東北の風景を「建築写真」に呼び込むこと
刊行記念対談:山岸剛『Tohoku Lost, Left, Found』

山岸剛(写真家)×植田実(編集者)

時間の方向感覚を複数化する写真

fig.15──
《2017年9月25日 福島県双葉郡浪江町川添。國玉神社》
fig.16──
《2011年7月17日 宮城県気仙沼市小々汐。尾形家住宅》

植田──震災から5年半が経過した旭市の鳥居は、山岸さんが「死んでしまった」と形容したように画面のなかに聖的な気配がなくなっています。震災直後に撮ったfig.4はブロック塀が壊れていたり、瓦礫があることで逆に緊張感のある写真になっている。鳥居は『Tohoku』で何度か登場するモチーフですね。例えば、神社の社殿を撮ったこの写真[fig.15]は典型的な地震被害の様子と言えると思いますが、山岸さんが撮ると被災の窮状を訴える写真とは違う印象を受けます。実際、この写真はメインの社殿が致命的に崩れかけていることの危うさを伝えるというよりも、日本の木造建築が持っている柔軟性が結果的に表現されることによって、今まで見えなかった構造体が露わになるかのような感覚が生じています。じっと眺めていると、この社殿が今にも動き出し、時間が先に進んだり元に戻ったりする気さえする。先ほど漁港の廃墟を見て吹っ切れたという話がありましたが、あの写真も報道的なメッセージ性を切り離して見てみると、山岸さんの言いたいことがわかってくる。とてもきれいな建築の姿が見えてくる。津波で倒壊した家屋の木材に覆いがかけられた写真[fig.16]も、どこかマン・レイやクリストに通じるものがありますね。山岸さんは対象を真正面から撮る場合が多く、それによって画面に緊張感が漂うとともに、アーティスティックな雰囲気も生まれていると思うのです。

fig.17──《2013年5月6日 岩手県宮古市金浜》
fig.18──《2013年5月6日 岩手県宮古市金浜》

この階段の写真[fig.17]は、よく見ると右側の手すりの下の部分が津波で破壊されています。それに対して左側の手すりは破壊を免れている。ところが、ページをめくると次の写真は同じ日に同じ場所で撮ったはずなのにまったく様相が違う[fig.18]。階段のすぐ隣では土がむき出しになっていて、もともとコンクリートブロックの護岸だったと思いますが、津波によってすべてさらわれてしまっています。ごく近い範囲で大きく破壊された場所と、ほぼ無傷だった場所が何気なく隣り合っている。災害は地震でも津波でも空襲でも、場所やその細部のわずかな違いが、その後の生活を10年、50年、100年の時間を経るほどに露わにしてくる。この堤防と階段は、いつかは一体的に修復されるかもしれないけれど、家の集合だったら、災害の風景は一概に語れないでしょう。

これもなんてこともないプレファブ小屋を真正面から見ただけの、美しい写真[fig.19]。新しく建てているのか、それとも壊しているのか。手前にゴミらしきものが集められていて、小屋のなかには脚立がいくつか見える。これで、時間がどっちに向かっているかわからなくなってしまう。

山岸──この写真も田老です。撮影したのは2013年の10月ですが、震災後、沿岸部の土地は長い間荒地のまま放置されていました。人々がそこに工作物をつくって使うという光景はまったく見られなかった。ようやくこの土地の所有者がプレファブを建てて野菜か何かをつくり始めたら、こんどは辺り一帯の土地の利用方法が決まってここは人が住めないとなった。だからプレファブを移設するために解体している、とおっしゃっていました。

植田──こういうことがあった地区では、時間の方向感覚が曖昧になるのかもしれません。

fig.19──《2013年10月10日 岩手県宮古市田老》

定点観測の間に流れる時間

fig.20──
《2014年8月29日 福島県南相馬市小高区下浦芦谷地》

植田──fig.20は人が住んでいない民家の写真です。真ん中に写っている機械は放射線量を測るモニタリングポストですね。家屋のほうはすでに倒壊しかかっている。ポリタンクは置き去りになり、玄関の扉も開きっぱなし。周りは草が生い茂っています。後日定点観測的に撮った写真も見ることができます[fig.21]。真冬なので緑がなくなっていますが、周りの様子を見ると新しいガードレールが付いて、道路も舗装し直されている。家屋だけはそのままのように見えるけれど、垂れ壁が崩れ、崩壊が静かに進んでいる。

fig.21──
《2015年2月19日 福島県南相馬市小高区下浦芦谷地》

こういう写真が新聞などで扱われる場合、復興は進んでいるのか、政府は何をやっているんだといったメッセージをもつことになると思うのですが、写真と素直に向き合うことで違った見方が生まれます。この写真を見比べたとき、ふだんは淡々と時間が流れているように思われるこうした家に、災害という要素がひとたび介入することでまったく違う時間の様相を見せ始めるのを感じました。2つの写真には、この間にかつて住んでいた人の苦難や無念といったことと本来は関わりない時間が流れ始めている。100年経って同じ状態であり続けようが、大きく姿を変えようが、そもそも街というものはこうした時間をあらかじめ抱え込んでいて、この写真のようにあるとき不意にそれが顔を出す、そのことに圧倒されました。

山岸──8年間も撮影を続けていますから、同じ場所を何度も繰り返し撮影します。いわば定点観測です。定点観測というとつまらなく聞こえますが、見えてくるものには凄みがあります。いま植田さんがおっしゃったように、時間の方向感覚がわからなくなるというか、それこそ「復興」なんていうけれど、つくっているのか壊しているのか本当にわからなくなる。5年前、それまでに撮った東北の写真で展覧会をしたときに、友人の建築家の門脇耕三さんが次のようなコメントをくれました。「意思が環境を構築し、しかしその意思が環境化とともに消滅し、そこからまた意思が何かしらを立ち上げようとする。そうした生成と消滅の動的連鎖の瞬間が切り取られたさまは、神々しくさえあった」と。大袈裟ではなく、この8年でそういう神話的な時間に触れた実感があります。

ちなみにこの本では、こういった定点観測の写真のセットはいくつもあって、それらは見開きのなかで大きな余白をとってレイアウトされています[fig.22]。このような余白のヴァリエーションや、先ほども話に出た写真の重ね(われわれは「レイヤー」と呼んでいました)によって、カレンダー時間で直線的に進行する時間のなかに、反復し回帰し循環する時間を折り込みました。

fig.22──同一のレイアウトで繰り返し登場する定点観測のセット

また、直線的に進行していく時間それ自体においても、等しく流れる時間は、離れた2つの場所でまったく異なる相貌を現します。たとえば2015年晩夏、岩手県の大船渡で応急仮設住宅がその役割を終えて解体されているときに[fig.23]、福島県の富岡町では、とある民家が津波に流された当時のままの姿を晒し続けている[fig.24]。この本では、写真を撮影した時系列そのままに配列することで、こうした酷薄な同時性が隣り合い、それによってこの8年の、時間が流れるということのどうしようもなさ、どうにもならなさを明示したいと考えました。さらに、被災地の「向こう」としての「ここ」=東京の写真も収録しています。結果として、複数の時間の系列が、パラレルに、同時に走っていくような読書経験をこそ目指しました。

fig.23──
《2015年9月20日 岩手県大船渡市三陸町綾里黒土田。
黒土田応急仮設住宅》
fig.24──
《2015年8月29日 福島県双葉郡富岡町仏浜釜田》

植田──それは山岸さんのような撮り方でなければ見えてこないものでしょうね。大抵は破壊のクライマックスを撮ってアピールしている。それもひとつの方法だと思いますが、そうではない撮り方だってたくさんある。この本はそれを雄弁に語っているんじゃないでしょうか。時間の感覚が失われる写真と言えば、旭市の鳥居を5年半後に撮ったほうの写真を僕は最初、別の場所だと思っていた。海が隠れたことでそれほど様子が変わって見えたし、その手前のブロック塀は元の姿に修復されただけなのになんだか俗っぽいものに変わったように感じられた。風景が変貌するというのはつくづく不思議です。

写真の前提を切り離すもの

植田──防潮堤や通行制限のゲートを撮ったfig.14にも共通するかもしれませんが、遮るものを真正面から撮るというのも繰り返し登場するモチーフですね。fig.14のゲートに「この先通行止め」と書かれているのは、その奥に一番恐ろしいものがあることを示している。槇文彦さんの「奥」とはだいぶ異なる奥ですね。

『Tohoku』は災害の痕跡を記録した本であると同時に、全体を通じて自由な読み方ができると思うんです。じつにおびただしい数の建築が見える。破壊された建築もあれば、間一髪で難を逃れた建築もあり、建てられたばかりの福祉施設や住宅建築群もある。特徴的なのは、膨大な写真のなかで人間が写っているものが意外に少ないことでしょう。写っていたとしてもとても小さく、遠景のなかでかろうじて見えるかどうか。だからページをめくりながら拡大鏡を手放せなかった(笑)。比較的多くの人が写っているものでは、50人ほどが津波で流された跡を歩いているカットがありますが[fig.25]、この写真はなんとなく統一感が取れていて、手前の数人はほうきを持っているのかな......瓦礫撤去のボランティアの人たちでしょうか、非常に秩序だった動きでみんな歩いている。人がたくさん写っているカットがもうひとつ、再開したばかりの漁港で30人ほどの人たちが仕事をしている写真がありますね[fig.26]。これはいつごろ撮ったものですか?

山岸──《2013年12月8日 岩手県大船渡市三陸町吉浜。根白漁港》という写真ですね。牡蠣の養殖が復旧して、その荷捌きをしているところです。

fig.25──《2011年5月2日 岩手県陸前高田市気仙町牧田》

fig.26──《2013年12月8日 岩手県大船渡市三陸町吉浜。根白漁港》

fig.27──
《2011年9月11日 東京都新宿区西新宿。新宿中央公園。
脱原発デモ》

植田──fig.26は30人ほどが集まってみんなでひとつのことをやっているように見えますね。短時間で集中して作業しているような。こうした統一感のある人の動きからは、大きな自然のなかで一定の目的がそこにある印象を受ける。ほかに新宿中央公園に大勢の人が集まっている写真[fig.27]が、本の前半で東北の風景に混ざって突然現れる。東京の風景が入っているのはたぶんそれなりに理由があって、「NO」とか「いらない」と書かれた札や幟が見えるのは、原発反対のデモか何かでしょうね。

山岸──これはデモを終えて新宿中央公園に戻ってきたところですね。

植田──それでみんな、すこし和やかな様子なんですね。この写真に写っているのはざっと数百人ですが、もし彼らがこのままの姿で東北の風景のなかに置かれたとしたら馴染まないでしょう。場所と無関係な存在として現れることになる。もちろんみんな遊びでデモに参加しているわけじゃなく、主張をもった真っ当な人たちばかりだと思いますが、都会人の服装や動き方はそれ以外の地域では異質なものに見えることがある。東北ではほとんどノイズじゃないかな。デモに参加した人たちには申し訳ないのですが、この本のなかではズレの要素となって現れている。これも報道の文脈では政治的なキャプションがつけられる類の効果的な写真ですが、そういう前提を一度切り離してイメージに客観的に向き合うことができれば、すこしちがう見方が立ち上がる。この写真集はそういうふうに読むのが一番おもしろいと思ったんです。

fig.28──《2016年9月7日 東京都新宿区霞ヶ丘町。新国立競技場建設現場》
fig.29──《2017年5月17日 東京都新宿区霞ヶ丘町。新国立競技場建設現場》

東京の写真と言えば、ほかにも工事現場にクレーンが林立しているものや、広大な更地に歩道橋をかけようとしているものがありますね[fig.28, 29]。クレーンが連動している現場に持ち場がいくつかあって、それぞれのポイントで同じような格好をした作業員が3、4人固まっている。これは作業中だから統一感をもったイメージだと思います。どこの現場ですか?

山岸──どちらも新国立競技場ですね。更地のほうの写真は2016年9月に、クレーンは2017年5月に撮ったものです。

植田──そしてこれらの写真でもやはり住んでいる人の姿が見えないんです。歩道橋の写真は橋の上でおじさんがひとり物思いにふけっているけれどこの人も労働者です。東京ではみんな仕事をしていたり、デモに出かけていたりしている。東北では人が点景になっている写真でも、サーフィンしていたり、凧揚げしていたりとすこし様子が違います。

山岸──サーファーは気仙沼[fig.30]。凧揚げは陸前高田の元々の中心市街地のあたりです[fig.31]。凧揚げしている人の背後に巨大な盛り土がありますが、この上に新たに街をつくっています。

fig.30──《2013年10月8日 宮城県気仙沼市本吉町幸土》
fig.31──《2015年2月21日 岩手県陸前高田市気仙町中堰》

植田──自分の作業場で工作している人の写真もいくつかあります[fig.32]。港町の赤い椿の花の下で何やら庭仕事をしている女性の後ろ姿もありますね[fig.33]

山岸──そうですね、何をしているのかはわかりませんが、何かに没頭している。

fig.32──《2012年5月2日 岩手県宮古市田老舘が森》
fig.33──《2012年4月30日 岩手県下閉伊郡山田町船越大浦》

植田──人が何か作業している写真というのはきれいな感じがします。そういうものと建築が対比的に見える。あとは自動車や自転車がポツンと置かれている写真もありますが、そこにもやはり人の姿は見えない。もともと人がいなかったのか、立ち去るまで待って撮られたのかよくわからないのですが。

山岸──写真に人の姿が写っていないという指摘はよく受けます。ただ、僕としては意識的に人を排除しているわけではありません。人間がいなくても、人間がつくったものを撮ってるし、動物も木も草も土も写っている。それで必要十分という思いです。

植田──人も建築も異常な、不思議な見え方をしている。点景で写っている人も、すぐ目の前で作業している人も、ある茫漠たるものに向かっている。それは震災前までは例えば自然と呼んでいたものだけど、今は住むという生活空間を奪われた人々が身を晒している茫漠がある。


201904

特集 建築の実践と大きな想像力、そのあいだ


平成=ポスト冷戦の建築・都市論とその枠組みのゆらぎ
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