出展作家から観たヴェネチア・ビエンナーレ──特別表彰は期待への投資である

西田司(建築家、オンデザイン代表)
2016年5月、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に出展作家として参加した。帰国し、一カ月以上が過ぎた今だからこそ、作家目線で、今年の日本館の展示の意義を振り返ってみたい。

en[縁]を内包した12の実践

「en[縁]:アート・オブ・ネクサス」と題され、12組の建築家の作品を紹介した日本館。20~40代前半の若手が主軸で、人の縁、モノの縁、地域の縁という3つの切り口で、建築という行為にまつわる、つながりや関係性を作品の主題として展示する試みだ。これまでの実作数や経験、言説の数では、年配の建築家にはとうてい及ばない若手を登用しているため、日本を出る時まで、今年の日本館への期待は、正直低かったと思う。誰ひとり、これまでのヴェネチア・ビエンナーレに出展した経験はなく(来場したことがある人も少数で)、作家自身、雲を掴む気持ちで、自身の作品紹介に注力していた。

会場準備風景
撮影=永井杏奈(以下すべて)

「人の縁」

人の縁というテーマでは、常山未央の《不動前ハウス》は、‪1/2‬の模型に影絵を描写し、シェアハウスに住む7人にとっての時間の移ろいを表現している。西田司+中川エリカの《ヨコハマアパートメント》は、‪1/5‬の模型に詳細に作り込んだ点景を入れ込み、パーソナルな居室と広場と呼ばれる共用部をスイッチングしながら生活する状況を描写している。成瀬・猪熊建築設計事務所の《LT城西》は、シェアハウスの空間利用を詳細な模型で表現し、そこに映像を組み合わせることによりシェアの状況を展示している。仲建築設計スタジオの《食堂付きアパート》は、周辺環境まで丁寧に再現した模型表現により、街と住人が建築を介してつながっている状況を紹介し、また仕組みも映像によって展示している。

西田司+中川エリカ展示

仲建築設計スタジオ展示

「モノの縁」

モノの縁というテーマでは、能作アーキテクツの《高岡のゲストハウス》は、リノベーション以前の建物で使っていた物品が会場に持ち込まれ、移設した屋根を表現した木の架構の下で、モノと住み手の時間軸の継承が意識されている。今村水紀+篠原勲(miCo.)の《駒沢公園の家》は、作品に留まらず、周辺の木造住宅をすべて軸組模型で表現し、一般的な木造住宅にも展開可能な手法として描写している。レビ設計室の《15Aの家》は、3Dプリンターで古家の木構造のすべてのパーツを切り出し、傷やささくれなど材料として積み重ねた年輪をそのまま模型表現に転写している。増田信吾+大坪克亘の《躯体の窓》は、アーティスト石山和広が撮影した素材の肌感が伝わる緻密な写真の丁寧なコラージュにより、圧倒的な物質感を持った建築写真と、窓の詳細模型を展示している。青木弘司の《調布の家》では、写真を映像的に使用した手法により、もとの家の痕跡と新たに加えた建築操作が、生活空間に重なって現れている様を表現している。403architecture [dajiba]による《ヴェネチアの橋》は、ヴェネチアにあるガラスの廃材を再利用したベンチで、地域の材を再編集して地元で使う実践である。

能作アーキテクツ展示

増田信吾+大坪克亘展示

「地域の縁」

地域の縁の、BUSの《神山町プロジェクト》は、3面スクリーンに投影された建築と里山風景から、自然環境の動きと連続したそこでの建築体験を伝えている。ドットアーキテクツの《馬木キャンプ》は、現地制作された実寸の木軸により、展示空間内に小屋のような環境が生まれ、そこに地域と関係している農業産物や縮小した《美井戸神社》や地元の方のインタビューを紹介している。

BUS展示

実践的な建築がそのままある

キュレーターの山名善之氏は、作家を自分色に染めていくタイプではなく、各作家の個性を重んじるキュレーションをしていたため、全体をハンドリングしたり、各々の個性を統合・調整することはあえてせず、作家は会場に持ち込まれた作品を見て初めて全体を知るような状況であった。誰しも全体がどう見えるかが大切とわかっていても、事前に作家同士で展示表現についての意見を交わすことはなかった。
そのため、日本館の展示は観る人に、実践的な建築がそのままある、という印象を与えたように思う。課題レポート的な印象は一切なく、模型や映像や写真などで、建築をそのまま紹介する表現。12の作品は、現地制作の‪1/1‬のモデルあり、映像による展示あり、詳細に作り込まれた模型や軸組だけの模型ありと、表現方法は異なるが、どれも一貫して、en[縁]を表現する展示方法を練り、分断ではなく結びつきを、対立ではなく共有可能性から建築を掘り下げている。一つひとつの作品の規模や手数は小さくとも、12組集まると、12の実践的なメソッドのようにも見え、建築の役割や価値がぐっと身近に感じられる。

展示風景

新たな共有可能性を目指して

今回のビエンナーレの総合テーマは、総合ディレクターであるチリの建築家アレハンドロ・アラヴェナが設定した「REPORTING FROM THE FRONT」で、各国の社会課題や解決困難な事象に、建築がどう向き合えるかを問うものだった。他国の展示では、移民の問題や、工事の労働問題や、都市の法規制や、郊外格差など多彩で、深刻な都市課題を軸にしていた。近年、ビエンナーレの建築展では、都市のマイナス状況を建築がどう支えられるかを展示するケースが増えており(見方を変えると怪我自慢的な切り口でもある)、今年は総合テーマがそれを一層増幅させていた。反面、実際の展示を見ると、都市課題のレポートにフォーカスするあまり、建築が不在になったり、建築の可能性を提示していない印象を受ける国もあった。都市が抱えるさまざまな課題にはローカル、グローバルな対立構造が内在し、その分析と報告に終始するほど課題への理解は深まる。しかしそこでは建築や都市のなすべきことはなにかという問いは弱まるものだ。そんななか日本館は、en[縁]をテーマに、多様な結びつき(nexus)により、建築や都市に生じる新たな共有可能性を考えていた。

日本館がヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で特別表彰を受賞したニュースは、広く知られることになった。現地で一報を聞いた時、驚きと喜びが合わさった不思議な感覚だった。翌日以降、新聞に載り、さまざまな人に祝辞をもらい、建築界にとどまらない話題となった。

会場風景

ビエンナーレに出展し、現地制作していると、準備期間から各国の建築家と対話する機会が多い。自国のパヴィリオンを紹介すると同時に、同時代に生きる建築家を通して世界の建築の傾向や可能性を知る (各国のナショナル・パヴィリオンのキュレーターや出展作家は若く、30~40代が主軸の国が多かった)。他国の建築家やメディア関係者と話していると、東京のような成熟した過密都市で、建築を通してシェアやコミュニティなどを考えていることに興味と理解があると感じた。特別表彰の日本館の受賞理由は「都市の過密な住環境で、集まって暮らすさまざまな新しい形を提案し、詩的な簡潔さを与えた」とあり、集まって暮らすことを建築的に理解し、表現することへの評価が垣間見られた。

会場風景

シェアとQuality of life

これまでの都市の住環境における建築では、他者と分節することと、効率的に集合させることが主流であった(日本は、世界的に見てもこの技術に長けており、小住宅でありながらハイクオリティな住環境を満喫していることは世界が知るところだ)。しかし一方、住環境でのアクチュアルなコミュニケーションは希薄になっており(一人世帯が全世帯の3割を超え)、これまでの家族の住空間が求めていた質だけでは解決できない課題を感じ始めている。そうした状況を受け、出展作家たちは住空間での個の独立性に変わる、新しいつながりや、集まり方を取り入れた価値を提示している。

日本館が示した建築をつくる知恵にとどまらず、人が集まり使い続ける知恵も同時に内包している建築は、移民を抱える地域や多民族地域で課題になる、多文化共生やソーシャルミックスへの実践的展開にも通じると感じる。これまでは、同じ時間や空間に異なる人が共存することをシェアの価値としていたが、それに加え、シェアを実現する仕組みや過程、家族でない他人同士が互いに影響しあい、つながり結びつくことにより得られるメリットや、生活の豊かさ(Quality of life)まで踏み込んで伝えていることが、日本館の特徴だったのだろう、と僕は思う(訪れた人々が日本館の展示を"Joyful"と評していたことは印象的だった)。

ピロティの縁側

en[縁]から始まるもの

この機会を得た後、自分たちの作品をen[縁]の視点から再解釈するようになったことの意味も大きい。僕たちが出展した《ヨコハマアパートメント》も、じつはすでに竣工から7年が経っている。設計当時は言語化できていなかった事象も、完成後の使われ方や、人の集まり方を観察してきたことを通じて得た経験的な価値を、展示にフィードバックできている実感がある。これまでバラバラに切れていたものを建築がつなぎ結びつけること、さらにその価値や効果が感じられるようになるには時間がかかる(時間をかけて価値を創造することなど、高度成長期にはむしろ疎ましいことだったとさえ思われる)。その価値を丁寧に拾い上げて言語化し、現代社会や世界の建築界に実践として問うことができたのは、展覧会という形式であったからこそだと感じる。

会場風景

「en[縁]:アート・オブ・ネクサス」の価値は僕自身、現時点でいまだ言語化できていないところが多い。自分は今回の出展が決まった時点で、en[縁]を作品に逆照射することで、結びつきを設計の価値として意識し始めた。今回の展示の一番の成果は、同時代に生きる若い作家たちが、さまざまなレイヤーで結びつきを創出している現状を共有したことだ。そして、出展した作家たちには、ここでの経験をこれから建築をつくる思考につなぎ、人と人、人とモノ、人と地域をつなぐ場面を生み出していくことが期待されている。それは、社会と建築をつなぐ建築家の役割でもある。ビエンナーレに参加して感じたことは、現地には国内外の同時代の建築への批評があり、建築家自身や作品を相対的に俯瞰する場があり、ここから建築を考え、つくるための確たる地平があるということだ。

特別表彰は期待への投資である。
そして僕たちは実践し、建築的思考を続けるしかない、
ここから建築をどう創出し、どう実現していくか、そこに今回の経験が試されている。



西田司(にしだ・おさむ)
1976年生まれ。建築家。使い手の創造力を対話型手法で引き上げ、さまざまなビルディングタイプにおいてオープンでフラットな設計を実践する設計事務所オンデザイン代表。主な作品=《ヨコハマアパートメント》(JIA新人賞、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館招待作品)、《ISHINOMAKI 2.0》(グッドデザイン復興デザイン賞、地域再生大賞特別賞)、島根県海士町の学習拠点《隠岐国学習センター》など。


201608

特集 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展──「en[縁]」の射程


en[縁]:アート・オブ・ネクサス──「質感」と「リズム」の建築
オルタナティヴの批評性と可能性
出展作家から観たヴェネチア・ビエンナーレ──特別表彰は期待への投資である
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