東南アジア近現代建築の可能性
──ジェネリック・シティを超えよ

岩元真明(建築家、首都大学東京特任助教)

東南アジアの近現代建築
──「アジアの日常から」と「mASEANa Project」

2015年10〜12月、TOTOギャラリー・間の30周年記念展として「アジアの日常から──変容する世界での可能性を求めて」が開催された★1。これは、アジア各地の若手建築家を招いた合同展である。出展者は日本の大西麻貴+百田有希、中国のチャオ・ヤン、タイのチャトポン・チュエンルディーモル、シンガポールのリン・ハオ、そして筆者が2011〜15年にパートナーを務めていたベトナムのヴォ・チョン・ギア・アーキテクツだった。後三者は日本では注目を集めることが少ない東南アジアの建築家である。

1──「アジアの日常から」展示風景
左=チャトポン・チュエンルディーモルの作品。右=ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツの作品
撮影=吉川学志(左)

一方、2015年11月1日には、上野の国立西洋美術館において「mASEANa Project(モダン・アセアン・アーキテクチャー・プロジェクト)」と題された国際会議がDOCOMOMO Japan主催で開催された★2。ブルネイを除くASEAN9カ国から招待された専門家に加え、近代建築の研究や保存に携わる三つの組織──DOCOMOMO、ICOMOS、mAAN──の研究者が集結した本会議の目的は、ASEAN諸国の近代建築の現状と課題を共有し、来たるべき共同研究のための国際的なプラットフォームを構築することである。ASEAN諸国の参加者からは各国の代表的な近代建築とその現状が次々と報告され、アジア内外の専門家を交えたセッションでは共通遺産目録のあり方や、今後の行動計画に関する議論が活発になされた。登壇者は25人を超え、きわめて情報量が多い高密度な一日だった。

2──「mASEANa Project」の参加者
提供=DOCOMOMO Japan

このように、同じ時期に建築デザインと建築史という二つの分野において、東南アジアに注目が集まったことはきわめて興味深い。しかし、なぜいま、東南アジアの近現代建築を評価する流れが活発化しているのだろうか。

文化と環境の平板化

「mASEANa Project」の趣旨文では、「ASEAN諸国の急速な発展と開発の影で、歴史的に重要な近現代建築が価値が定まる前に姿を失っていく」と警鐘が鳴らされている。ここには、今日の東南アジアの都市状況と、新たに建てられる建築に対する言外の批判が込められている。このような危機意識の背景には、グローバリゼーションにともなう「文化の平板化」が指摘できるだろう。現代はかつてなく国家間の人と情報の流動性が高い時代であり、それによって人類が築き上げてきた多様性が損なわれつつある。さらに、文化の平板化と足並みを揃えて進行しているのが、アジア新興国における「室内環境の平板化」である。アジア蒸暑地域には世界人口の約1/3に当たる20億人以上の人々が暮らしており★3、地球規模の持続可能性を考えるうえでは急速に発展し人口増を続ける東南アジア諸国のエネルギー消費を抑えることが急務である。しかし、現状では機械設備に頼り、温帯以北の都市・建築を模倣した開発が強引に進められている。エアコンは熱帯にも欧米同様の室内環境を生み出すことができるため、使用者のみならず建築家もスポイルしてしまう。その帰結として、世界中どこでも同じような建物──ガラス張りの高層オフィスビル、全館空調のショッピング・モール、快適なフランチャイズ・ホテル、自閉的な新興住宅地のヴィラ群──が建設されている。これは、1994年にレム・コールハースがジェネリック・シティ(無印都市)と呼んだ状況にほかならない★4

東南アジア近現代建築の多様性と共通性

しかし近年、状況は少しずつ変わりつつある。東南アジアの一部の建築家は、グローバル化による文化・環境の平板化に批判的であり、自らが立脚する都市文化・気候風土にふさわしい建築のあり方を模索している。もちろん、その表現は多様であり、「アジアの日常から」の展示者だけを見ても、都市開発から距離を取り熱帯の緑や竹などの地場材を建築に取り込むヴォ・チョン・ギアと、大都市バンコクの猥雑さを抱擁して建築表現に高めるチャトポンという対照的な建築家が含まれていた。
一方、過去に目を向けると、近代建築においても──コロニアル建築にせよ、近代運動の産物にせよ──地域の文化・気候・技術・素材が影響を及ぼし、西洋由来の概念や建築言語が変容している事例が見出される。第二次世界大戦後に相次いで独立をはたした東南アジア諸国では、国家的アイデンティティを──丹下健三のように──このような近代建築を通じて表現することが模索されていた。また、エアコン普及以前の東南アジアの近代建築には、厳しい暑さと折り合いをつけるさまざまな工夫が見いだされる。コロニアル建築の庇の深いバルコニー、開け放しのバラ窓、すかし積みの煉瓦壁などは、西洋建築の閉鎖性を改変し、適度な風と光をもたらすための工夫である。
モダニズムの建築でも、たとえばル・コルビュジエが考案したブリーズ・ソレイユ(日射遮蔽のスクリーン)はアジア蒸暑地域の各国に定着している。「mASEANa」会議で紹介された例だけでも、ベトナムのゴー・ヴィエト・トゥー、インドネシアのフリードリッヒ・シラバン、タイのアモーン・スリウォン、カンボジアのヴァン・モリヴァンなど、ブリーズ・ソレイユを用いた事例は枚挙に暇がない。しかし、多様な展開を示す現代建築と同様に、東南アジアのモダニズム建築も文化や風土の違い、作家性の違いによって、その表現はさまざまである。

3──東南アジア建築のブリーズ・ソレイユ
左上=ゴー・ヴィエト・トゥー《統一会堂》(ホーチミン、1966)
左下=ヴァン・モリヴァン《カンボジア国立銀行支店》(シハヌークヴィル、1968)
右=アモーン・スリウォン《クルンタイ銀行支店》(バンコク、1970)

このように東南アジアの近現代建築を個別に見ていくと、西洋由来のコンセプト──新古典主義、モダニズム、グローバリズムなど──の影響を避けがたく受けながらも、それが地域特有の文化や風土によって変容していることがわかる。「アジアの日常から」のような国際合同展、「mASEANa」のような国際研究プラットフォームの最大の意義は、このような多様性と共通性を明らかにすることだと思う。多様性を把握することで、各国は自らの近現代建築を相対化して理解することが可能となり、そこから自国の文化・気候に真にふさわしい建築像が浮かび上がると期待される。このような視点は、日本にとっても重要である。関東以南に蒸暑地域を含む日本は、そもそも西欧諸国よりも東南アジア諸国に近い(「夏をむねとすべし」)。とくに、設備が高性能化する以前の素朴な時代には、東南アジアと日本の建築には多くの類似点が指摘できる★5。東南アジアの近現代建築研究には、日本の近現代建築を相対化するという意味があるのである。
一方、東南アジア近現代建築の共通点を発見することも重要である。東南アジアにせよ日本にせよ、近現代建築には西欧的な価値観に基づく普遍性・国際性が確かに存在する。アジア近現代建築の多様性は、この大きなフレームワークのなかでのストラグルの結果なのである。このような建築を見直すことで、グローバリゼーションがもたらす建築・都市の平板化に抗う「したたかな戦術」が見いだされるのではないか。さらに言えば、そこから西洋に由来する大文字の建築とは異なる、アジアにふさわしい建築像が見出されるかもしれない。21世紀は「アジアの世紀」と呼ばれるが、その普遍的な建築像を模索する動きはこれまでのところ見られない。東南アジア、あるいは広くアジアの建築家・研究家が密接に結びつくことで、この大いなる野心の端緒が開かれることを期待している。

P.S. ヴァン・モリヴァン──カンボジアの近代建築

個人的には、カンボジアの近代建築家ヴァン・モリヴァン(1926- )に注目している。2015年の新年にプノンペンを訪れ、そこで彼の建築作品を見て感銘を受けた。一例を挙げると、1964年に建設されたスタジアムでは、観客席の下部を通気口にするという工夫によって大空間が自然換気され、聖堂のような荘厳な空間が生まれている。熱帯の気候に配慮した近代建築は多々あるが、このような壮大なスケールでの展開を見たのは初めてだった。この出会いがきっかけとなり、2015年4月からモリヴァンの建築作品について研究を開始した。

4──ヴァン・モリヴァン《ナショナル・スポーツ・コンプレックス》(プノンペン、1964)、内観

モリヴァンは20歳のときにパリに留学し、エコール・デ・ボザールで建築を学んだ。そして、1956年に独立後まもないカンボジアに帰国し、シハヌーク王子の側近として数々の国家的建築や都市計画に取り組んだ。しかし、1970年のロン・ノル将軍のクーデターによりシハヌーク政権は崩壊、ヴァン・モリヴァンも1971年から亡命生活を余儀なくされた。つまり、モリヴァンが活躍したのは1950〜60年代のたった15年間、ということになる。しかも、その建築資料のほとんどは1975年にプノンペンを攻略したポル・ポト派の組織的破壊活動によって失われてしまったとされている。
モリヴァン作品の特徴としては、モダニズムの建築言語を基調としながらも、アンコール寺院を源流とするクメール文化やヴァナキュラーなピロティ住宅などの伝統を参照したこと、通風や遮熱を工夫し蒸暑気候に配慮したこと、コンクリートによる独特の構造表現を行なったことなどが挙げられる。これらは、東南アジアのモダニストたちに──そして、日本の国家的建築家である丹下健三にも──共通する特徴だが、モリヴァンの建築には、加えて独特の緊張感が漂っていると思う。熱帯のモダニズム建築と言えば、ジェフリー・バワの作品のように生活と密着したおおらかな建築が多い、あるいはそのようなものが評価されてきた印象があるが、モリヴァンの建築にはどこか超然とした緊張感が漂う。アンコール寺院という独自の組積造文化に由来するのか、古典と近代運動が拮抗していた1940〜50年代のボザール教育のたまものか、はたまた危うい東西均衡の上に成り立ったシハヌークの中立政策を表象しているのか、少しずつ検証していきたいと思っている。

5──ヴァン・モリヴァン《高等師範学校》(プノンペン、1972)。モリヴァンの最後の建築作品であり、亡命後にスタッフの手で完成した
以上、特記なきもの筆者撮影

★1──「アジアの日常から──変容する世界での可能性を求めて」(TOTOギャラリー・間、2015年10月17日〜12月12日)、URL=http://www.toto.co.jp/gallerma/ex151017/index.htm
★2──「mASEANa Project(モダン・アセアン・アーキテクチャー・プロジェクト」(国立西洋美術館、2015年11月1日、主催=DOCOMOMO Japan、共催=国際交流基金、日本イコモス国内委員会、協力=ICOMOS ISC20c、DOCOMOMO International、mAAN)、URL=http://www.docomomojapan.com/maseana-project/
★3──岩田司「アジア蒸暑地域における低炭素社会実現のための住宅関連研究と日本」(『日本建築学会大会 学術講演梗概集』、2009、344頁)。
★4──Rem Koolhaas, "Generic City", 1994。2015年に出版されたレム・コールハース『S,M,L,XL+──現代都市をめぐるエッセイ』(太田佳代子+渡辺佐智江 訳、ちくま学芸文庫)に和訳されている。
★5──「mASEANa project」では、会議参加者を招いて東京近郊の近代建築見学会が行なわれた。前川國男が花ブロックを初めて使った《神奈川県立音楽堂》(1954)や、ピロティで風が通り抜ける坂倉準三の《神奈川県立近代美術館》(1951)に、ASEANからの参加者は親近感を覚えたようだった。


いわもと・まさあき
1982年生まれ。建築家。2006年シュトゥットガルト大学ILEK研究員。2008年東京大学大学院修了後、難波和彦+界工作舎勤務。2011〜15年ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ・パートナー兼ホーチミン事務所所長。2015年より首都大学東京特任助教。共訳=ロベルト・ガルジャーニ『レム・コールハース|OMA──驚異の構築』。共著=『建築家の読書塾』。


201601

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非施設型の空間から考える建築の社会性 ──「資源」とふるまいのインタラクション
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東南アジア近現代建築の可能性──ジェネリック・シティを超えよ
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