【追悼】小嶋一浩
小嶋一浩が切り開いたもの

五十嵐太郎(東北大学教授、建築史、建築批評)

思い出されるいくつかのエピソード

筆者が初めて小嶋一浩さんにコメントをもらったのは、1989年、卒業設計の中間発表だったと思う。東京湾に人工島型の原子力発電所をつくり、それが石棺化することによって、半永久的に残る宗教的な聖域になるというプロジェクトだった。当時、大野研の助手だった小嶋さんからは、面白いアイデアだけど、建築的になるのかなあと言われたと記憶している。あとから思えば、空間のアクティビティを追求した彼にとって、この案は生き生きとした空間がないモニュメントだった(実際、それを狙っていたのだけど)。


その後、教育者としての小嶋さんとは、卒計イベントやアイデアコンペの審査の席で一緒になったり、東北大学のゲストクリティックに来ていただくなど、立場を変えて同席したが、修士設計を行なう学生に対し、エスキスがないときでも、毎日最低一枚はスケッチやドローイングをつねに描いて蓄積するよう指導していたことが印象的だった。これが建築家養成の教育なのか、と思った。またある祝賀会の席で、終電間際に知人と東浩紀の議論をしていたら、好奇心から面白がって、そのまま深夜遅くまでつきあってくれた小嶋さんも忘れられない。


さて、筆者が大学院に進学し、1990年代に原研究室のメンバーと同人誌『エディフィカーレ』を出していた頃、共に活動していた南泰裕は先輩にあたる建築家集団シーラカンスを強く意識していた。確かに筆者らと平均して10歳も離れていないシーラカンスのメンバーは、20代後半から実作を発表し、30代頭にはコンペで勝ちとった《大阪国際平和センター》(1991)をすでに完成させている。現在、U-30や卒計日本一の建築イベントが注目されているが、日本の景気が良かったバブル期と重なっていたとはいえ、改めて彼らが早熟だったことを痛感させられる。大学院のときから設計していた彼らは、下の世代にとって憧れの存在だった(設計と歴史のメンバーが半々だったエディフィカーレは別の道を歩むが)。1990年代に入り、ユニット派のアトリエ・ワンやみかんぐみが台頭したが、個人名を冠とせず、ゆるやかな組織を運営していくという意味でも、シーラカンスは先駆けだった。

建築界に与えた大きな影響

小嶋さんはシーラカンスのメンバーのなかでは最年長の1958年生まれであり、兄貴分的な存在だった。彼らは1985年に活動を開始しており、デビュー当初のデザインは、ポストモダンの最盛期であり、また世界の集落調査を継続していた原広司の門下生らしく、そのデザインは多様な要素を複雑に組み合わせた形態が目立っていた。もっとも、アイコン的にわかりやすいオブジェではない。ひとつの建築のなかにさまざまな場があることは、単体ながら都市、あるいは集落に見立てたようにも思える。プログラムへの興味では、OMAや山本理顕からの補助線も引けるかもしれない。ただし、施設/制度論的な構えとも少し違う。いずれも近代批判ではあるが、シーラカンスは建築の力によって相手をねじ伏せるというよりも、自由に振る舞うことができる、生き生きとした場の生成をめざしていた。


メルクマールとなる公共建築として、1995年に《千葉市立打瀬小学校》が完成した。これは1997年度の日本建築学会賞(作品)を受賞するが、「全体として明快な骨格を持っているにもかかわらず、部分のデザインエレメントはそれを排除しようという意志に貫かれている。この全体と部分の緊張関係が、錯綜しつつ豊かな、それでいて連続してた空間を生みだしている」と評価されている。推薦理由として、こうも述べられている。「子供たちはこの空間のなかでさまざまな物語を生み出すだろう」。また「子供たちの立ち振る舞いを見れば、設計者の意図は十分に達成されたことがわかる」と。かくして開放的な学校建築の名手としての評価が確立された。その後、小嶋さんはシーラカンスが改組したC+A、あるいはCAtのリーダーとして多くの学校を手がけ、《吉備高原小学校》(1998)、《宇土小学校》(2011)、二度目の学会賞となる《流山市立おおたかの森小・中学校》(2015)など、数々の名作を世に送り出すことになった。





《流山市立おおたかの森小・中学校》(2015)
[撮影=深沢耕]

例えば、英語教育を行なう《ぐんま国際アカデミー》(2005)は、ローコストながら、路地のある街のような建築をつくり、傾斜屋根による天井の変化でも効果的に空間を分節していたが、筆者が訪れたときに印象的だったのは、学内のあちこちで親がボランティアとして活動していたことである。宇野享+赤松佳珠子+小嶋一浩/CAn+Catによる《沖縄アミークス・インターナショナル》(2009)の校舎は、起伏のある地形に沿って、低層の白い建物を分散配置し、幼・小・中一貫校の大きなヴォリュームを小分けにしている。また六角形の中庭を囲む回廊に、沖縄らしく、風を通しつつ陰だまりをつくる大小の開口を散りばめたり、集まって学ぶ場としてのメディアスペースが最初に来校者を出迎える。



《ぐんま国際アカデミー》(2005)
[撮影=五十嵐太郎]

小嶋さんは、青木淳の指摘を受けて、ピーテル・ブリューゲルの絵画《子供の遊戯》を例に引きつつ学校の空間を説明している。この絵を見ると、街の広場のあちこちで子供たちがそれぞれ好き勝手に遊んでいる。つまり、多様なアクティビティを実現できる空間を理想としているのだ。しばしば空っぽの部屋で撮影される通常の建築写真とは違い、彼らの作品は人がいる状態の写真がよく似合う。いや、その方が魅力をもっているのだ。そして音声もある動画がよりふさわしいメディアかもしれない。





《ピースおおさか》(1991)
[撮影=五十嵐太郎]

彼の言葉では、黒と白、すなわち前者が使われ方と空間(部屋)が一対一対応している場所であり、後者が使われ方によって空間の呼び名が変わるような場所だとすれば、白の場所をつくること。「建築の空間の中に行為を発見・開発していける自由」★1を獲得すること。この分け方は青木淳がいう原っぱと遊園地の対比に近いだろう。さらに小嶋さんは、人間の動きを矢印として図面に表記し、無数の小さな矢印があちこちを向く状態をめざした。無人の静止したハコではなく、人々の動きに満ちあふれた空間である。メタボリズムが着脱可能な部位を通じて建築に動きをもたらしたとすれば、彼は建築の内部を流動的にしようとした。


そもそも打瀬小学校のスタディでは、約300人を点で表記し、コンピュータ上で同時に動かすシミュレーションを試みたという。当時はコンピュータが設計に導入されるようになり、ぐにゃぐにゃの造形やヴァーチャル・アーキテクチャーという言葉が流行していた頃だから、先駆的な使い方である。また2003年の《スペースブロック・ハノイモデル》では、プライバシーに配慮しつつ、CFD解析を通じて、風通しを検討しながら、空間の積み木によるシミュレーションを行なった。こうしてコンピュータによるシミュレーションと実際に完成した建築を突き合わせる経験を蓄積することによって、おそらく新しいデザインの地平が切り開かれたのだろう。





《ビックハート出雲》(1999)
[撮影=五十嵐太郎]



《ota house museum》(2004)
[撮影=五十嵐太郎]

一般的には小嶋さんの建築計画的な業績が重視されているし、彼が示したデザインの方向性は下の世代に多大な影響を与えた。最近の学生を見ても、視認性が強い形態よりも、人が振る舞う空間を考えることは、当然のように受け止められるようになった。

都市スケールのプロジェクト

が、個人的には、近年の若手が(批判を恐れてか?)あまり手をださない、小嶋さんの都市スケールの試みも特筆すべき仕事だと考える。1990年代に誕生した幕張ベイタウンでは、都市計画家の蓑原敬が声をかけたことから、初期の構想段階でシーラカンスが関わった。驚くべきことに、まだ彼らは大学院生の頃にリアルな巨大プロジェクトに参加したのである。若さゆえに、大胆なデザインを含む具体的な空間のイメージをさまざまに提案しながら、抽象的な「都市」でもなく、機能性一辺倒の「団地」でもなく、生活が見え、アクティビティを誘発する「街」をつくるという方向性を打ち出した。デザイン単位の細分化などの提案は、幕張ベイタウンのガイドラインに反映されている。2016年にBCS賞の審査において小嶋さんは、現在の都市開発にはまだまだやれることが残っていると発言していたが、この幕張の経験に裏付けられたものだろう。なお、シーラカンスは街の活性化のために神社の設置なども提案したらしいが、公共的な事業に宗教を入れることは禁じ手だった。


21世紀に入り、小嶋さんは壮大な宗教空間のデザインを担当することになった。106万m2に及ぶ、日産の工場跡地に新しい聖地をつくる真如苑のプロジェクト「MURAYAMA」である。やはり、彼を高く評価している蓑原の誘いだった。巨大なだけではない。公共施設の数十年や商業施設の数年と異なり、宗教施設ゆえに、百年以上という長い時間のスケール感を意識しなければならない。教団側もそれを覚悟して、あえて若い担当者を揃えていた。かといって計画のすべてが決まっているわけではない。将来の変化にも対応できる計画が求められた。そこでモニュメントをつくるのではなく、まずは直径300mに及ぶ円状のランドスケープの造成が提案された。人々を受け入れる地形である。ここでも小さい矢印の群れを考え、さまざまなイベントや植栽の配置などが細かく検討された。小嶋は、これは一気に行なう20世紀型の開発ではなく、農業の比喩を用い、耕し続ける空間と呼ぶ。聖地としての原発を卒計でとりくみ、新宗教を研究した筆者にとっても、これまでにないタイプの聖地のデザインゆえに、大変に興味深い。残念ながら、現在このプロジェクトは止まっているが、本気で実現したものを見たいと思う。


2015年以降、アイコニックな新国立競技場や巨大施設の豊洲市場など、大型の公共建築が、メディアから凄まじいバッシングを浴びている。それらのプロジェクトの担い手は60代以上の建築家、組織設計事務所、ゼネコンが主役だが、次の時代にこの位置につべき建築家は、上の世代とはまったく異なる方法論を切り開いてきた小嶋さんだった。公共建築の行方が揺らぐ現在、現状を打破できたかもしれない重要な建築家が突如、不在になったことが改めて悔やまれる。



★1──小嶋一浩+赤松佳珠子 CAt『背後にあるもの 先にあるもの』(LIXIL出版、2016)p.22


五十嵐太郎(いがらし・たろう)
1967年生まれ。東北大学教授。建築史、建築批評。著書=『終わりの建築/始まりの建築──ポスト・ラディカリズムの建築と言説』(LIXIL出版、2001)、『戦争と建築』(晶文社、2003)『過防備都市』(中公新書ラクレ、2004)、『現代建築のパースペクティブ──日本のポスト・ポストモダンを見て歩く』(光文社新書、2005)、『新宗教と巨大建築』(ちくま学芸文庫、2007)、『現代日本建築家列伝──社会といかに関わってきたか』(河出ブックス、2011)、『日本建築入門』(ちくま新書、2016)など。




201701

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