ひまわり革命/傘の革命/しばき隊・カウンターデモ──路上の政治へ

五野井郁夫(国際政治学者・高千穂大学准教授)

ひまわり革命

2014年3月に、台湾で前代未聞の出来事が起きた。台湾の議会にあたる立法院に、数百人の学生が入り口を封鎖し、立てこもり始めたのである。学生らは「ひまわり運動(sunflower movement)」の名でfacebook上にメッセージを発信し始め、それに呼応し、多くの市民がひまわりを意味する黄色のはちまきをして集まった。
学生たちが行動を起こしたのは2013年6月に調印された中台サービス貿易協定が原因だ。この協定の批准をめぐって議会は紛糾した結果、与党は多数派を頼りに強行採決を行い、野党は台湾の中小企業がダメージを受けるとして猛反発したが、議会審議はたったの30秒で打ち切られてしまった。この「30秒審議」は民衆には支持されず、台湾の民主主義の否定と人々が受け取ったのだ。人口約2,300万人のうち約3分の1にあたる700万人がサービス業だが、協定を結んだら若者の雇用が脅かされるため、特に学生たちが協定の白紙撤回と民主的な議論を訴え立法院占拠を行ったのだ。
この議会占拠をめぐって、立法院の周囲には次々とテントが設営され、支援者は日ごとに増え続け、ついには1万人ほどの者支援者が訪れた。24日間、放水での攻撃をされても学生たちは耐え抜き、ついに台湾政府との交渉から譲歩を引き出した。

港千尋『革命のつくり方 台湾ひまわり運動──対抗運動の創造性』
(インスクリプト、2014)

傘の革命

香港でも9月28日から12月15日まで、約2カ月半もの間、学生らが香港の官庁街のセントラル、アドミラルティや繁華街のモンコックなどの数キロにわたる幹線道路を占拠し、バリケードを挟んでの警察とのにらみ合いが続いた。警察による放水や催涙スプレーを避けるためにビニール傘を使ったのが同運動の名称となった。また占拠抗議であったことから、オキュパイセントラル(Occupy Central)などとも呼ばれた。
遠因には中国の中央政府による愛国教育の強化があるものの、今回の直接のきっかけは8月31日に中国の全国人民代表大会常務委員会(全人代)が、行政長官の普通選挙に関する決定草案を可決したことだ。共産党政権の意中の人物が選ばれるよう、指名委員会という新たなハードル設定を義務づけたのである。この中国政府による事実上の民主主義の無効化に対して、学生たちが「我要真普選(真の普通選挙を求める)」と訴えたのだ。この学生たちの抗議に、一般の市民らも賛同し、路上でのピケ張りやバリケードづくりなどは、建設現場で働いているプロたちが手伝うといった動きも各所で見受けられた。
台湾同様に政府と学生との対話も実現したものの、結果は物別れに終わり強制排除された。だが、民主主義を求める民衆に対する中国政府の力に頼った一方的な弾圧と強制排除の様子がこの運動によって世界中に報道され、中国政府のイメージダウンを招くこととなった。

アドミラルティ(香港)の占拠現場(2014年11月7日、筆者撮影)

しばき隊

ヘイトスピーチデモやヘイトクライムが悪化しつつあった2013年1月末、それらに歯止めをかけるべく「レイシストをしばき隊」が新宿で結成された。沿道から抗議の声を浴びせるのが近年の「カウンター」のスタイルになっているが、初動はかなり違った。当時、在特会の排外主義者らはデモ終了後に「お散歩」と称して、新大久保の韓流ショップなどの店員や客、周辺の民族学校に嫌がらせを行っていた。
こうした悪質な行為を止めるため、集まった「しばき隊」メンバーたちが商店街の各所に配した。名前こそ「しばき隊」と暴力的だったが、当初から弁護士らプロボノたちも参加し、差別主義者に非暴力で身を挺して抗議をするガイドラインに各メンバーが従い、合法の範囲内で差別主義者による商店街での狼藉を防いだ。13年3月にはカウンター側の人数が排外デモ側を上回り、ついには200人弱の排外デモに対して約3倍である600人もの「しばき隊」「プラカ隊」が囲むようになる。現場のしばき隊のメンバーは数十人ほどにすぎず、あとはウェブ上の告知を見て自然に集結した人々だ。
しかも「しばき隊」自体は一定の成果を上げたため2013年9月に役割を終えて「C.R.A.C.(Counter-Racist Action Collective)」へと名称変更したにもかかわらず、排外主義デモ参加者にとってかれらを路上で取り囲む人々は、いまだにすべて皆「しばき隊」に見え続けている。

最近の都市空間におけるデモの現状:非暴力とメディアの支持

これらの東アジア地域での路上の抗議行動やデモ、そしてカウンターにはさまざまな共通点がある。まず非暴力であることだ。どんなに高邁な理想があっても暴力の使用を許可しない。非暴力を貫き、「暴力的」な政府やヘイト・デモと「非暴力」の抗議者という構図を出現させられなければ、参加者はもちろん、取り巻く人々と世論、そしてメディアの支持を取り付けることはできない。
台湾や香港では、現場に集まってきた学生たちは泊まり込みで平和的に応援し始めるようになる。国際世論の支持も抗議側に傾き強制排除は難しくなったなか、台湾では学生が勝利を確信して非暴力のうちに自主退去した。香港では11月のAPEC後に香港に対する海外メディアの視線が一瞬遠のいた時期に、政府側が弾圧したが、学生側は応戦せずに非暴力を貫き、なかば「自主的」退去をした。
「しばき隊」などのヘイト・デモに対するカウンターも、自分たちの側に法的正当性を付与するために、また誰でも参加出来るようにするために、非暴力を掲げる。「カウンター」の側からはけっして先には手を出さない。結果、路上での戦端は差別主義者や警察によって開かれ、もみ合いとなる場面が多く見られた。これらのどの運動とも、警官隊の強制排除に抗しつつ、かつ報道で映える画として、座り込みやダイ・インへと戦術を即座に変えた。路上に寝そべった無抵抗の抗議者を強引に引っ張っていくのはいかにも暴力的に見えるからだ。

これまでと違う変化の諸相と背景:
ネット、互酬の公共空間

いずれの運動も、参加者はfacebookやtwitterなどのネット情報を頼りに集まってきた。これは「しばき隊」でも見られたことである。このネット情報を見た支持者らによって、水や食べ物、プラカード等はすべて市民たちからのカンパと支援だけで成り立っていたことも特記すべきだろう。台湾でも香港でも、新大久保等のカウンターでも、みな互いに与え合い、路上の自主清掃にも余念がなかった。かつてマルセル・モースが描いてみせた、贈与や互酬といった交換の原理が、超資本主義社会の都市で路上が開放された公共空間の風景として復活したのである。
抗議参加者らはこうした贈与や互酬の原理を情報分野にも適用した。路上のテントには無料のWi-Fiも設置し、抗議にかんする情報を逐一ウェブ上にアップロードできるようにしていた。こうしたサイバー・スペースという公共空間でも、現実の公共空間とパラレルに情報のシェアや発信を対外的な情報発信も活用した。かれらは占拠運動の正当性と人々からの支持を海外発信し、民主的正統性と政府の横暴を各国語で世界中の世論に訴えていった。実際に台湾についてはアイ=ウェイウェイやノーム・チョムスキーが、香港は村上春樹ら世界的知識人が相次いで賛意を表明し、抗議参加者らの声に応えた。

路上の政治、再び

民主主義国か否かに関係なく、このように路上の政治が再び戻ってきた。民主主義ではない国では民主主義と正義を求める運動として、民主主義国では議会政治の機能不全を目の当たりにした人が議会外での民主主義と正義を求める運動として、既存の政治体制に対してさまざまな抵抗運動を自己組織的に起こすことによって、世界中で既存の政治のモードや統治性の転換をはかろうとしている。この路上の政治は、議会政治のトラックに運動を乗せることが出来る場合もあれば、各国の政治体制が脅威と感じる閥値を越える叛乱として表出した際には、鎮圧が容赦なく推し進められる場合もあった。
これら路上の政治という状況は、なにも今に始まったことではない。2000年代後半から、新しいアナキズムの形式として既存の形式とは異なるラディカル・デモクラシーの運動が、あるいは「オキュパイ(Occupy)」という形式で立ちあがってきた。
人々は、受動的に受け止めるだけのペシミスティックな認識から、現状が不正義な状態であるとする認識と、その不正義を自らの力で変えうるという認識を持ちつつあり、それらを実行に移すようになってきたのだ。不正義に対する怒りを契機とし是正を求める都市での叛乱は、一連のアラブの春のカイロ・タハリール広場、マドリードやリスボン等のM15運動での広場という公共空間で、議会外での直接民主主義の表現として、不正義状態を是正しようとするラディカル・デモクラシーとしてのデモと占拠へと人々を向かわせることとなった。その反復が各都市の特性とのコンビネーションによって差延し、ニューヨーク、ロンドン、東京の官邸前、香港、台湾、そして各都市へと世界中へまたたく間にウェブを媒介として波及する過程で、当初のコピーからバナキュラーな場でのそれぞれの都市のオリジナリティが開花していったのである。

五野井郁夫『「デモ」とは何か──変貌する直接民主主義』
(NHK出版、2012)

ラディカル・デモクラシーの劇場としての都市空間

ラディカル・デモクラシーといえばエルネスト・ラクラウとシャンタル・ムフらが1980年代後半頃から、ポスト・マルクス主義の文脈で従来のリベラル・デモクラシーに替わるものとして提起した概念など、さまざまな論者がさまざまな文脈でこの言葉を使ってきた。それらの共通点は、政治が技術的な行政国家現象や市場による生活世界の支配から闘技(agon)によって「政治的なもの」を再興しながら、民主主義をより根源的に再生させるものだ。
これら近年のラディカル・デモクラシー論には二つの方向性がある。ひとつは、ヘゲモニーに対してカウンター・ヘゲモニーを都市空間の中で戦略的に差し込んでゆく、ラクラウとムフ、ウィリアム・コノリーらの議論に代表される立場だ。ラカン的な意味での欠如を埋めていく運動とも言える。ここでのヘゲモニーの実践は、カウンター・へゲモニーを立てて都市のヘゲモニー空間をデモし周囲の空間を占拠することで差異化、多元化(pluralization)を推し進めていくものだ。
もうひとつは、ジル・ドゥルーズやデリダ、ネグリらによる、カウンター・ヘゲモニーを立てること自体がヘゲモニー再生産の連鎖となるため、それらに抗する形で、ノン・へゲモニックなラディカル・デモクラシーを志向する立場である。ラカンの云うところの不在対象を目指し続けるヘゲモニー闘争としてのラディカル・デモクラシーは、その不在対象を中心とする超越論的構成から脱することができないとノン・ヘゲモニーを志向する立場から批判される。そしてむしろラカン的な欠落ではなく逆に過剰さ(abundance)という、人々の溢れ出る潜勢力の中から絶えず生成される差異化の力のうちにラディカル・デモクラシーが模索されるのである。

ヘゲモニーを目指さない政治が変える都市の風景

それは、やや古めかしいが的確な表現を借りるならば「民主主義の永久革命」(丸山眞男)として、既存のデモクラシーに満足せず絶えず抗し続ける営為である。かれらは、ベンヤミンが『パサージュ論』の冒頭で唾棄してみせたような既存のヘゲモニーの空間を追認する都市の陳腐なモニュメントに堕していない、何でもない場所でデモや占拠をし、絶えざる差異化のもと、まるで『不思議の国のアリス』の登場人物たちがやってみせたように、新たな何かへと生成変化を遂げてゆこうと試行する。
いまやデモの日常化に看取されるごとく、ヘゲモニーを目指さない政治として都市空間において、日常的にわれわれの前へと立ち現れ、われわれをも巻き込んでゆく風景である。このような風景が都市を舞台に、いまアジアと世界の路上でグローバルな不正義に抗し、民主主義を求める永久革命として立ち現れつつあるのだ。これら近年の路上での正義と民主主義を求める動きは、都市そのものの風景のみならず都市や文化とわれわれの関係性をも、知らず知らずのうちに変容させてゆくのである。

五野井郁夫(ごのい・いくお)
政治哲学者/国際政治学者。高千穂大学経営学部准教授・国際基督教大学社会科学研究所研究員。専門は民主主義論。東京大学大学院文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了、博士(学術)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。


201501

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