第1回:建築のジオメトリを拡張する

モデレータ:堀川淳一郎(Orange Jellies)
三宅陽一郎(日本デジタルゲーム学会理事)+菊池司(東京工科大学メディア学部教授)

新連載:建築情報学会準備会議

建築を情報の観点から再定義しその体系化を目指す建築情報学会。その立ち上げのための準備会議が開催される。「10+1website」では、全6回にわたってこの準備会議の記録を連載。建築分野の内外から専門的な知見を有するゲストを招き、建築情報学の多様な論点を探る。連載第1回は、プログラマーの堀川淳一郎氏がモデレーターを務め、CGシミュレーションやゲームにおける人工知能の専門家をゲストに迎えて「ジオメトリ」をテーマに議論する。

- 本連載は、収録した記録にキックオフグループメンバー(池田靖史氏、豊田啓介氏、新井崇俊氏、石澤宰氏、木内俊克、角田大輔氏、堀川淳一郎氏)による事後的な注釈(☆印)を付した。
- 準備会議に先んじて、メンバーによる対談と論考を「10+1website」2017年12月号(特集=建築情報学へ)に掲載している。本連載と併せて参照されたい。

堀川淳一郎──本日のモデレーターを務める堀川淳一郎です。私は大学で建築を専攻していましたが、現在はプログラマーとして活動しています。今回は「他業種から建築のジオメトリを拡張する」というテーマを設け、建築以外の分野で活躍されている方をゲストとしてお呼びしました。ほかの業界ではジオメトリはどのように扱われているのか。その技術や知見を建築にフィードバックできればと思います。

ジオメトリ(Geometry=幾何学)の操作とは、一般的に「数理的に形を解明し、表現する」という意味合いでイメージされると思いますが、ここではもっと広く捉えたいと思います。数値データで表わされる形だけでなく、建築空間に入ることで見えてくる形のような「表現される形」という意味合いです☆1。建築物や地形のようなソリッドなものだけではなく、雲のような気体、水のような流体も含み、また環境あるいは図と地のように本来見えないものなど、周辺の形状により認識される形状も、ここでの「ジオメトリ」の意味に含めたいと思います。

☆1──[池田]パラメトリックに変化できるモデルとしての形態と、トラフィック(交通量)やフロー(流動性)などの動的な概念の再現手法も数理的な扱いとしては同じであり、建築的な構成原理の数理的な表現形としての「ジオメトリ」であると定義できる。

堀川淳一郎氏

まず、建築分野におけるジオメトリの操作をめぐる現代の状況を概観しておきましょう。ジオメトリを構築する手法のひとつに、コンピュータを用いた情報技術があります。例えば、彫刻的な手法として、コンピュータ上でモデルを成形して3Dプリンタで出力したり、プログラムを組んでパラメータを調整して形をつくりかえたり、ジェネラティブにルールを決めて、形を自動生成させることができます。建築分野において、コンピュータでジオメトリを作成・解析する目的は、おもに環境への適応や構造の最適化です。建築は自立していなければなりませんし、安全性が第一に求められます。また、造形に関わるツールとして、CADやBIMのような図面作成を効率化するものがあります。そのほかに、CGの分野で広く用いられている「MAYA」や、ARやVRといったヴァーチュアル空間の中で、建築空間を体験できるツールがあります☆2

☆2──[豊田]ひと口に「デジタルにジオメトリを扱う」と言っても、まずはそのモデリングやデータ生成の技術から、グラフィックやデジタルファブリケーションといった物理世界へのアウトプットまでの技術が不可避的に関係する。現在ではさらに、アウトプットしたジオメトリの変化や挙動、属性を、スキャンやセンサーなどでいかにインプットするか。シミュレーションとキャプチャを相互に往還して、情報とモノとのリアルタイムなインタラクションに実装するかに力点が移っている。

では、ジオメトリは他業種ではどのように認識され使われているのでしょうか。建築の世界のなかだけにいると、考えが凝り固まってしまっています。頭を柔らかくするために、建築外の分野で活躍しているお二人にお話を伺いたいと思います。まずは自己紹介を兼ねて、どういった研究をされているのかをお聞かせください。

CGによる自然現象のビジュアルシミュレーション


菊池司──私は情報工学科の出身で、学生の頃からCGによる積乱雲のビジュアルシミュレーションの研究をしています。学生時代は、CG業界で一般的なツール(MAYAや3ds MAXなど)ではなく、C言語やC++を使ってゼロからプログラムを組む研究をしていました。

自然現象のビジュアルシミュレーションには決まったかたちの正解がなく、その生成過程をリアルにつくることが研究です。かつてのビジュアルシミュレーションは、物理学的に正しい計算式をきっちり解いていく方法もありましたが、意外なことに正しく計算されたものはリアルに感じられないことがあります。パントマイムがリアルに見えるのは、動作の誇張と省略があるからです。ビジュアルシミュレーションも物理的な正しさよりもリアルに感じられるほうがいいのです☆3

こうしたビジュアルシミュレーションを「プロシージャルアニメーション(Procedural Animation)」と呼びます。リアルに表現するための「手続き(Procedural)」をアルゴリズム化し、コンピュータに実装してビジュアルを生成するという手法です☆4

☆3──[石澤]建築でもパース表現は往々にしてリアルに見えるほうが好まれる。建築のVRの分野でも議論されているトピック。[豊田]シミュレーションや形態の生成とその利用という、本来、純計算機的な領域が単に「正確であればいい」という段階を過ぎ、認知や個々の系としての環世界、心理学や哲学の領域に踏み込まざるを得ない状況が顕在化している。建築という分野の現実を前提とした工学の強みが活かされるところだろう。
☆4──[豊田]「プロシージャル」という概念は、もっと建築の世界で掘り下げられるべき。設計・施工・体験にも、必然的に時系列の因果関係を含んでいる。そのうえ、これらはデジタル技術によって編集可能なデザインの対象になりつつある。今日的な可能性に高い解像度を与えてくれる概念。

CGアニメーションは1秒間に30フレームで再生されます。つまり1秒間に30枚の画像がパラパラマンガのように連続するわけですが、1枚ずつ画像をつくるのでは時間がかかりすぎます。例えば、塔が崩壊する映画のシーンで、飛び散る破片の一つひとつの動きをアニメーターがすべて作画するのは、あまりにも大変です。そこで、キーフレームアニメーションという手法で、30枚のうちキーとなる1枚目と15枚目の絵を決めて、その間を計算で埋めていく。これを自動生成させるのが私の研究分野です。なかでも、物体が水中に落ちたときの泡や、海底で舞い上がる砂、雪崩の雪の動きなど、自然現象のシミュレーションに取り組んでいます☆5

☆5──[角田]2Dを主体とした従来の設計のやり方では、時間軸が切断され、情報がシームレスにつながらなくなりがち。これまでは、人が時間軸の隙間を埋めてきたが、プロシージャルという考え方が建築のなかで浸透していくことで建築のワークフローも変わっていくのでは。

菊池司氏

ゲーム開発における人工知能の開発


三宅陽一郎──私はゲームにおける人工知能の研究を行なっています。以前に在籍していたフロム・ソフトウェアでの仕事に「ARMORED CORE V」というゲームがあります。そこでは「3次元パス検索」というシステムが用いられています☆6。詳しくは後述しますが、これはAIで動くロボットたちが、ゲーム内の3次元空間を認識するための技術です。AIは空間を認識する能力がきわめて低いので、空間を「ボクセル化」と呼ばれる方法で、小さなボックスとして捉えます。すべてを同じ大きさでボクセル化してしまうとデータ量が肥大化するので、同じようなボックスは「焼きなまし法」という方法でくっつけていきます。このような仕方で空間を認識させて、3次元パス検索を行なっているのです★1

☆6──[豊田]三宅さんがやっているような、ゲーム空間(つまりデジタル仮想空間)内のデジタルエージェントに空間を効率的に認識させて、そこでの挙動や経路などを生成させ、相互に行動を起こさせるという複合的なノウハウは、まさに建築や都市の領域が早急に学ぶべきこと。まさにgluonでやっていることだが。

ゲームのキャラクターは、3次元空間の中でキャラクター自身の身体の大きさを把握し、目の前の地形をいかに歩けるかを判断をする知的能力(=知能)が必要になります。その人工知脳は「認識」「意思決定」「運動構成」モジュールから構成されますが、最も難しいのは環境を認識する部分です[fig.0.1]。例えば「この道は自分の運動能力では雪が積もっていて足をとられるから、雪の少ない所を歩こう」と考える必要があります☆7。人工的な存在(身体)を環境のなかで活動させるのがアクションゲームのキャラクターの人工知能です。

☆7──[木内]建築で「設計する」と言うと、環境である「道」のことばかり考えてしまいがち。だが、「雪の少ない所を歩く」というように、認識を生む側のことも考えようとするという視点は、塚本由晴さんたちの言う「ビヘイビオロロジー(ふるまい学)」であり、彼が参照するブリュノ・ラトゥールのアクター・ネットワーク・セオリーにつながる。つまり、本来設計とは環境単体ではなく、環境に対して人が反応するという系全体を対象として行なうものであり、そこで建築や都市に関わる知見や情報をどう取り扱うかがとても重要。建築情報学ではそうした枠組みを考えるという目的意識も持ちうるはず。ゲームにはそういった領野も意識化するはらたきがある。

★1──「[CEDEC 2011]AIに命を。『ぽかぽかアイルー村』のアフォーダンス指向によるAI事例と『ARMORED CORE V』の三次元的な移動経路検索」(4gamers、2011)
岡村信幸「ARMORED CORE Vのパス検索」(CEDEC、2011)

fig.0.1──キャラクターの人工知能

また、ゲームには大別して3つのAIがあります。ひとつは「ナビゲーションAI」です。キャラクター自らが3次元空間を認識して、目的に沿った場所を見つけ、経路を計算して移動します。もうひとつは「キャラクターAI」です。強化学習によってどんどん強くなったり、目的遂行のために状況に応じて行動計画を行なうAIです。そして、ゲームの状況を神様のように俯瞰する「メタAI」があります。ユーザーの緊張度を検出して、敵キャラクターの出現数を調整したり、レベルを動的に自動生成したりします☆8。私は、こうしたゲームのAIの研究開発や、人工知能に関する書籍の執筆などを行なっています。

☆8──[角田]ゲームのなかの環境を定義する方法からは、われわれも学ぶ事が多い。実際にコンピュータを使って何かを処理していくためには、ある程度、機械が評価可能な定義を定めていく必要もある。これを進めていくことで可能になることが多々ある。

三宅陽一郎氏


201805

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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