都市における「縁食の空間」はどのようなものですか?

藤原辰史(京都大学人文科学研究所准教授)

「御縁食堂」の必要性

こどもの貧困がますます深刻になる日本で、いま、こども食堂が普及している。この事実は、逆に、国家および地方の行政が国民および住民の生命を維持する任務を怠っていることを浮き彫りにしている。さらにいえば、こども食堂の普及は、世代を超えて人と人が触れ合う可能性を食が持っていることを、わたしたちに教えてくれた。
また、外国からの訪問者が増え続けているが、観光客にお金を落としてもらうことばかりに目が向き、居心地よく滞在し、世界のどこでも味わえない体験をしてもらうための都市空間の整備には目が向かない。例えば京都はどうだろうか。ヨーロッパや日本の地方都市で路面電車が復興したり維持されたりしているなかでいつまでも路面電車を復活できず、あいかわらず、無味乾燥なデザインのマンションや量販店を建て続けている。歩けば風情のある場所にも自家用車が走り、重い荷物を抱えた観光客から京都を歩いて楽しむ喜びを奪い続けている。
そして、街路にベンチも少ない。座ろうと思うとお金を払ってカフェに入らなくてはならない。腰かけできそうであっても、ホームレスを寝かせないために設計されたとしか思えない、人間のいやらしさを具現化したような物体しかない。歩行者天国もない。観光客は財布ではない。観光客が座って重い荷物を降ろし、京都の歴史や風土への想いを馳せる時間を奪い続けている。
さらにいえば、京都の食に触れようとしても高価である。安価に手に入る食べものはチェーン店ばかり。イタリアのボローニャやパレルモには、1軒しかマクドナルドがない。牛丼、ハンバーガー、フライドチキン、日本中どこに行っても同じ食べものしか食べられないことで、訪問客から日本の味を安く味わう喜びを取り上げてしまっている。
本稿では、このような均質かつ無味乾燥な食の空間に占拠された京都を例に、うるおいとぬくもりをもった「御縁食堂」の設置の提案を通して都市における「縁食えんしょくの空間」の可能性を考えてみたい。★1

御縁食堂の名称の由来

縁という言葉は、絆よりもあっさりしているが、人と人のしなやかな関係性を意味する。縁という言葉に含まれているある種のドライさは、けっして復古的でも、ドメスティックでもなく、いま世界が求めている新しい概念である。だれもがふらっと立ち寄れて、安価に食事ができ、いくらでも長居ができる空間を御縁食堂と呼ぶ。また、入り口には5円で購入できる豚汁コーナーがあり、20円払って、15円を寄付することも可能である。寄付金は蓄積され、随時、無料の具沢山の豚汁が提供される。御縁食堂は五円食堂でもある。

御縁食堂の設置場所

場所の確保のために、田畑を利用したり、沼地を埋め立てたり、木を切り倒したりしない。例えば、古くなった倉庫や体育館など、都市空間の再利用が望まれる。駐車場はつくらない。また、区役所や市役所や役場、あるいは図書館に付属する施設として設計されるのもよい。なぜなら、役所や図書館は、単なる書類作成のための場所、あるいは本を読む場所ではなく、政治と文化に関する相談の場所であり、相談しやすい空間を醸成する場所にしなくてはならない。例えば、左京区役所には憩いの場はあるが、自動販売機が並んでいるにすぎない。

既存類似施設の検討

1──ショッピングモールのフードコート
利点は、食べるものを自由に選べ、比較的安価で、水が自由に飲め、テーブルと椅子が自由に移動できること。欠点は、店がすべてチェーン店であり、全国どこでも同じ味であり、京都らしさがまったく出せていないこと。また、採光はほとんどが蛍光灯であり、空気も滞りがちで、趣がない。さらに、最近では、「勉強禁止」といった人間の浅ましさを言語化したような貼り紙も出るようになり、多目的に使用できない。

日本のフードコート

2──シンガポールのホーカーズセンター
昔は屋台で料理を売っていた露天商を、衛生上および治安上の観点から、リー・クワンユーの開発独裁国家のなかで、一箇所に集めてできた屋内屋台村をホーカーズセンターという。利点は、上記のフードコートのそれらに加え、屋台のほとんどがチェーン店ではないこと。必然的に、世界にひとつだけの店しか並ばない特異な空間になっている。また、大きな屋根の下に、各店舗が並んでいるので、風通しもよく、また、雨が降っても濡れることがない。欠点は、暗くて暑く、お酒が高いこと。無料の水もない。酒税の高いシンガポールでは、ホーカーズセンターのなかにあるクラフトビールを飲むにしても1200円くらいで、数百円の餃子や麺と比べて桁が違う。

シンガポールのホーカーズセンター
[以上2点撮影=筆者]

3──屋台村
世界各地で、イベントのときに出現する複合施設。各地域のさまざまな店が自慢の料理を売る。利点は、単に、食べものだけでなく、それにまつわる情報も得られやすいこと。欠点は、立ち寄りやすいわりには値段が高い。また、紙製やプラスチック製の皿やコップなど大量のゴミがでる。

モロッコの屋台村
Dan Lundberg/ CC BY 2.0]

御縁食堂の思想

食べるという基本的な生命の営みを、市場からできるかぎり遠ざけること。御縁食堂は食べる人間が消費者としか見なされない空間から、人間を解放する。
食べる営みは、さまざまな行為と隣接するばかりか、交錯している。しゃべる、読む、知る、聞く、匂う、触るなどの行為をできるかぎり制限することなく、食という営みの幅を広げる場所にする。そのためにも、1人でも複数でも入りやすい仕掛けが必要である。食を通じて集うことが、さらなる出会いを可能にする。
食べる営みは、ほかの生命を奪うことでしかなりたたない。自然との相互行為である以上、御縁食堂の空間は廃材や捨てられたものの再利用によって生成変化を遂げることが重要である。また、生ゴミの排出を限りなくゼロに近づける。残飯や調理屑は、肥料や飼料として再利用する。

設計イメージ

上記3点、つまり、フードコート、ホーカーズセンター、屋台村の欠点を克服し、利点を伸ばす「食の空間」こそ御縁食堂にほかならない。
御縁食堂は屋台の集合体である。鉄筋と瓦屋根と京都・滋賀産木材を使用したお堂もしくは道の駅のような建物である。屋根の太陽光発電が可能で、電気をまかなう。屋台の中心は御縁市場である。曲がった大根や人参、傷のついたみかんやりんご、魚のアラなど、市場で評価されない食材が売られている。そのまわりに屋台が並ぶ。全国に展開するチェーン店は入ることができない。世界中から料理人を募集し、御縁食堂に集まる京都・滋賀産の食材を使った料理を売る。化学調味料、保存料、人工着色料などは一切使用しない。御縁食堂は味の画一化の防波堤でもある。お茶と水は無料である。いたるところにポット、給水機、手洗い所、そして広めのトイレが設置してある。これは必然的に、災害時に快適な避難所に変身するつくりになっている。
客は、店先で購入し、近くのテーブルやちゃぶ台で食べることができる。旧東ベルリンのカフェのように、椅子、テーブルなどはすべて古いものがのぞましい。素材の使用感は、食べる人を安心させる。京都市クリーンセンターに回収されたまだ使える家具、市民が持ち込んだ家具や、リサイクルショップで買ったものを用いてもよいだろう。すべての椅子やテーブルは、利用者が自由に動かせる。ベビーカー、車椅子が自由に通ることができる道がある。そこには椅子やテーブルを置いてはいけない。また、客が長居できる長いベンチもある。そもそも客の回転率という発想がない。ベンチで昼寝や将棋をすることもできる。
また、持ち込み屋台コーナーもある。家の台所の残菜や御縁市場で購入した食材を持ってきて、好きな料理を注文できる。このコーナーは料理人の腕が試されるため、エンターテイメント性も兼ね備えていて、料理文化の発展にも貢献をなす。即興性のある公共空間こそ、御縁食堂の核である。
壁側には、書籍、雑誌、新聞、将棋、囲碁が並んでいる。持ち帰り不可だが、御縁食堂の内部であれば、どこで何時間読んでも、遊んでもかまわない。こどものプレイングルームや授乳ルームや医療相談所、ミニライブ用の小さな舞台も設置してある。壁には掲示板がたくさんあって、求人の募集、イベントのポスターなどが1人1枚、自由に貼れる。ただし、テレビは雰囲気を壊すので設置しない。
使われる食器は、工芸家が試作したものを利用。なお、その食器は販売ブースで格安で売れている。食器は各自、食器返却口まで持ってくる。




以上、京都市立御縁食堂の青写真を描いてみた。上記の案には補正すべき点が多々あるだろう。しかし、たくさんの働き手が居場所を失うなか、国籍や性別や職業に関係なく、居場所になりやすい建築物がもっとあってもよいと思うので、恥を顧みず、ここにその構想を提示し、ご意見を乞う次第である。




★1──「縁食(えんしょく)」とは、孤食と共食のはざまにある食の形態である。区切られた空間でひとりぼっちで食べるのでもなく、共同体的なルールで規制されるのでもない、さまざまな由来をもつ人間が同じ空間で各々好きな形態で食べることを意味する。その空間のデザインによって、別の人や情報との偶発的な出会いがもたらされやすくなる。詳しくは、藤原辰史「縁食論──孤食と共食のあいだ」(『ちゃぶ台』vol.2、ミシマ社、2016)、あるいは、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館ガイドブック『en[縁]: アート・オブ・ネクサス』(TOTO出版、2016)を参照のこと。



藤原辰史(ふじはら・たつし)
1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。農業技術史、食の思想史、環境史、ドイツ現代史。共著=『食の共同体──動員から連帯へ』(ナカニシヤ出版、2008)。共編著=『現代の起点 第一次世界大戦』(岩波書店、2014)。著書=『決定版 ナチスのキッチン──「食べること」の環境史』(水声社、2012)(共和国、2016)、『稲の大東亜共栄圏──帝国日本の〈緑の革命〉』(共和国、2012)、『食べること考えること』(共和国、2014)ほか


201701

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