社会の課題から東南アジアの建築を考える

村松伸(建築史・都市史)+山名善之(建築史・意匠学)+岩元真明(建築家)+市川紘司(中国近現代建築史)
シンガポールやインドネシアをはじめ、新経済圏として世界から注目を集める東南アジア。また建築分野でも、東南アジアの若手建築家を扱った展覧会の開催や、ASEAN諸国の近代建築保存・活用を目的とする研究組織「mASEANaプロジェクト(modern ASEAN architecture Project)」の発足など、東南アジアの動向が広く知られるようになってきました。こうした取り組みに対し、日本はどのように関わることができるでしょうか。
ローカル/ネイション・ステート/ユニオン/グローバルの異なるスケールから見出される「社会の課題」と東南アジアの建築的・都市的実践を考える座談会です。

[市川紘司プレゼンテーション]
台湾東部の建築動向

台湾東部で最近見てきた現代建築から、東南アジアの建築的課題に接続しうるトピックについてお話しします。台中、台北、高雄などの台湾西部の大都市では、多数の外国人建築家や台湾の建築家による巨匠然とした建築作品がつくられているのに対し、東部では自然の景観の豊かさを活かしてリゾート用の民宿などの建設が見られるようになっていますが、まだ経済的発展を遂げていない地域も残っているなど、ポジティヴな面とネガティヴな面があります。そのような東部で、どのような建築がつくられているのかに関心があり、数回ほど現地でヒアリングや見学をしています。特に興味深い活動をしている建築家として陳冠華(1965–)と黄声遠(1963–)の2人が挙げられます。いずれも1960年代半ば生まれ、アメリカの大学への留学経験があり、戒厳令★1が終わったあとに台湾で建築をつくりはじめている点で共通しています。

花蓮県や台東県を活動拠点とする陳冠華は、山脈と海に挟まれた広大な平地に建つ富裕層向けの住宅や民宿、海岸沿いに約10棟ほどの連作をつくっています[fig.1]。自身で「本土的、在地的」と形容するように、彼の建築は固有性や地域性に根ざしており、荒々しい肌理をもつ鉄筋コンクリートの使用、単純な図形を組み合わせた抽象度の高い造形、内外が連続するような開放性が特徴です。例えば5枚の大きな壁面で空間を構成した《石梯坪陳宅》(1999)[fig.2]は、中心の中庭がサッシやガラスをはめずにそのまま外部とつながり、トップライトから落ちる光は上海の里弄住宅の天井を連想させます。壁面には「清水混凝土」と呼ばれる撥水材などを使わない未仕上げのRCが用いられ、下の階から順々に手作業で型枠を打つため、断片的な構築プロセスが外観にそのまま現われてくる。そうした低技術指向の一方で、階段まわりや居場所となる空間の仕上げは洗練されています。粗い部分と洗練された部分の使い方にバランス感覚のある、優秀な設計者という印象です。

fig.1──《張濱李宅》(2006)

fig.2──《石梯坪陳宅》(1999)

触覚的で構築的な空間や、光と音を重視する態度から、ケネス・フランプトン(1930–)が論じた批判的地域主義に通じるものとして評価できます。フランプトンの議論は1990年代に広く知られたわけですが、陳冠華が建築をつくりはじめたのも90年代半ばでした。台湾のような日本から近い場所でもまだ知られていない建築があることを再認識させられました。今年6月には日本の台湾文化センターに招待してレクチャーを行なってもらいましたが、建築に限らない台湾文化プロパーの方々にも好評でした。

黄声遠の拠点は陳冠華の活動エリアよりも北部にある宜蘭県宜蘭市で、中心部は半径350mほどの環状の小さな地方都市です。台北から50kmほどの距離ですがあいだに山脈があるため交通の便が悪く、ゼロ年代に入ってトンネルがつくられて以降、ようやく東西の往来が容易になりました。そういう地理的隔絶さがあるため、前回の総統選で民進党に対する得票数が国民党の約3倍であったことが示すように、独立政府指向の強い地域でもあります。

黄声遠が組織するフィールドオフィス・アーキテクツの建築には、斜めの線による造形がよく見られますが[fig.3]、これはイェール大学留学後に勤めたエリック・オーエン・モス(1943–)の影響と言えます。加えて日本の象設計集団が1990年代以降に宜蘭市で行なったプロジェクトからも影響を受けているようです。モザイクタイルや玉砂利をつかった仕上げ、舗装のデザインなどにその影響が伺えます。

fig.3──《焦溪生活學習館》(2000–2005)

彼らが最もユニークなのは、やはり地方都市という小規模な領域のなかで連続的にプロジェクトをつくっている、という活動形態です。「維管束」と呼ばれる概念図に明瞭に示されているのですが、栄養が大地から葉まで届くように、あるプロジェクトが別のプロジェクトへと連鎖的につながっていき、プロジェクトひとつひとつは小さくても、結果として都市全体を再構成する連続体をつくることが目指されています。例えば《宜蘭社会福祉センター》(1995–2001)と《楊士芳紀念林園・文化財展示館》(1997–2003)という2つのプロジェクトを別々に手がけていた際、両者の敷地を結ぶ《鄂王光小道》(2001–2005)を新たなプロジェクトとして自発的に立ちあげ、さらに別プロジェクトで余った予算を用いて実現させるというような手法です。同様の手法によって、家具から橋にいたるまでをつくりあげています[fig.4]。小さな地方都市をひとつの共同体と見立てて、その共同体内で利益を循環させよう、というような原初的な意味での共産主義ユートピアが目指されているように思います。彼らの事務所で黄さんから聞いて面白かったのは、ボスである彼の口座の預金残高はスタッフ全員が共有しているということです。

fig.4──《鄂王光小道》。撮影者の背後に《楊士芳紀念林園・文化財展示館》があり、小道を進んでいくと《宜蘭社会福祉センター》がある。fig.1–4 撮影=市川紘司

郭中端・堀込憲二『中国人の街づくり』(相模選書、1980)に引用されている、台湾の都市形成の基本原理を描いた漫画があります[fig.5]。出店禁止の張り紙が貼られている建物の前に店を出す、すると警察が商売を止めに来る、そこで張り紙が隠れるくらいの大きさの店を出してみたところ警察は素通りする、さらに商売が繁盛してより大きな建物へと発展する、だけど足元にはその門前に新たな違法の出店が再び現われる......という内容です。草の根的な、インフォーマルな空間構築というのは、台湾はじめ東アジア、東南アジアの都市を魅力的に見せる大きな特徴であり、香港の雨傘革命や台湾のひまわり学運でも興味深く現われた特徴ですが、こうした、ほとんどなし崩し的とも言える都市の形成過程を、建築家として再解釈して実践しているのが黄声遠であると思います。今日の世界的な建築の潮流に照らし合わせれば、建築物を介してコミュニティや都市空間をつくることに重きをおくソーシャル・エンゲージメント・アーキテクチャー(SEA)の動向と近からず遠からずの実践だと言えるでしょう。

fig.5──台湾の都市形成の基本原理
出典=『中国人の街づくり』(相模選書、1980)

陳冠華と黄声遠の建築を図式的に対比させると、批判的地域主義的/SEA的という対立軸が引けます。また、前者は田園地帯に建つ都市の富裕層向けの住宅や民宿をつくっているのに対し、後者は地方都市で展開されるローカルコミュニティの構築を志向している。さらに前者は近代的な個人を対象にしたプロジェクトであり、後者が原始共産主義的な共同体志向である点も異なります。一方で、いずれも大都市・大資本から離脱して活動領域を限定し、群としての建築をつくっているという点では共通しています。資本の波とともに世界中の建築プロジェクトに乗りこんでいくスターアーキテクト像とは異なる両極的な存在として彼らを位置づけることができますし、そのような建築家の在り方に最近個人的には関心があります。

最後に、台湾東部の状況と東南アジアの建築的課題との接点となりそうな問いをいくつか挙げます。第一にアイデンティティに関連する、自国文化の正統性をいかに位置づけるかという問題です。よく知られるとおり、台湾の場合、戒厳令が敷かれていた頃に目指されたのは正統なる「中華」でしたが、90年代以降の「本土化」の運動とともに台湾の固有性・地域性を重視する方向にシフトしており、その前後で伝統的とされる建築や保存の優先順位に違いが生じているはずで、他国の状況と同時並行で捉えるべき問題と言えます。第二に「サブ建築」と言えるような、台湾や東南アジアの都市に現われる非専門家である草の根がつくりだす建築について考えてみたい。ウルリッヒ・ベックは、国会や内閣による行政のような代議制の空間とは別にある、日常的な生活から民衆が延長して政治に参加するような市民運動のことを「サブ政治」と呼んでいます。台湾ではひまわり学運が最近ありました。東南アジアにも草の根的な運動であるとか、独特な力強さを持つ市場やスラムの空間構築などの都市のインフォーマルな熱気を建築に翻訳している建築家がいるのかどうかを伺いたいと思います。

201610

特集 グローバリズム以降の東南アジア
──近代建築保存と現代都市の構築


社会の課題から東南アジアの建築を考える
マレーシア・カンボジア・シンガポール紀行──近現代建築の同質性と多様性
インドネシア、なぜモダニズムは継承されるのか
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