庭園と建築、その開放

門脇耕三(建築家)

ふたつの庭園の形式から

庭園の形式を手がかりに、現代の建築について論じた短い文章を書いたことがある★1。その文章は、フランス式の平面幾何学式庭園とイギリス式の風景式庭園を対比させ、多様で異質なオブジェクトがせめぎあうことでつくられる建築のあり方を考えようとするものだった。
フランス式庭園は、幾何学的な庭園平面に加えて、見通しのきいた軸線(ヴィスタ)にしたがって展開される左右相称の構成を特徴とする。このフランス式庭園は、17世紀の絶対王政下のフランスの宮殿において誕生したものであるが、要するにこの特徴は、鎮座する絶対者の視点に奉仕するために獲得されたものであった。そこで庭園に存在する一切の事物は、唯一不動の視点から厳格に秩序立てられているのである。
対してイギリス式庭園は、フランス式庭園への反動として18世紀のイギリスで発達したものであり、そこで事物は単一的な視点から解放されることになる。イギリス式庭園には、アポロ神殿やローマ帝国の円柱、中国式のパゴダなどなど、ほとんど古今東西の様式の構築物が散りばめられるのであるが、それらをアイ・キャッチャーとしながら、その周囲には人工的な自然がつくりこまれて、荒々しくも「絵のような」風景が場所ごとに出現する。そのようにしてできあがった多様な風景をめぐる道は、うねうねと曲がりくねり、したがって庭園の散策者は、これらの風景をつねに新鮮に「発見」することになるのであるが、そこには互いの関係が不明瞭なたくさんの視点が、揺れ動きながら立ち現われている。
ここでフランス式庭園とイギリス式庭園のあいだに認められる対比には、どこか現代の建築の状況に通じるものを感じさせる。いうまでもなく、ここでいう対比とは、揺るがない視点から導かれる確固たる秩序と、不確かで気まぐれな視点の群れがつくるもののことであり、あるいは、事物に先立って存在する厳格な秩序と、事物が事後的に取り結ぶ関係性とがなすもののことである。

「空間」の概念的拡張

近代主義以降の建築は、一般的に言って、揺るがない視点から、細部に至るまでが整然と秩序立てられることを一種の規範として採用している。この規範は、西欧的な科学主義に立脚した合理主義的態度にもとづくものであるが、そこでは科学的な普遍性を志向する客観的な視点こそが第一に要請される。こうした態度は現代の建築にも通底するものであるが、だからこそ、それに対する反動も幾度となく繰り返されてきた。しかし、ここではいま一度、揺るがない視点から導かれる建築の反対の極、つまりはあらかじめ関係づけられていない事物の群像について考えてみたい。
ただし、互いに関連しない事物の群れに認められる構造未満の構造を、ただちに建築のような構築物に適用することは困難だろう。それらが仮に庭園の要素なのであれば、要素どうしは物理的な「取り合い」を欠いたまま同居することができるが、部材どうしが物理的に取り合い、そのことで否応なしに構築性を備えざるをえない建築は、庭園とは根本的な部分で異なっているのである。しかし、近代主義以降の建築は、建築の物理的な側面を通過することのない構築のための言語をすでに備えている。すなわち、その言語こそ「空間」という概念にほかならない。 空間という概念が建築において果たした役割については、すでに論じたことがあるが★2、端的に言って空間とは、物理的実体としての建物のネガティヴ(反転)であり、建築からモノを捨象した概念である。つまり空間は、建築の具体で物理的な側面に依存しない、抽象的で普遍的な視点を獲得するための概念なのであり、だからこそ空間は、近代主義以降の建築におけるもっとも強力な武器たりえた。一方で空間は、本来的には事物どうしの距離に関連する概念である。したがって空間は、建築の物理的な取り合いの関係に依存せずに、事物どうしの近さと遠さを操作可能とする道筋をも包含していると考えられるのであるが、その可能性を探るためには、素朴な意味での空間と距離の概念の拡張が必須となる。

揺れ動く視点を生起させる拡張的空間

建築における用語としての空間は、日常的な意味での距離にもとづく空間、すなわちユークリッド空間を指しているが、こうした空間は、建築的なエレメントによって遮られることで分節が可能となる。たとえば建築的な空間は、床・壁・天井で仕切ることによってほかの空間から独立させることができるのであるが、この意味での空間は、ほとんど空気の固まりと同義である。このとき、そこで同じ空間を共有している要素とは、すなわちひと続きの空気の固まりに身をさらしている要素群であるということになる。
以上の考え方には、あらかじめ定義された空間から、それを共有する要素群を特定するという思考の回路が認められる。対して、その対極にある拡張的な空間は、これとは逆の回路をたどることによって導き出すことができる。すなわち、何らかの関係を取り結んでいる要素群を想定し、それら要素群が特定の空間によって取り巻かれていると考えるのであれば、その関係性の構造こそが空間であると見なすことができるのである。また、そこでは距離の概念も、その関係性の構造によって定義される位相的な距離へと拡張される。
こうした空間の捉え方は、現代数学においては常識に属する事柄であるが、建築分野においても、そのような拡張的空間についての議論が活発になりつつある。たとえばアクター・ネットワークの考え方を建築に応用しようとする動きがそれだろうし、都市史の分野で関心が集まっているテリトーリオ★3と呼ばれる概念も、おそらくこの拡張された空間に関係している。 そして、そのような拡張的な空間によって捉えられる空間の要素は、ほぼすべての場合、ほかの関係性の構造の要素でもあり、つまり同時に複数の拡張的空間に位置している★4。したがって、そのような要素を捉えようとする視点は、けっしてひとところにとどまらず、複数の空間を揺れ動く。
ただし、以上はあくまで概念的な議論であり、ここで提示した拡張的空間がどのような建築へと結びつくのかについて、筆者はまだ明確な答えをもってはいないが、しかしいくつかの現代建築作品から、拡張的空間の息吹を感じていることも事実である。おそらく今後は、そうした拡張的空間の操作方法、たとえば拡張的空間を仕切り、接続する道具立てについて、具体的な議論が始まることになるだろう。

旅行者の欲望と死せる自然

ところで、この小論で拡張的空間の示唆を得る端緒となったイギリス式庭園は、高山宏によれば、きわめて18世紀的な産物であるという。それどころか、近代という大革命を直前に控えた18世紀の西欧世界の文化史全体が、「庭」の隠喩で語れると高山は言う★5。そのことは、当時のイギリスなどで誕生していた「旅行者」の視点から湧き上がる、「蒐集」と「所有」の欲望とも密接に関連するものらしい。どういうことか。
18世紀初頭にイギリスが世界規模の制海権を得ると、大陸にはただちにイギリスからの旅行者が押し寄せた。これが当時大流行したいわゆるグランド・ツアーであり、イギリスの貴族の子弟たちはこぞってフランスを目指し、あるいはアルプスを越えてイタリアを目指した。そこで英国人たちはイタリアの風景画に魅せられるのであるが、絵画などの美術品を金にあかせて買いあさることでは飽き足らず、ついには絵のような風景そのものさえ自国に持ち帰ろうと試みる。そのようにして生まれたのがイギリス式庭園にほかならないわけであるが、つまりイギリス式庭園は、蒐集した多様でもの珍しい事物を所有するための装置としての側面を、その当初から備えていたということになる。
稀有で、ときに珍奇な事物を蒐集し、所有するという欲望は、アメリカやアジアにまで地理的範囲を拡大しようとした18世紀の西欧世界全体にも渦巻いていく。高山によれば、あらゆる料理を載せるテーブルをもつ社交空間であるレストランや、あらゆる知識を収載することをその存在意義とする百科事典もまた、18世紀的な欲望に起源をもつ、一種の所有のための装置なのだという。そして、そのような欲望のもとで醸成された美学こそ、「ピクチャレスク」美学と呼ばれるものであった。
ピクチャレスクの美学は、やはり18世紀の文化史全体に関わるものであり、一概に定義することは困難であるが、庭園においては、古今東西の事物が集められ、それらが出会うことで発達したものであるから、驚きの感覚を伴う多様性や不統一性などをその旨としている。したがって、この美学は様式の混乱期と関連が深く、建築においては新古典主義と結びつき、やがてさまざまな様式を相対化し、折衷的に用いる態度へとつながっていった。
ピクチャレスクの美学は、だから様式のさらなる混乱を来している現代にも息づいている。その気配から、インターネットによりあらゆるものごとを情報的に蒐集できるようになった現在の状況を思い出すこともできるだろう。イギリス式庭園が内在していた不確かで気まぐれな視点の群れ。あるいは事物が事後的に取り結ぶ関係性。そういったものに、現代建築の議論と呼応するものを感じることは偶然ではない。
なお、蒐集と所有の欲望に根差したピクチャレスクの美学には、つねに生命の喪失のイメージがつきまとっている。イギリス式庭園に置かれる古今東西の構築物は実用のものではないから、ミニチュアとされることもままあったし、それらは多くの場合、廃墟として表現されていた。また、廃墟を取り巻く荒々しい自然も、しょせんは人工の自然であり、野生が奪い取られた模型にすぎなかった。植栽さえもが幾何学的に刈り込まれ、全体を貫く秩序によって厳格に律されたフランス式庭園は、「死せる野」と評されることがあったというが、イギリス式庭園も、その意味ではやはり死んでいたのである。
建築が、あらかじめ与えられた秩序によってそのあり方が歪められることのない、野性的で多様なエレメントの群像を志向するのであれば、蒐集と所有の誘惑は注意深く回避される必要がある。したがって多様なエレメントは、拡張的空間に根を張る拡張的なコンテクストにかろうじてでも係留されるべきなのであるが、このとき建築は、自らが定義する境界からの逸脱をも志向することになるだろう。庭園は、その内部から開かれねばならない。



★1──拙論「建築的牢獄からの脱走──《SAYAMA FLAT》について」(長坂常『B面がA面にかわるとき 増補版』、鹿島出版会、2016)参照。
★2──拙論「反─空間としてのエレメント」(「10+1 website」、LIXIL出版、2015)参照。
★3──テリトーリオとは、イタリアでの研究にルーツをもつ一種の領域論であるが、都市や地域などの従来的な意味での空間的拡がりにとどまらず、水系、産業の連関、原材料とその加工物のフロー、政治や社会の圏域などの拡がりも射程に捉えて組み立てられる領域論である。日本には陣内秀信が紹介した。
★4──筆者は何らかの事物を取り巻く複数の拡張的空間の拡がりを「多次元的近傍性」と呼んでいる。千葉雅也+平田晃久+門脇耕三+松田達+平野利樹「『切断』の哲学と建築──非ファルス的膨らみ/階層性と他者/多次元的近傍性」(「10+1 website」、LIXIL出版、2016)参照。
★5──高山宏『庭の綺想学──近代西欧とピクチャレスク美学』(ありな書房、1995)144-145頁参照。次段落の記述も主に同書を参考にしている。


門脇耕三(かどわき・こうぞう)
1977年生まれ。建築家。明治大学専任講師。建築構法、構法計画、設計方法論。明治大学理工学部建築学科/大学院理工学研究科建築学専攻専任講師 。共著=『シェアをデザインする』(学芸出版社、2013)、『静かなる革命へのブループリント』(河出書房新社、2014)、『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』(PLANETS、2015)『「シェア」の思想/または愛と制度と空間の関係』(編集協力、LIXIL出版、2015)、内田祥哉『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』(共編、鹿島出版会、20107)など。


201711

特集 庭と外構


庭園と建築、その開放
庭的なるもの、外構的なるもの──《躯体の窓》《始めの屋根》《桃山ハウス》から考える
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