東北の風景を「建築写真」に呼び込むこと
刊行記念対談:山岸剛『Tohoku Lost, Left, Found』

山岸剛(写真家)×植田実(編集者)

建築と、その向こう

fig.1──『Tohoku Lost, Left, Found』

山岸剛──3月に写真集『Tohoku Lost, Left, Found』(以下『Tohoku』、LIXIL出版、2019)を上梓しました[fig.1]。これは私がおもに岩手、宮城、福島の太平洋沿岸部を8年にわたって記録した写真をまとめた本です。2010年8月に撮影を始め、震災後は年に3〜4回のペースで撮影を続けてきました。被災の状況や復興のプロセスをジャーナリスティックに記録しようというのではなく、建築写真家として、ふだん東京などで建築物を撮るのと同じように撮影をしてきました。この本のカバーの裏面に「東北 建築 写真」と大書してあるのはこうした考えからです。とはいえ、この本ではいわゆる建築物だけではなく、土木構築物なども含めた一般に「風景」と呼ばれるようなものを扱っています。今日、植田実さんをお招きしたのは他でもなく、編集者としてこれまで膨大な数の建築写真をご覧になり、多くの建築写真家と仕事をともにされてきたお立場から、ぜひ話をお聞きしたいと考えたためです。今回の私の仕事は「建築写真」としてどのように位置付けられるのか。前もって言っておくと、この写真集には私自身の文章はほとんどなく、批評家などによる寄稿もありません。つまり「これは建築写真だ」と主張しながらも、それをとりたてて言葉で説明することはしていません。今日は植田さんからのご提案で、まず私(山岸)にとって「建築写真」とは何なのかを、これまで撮ってきた写真を見せながらプレゼンテーションし、そこから対話を始めることにしました。そこで最初に私のほうで、『Tohoku』の写真やそれ以外の仕事などもお見せしながら話を始めたいと思います。

fig.2──『Tohoku』の書店用ポップ

最初にお見せするのは書店用のポップです[fig.2]。『Tohoku』は分厚く重いうえ、ビニールに包まれて書店に並ぶので、本の内容を伝えるためにこうした店頭用のカードをつくりました。私はそこに「建築を通して 建築をきっかけに 建築の向こう側に立ち現れてくる自然のあり方を考えることが 私の『建築写真』の仕事です」と寄せました。

fig.3──古代ギリシアの劇場(撮影=高山明)

次は私の写真ではありませんが、私の尊敬する現代作家で、演出家の高山明さんが撮影した写真です[fig.3]。廃墟となったギリシアの古代劇場です。以前聴きに行った高山さんのレクチャーでこの写真が紹介されていました。高山さん曰く、この写真において重要なのはまず、これが「テアトロン」の写真であり、そして「テアトロン」とは「客席」であること。次に「テアトロン」=「客席」から、舞台を介したその向こうに街が見えること、この2つです。テアトロンはテアトロ、つまり「シアター」の語源となった言葉です。現在シアター、劇場と聞くと私たちは「舞台」のことをイメージしますが、「テアトロン」は「客席」であるということです。彼の文章を読んでみます。

ギリシア時代に遡ると、「テアトロン」という言葉は客席で起きていること、観客の行為を指している。

──アーティストインタビュー「演劇的思考で都市を読み解く高山明のアプローチ」国際交流基金、2017年

山岸──演劇的な出来事は舞台の上ではなく、客席でこそ起きる、と高山さんは言います。続けて読みます。

日常生活で色んなことを考えて、劇場に集まって、客席に座って、舞台を観ながら自分の頭の中を組み替えていく。ギリシアに行ってとても感動的だったのは、舞台は本当に小さく、大きい客席があって、何より舞台の向こうに街が見えることでした。客席がテアトロンと呼ばれて、舞台を媒介にして見ることや聞くこと、考えることや議論することが演劇だというのが体現されている。舞台が幾ら小さくなろうと、たとえiPhoneに替わって無くなっても、何かをきっかけにして人々がその向こう側のこと、つまり町や社会や生活のことを考えられれば演劇として成り立つのだと思いました。

──同前、強調引用者

山岸剛氏

山岸──つまり、テアトロン=客席の観客たちは、舞台で演じられていることを観て、それをきっかけに自分の頭のなかを組織しなおし、以て自分たちがふだん住んでいる舞台の向こう側の街について新しく考える、これまでとは別の仕方で見る、その経験こそが演劇だと言うわけです。舞台で演じられていることがゴールではなく、舞台を介して、その向こう側にあるものをこそ考える。私たちが演劇について常識的に考えていることと大きく違います。ちなみに「iPhoneに替わって無くなっても」とは、高山さんがiPhoneのアプリを用いて演劇作品をつくっていることによります。

それではこうしたことを念頭に次の写真を見てください。これは私が2011年3月16日に千葉県旭市の下永井という地区で撮影したものです[fig.4]。当時の報道で、旭市が津波被災の南限と聞き撮影に行きました。後日、高山さんのレクチャーで先の「テアトロン」の写真を見たとき、私は即座に自分が撮ったこの写真を思い出しました。ここに私がいて、鳥居があり、その向こうに海がある──この構造は「テアトロン」の写真と同一です。この鳥居は、あたかも津波がこの鳥居を通ってこちら側にやってきたかのようにして立ち続けていました。鳥居があることによってはじめて、その向こう側の海、私たちと次元を異にする「自然」の存在を意識する。ほとんどそのことを明示するためだけにこの建築=鳥居は立っているように思われました。

fig.4──《2011年3月16日 千葉県旭市下永井》(撮影=山岸剛、以下同)

山岸──先ほどから「向こう」という言葉をくりかえし使っていますが、じつは「むこう」と「むかし(昔)」は語源が同じです。兵藤裕己さんの「ものがたりと夢」(『図書』2010年3月号所収、岩波書店)によれば、「むかし」という言葉は「向か」と、方向をしめす接尾語「し」の複合です。過去を表す日本語に「いにしえ(往にし辺)」がありますが、これが物理的に過ぎ去った時間を表すのに対して、「むかし(昔)」は、ふとしたはずみに、「向こう」からやってくる。つまりそれは人間が主体的にコントロールできるものではない。不意に到来する、それはまさに津波です。津波はプレートの沈み込み運動がある閾値を超えたときに、文字どおり向こうからやってくる。「モノ語りのモノは、語源的には、モノノケのモノとおなじである。モノ語りは、「むかし」の時空からこちらへやってくる。そのさまを舞台化したのは、能舞台である」(「ものがたりと夢」)。こうして見ると、高山さんのギリシアの「テアトロン」の話、日本の能舞台の話、そして私の写真における「人間/鳥居(建築)/海(自然)」との構造的な反復は明らかだと思います。

続いて、その鳥居を5年半後(2016年10月23日)に撮った写真をお見せします[fig.5]。鳥居の向こうに見えていた海は防潮堤で見えなくなりました。このレベルからいくら背伸びしても海はもう望めません。鳥居=建築を介して示されていた「向こう」としての海=自然は排除されました。これを「テアトロン」の話で敷衍すれば、客席に屋根をかけ、暗闇のなかで舞台をスポットライトで照らし、舞台にのみ意識を集中させるということです。舞台上で行われていることがゴール=目的となり、その「向こう」の街を考えることはなくなります。その意味で私はこの写真の光景を見たとき、この鳥居=建築は死んだのだと感じました。

fig.5──《2016年10月23日 千葉県旭市下永井》

"人工性の結晶"としての建築が切り結ぶ自然との緊張関係

ただ自然であるものについては人間は深くは考えない。

──小田実『「ベ平連」・回顧録でない回顧』(上、小田実全集III期、評論第19巻、講談社、2012)p.114

山岸──これはまったくちがう文脈で発せられた言葉ですが、作家の小田実さんによるものです。津波直後の鳥居の写真のように、そこにある建築を媒介することではじめて、私たちはその向こう側の自然と関係をもちうるようになります。自然とは即自的なものであり、私たちがいようといまいと、人間とは無関係に、人間には無関心に、それ自体で存在します。その意味でわれわれ人間とは次元の異なる存在であると言えます。人間と自然の、こうした異なる2つの次元同士の無関係性は、しかし、人間がつくる建築が介在することではじめて思考しうるものになる。ただ即自的に自然であるものを、人間は思考することができないけれど、その両者の間に建築が媒介することではじめて、人間は自然を考えうるようになる。重要なのは建築そのものではなく、建築をきっかけにはじめて、その当の建築の向こう側に立ち現れる自然について考えることです。観念的な話ではなく、建築写真の仕事は、人工性の結晶である建築と、それが対峙する自然とが切り結ぶ力の関係を観察し、写真に定着させることだと私は考えています。

これは、この会場(LIXIL: GINZA)にも現在展示されていますが、2011年5月1日に岩手県宮古市田老の漁港で撮った写真です[fig.6]。私が東北で撮影を再開したのは2011年4月の終わりです。震災後、それまで東京にいて、原発事故がもたらす放射能汚染の情報によって精神的に不安定な日々を送っていましたが、この光景を目にして、なにか吹っ切れてしまったような感覚をもちました。不謹慎を承知で言いますが、建築がとても「健康」に見えたのです。それまで東京で建築物を撮影していて、建築が自閉しているように感じていました。建築が「人工性のための人工性」として自らの内に引きこもり、「外」がない状況、それこそ「向こう側」をないものとして扱うような建築のあり方に疑問をもっていました。田老で見ることができたのは、人工性の切っ先としての建築が、真に出会うべき相手に出会っている姿でした。建築という人工性が自らとは異質な外部=自然を、植物が太陽の光を全身で浴びるように享受しているさまを見て、ほとんど清々しい思いがしました。この写真以後、私は積極的に東北を撮りはじめることになります。

fig.6──《2011年5月1日 岩手県宮古市田老野原》

山岸──東北以外の写真もお見せします。これは2010年に撮った、西沢立衛さん設計の《森山邸》です[fig.7]。人工性と自然などと言っていますが、海や山が写っているから自然と言いたいわけではありません。自宅の近くなので《森山邸》には何度もお邪魔しているのですが、この建築はいわゆる「ヒューマン」なものから遠く、人間を動物としての「ヒト」に戻すかのようなところがあります。専門的なことはわかりませんが、いい意味であまり親切じゃなく、暑いときは暑い、寒いときは寒いといったワイルドさがあると言えばいいでしょうか。今の住まいは「安心・安全・高性能」で至れり尽せりですが、《森山邸》はそういうものとは対極。何が言いたいかというと、《森山邸》のこうした建築のあり方が、逆に東京の自然を「発明」しているのではないかと思ったのです。「東京の自然」とは何か。海山河といった文字どおりの「自然」ではなく、この建築がなければ決してアクチュアルなものにならなかった現代の「都市の自然」が、《森山邸》がこの場所に置かれることで立ち上がった。それを写真に定着することができたのではないかと考えています。

fig.7──《2010年4月6日 「森山邸」》

山岸──わかりやすい例として阿蘇山の写真をお見せします[fig.8]。ここに写っている散策路や階段などは、自然の地形に沿ってこれを利用しつつ、さらに人間が介入し、力を加え変形していった結果だと思われます。こうしたものもまた、これまでのような見方をすれば「建築写真」の主題たりえます。つまり風景を、自然/人工にこだわらない力一般による造形のプロセスとして見る見方です。次の渓谷の俯瞰写真[fig.9]においても、水の流れによって谷が形づくられ、それをなぞるようにして人間が線を引いて擁壁をこしらえ、それによって確保した土地を活用する。その直線を自然がまた破壊する。壊しているのかつくっているのか判別しがたい。「自然からの家出息子」(ニーチェ)たる人間のリニアで不可逆的な時間と、自然の反復し循環する時間が出会い、交錯しています。

fig.8──《2010年3月14日 阿蘇中岳火口》

fig.9──《2010年11月8日 静岡県御殿場市》

この写真は埼玉県の越谷レイクタウンです[fig.10]。「レイクタウン」ですからおそらく人工の調整池でしょう。その彼岸に見えるのは当時建設中だった巨大ショッピングモールです。画面前景と中景を区切るオレンジと白の水平線は流出した油などの汚染水を堰き止めるべく設置されたものと思われます。とりわけ画面上下を均等に区切る白い布地は、祭りの際の紙垂(しで)のようで、あちらとこちらを聖別するかのようですが、自然物のような人工の池に、あちらからもこちらからも人工性が殺到している。そんな人工性の極みのような光景ですが、不思議に静謐な空気が漂います。

fig.10──《2010年12月6日 越谷レイクタウン》

もうひとつ、渋谷の宮下公園の写真です[fig.11]。改修工事を行うために公園のなかのダンボールハウスが締め出された。放り出された小さな建築たちは、明治通り沿いの大きな商業建築によって隔てられた裏通りに新しく場を占めた。商業建築の壁面の空白のビルボードの矩形が、工事現場のバリケードの矩形と反復することで両者を関係付けている。もはや安心して「自然」と呼べるような要素は一切ありませんが、強いて言えば路上生活者の小さな建築こそが、ここでの「自然」と言えるのかもしれません。

fig.11──《2011年2月21日 東京都渋谷区。宮下公園》

最後に、2011年3月17日に首都圏で計画停電が行われたとき、私は自宅のある川崎市のマンションの屋上から街の様子を撮影しました[fig.12]。さきほどのfig.9では水の流れが山を削り、やがて谷を形成したことが見て取れましたが、この写真では停電によって建物群が漆黒の谷間と化し、その谷底を人工物=自動車のヘッドライトが光の軌跡となって線を描き出しています。例えばこうした複数の写真を組み合わせて考えていくと、人工性の結晶としての「建築」と「自然」が決して一筋縄ではなく、時と場所に応じて力関係を変えて存在しているさまが浮かび上がってきます。私はこのような視点を得たときに、どこででも自分の写真を撮れるようになったと思います。もちろん東北であれ、東京であれ、撮影をし、写真にすることのタフさに変わりはありませんが、東北を撮り続けた8年でようやく、はじめて私は「建築写真」家になったと感じています。

fig.12──《2011年3月17日 神奈川県川崎市川崎区大島。計画停電》

エディトリアル・デザインの実験

植田実──ありがとうございました。僕はこれまで山岸剛という写真家のことをほとんど知りませんでした。唯一目を通していたのは、今日も会場にいらしている中谷礼仁さんが編集長だった2010〜2011年の『建築雑誌』で山岸さんが担当していた写真連載「オン・サイト」です。A4判の雑誌の見開きページに1枚の写真を掲載するスタイルで、この写真家がどういう人なのかは知らないままに、うまいなぁ、良いなぁと毎月楽しみにしていた。

fig.13──《2010年8月15日 岩手県盛岡市》

今日は僕からも事前に幾枚かの写真をこの本から選び、スライドを用意してもらっていますので、その写真を見ながら続けましょう。1枚目の写真は『Tohoku』で最初に登場する木製の鳥居が3基、重なるように並んだ写真です[fig.13]。人間がつくった聖なるものとでも言うか、背後には自然が迫っていて、ただの人工物とは形容しがたい不思議な風景です。山岸さんの写真はメインの被写体を写真の中央に置く構図が多い。そのため見開きいっぱいに掲載すると、被写体がページの"ノド"にかかって隠れてしまう。この写真もそれが意図的なのかと思えるほど思い切りよく鳥居がノドをまたいでいます。

驚くことに、その前の右ページには同じ鳥居の写真の右半分を反復的に用いている。これが本文の写真の第1ページです。そのあと5ページ目には左半分の写真が繰り返し現れる。ほかのページでもまったく異なる写真が複数重ね合わされたり、同じ写真をすこしずらして左右に並べたりと、さまざまなエディトリアル・デザインの実験が試みられています。山岸さんが話された旭市の鳥居を定点撮影した2枚の写真も重ね合わされている。複雑な仕掛けが施された写真集です。

山岸──被写体がノドで隠れていることに積極的な意味があるわけではないのです。この本のプロポーション(A4判変形)が撮影に使っていた4×5インチのフィルム(シノゴ)の比率に合わせて設計されていて、写真を裁ち落としで配置するとおのずと中央部分がノドにかかってしまうのです。欲を言えば、もっと開きがいい製本にしたかった。

植田実氏

植田──この本の不思議なプロポーションにはそういう理由があったのですね。たしかに天地の寸法が296mmなのはA4判ですが、A4正寸よりやや広い変形(菊倍)とは逆に、35mmほど左右幅がカットされているので縦長になるんですね。贅沢だけど、規格寸法から外れた個性が、束の厚みと相まって魅力的で、この写真集は縦長というより、4×5フィルムのプロポーションを二分したと山岸さんが説明されたように、半截の形、あるいはカバンのようにふたつ折りにした形に見えてくる。本とは違う姿を目指しているようですね。そうかと思えば、巻末に近いページに初發神社の赤い鳥居が写り込んだ写真がある。これは鳥居が見切れ、左半分だけが画面に残された大胆な構図です。

ところどころにさらに幅の狭い白い上質紙が挿し込まれていますが、日付や場所といった撮影データがバイリンガルで印字されていて、巻頭や巻末では扉や奥付にも用いられている。数えてみると全部で10ヵ所......これも贅沢ですね。

山岸──挿し込みの紙片はキャプションです。撮影日時と撮影場所のみ記してあります。撮影データの束であると同時に、撮影年の区切りでもあります。この本の写真の配列は撮影した年月日の時系列順そのまま、つまり2010年8月、11年3月と来て......18年3月までです。8年分なので8ヵ所あります。これに加えて扉(巻頭)と奥付(巻末)の計2ヵ所があるので合計10ヵ所です。

植田──すこし細かすぎるようですが、扉の用紙だけ微妙に厚みが違う。しかも扉は"ペラ"で、僕が現役の書籍編集者だったころは職人さんが1枚ずつ糊付けして挿し込むので、よほどのことでなければやらない仕様でしたけれど、これもとても効果的。

山岸──私自身は造本やエディトリアル・デザインにくわしくないのですが、べつにワガママや贅沢を主張したつもりはなく、撮ってきた写真のあり方をデザイナーの岡崎真理子さんにお伝えし、ひたすら揉んだ結果、このような本になりました。私としては実験的なものを目指したつもりもなくて、とにかくこの8年間、写真200枚を、ある直接性のもとに提示する本にしたいと考えていました。可能なかぎり生のまま、生け捕りした状態のままの「記録」として提出したいと考えました。

植田──中途半端にやると奇をてらったように見えてしまいますからね。写真を重ねているページなどは、微妙な指定や色味の調整がたいへんでしょう。細かいところも気を抜いていない。こういう写真を重ねた画像もあらかじめ山岸さんがつくり込むのですか?

山岸──いえ、この部分は岡﨑さんが担当してくれました。すべてのページのレイアウトは岡﨑グリッドによる一貫したルールが適用されていますから、私は1枚1枚丹精込めて仕上げた「箱入り娘」である写真データを彼女に預けただけです。

fig.14──写真が重ねられた紙面。前面の写真は
《2015年2月19日 福島県双葉郡浪江町室原樋迫》

植田──例えば、後半に立入制限のゲートを真正面から撮った写真[fig.14]が登場しますが、この下に重ねている写真もまた別のページに収録されている門の写真ですね。写真を重ねたことで門が隠れているのですが、それをさりげなく暗示するために標識の端が見えるように絵柄が調整されている。このギリギリの加減をねらうのはとてもたいへんだったと思うんです。これまでの写真集は1枚1枚を十全に見せるスタイルが当たり前だったのが、『Tohoku』ではこのような掟破りが色々と試みられています。昔に比べるとデザインや製本技術の環境も自由度が増していると思いますが、ここまで実験的な本づくりは少ないでしょう。


201904

特集 建築の実践と大きな想像力、そのあいだ


平成=ポスト冷戦の建築・都市論とその枠組みのゆらぎ
ある彫刻家についての覚書──それでもつくるほかない者たちのために
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