近代と理論がどうクロスするのかを論じるなら
──『近代建築理論全史1673-1968』評

土居義岳(九州大学大学院教授、建築史)

ハリー・フランシス・マルグレイヴ
『近代建築理論全史1673-1968』
(加藤耕一監訳、丸善出版、2016)

はっきり規定された期間(1673〜1968)の、建築理論の歴史的サーヴェイ(原著の副題にそうある)であり、翻訳で2段組1000ページちかくに及ぶ。建築の理論に的をしぼったものとしては、過去にエドワード・ロバート・デ・ザーコ『機能主義理論の系譜』(原著1957年、翻訳1972年)があるが、それとも桁違いに詳細にして浩瀚なものである。建築理論の多様性と、諸理論がどのように建築史の諸プロセスと密接にかわってきたかを、具体的かつ平明に述べている。建築の存在意義のそのものを、専門家のみならず一般読者にも伝えうる文献である。リオネロ・ヴェントゥーリの『美術批評史』やバートランド・ラッセルの『西洋哲学史』などのような位置づけかもしれない。
著者マルグレイヴはもともとドイツ観念論的美学を研究しており、その成果を『感情移入、形態そして空間──ドイツ美学の諸問題』(The Getty Center, 1994)として出版している。この書も興味深いもので、マルグレイヴが90ページほどの総論ののち、ヴィシャー、フィードラー、ヴェルフリン、ゲラー、ヒルデブラント、シュマルゾウの主要テキストを、ドイツ語から英語に翻訳する。そして『ゴットフリート・ゼンパー』(Yale Univ. Press, 1996)を世に問う。近年は浩瀚なアンソロジー『建築理論』2巻本(2006、2008)や『建築理論序説』(2011)も出している。


全体の組立ては、意外とシンプルである。まず言葉の定義として「はしがき」がある。それから、明記されてはいないが、おおきく前史と本史からなる。前史とは、ようするにフランス、イギリス、ドイツ語圏の説明である。それらの文化圏における、古典主義、新古典主義、折衷主義、ピクチャレスクや、新旧論争、19世紀的様式論争、そしてマルグレイヴのハードコアというべき、ゼンパー論と感情移入論が提示される。しかし本史は、あくまでアメリカである。ヨーロッパや非西洋圏も言及されているが、あくまでアメリカが最終受容地である。基本的に、ヨーロッパで形成された諸理論が、アメリカにどう伝えられ、解釈され、発展されたかを、やはりアメリカ的意識のなかで論じた、アメリカ中心的なヴィジョンのもとにある。だから「全史」とはすこし褒めすぎなのだが、そもそも建築理論とは受容史でもある。
多様な内容の座標軸となるのが、「はしがき」における「理論」と「近代」という概念の定義、それをうけての「1章 序奏」における、まさに理論と近代がクロスする画期的なものとしてのクロード・ペローとその建築理論の解説である。あるいは彼と建築アカデミーの重鎮、フランソワ・ブロンデルとのあいだのいわゆる新旧論争において、「近代」という概念、あるいは「近代人」であるという意識が誕生したことも述べられる。


ところでマルグレイヴは共訳で『建築の4要素とそのほかの著作』(1989)も出版していたのだが、その共訳者ヴォルフガング・ヘルマン(1899-?)もまた重要な歴史家であり、『クロード・ペローの理論』(1973)においてペローの建築理論の重要性をはじめて指摘し、それにとどまらずロジエを、そしてゼンパーを論考し、イタリア語版『ゴッドフリート・ゼンパー』(Erecta, 1978)と英語版『ゴッドフリート・ゼンパー』(MIT Press, 1984)を出版している。このヘルマンの『クロード・ペローの理論』は画期的であった。ウィットカウアが、おおまかにはルネサンス人文主義の再生というかたちで近代を論じてきたことを、根底から覆すようなことであった。だから触発されたジョゼフ・リクワートは『最初の近代人たち』(1980)を書き、最初の章をペローにあてて、その近代人であるゆえんをくわしく説明している。さらにアルベルト・ペレス=ゴメスは『建築と近代科学の危機』(1983)のなかで、やはり詳しいペロー解題からはじめている。さらにアントワーヌ・ピコン『クロード・ペローあるいはある古典主義者の好奇心』(1988)がとどめをさす。これらの1973年から1988年にかけての、ひそかな大論争ともいうべき4書は、いまや古典的でもあるトマス・クーンの『科学革命の構造』にもかさなる構図のなかで、17世紀の近代科学という、いわば外部からの「理論」が建築に適用されることで、ルネサンス建築の人文学的パラダイムは粉砕され、そのことがおおきな基盤となり「近代」という枠組みを動揺させている、ということを論じている。
ヘルマンからペロー論やゼンパー論などを継承したはずのマルグレイヴは、そのことに言及していない、というのが「1章 序奏」におけるペロー解題を読んだときの、軽い驚きである。マルグレイヴはとうぜんこうした研究史を知っている。注のなかでヘルマンや、リクワートによる文献のタイトルくらいは引用しているし、ピコンの著作を賞賛もしている。ただペレス=ゴメスに言及しないのは不思議である。マルグレイヴは、これらをこそ引用し、論じなければならないと思うのだが、結果として、80年代におけるペロー論展開がもっていた革新的な意義を隠している。近代と理論を論じようというのではなかったか。建築理論のアンソロジーは、それについての研究のアンソロジーであり、市民講座的であってもいいのだが、ほんとうはもっと深い主題であるということを、補足したい。


原著がこうなのだから翻訳者たちも苦労する。もちろん気をつけてほしいこともある。例えば原著9ページの"positive and arbitrary beauty"が翻訳19ページでは「美の実証性と恣意性」と訳されている。これはやはり直訳的に「明証的な美と恣意的な美」とすべきであろう。さらに本質的に、"positive"は「実証」的と訳してはいけないと思う。フランス語の"positif"を英語の"positive"に置換したことはたぶんいいのであろう。しかし日本語で「実証」的などとしてしまうと、17世紀の話題なのに、19世紀フランスの実証主義(positivisme)が連想されてしまう。しかも実証主義とは、オーギュスト・コントを読めばわかるように、神や自然界の超越的な摂理や法則から現実を説明するのではなく、むしろ経験的な知識にもとづき、一般法則を構築していこうという近代的な態度である。ところがペローが論じている"positif"とは、神学的とまではいえないが、自然学的な、人為を超越した、普遍的かつ超越的に作動するものという意味でつかっている。すなわち"positif"は17世紀においては超越的であり、19世紀においては即物的である。意味が逆転しているのである。だから積極的な理由からそれを「実証」と訳さないほうがいい。理論にかんする研究なのだから、こういう点には慎重であってほしい。
さらに20ページだが、ペローの原著『五種類の円柱』からのマルグレイヴによる英訳としては、「科学に遂行された無慈悲な戦争」とするのはまだ正確だが、和訳でそれを「科学に遂行された無慈悲な戦争」とするのはむつかしいと思われる。ペローの『五種類の円柱』を読めばわかるが、アリストテレスに追随する中世のスコラ学の頑迷な態度が、学問には求められる自由な探究を阻止してしまった、ということを彼は嘆いている。マルグレイヴは、フランス語から英語へはただしく訳しているものの、それが17世紀のどういう文脈で書かれたかは、じゅうぶん説明していない。17世紀の近代科学が外部から建築につよいインパクトもたらしたという、先行研究の基本的な成果と立場を、マルグレイヴは無視している。また彼は、フランス建築をくわしく調べてもいないかのようである。46ページなどでは建築家「ブリゾー」という表記なのだが、むしろ「ブリズ」が相対的に適切であろう。そもそも原著においてBriseaux(フランス語ならブリゾーの発音でよい)とBriseux(日本語にない母音があるとはいえブリズでよい)が混在している。校正ミスぐらいでは価値は損なわれないにしても、なんとかしてほしい。全般的には、原著においては歴史的枠組みが曖昧なので、訳者も、どの訳語を選ぶかということを文脈からは判断しづらいようである。


字数制限の関係で、あとは駆け足である。イギリス、ドイツの全般的説明については、可もなく不可もない。観念連合はもっとくわしく分析すべきとおもうのであるが。もちろん9章における、感情移入論、建築心理学がマルグレイヴの専門であるのだが、総論のためにあえて抑制されている印象である。ただマルグレイヴ理解の補助線を考えてみると、カントの判断力批判、ヘーゲルの美学はそもそも精神しか認めないというような極端な観念論である。いっぽうゼンパーはむしろ物質から出発する立場である。この観念論と物質論を架橋するようなかたちで、感情移入論の存在意義があるのだと思う。あるいは、マルグレイヴは戦略的にそのようなヴィジョンを選んだのだと思う。これは近代哲学の基本構図のようなもので、デカルト哲学のように主観と客観がきびしく峻別されるままでは困るので、主観が感情なるものを対象に投影することでなりたつ。彼はとくていの論考の側にたつのではなく、この構図のなかで、広汎な建築家たちの理論を論じられるというように考えたのであろう。
アメリカ論としてはエマーソンの超越主義をとらえるのは、文化論、芸術論としては常套であるものの、建築論では新しく、きわめて見通しの良いパースペクティブをあたえている。柄谷行人が『日本近代文学の起源』において風景と内面が相応して確立されることを指摘したくだりの読了感に似ている。新大陸という世界の世界性を発見するなかで、アメリカ的なもの、地域性の意識が誕生する。そのうえで旧大陸から移入された唯物論をふくむ形而上学が、葛藤する。それがマルグレイヴの基本構図であり、そのなかでライトはあくまでアメリカ人であることで相対化され、ル・コルビュジエはあくまで旧大陸人でありアメリカ的なものを理解しない人間であるとされる。彼らは架橋者ではない。では架橋者はだれか。ミースとグロピウスであり、まさに彼は、ドイツ観念論、ゼンパー物質論、感情移入論の3点セットでもって、めだたず、ゆるやかに、しかしちからづよく、彼らを擁護してゆく。そしてそれが1968年の大学紛争により有効性を失効するまでつづくのである。


マルグレイヴの本書は、いろいろ問題をかかえているとはいえ、読み物としては面白い。つまり圧倒的な当事者意識がある。趣味論、折衷主義、リアリズム、ザハリヒカイト、神智学、構造主義、現象論など諸理論の解説は、初学者むきで、わかりやすい。政治的、経済的、技術的、文化的な背景をしっかり説明し、建築家たち関係者の具体的な動きをおさえることで、理論がどう現実の状況のなかで適用され、妥当し、あるいは矛盾したかが平明にわかる。理論のための理論史ではない。現実との葛藤のなかの理論である。1968年を近代建築理論の終焉とするシニシズム、ペシミズムは彼の当事者意識をものがたっているようである。最終的にわかるのは、こうした諸理論をくぐりぬけ、生きてきたマルグレイヴまさにその人の精神史のように読めてしまう。評者はいろいろ文句をいうが、読み物として魅力は感じる。
細部の豊かな本書ゆえ、読者の好奇心にそったストーリーも構築できてしまうが、5点ほどきりとってみたい。
理論とは、なにより越境者たちのものであったという点。そもそもゼンパーは、ドレスデン動乱によりイギリスに亡命し、そこで建築理論を構築した。ペヴスナーの『モダンデザインのパイオニア』の背景に、ワールブルグ研究所が6万冊の蔵書とともにハンブルクからロンドンに渡ったことがあると彼は説明している。その書はイギリスのアーツアンドクラフトと、バウハウスとを架橋するという大胆なこと(ふつうならドイツにおけるマイスター的手工業の流れでバウハウスを説明するのではないか)をするのは、この組織的亡命が背景なのだが、この奇策ともおもえる枠組みが、普遍的な歴史枠組みになってしまう。それからギーディオンの『時間 空間 建築』は、グロピウスがハーバード大学の教授になり、この大学がアメリカでヘゲモニーを握るための、理論的バックアップであったという説明もそうであろう。ここでも新旧大陸の、狭間、架橋の状況が、ある大胆な理論構築をもたらした。
MoMA批判。つまり高踏的な旧大陸文化の窓口となり、アメリカ的なものを見下げ、特にライトには厳しいのではないか、という評価。建築界のゴッド・ファーザーといわれたフィリップ・ジョンソンのナチズム傾倒への批判はすこしくどい気もする。その当否はともかく、マルグレイヴもゲッティ・センターで重要な仕事をしていたように、アメリカ建築界ではアカデミーだけでなくミュージアム、キュレーションの力は大きいという文化状況である。それを日本からの視点で、金科玉条のようにとらえてはいけないという教訓もあるような気がする。アメリカにおける複数の文化戦略のあいだの葛藤が想像される。例えば、なぜ1990年代にドイツ観念論美学を再スタディする必要があったか(ドイツ/アメリカの地下水脈の再評価?)、なぜそれがゲティ・センターのチーフ編集者であったマルグレイヴの編集、出版活動のひとつとなっているか(MoMA的なヘゲモニーを相対化させようという文化戦略?)などという興味である。
1930年代の建築教育上の重要性。すなわちアメリカの主要大学では、いっせいに、フランス的ボザール的教育から、技術や社会的問題に立脚した近代建築的な教育にかわったことが指摘されている。フランスでも、1860年代に同じ趣旨の改革がなされたが時期尚早であって、やはり同時期にモダニズム指向の変革がはじまっている。じつは日本も同様で、同時期に中等教育すなわち高専のカリキュラムが講座制、すなわち建築学は構造力学、環境工学、建築計画などからなるという基本形が、政府によって策定され、それにもとづいて戦後の新制建築学科ができていった。日本では構造派が強すぎたものの、1930年代において、先進国ではそれぞれ教育を近代化したという共通現象には留意すべきであろう。
「理論」と「翻訳」は密接な関係にあるということも教訓である。そもそも古典主義が翻訳文化である。ルネサンスはギリシア語とラテン語を、俗語であるイタリア語に翻訳することであったし、フランスの古典主義はそれらをフランス語に翻訳することであった(ペローによるウィトルウィウス建築十書の翻訳!)し、イギリスはペロー文献を英訳して理論を広げたし、アメリカもそうして理論なるものを整備していった(マルグレイヴ自身の翻訳作業)。いわゆる近代主義が普遍性を主張するのなら翻訳ぬきにはありえない。冒頭でマルグレイヴを批判したのであるが、彼がつとめていたゲティ・センターからは、ペローの『太古人の方法による五種類の円柱のオルドナンス』の新しい英語版が1993年に出版されたことの重要性を、ぼくは認識している。
本書を翻訳した若い研究者たちも、構造的な状況に直面しているのかもしれない。マルグレイヴが終焉とした1968年のあと、日本の1970年代から今まで、じつは近代の超克的なメンタリティが建築史学の一部を支配していた。そのせいで実践的な建築家のほうが理論にはくわしいいっぽうで、建築史学は理論をさほどていねいには扱わなかった。日本における西洋建築研究者たちは、じつは主要文献を定期的に翻訳するていどのキャッチアップを基礎作業とするだけでもじゅうぶん貢献できたのに、それさえなされない。ウィットカウアとマルグレイヴのあいだに知っておくべきものがけっこうあるのだが、紹介はまだまだである。この共訳は、そのなかで基礎的、組織的な仕事を再開しようというもので、これからの萌芽を感じる。


土居義岳(どい・よしたけ)
1956年生まれ。建築史。九州大学大学院教授。著書=『言葉と建築──建築批評の史的地平と諸概念』(建築技術、1997)、『アカデミーと建築オーダー』(中央公論美術出版、2005)、『建築と時間』(磯崎新との共著、岩波書店、2001)ほか。


201702

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