独立する街──ゲイテッド・シティからクローズド・コミュニティへ

日埜直彦(建築家、日埜建築設計事務所主宰)
冷戦下における先進国と開発途上国の間の経済格差、いわゆる南北問題がグローバリズムの進行につれて国内間の経済格差へと折り畳まれる。グローバリズムの進行はまた、自由貿易協定やブロック経済化によってそれぞれの国の国境の役割を希薄化させて、国際的に都市と都市が直接繋がり、あるいは競合する状況をもたらす。そして1980年代以降の政策的な民間活力導入の流れは、市場原理を追求するネオリベラリズムと合流し、自治体の公的役割と民間の私企業の分節を限りなく薄めていく。国内経済格差の拡大、経済面が主導する都市間競争、そして公的領域への市場原理の浸透。こうした状況はすでに前世紀末にはサスキア・サッセンなどが描き出していたものだ。

トマ・ピケティ『21世紀の資本』
経済格差の拡大傾向については、この論考に前後して邦訳刊行されるトマ・ピケティの『21世紀の資本』(山形浩生ほか訳、みすず書房、2014)が不吉な将来像を示している。その主張は、所得格差は、例外的に2つの大戦の前後においては縮小したが、あらゆる要因の影響を考慮しても基本的に一貫して拡大してきた、というものだ。この主張の経済学的な意味の吟味はともかく、所得再配分に否定的なネオリベラリズムの伸張と相まって、経済的な面において国民あるいは市民の一体性がその基盤を失っていく傾向があるとすれば、それは都市において最終的に何に帰結するだろう。

2013年に刊行されたデヴィッド・ハーヴェイ『反乱する都市──資本のアーバナイゼーションと都市の再創造』(森田成也ほか訳、作品社)、とりわけその第2章は、そのマルクス主義のロジックを越えて、こうした関心に対する明快な示唆を与える。一般に経済成長はその過程において循環的に過剰資本と過剰労働力を持て余すが、それを吸収する主要な手段がほかでもない資本蓄積としての都市化と不動産投資であり、そしてそれが再帰的に経済成長そのものを支える空間を創出する。そしてまた、都市化は単に経済活動であるのみならず、低所得者層をその回路に組み込むことで政治的保守性へと誘引し、その格差を固定化しさらに拡大する所得移転の構造を形成する、という主張だ。その構造は最終的には社会的に共有された有限のリソースとしての空間の、資本の論理による占有に至る。都市のそうした構造の裏面にハーヴェイは、抵抗の空間としての都市空間を見てもいる。例えばロンドン暴動、タハリール広場、オキュパイ運動、最近であれば香港のアドミラリティとモンコックの占拠など、近年とみにそうした事例が増えてきているわけだが、しかしそうした対抗的な動きについて、はたしてそれほど楽観的になることができるだろうか。

タハリール広場デモ(cc: photo by Jonathan Rashad)

香港反政府デモ(cc: photo by Trey Menefee)

いずれにせよ、グローバリズム=ネオリベラリズム=都市化のこうした事態について、われわれは知らないわけではない。海外資本が参画するREIT(不動産投資信託)との付き合いは珍しくなくなっただろうし、投資家向け目論見書のような開発計画も日常だろう。直近の話題で言えば2020年のオリンピック施設計画における民間デベロッパーの揃い踏みといった状況も同様の現象と言えるだろう。10年前を具体的に思い出してみれば、たしかにずいぶん状況は違ってきているのだ。

サンディ・スプリングス市(cc: photo by Maksim Sundukov)

そんな状況の極端な事例のひとつがアメリカのサンディ・スプリングス市だ★1。2014年春にTVなどで「富裕層が作る自治体」として紹介されていたのを記憶している読者もいるかもしれない。アトランタに隣接する郡部に位置する新興の高級住宅地が、富裕層住民による住民投票により郡部から独立した自治体となった事例だ。郡内でも高所得者が多いこの地域の税収が自分たちにではなく他の地域の公共事業に再配分されることを嫌う、典型的にネオリベラリズム的観念に基づき自治体が生まれた。この自治体の公共事業は徹底的に民間委託され、その意味ではPPPによる自治体ということもできる。結果的に高税収地域を失った郡内のその他の地域は公共サービス水準を切り下げることを余儀なくされ、低所得者層と高所得者層の間に教育、インフラ、警察、消防などの格差が生まれた。こうした格差は地価に直接反映し、低所得者が住むことができない地域を形成することを通して、結局のところさらに格差を強化する。

こうしたあからさまな社会的分断が現実化していること自体がインパクトがあるわけだが、驚いてばかりはいられない。この事例の本質は、付加価値を生む業務ではない行政サービスを徹底的に外部化し、そこに隣接低所得地域からの労働者を従事させることにある。つまりその意味で実態的には周辺住民に依存しながら、本来生じるはずのコストを負担しない排除の構造によって成立していると言えるだろう。その意味で片務的あるいは搾取的な行政の構造を成立させてしまっているわけだ。

一方でこの事例はかなり特殊だろう。つまり自治体の設立に至るような事例は類例がたくさんあるわけではなく、公共事業の外部化もこれほど極端な事例は聞かない。また全体としてサッセン、ピケティ、ハーヴェイなどから見えてくるような現代都市の様相が集約的にここに現われているというわけでは必ずしもない。だが他方でこの事例をより一般化して考えることもできる。自治体設立というような明示的な画期を経ずとも、自然に富裕層と貧困層の空間的棲み分けが生じ、社会的分断が際立ってきている場所は珍しくない。そしてそうした場所においては分断が強化されつつあるし、また将来においてもさらに明確なものになっていくだろうことも容易に予想できる。こうした変化を引き起こす要因として、日本の場合であれば人口減少が強く作用するだろうし、政策的なコンパクト・シティの誘導や都心回帰の動きもまた関係してくるだろう。いずれにせよ、このような現象は現代都市についてよく言われるセキュリティ都市やショッピングモール都市のように局所的で物理的なボーダーを伴う都市形態ではなく、それだけに広範に都市のありようを変質させる分断として現われてくるだろう。

そのうえで、こうした事態を的確に捉えるために、都市組織のありようを地理的空間的に捉える視点が必要であるように思われる。社会はどのみちモノリシックな塊ではなく、必然的にさまざまな尺度で分化し、また同質のものが凝集集積する傾向を持っている。そしてその分担された総合性が、全体として生態系のように絡み合いながら、ニッチをフォローし、さらに新しい分化を創発することで都市という組織が維持され発展するのだとしたら、その分化と結合は具体的には空間において生じるものである。そうしたあるひろがりを持った組織の全体像を的確にフォローするためには、空間的な配分と不均衡を把握することが不可欠だろう。サンディ・スプリングス市の事例をその全体像の空間的分断の様相において把握すれば、そこに起きている不公正があからさまに露呈してくるように、それは現代社会における建築・都市のマクロの姿を客体化する起点となり、また最終的には社会的分断に抵抗する社会的包摂のツールともなるはずだ。

旧来通りの均衡ある発展と平準化を指向するような都市観は(これまで通り)ネオリベラリズムの二枚舌に都合よく利用されるだろう。現実離れしたこぎれいな理念と、都合のよいところだけつまみ食いする視野からの排除こそが、その常套手段なのだから。分断それ自体を客体化し、すでに存在しこれからもあり続けるだろう異質性を具体的に見定めていく、そうした都市への視野をいかにして具現化することができるだろうか。


★1──「"独立"する富裕層 ~アメリカ 深まる社会の分断~」http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3488_all.html


日埜直彦(ひの・なおひこ)
1971年生。建築家。日埜建築設計事務所主宰。芝浦工業大学非常勤講師、作品=《ギャラリー小柳ビューイングルーム》《セントラルビル》《ヨコハマトリエンナーレ2014会場構成》ほか。共著=『白熱講義──これからの日本に都市計画は必要ですか』『磯崎新インタヴューズ』。「Struggling Cities」展企画監修。


201501

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