》(2014)、提供:青木淳建築計画事務所


201606

特集 青木淳 かたちってなんだろう


《大宮前体育館》から考える
《馬見原橋》から考える
建築が町にできること
市民社会の建築家・青木淳
論理場としての建築の開放性について
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