ノーテーションを振り返って

八束はじめ(建築家、建築批評家)

世界の抽象化の方法

──本特集では『10+1』第3号の特集「ノーテーション/カルトグラフィ」(1995)の関心を礎石としつつ、今日的な視点や課題を示すことを試みます。当時、『10+1』の編集委員を務められていた八束はじめさんにお話を伺います。この特集テーマを設定するにあたり、どのような議論があったのでしょうか。

八束はじめ──私が多木浩二さん、上野俊哉さんとやっていた『10+1』最初の4号(1994-95)では、おおむね特集のテーマは私が決めさせてもらっていました。結構頻繁に編集会議をしていましたが、テーマはいつもすんなりと決まっていました。「ノーテーション」は学生時代から抱えていた問題意識で、他分野にも広がるタイムリーな企画だったと思うし、それは四半世紀後のいまでも変わらないでしょう。「カルトグラフィ」は多木さんが言い出したような気がする。それで広がりが出た。

建築や都市計画が「芸術的」かどうかという議論に関心はないんだけど、そうだとしても再現芸術なわけですね。音楽とか舞踏とかと同じです。僕が大学の講義の最初に言っていたことは、ルネサンスに縮尺図面というノーテーションの体系であるメディアが登場して「建築」が生まれたということ。同時にそのメディアを介して自分のアイデアを実物に立ち上げていく存在としての建築家が生まれた。それまでの現場に縄を張ってというようなつくり方は再現的ではなくて直接的、具体的です。カテドラルのような大きなものでもそれでつくれたのは、定型が決まっていたからで、複雑多様になっていくとそれではできない。都市はもっとそうですね。媒体を介してでないと認識すらできない。抽象化がそこで起こる。逆に言うと、現物で見えているものの背後にあるアイデアなり方法なり手法がそれを通して見えてきたりする。

偶然性を包含するノーテーション

──そうした関心にはどのような背景があったのでしょうか。

八束──学生時代からの関心というのは、その時代には、これも多ジャンルにわたって不確定性ということが問題にさせれていたからで、最終形のみならずそこに行き着くまでの過程が重要だと思われたからですね。「作者」だけがコントロールした最終形ではなく、そこに不確定なモーメントを入れる。音楽やダンスだと聴衆・観衆、都市計画だと住民参加みたいなものもあるけれども、それだけではなくいろいろな偶然性があり得る。

建築の図面は、できるだけ設計者の意図を現場での誤解の余地が少ないようにつくられているけれども、場合によってはそれを崩すことも必要かもしれない。つまりピュアなものだけではなくノイズみたいなものを招じ入れるというか。丹下健三チームのスコピエの計画では、建物のレベルまでは丹下チームが担当するわけではないから、建築の表示の仕方ではないアーバンデザインの言語の検討が行なわれたみたいなんですけれど、インタビューしてみると建築側でも、参加していたグラフィックの側でももう忘れ去られていて、それ以上のフォローができないんです。結局あまり展開されないで終わったのかもしれない。丹下門下の磯崎新さんをはじめとする人たちの「日本の都市空間」の研究でも伝統的な空間構成をキーワードというノーテーションで類型化していますが、その一部である「界隈」みたいな概念から「もの」だけではなく「こと」をどう記述するかが問題になります。同時代のセドリック・プライスでもそうですけれども、ノーテーションを通すとその過程のほうがデザインされるという可能性もでてくるわけです。現代音楽だと伝統的な記譜法が書き換えられてきたし。そういう方向性をコントロールするにはコンピュータは有力なツールだけれども、磯崎さんやプライスはそれにすごく関心があったにもかかわらず(プライスにはゴードン・パスクとかフレーザー夫妻とかその方面の協力者がいました。磯崎さんだと月尾嘉男さん)、当時はまだ普及が十分ではなくてあまり展開されていないのですね。大阪万博の《お祭り広場》はその例ですが、当時のコンピュータでは磯崎さんや月尾さんがやりたかったインタラクティブな応答環境はまだできなかった。いまなら問題ないはずですけれど。

いまだと藤村龍至さんのように模型という媒体を通してさまざまな立場の人たちの見方を吸い上げる、あるいはじつはそれを通して彼らを巻き込み教化するというやり方もあるでしょうね。藤村さんのはアレクザンダーのやり方に影響されているのかもしれませんが、パタン・ランゲージももちろん媒体=タイプ化されている。僕は個人的にはパタン・ランゲージはビジュアルな型とされることで具体的になりすぎるし、アレクザンダー自身の好みがそこに透けすぎるという感じがあって、むしろもっと初期のハイウェイの計画でのノーテーションの使い方みたいなほうが抽象的でいいと思うのですが。

20世紀的な「上から」の議論を再考する

──大学の研究室のプロジェクトでも、さまざまなノーテーションやシミュレーションの手法を試みられてきました。

八束──退職する直前の芝浦工業大学の僕の研究室では「東京計画2010」というのをずっとやっていて、これは『ハイパー・デン・シティ』(INAX出版、2011)という本のなかで発表していますけれども、それ以降にその一部である「カシノ・シティ」というプロジェクトをやっていました。パスポート・フリーなゾーンという設定ですけれども、カシノの建物のデザインをしても始まらないので、振る舞いのパターンをノーテーション化してみようということを考えたわけです。特に商業施設だと立地論でいろいろなシミュレーションの手法があってそれを応用しようとして、それに「Rhinoceros」と「Grasshopper」というアプリケーションやマルチエージェント・システムを組み合わせたり、と思ったんだけど、時間切れで十分な展開までいかなかった。だけどそれも含めて、シミュレーション自体はノーテーションではないけれども、それと組み合わせることでより効果が上がるというところはある。僕らのようなのでなくとも、いろいろなかたちで応用は可能だと思う。そのへんは今後の若い人たちに期待するところでしょうね。

ただ僕の考えは世代的に1960年代型で、いまの人たちの2010年代型とは違っている。新しい古いということでもないと思うんだけれど、いまのはメディアのディストリビューションのされ方を含めて細かい使い方をしているという感じがしますね。あくまでボトムアップ的というか、とても小回りが利いているというか──。戦略的なのか、「下から」がいいというモラル的なものなのかよく分からないけれど。それに難癖をつけるつもりはないんだけど、それだと大局的な問題はハナから落ちているというきらいがあることは否定できないのではないかなあ。僕はいま、ノーテーションを扱っているわけではないんだけれど、『汎計画学』という本を書いていて、その一部のロシア編(「構成主義論」)がほぼ終わったところですが、いま一度20世紀的な「上から」の話を再考してみようと思っているんです。「上から」のほうがいいというんじゃなくて、「下から」とは相補的だということですね。そこにノーテーションの問題がどう絡んでくるかは今後の大きな課題になるのじゃないかなあ。


八束はじめ(やつか・はじめ)
1948年生まれ。建築家、建築批評家。東京大学大学院修了後、磯崎アトリエを経て、1985年株式会社UPM(Urban Project Machine)設立。作品=《美里町文化交流センター ひびき》ほか。著作=『思想としての日本近代建築』(岩波書店、2005)『ハイパー・デン・シティ──東京メタボリズム2』(INAX出版、2011)『ル・コルビュジエ──生政治としてのユルバニスム』(青土社、2013)『ロシア・アヴァンギャルド建築 増補版』(LIXIL出版、2015)『メタボリズム・ネクサス』(オーム社、2011)ほか。


201810

特集 都市をいかに記述するか
──ノーテーションの冒険、その現在形


ノーテーションを振り返って
ノーテーションの憂鬱、インターフェイスの冒険
形象化された世界──《都市の記述》とその表現
バーチャル・リアリティの記譜法──パノラマ、キュビズム、座標系
建築模型のメディア試論──〈未来/過去〉と〈手段/目的〉の媒介性
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