移動する記録と記憶
──デザイン/アーカイブ/エスノグラフィー

水野大二郎(慶應義塾大学環境情報学部准教授、デザインリサーチャー)+松本篤(NPO法人remo研究員、AHA!世話人)+大橋香奈(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科博士課程)

4 移動する「ホーム」のかたち

──移動前提社会における記録や記憶のあり方について、今後の研究やプロジェクトの展開についてお聞かせください。

松本──「ホーム・ムービング!」というアーカイブプロジェクトを2017年度から水戸芸術館で始めています。プロジェクト名には3つの意味が込められています。1つめは、8ミリフィルムの収集、公開、保存、活用というアーカイブのプロセスを、動態的なものとして捉え直そうという態度表明です。映像そのものに価値を見いだし、残していくアーカイブではなく、映像を囲む場づくりそのものもアーカイブの営為として組み込もうとしています。2つめは「家が動いている」ということです。最初に出会ったフィルムが、GHQとして戦後すぐに水戸にやってきたアメリカ人によって撮影されたものだったんです。彼は昭和30年代前半の水戸の風景をカラーで記録していました。水戸にまつわる8ミリフィルムを探し始めたら、水戸出身ではない人たちが残していた。このプロジェクトでは、人の移動、記憶の移動について、水戸のまちを通して考えていきます。3つめは、アーカイブ・センターそのものが移動するという意味です。一般的にアーカイブとは堅牢で、ひとところに資料が集まるといったイメージがありますが、この試みでは、センター自体がカルチュラル・プローブとなって移動しながら、記録や記憶が集まる場所、分かち合える場所をつくろうとしています。

以上の3つの意味をもった取り組み、いわば、"Living is Moving"の実践です。この取り組みは、アトリエ・ワンの貝島桃代さんが行なう水戸のまちをリサーチするプログラムとも密接に連動したものになる予定です。

昭和30年11月に水戸市内で撮影されたフィルム(デジタル化された映像からキャプチャ) 撮影者は昭和20年10月に先遣隊として水戸に進駐して以来、退役後もアメリカに戻らず、水戸に住み続けた。
[提供=AHA!]

水野──移動前提社会は労働環境を劇的に変えました。このことはコワーキングスペースや、ノマドワーカーを前提とした多様なオフィスのデザインとして表出したかと思います。そして今、住居も移動し始めており、トレーラーハウスや無印良品の小屋、Airbnbなどが注目されています。今日皆さんのお話を聞いていて、家族のかたちは職場、家、そしてサードプレイスにどのような影響を与えるのか引き続き考えたいなと思います。具体的には、移動型展示を2018年の10月に東京の路上や駐車場で行なうことを予定しています。

あと、『Family Rituals 2.0』(Royal College of Art、2015)というPDFがネット上に公開されていますが、これはサザエさん一家のように家族がちゃぶ台をとりかこめない、離散的な家族の家族内儀礼(Family Ritual)をリサーチしたものです。カルチュラル・プローブを用いて、バラバラに暮らしている家族を調査し、その結果に基づき未来の家族内儀礼を提案している。移動前提社会における新しい家族内儀礼は、今後の住宅設計にも多大なる影響を与えるのではないかと思います。このことは引き続き研究していきたいと思います。

大橋──まずは「モバイル・ラボラトリー」としての上映会、『移動する「家族」』を上映して対話する場づくりを、全国各地、いつかは海外でも実践したいと思っています。そして、その実践から学んだことを研究に反映させたいです。

移動する「家族」の暮らし方を研究していると、移動先でどうやって自分の「ホーム」をつくっているのかが見えてきます。例えば、ネパールの人が日本の典型的な団地のなかに、どうやってネパールの実家のような「ホーム」をつくるかというと、ヒンドゥー教の祭壇をアイロン台でつくって、そこで毎日儀式をしたりしています。

ネパール出身の男性が暮らす団地の部屋につくられた祭壇
[大橋香奈『故郷[Home]』(2015)より]

研究を続けるなかで、移動先で自分の故郷や実家、「ホーム」を感じられる空間をつくる能力、移動する「ホーム」を自分でつくるためのさまざまな戦術や知識に出会いました。仮設住宅で楽しく暮らす知恵と実例を集めた『仮設のトリセツ──もし、仮設住宅で暮らすことになったら』(主婦の友社、2012)の岩佐明彦先生が、私の研究の映像を観たときに、「環境移行」というキーワードを挙げてくださいました。災害、病気、老化などの理由で、本人が望んでいなくても移住せざるをえなくなる場合があります。そうした時に、生活環境が一気に変わる、その環境移行による負荷をいかに低減できるか。例えば、望まない移住をした被災地の人たちが、仮設住宅をはじめとする移住先で、どうやって少しでも心地よい「ホーム」を実現していくか。そういった環境移行を乗り越える能力や知識の蓄積のための、映像によるアーカイブやエスノグラフィーの可能性もあるのではないかと考えています。

[2018年4月15日、あーすぷらざにて]


水野大二郎(みずの・だいじろう)
1979年生まれ。デザイン研究者、デザインリサーチャー。芸術博士(ファッションデザイン)。慶應義塾大学環境情報学部准教授。共著=『リアル・アノニマスデザイン──ネットワーク時代の建築・デザイン・メディア』(学芸出版社、2013)、『インクルーシブデザイン──社会の課題を解決する参加型デザイン』(学芸出版社、2014)など。編著=『fashionista001』『vanitas005』(vanitas編集部、2012-18)ほか。

松本篤(まつもと・あつし)
1981年生まれ。2003年よりremoメンバー。2005年より市井の人々による記録の価値を探求するアーカイブ・プロジェクト、AHA!を始動させる。現在、東京大学大学院学際情報学府の博士課程に在籍し、"アーキビストなしのアーカイブ"のメディアデザインのあり方を人類学的な視点から研究している。編著=『はな子のいる風景』(武蔵野市立吉祥寺美術館、2017)。共著=『フィールド映像術』(古今書院、2015)ほか。

大橋香奈(おおはし・かな)
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科博士課程。大学院にて「移動」と「家族」をテーマに、「トランスナショナルな生活世界」について映像民族誌的アプローチで研究を行なう。共著=『フィンランドで見つけた「学びのデザイン」』(フィルムアート社、2011)。


201805

特集 コミュニティ・アーカイブ──草の根の記憶装置


アーカイブを憎むな、アーカイブになれ
移動する記録と記憶──デザイン/アーカイブ/エスノグラフィー
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