ヒップスターとジェントリフィケーションの因果な関係

ブレイディみかこ(イギリス・ブライトン在住保育士、ライター)
カルチャーは都市の風景を変える。しかしなかには、風景だけでなく居住者の階級浄化まで推し進め、社会問題に発展するケースもある。ヒップスターたちがロンドンの労働者階級の街で悪役であり続ける理由はそれだ。

ジェントリフィケーションが進むロンドン

ロンドンでジェントリフィケーション(都市の貧困層の居住地域が再開発によって地価が高騰し、貧困層が居住できなくなる現象)が進んでいる。20年前なら誰も近づかなかった貧困地域の立体駐車場の屋上にカクテルバーやアートスペースが出現し、ファッショナブルな白人の若者たちがグラスを傾けながら見下ろす地上には、1ポンドショップや携帯カバーを売る移民の屋台や一年中セール中の激安量販店が並んでいる。

ペッカム、ブリクストン、ハックニーなど、ロンドンのガラの悪い貧民街として世界的に知られていた地域でこのような光景が広がっている。

ジェントリフィケーションは何も新たな現象ではない。この言葉は、1964年に社会学者ルース・グラス(1912-90)が編み出したものだ。彼女は、ミドルクラスの侵入により、ワーキングクラスが都市から追い出されていく状況に警鐘を鳴らしていた。当時は、都市部への「ミドルクラスの白人の帰還」は、ミドルクラスの人々の消費動向の変化にあるという説が主流だったという。郊外に庭付きの家を買って落ち着いた親の世代のライフスタイルを拒否したミドルクラスの若者たちが、エキサイティングな都市の「ヤバさ」を求めてロンドンに移住するという説だ。

Ruth Glass,
London: Aspects of Change,
MacGibbon & Kee, 1964.
これはそのまま現代にもスライドできる。英国では、白人のミドルクラスはロンドン近郊のケント州やサリー州などに移り住み、首都圏のドーナツ化現象が進んでいると言われて久しかった。が、彼らの一部はロンドンに戻って来ている。彼らはヒップスターと呼ばれる人種だ。ラップとティーンエイジ・ギャングで知られる貧困地域に、ヒップスターが引っ越して来てヴィンテージの服やこだわりの原料でシェフが手作りしたアーティザンのパンや高価なコーヒー文化を持ち込む。こうして昔ながらの角ばった公営団地の下に洒落たレトロ家具のショップがオープンし、パキスタン人経営の雑貨屋がオーガニックフードの専門店に変わる。

サードウェーヴの弊害

2011年にロンドン暴動が発生した時、ハックニーのストリートを燃やす若者たちを前に、まるでキング牧師のような迫力で説教をした地元の黒人のおばさんが「ハックニー・ヒロイン」と呼ばれて話題になった。その彼女が、「いまロンドンを脅かしているのは、黒人の暴れる若者たちではなく、白人のヒップスター」と英紙テレグラフに話している(http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/law-and-order/11014543/White-hipsters-not-black-looters-are-now-threatening-post-riots-London.html)。彼女は言う。「私はヒップスターという言葉が嫌いだから、トレンディーズと呼ぶようにしてるんだけど。彼らがジェントリフィケーションとソーシャル・クレンジング(ある地域から下層階級の人々が浄化される現象)の原因。ここに住む金がないのなら出て行け、という地域の浄化のことだよ。ハックニーの洒落たエリアは発展している。でも、昔からの住民は生活できなくなっている。コーヒーを飲もうと店に入ったらカプチーノが5ポンド(約900円)もするんだよ。スーパーで紅茶のティーバッグと牛乳を買えば、ティーが100杯飲めるのに」。

サードウェーヴの弊害は、英国名物のパブにも及んでいる。個人経営のパブがロンドンで続々と潰れているのだ。ヒップスターたちは絨毯にビロードのソファの薄暗い伝統的パブではなく、フローリングの床にシャビーシックな家具の自然光の入る明るいバーに行く。そしてこうしたバーがワインやカクテルと一緒に売っているのがサードウェーヴのコーヒーだ。今、観光客が首都圏でパブだと思って入っている店は、もはやコミュニティーのハブとなる「パブリック・ハウス」の面影は残していない。

今年9月、ロンドン東部ショーディッチのシリアル専門カフェ「シリアルキラー・カフェ」の前で暴動が起こりかねない状況が発生した(http://www.theguardian.com/uk-news/2015/sep/27/shoreditch-cereal-cafe-targeted-by-anti-gentrification-protesters)。アンチ・ジェントリフィケーションの抗議運動に集まった人々が、シリアル1杯で4ポンド40ペンス(約800円)するという同カフェの周囲に押し寄せ、壁や窓にペンキをぶちまけて警察が出動する騒ぎになったのだ。抗議に参加した芸術家の女性はガーディアン紙にこう語っていた。「私たちのせいでもあるのでしょう。私のような芸術家たちがこういうエリアに集まって来ると、建築家たちが追いかけて来ます。そして不動産開発業者、ヒップスターと続くのです」。

資本かアートか

上:Neil Smith,
The New Urban Frontier:
Gentrification and the Revanchist City
,
Routledge, 1996.
下:ニール・スミス
『ジェントリフィケーションと報復都市
──新たなる都市のフロンティア』
(原口剛訳、ミネルヴァ書房、2014)
地理学者ニール・スミス(1954-2012)は、ジェントリフィケーションの原動力はカルチャーではなく資本だと主張した。ドーナツ化現象でミドルクラスに見捨てられ、荒廃した貧民街になった都市の内部は、実際の地価と、そのロケーションが本来ポテンシャルとして持っている地価のギャップが大きく、そこでは大きな利潤を上げることが可能になる。だからデヴェロッパーたちが不動産を買い、再開発して、より大きな利潤を上げられる店子を探すわけだが、その時に格好のテナントになるのがアートスタジオやギャラリーだという。アート関連ビジネスはリサイクルされたエリアに資本の流れを呼び戻すのに役立つというのだ。

だが、なぜ資本の流れを誘致するのがアートなのだろう? それはいつの時代も「オーセンティックな物」を求めるタイプの消費者層が存在するからだ。彼らはどこにでもあるような商業化された繁華街の店ではなく、「本物の」ブティックやカフェで買い物や食事をしたがり、自分の居住する地域にもそれを求める。保守的な郊外に育ったミドルクラスの若者は、少しばかり危険でも「リアル」で「意味のある」経験をしてみたいのだ。芸術家たちにはこの傾向が特に強い。モダン・クリエイターたちは、伝統的なブルジョワ趣味が排除してきた都市のエリアに「本物の」価値を見出してきたからだ。

こうしたクリエイティヴ層狙いの経済で、荒廃した都市部の再開発に成功したのがトニー・ブレア率いる労働党政権だった。彼が提唱した「クール・ブリテン」の聖地となったのはイズリントンだが、そこでは地域がヒップなエリアと貧しいエリアに二極化した。今年9月に若者たちの熱狂的支持を受けて労働党党首に就任したジェレミー・コービンの選挙区は、貧困層の多いイズリントン北部だ。彼は首都圏のソーシャル・クレンジングは非人道的と主張し、それを阻止するための住宅政策を打ち出している。

ヒップスターはカウンターカルチャーなのか?

ロンドンの地方紙イヴニング・スタンダードが2015年4月16日付で「ヒップスターは終わった」(http://www.standard.co.uk/lifestyle/death-of-the-hipster-why-london-decided-to-move-on-from-beards-beanies-and-fixie-bikes-10178615.html)という記事を掲載した。同紙によれば、英国においてはヒップスターはすでに絶滅したサブカルチャーだという。彼らのシンボルとなった長い髭やニット帽、レトロなデザインの眼鏡、ヘルシーでオーガニックな食生活、クラフトビールは、今やすべてメインストリームの流行として一般に取り入れられているし、それ以外にヒップスターが残したものは何もないという。

また、テディ・ボーイやパンクやゴスといったこれまでのカウンターカルチャーと違い、彼らは「俺はヒップスターだ」とその属性を熱く語ることもなかった。その理由は、ヒップスターという言葉にはどうしてもジェントリフィケーションという汚れた言葉がセットでついて回るからだ。だから、彼らはスタンダップ・コメディやラップの歌詞などでおちょくられる対象になり、ロンドン暴動の発端となったハックニーのストリートには「ヒップスターは死ね」「ヒップスターは帰れ」といった落書きがあちこちに出現した。もしここで「好きなところに住むのが自由社会の基本だろ」とヒップスターが反旗を翻していれば、下層民から向けられる憎悪や迫害に対するミドルクラス・リベラル側からの反抗になり得ただろうが、彼らはそんなことよりもコーヒー豆がどこから来たか、どうやって煎れるかを考えることで忙しかった。

80年代のニューヨークのロウワー・イースト・サイドでは、Political Art Documentation/ Distributionという芸術家集団が再開発の対象になったビルの壁にジェントリフィケーション批判のアート作品を展示したことがあった。その時のメンバーの一人は、「アンチ・ジェントリフィケーションの展示作品そのものが、地域のアート性を高めるということによってさらにジェントリフィケーションを進めていた」と後になってその失敗を認めている。(http://www.theguardian.com/commentisfree/2013/aug/30/art-blame-gentrification-peckham

アートとジェントリフィケーションの逆説的で複雑な関係は一筋縄で行くものではなく、昔からクリエイターたちはその問題に突破口を見つけようと努力してきた。が、ヒップスター・カルチャーからはそうしたムーヴメントも出て来なかった。

それが「このカルチャーにはセンスはあったが、スピリットはなかった」とイヴニング・スタンダード紙が書く所以だろう。


ブレイディみかこ(ぶれいでぃ・みかこ)
1965年、福岡県生まれ。1996年よりイギリス・ブライトン在住の保育士、ライター。主な著書=『花の命はノー・フューチャー』(碧天舎、2005)、『アナキズム・イン・ザ・UK』(2013)『ザ・レフト』(2014、いずれもPヴァイン)。現在、月刊『みすず』(みすず書房)にて「子どもたちの階級闘争」を連載。ブログ=http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/


201601

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