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157 オルドス

157 オルドス

ここで紹介する写真は中国・内モンゴル自治区オルドス市の建築である。 オルドス市は豊富な地下資源(石炭)を背景にして2000年代に急成長を遂げた都市である。この成長のなかで大規模な都市開発や新興住宅地の建設が進められたのだが、容物をつくったはいいものの居住者や機能の整備が付いてこず、いまでは中国でも有数の巨大ゴーストタウンと化している。
オルドスと聞いて、建築関係者であれば「オルドス100」(2008)を想起する方々も居られるだろうと思う。アイ・ウェイウェイが指揮を取り、中国国外から100名の建築家を集めて1,000平方メートルの別荘を100棟設計することを目論んだプロジェクトだ。しかし、たとえ急劇な経済成長を見せた2000年代の中国でも、こんな荒唐無稽な計画は実現するはずもなく、現在は各建築家が制作した模型だけが残されているような状態だ。その後には、「オルドス20+10」(2010)と呼ばれる30名の中国国内外の建築家を集めるビッグプロジェクトも立ち上がったものの、案の定こちらもまた頓挫している。
筆者がオルドスを訪れたのは、この二つのプロジェクトの建設予定地を見学し、その現状を生で確認したいためだった。「オルドス100」は敷地の造成すらされておらず、近くに建設された美術館やヴィラやホテルも竣工はしていても閉鎖されていたり、建設途中のまま放置されていた。この美術館は中国人女性建築家・徐甜甜(XU Tiantian)が設計したものであり、ガラス越しに「オルドス100」の模型が展示されているのを確認できた。そして「オルドス20+10」のほうはというと、こちらは路面が舗装され、いくつかの建築のフレームや基礎が確認できるものの、やはり建設はストップしているようであった。
オルドス市では三つの地区を訪れた。新市街地として建設された康巴什(カンバーシ)新区は、超巨大なオープンスペースを軸線として、北側正面に市政府ビル、軸線沿いに文化施設が立地する。このうち、宇宙船のような《オルドス博物館》は中国の若手建築家グループのMADアーキテクツが設計したものだ。軸線となるオープンスペースは途方もないスケールなのだが、歩行者はほとんどいない。博物館や劇場、図書館のなかにごく少数の利用者がいる程度である。唯一レストランがまとめられた施設だけは人でごった返していた。軸線の南端の広場からは、同じデザインがひたすら反復された高層アパート群が河越しに見える。この地区一帯がゴーストタウンなのである。ただし、南の阿勒(アージェン)区や北の東勝(ドンシャン)区に行ってみると、中国のどこででも見られるような地方都市の生活が営まれていて、相応に活気もあるから安堵する。



[撮影者:市川紘司(中国近現代建築史/東北大学大学院)]

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