〈ファッションデザイン〉──システムをデザインすること

蘆田裕史(京都精華大学専任講師)

「新しい服が欲しいと思ったとき、あなたはどうやってそれを手に入れますか?」
 このような質問をされたとしたら、おそらく99%以上の人が「店で買う」と答えるだろう。だが、これはいつの時代も自明のことであったわけではない。例えば200年ほど前のフランス人であれば、「仕立屋につくってもらう」と答えるにちがいない。どのようにしてファッションを取り巻く状況が変化してきたのか、歴史をたどりながら見てみたい。

オートクチュールの誕生

 19世紀前半までのフランスでは、仕立屋が顧客と相談しながらどのような服をつくるか決めていた。そのような状況のなか、オートクチュール(高級仕立服)の祖と呼ばれるチャールズ・フレデリック・ワースは1858年に自身のメゾンを開店し、新しいシステムを考案する。それは、自らサンプルを制作し、それを顧客に見せて注文を取り、採寸して仕立てるという方法である。ワースはさらに、サンプルを顧客に見せるにあたって生身の人間に服を着せて歩かせるといういわゆるファッションショーをも行なった。
 ナポレオン三世妃ウージェニーをはじめ、王侯貴族やブルジョワジーの顧客を持っていたことから、ワースがつくる服自体も注目を浴びていたことは確かだと言えよう。だが、ファッション史においてワースが名を残している理由としては、やはりこのオートクチュールのシステムを確立したことが最も重要だと考えられる。
 ワースの時代から100年ほど時代を下ると、オートクチュールはプレタポルテ(高級既製服)に取って代わられる。もちろんそれ以前から既製服は存在していたが、1960年頃からピエール・カルダンやイヴ・サン=ローランなどオートクチュールのメゾンが次々にプレタポルテを発表し、次第にオートクチュールよりもプレタポルテのほうが勢いをもつようになってくる。これは「それなりの質のものを安価に提供する」という戦略の現われであるが、これ以降、価格は下降の一途をたどり、プレタポルテのブランドもセカンドラインやディフュージョンラインといった、より低い価格帯に設定されたラインをもつこととなる。

サイクルを加速させるファストファッション

 21世紀に入ると、ファストファッションが隆盛を極める。ファッションビジネスのシステムはオートクチュールであれプレタポルテであれ、一般的には半年に一度新作を発表するというサイクルで回ってきた。例えば秋冬コレクションであれば、春に商品を発表するが、実際にそれが店頭に並ぶのは晩夏〜秋頃である。一方、ファストファッションはファストフードになぞらえたネーミングで、商品企画から販売までの期間が「早い」──その早さの程度は会社によるが、早いところで1〜2週間とも言われる──ことがその特徴とされる。
 どのような商品を企画するか考え、型紙を引き、素材を調達し、縫製を行なうという服づくりのプロセスを踏まえると、量産に時間がかかることは仕方のないことである。それだけではなく、卸売りを主な業態とするブランドが商品の生産量に無駄を生じさせないためには、バイヤーから注文を受けてから生産に入る必要もあった。だが、ファストファッションのブランドの多くはGAPを嚆矢とするSPA──"Speciality store retailer of Private label Apparel"の略称で、企画から製造・小売までをひとつの会社で行なう──と呼ばれる業態であるため、服づくりのみならず販売までのプロセスすべてをひとつの会社でまかなうことができる。それゆえサイクルを早めることも、製造工程を効率化することも可能になったのである。もちろん、この方法には弊害も少なくない。企画に時間をかけることができないためパクリが常態化することや、生産時間の短さや商品価格の安さのために工場に過酷な労働を強いることなど、さまざまな問題が指摘されていることは付け加えておく必要があるだろう。

バーバリーの戦略

 2010年代以降、イギリスの老舗ブランドであるバーバリーが次々と新たな手を打ち始める。ひとつ目は、ライセンス契約の取りやめである。ライセンス契約による商品の企画・販売は20世紀のファッションビジネスにおいて重要な方法のひとつであった。これは、あるブランドが他国での利益確保や知名度向上を容易にするために、別の会社に商標の使用権を認める代わりに使用料を取るというものである。一昔前、お中元やお歳暮などのギフトでピエール・カルダンやイヴ・サン=ローランのタオルがしばしば使われているのを見たことがある人も多いのではないだろうか。あるいは現在でも百貨店に行けばヴィヴィアン・ウエストウッドの靴下やハンカチが売られている。これらはすべてライセンス商品であり、本国のブランドで企画をしているわけではない。
 バーバリーの場合は、「バーバリー・ブルーレーベル」や「バーバリー・ブラックレーベル」という日本企画のラインがかつて存在したのだが、多くの人にとってはこちらの方が馴染みがあっただろう。それは、ライセンスビジネスが知名度向上にも一役買っているため当然のことである。だが、バーバリーはこのライセンスビジネスをやめることにする。ライセンスブランドは手の届きやすい価格帯に設定されているため、どうしてもオリジナルのブランドイメージからのズレが生じてしまうし、自社企画でないためイメージのコントロールも難しい。おそらく「それなりのものを安価で」という方法を採ってもブランドにとってのメリットは少なくなるという判断なのであろう。
 バーバリーによるもうひとつの戦略は、コレクションの発表時期と販売時期の統一である。先に述べたように、ファッションビジネスのシステムにおいては発表と販売に半年の差があった。バーバリーはこのタイムラグをなくすことで、見たらすぐに欲しくなるという買い手の欲望を満たすだけでなく、ファストファッションによるパクリの阻止も見越しているのだと思われる。このシステム変更はファッション業界に大きな波紋を起こし、トム・フォードなどもバーバリーの動向に追随することを表明している(一方で、グッチのようにこれまでのサイクルを堅持するところもある)。

 ここまで、さまざまなブランドの事例を挙げながらファッションのシステムがどのようにデザインされてきたのかを論じてきた。このようなシステムのデザインはよくある「経営的な判断」のみで行なわれているわけではない。それはバーバリーのCEOであるクリストファー・ベイリーがもともとデザイナーであることからも容易に理解されるだろう。
 筆者は建築についてはまったくの門外漢であるためはっきりしたことは言えないが、外野から眺めている限り、システムのデザインに取り組む建築家はあまりいないような印象を受ける(そうした人たちは山崎亮や坂口恭平のように、狭義の建築という領域の外へと出て行ってしまうのかもしれない)。仮に建築のシステムが十全なものに見えようとも、それに疑問を持つことで新たな思考と実践が生まれる可能性があるのではないだろうか。

--

ファッションとデザインを考えるためのブックリスト

ブルーノ・ムナーリ『モノからモノが生まれる』(みすず書房、2007)

ヴィクター・パパネック『生きのびるためのデザイン』(晶文社、1974)





現在、デザインという言葉の意味は本来のそれから離れてきてしまっている。「デザインとは何か」というシンプルかつ根源的な問題を再考するために格好の書。手前味噌で恐縮だが、この2冊を軸において「ファッションデザイン」という概念について論じた拙稿「言葉と衣服」(『新潮』2016年6月号掲載)をあわせて参照してほしい。


成実弘至『20世紀ファッションの文化史』(河出書房新社、2007)
本稿で言及したチャールズ・フレデリック・ワースをはじめとする10人のデザイナーの活動を追いながら、19〜20世紀のファッションデザイン史を理解できる教科書。






鹿島茂『デパートを発明した夫婦』(講談社、1991)
世界初の百貨店であるボン・マルシェを発明したブシコーの戦略が豊富な資料をもとに論じられている。本書を一読すれば、彼のデザインしたシステムがどれだけ優れていたのか、そして優れたシステムは長続きするということが理解できるだろう。







國分功一郎『哲学の先生と人生の話をしよう』(朝日新聞出版、2013)
巷にあふれる人生相談は「内容」について回答するものがほとんどだが、本書において國分氏は哲学書を精緻に読むように人生相談のテクスト分析を行なっている。問題は抽象的である限り曖昧なものにとどまり、個別的なものでなければ解決できないとする氏の主張は、デザイン論として読むこともできるだろう。



蘆田裕史(あしだ・ひろし)
1978年京都生まれ。京都精華大学専任講師。ファッションの批評誌『vanitas』編集委員。共著=『現代芸術の交通論』(丸善、2005)、『ファッションは語りはじめた──現代日本のファッション批評』(フィルムアート社、2011)ほか。


サムネイル画像 by Yoshikazu TAKADA/ Adapted: CC BY-SA



201605

特集 圏外から学ぶ都市/建築学入門


圏外から再構築される建築
〈インフォグラフィックス〉──都市と情報を可視化する
〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術
〈マテリアル〉──物質的想像力について、あるいはシームレス化する世界の先
〈写真アーカイブズ〉────歴史を振り返り、再発見する手段
〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト
〈地図〉──建築から世界地図へ
〈ファッションデザイン〉──システムをデザインすること
このエントリーをはてなブックマークに追加
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引

PROJECT

  • パブリック・トイレのゆくえ
  • TOKYOインテリアツアー
  • 建築系ラジオ r4
  • Shelter Studies
  • 再訪『日本の民家』 瀝青会
  • TRAVEL-BOOK: GREECE
  • 4 DUTCH CITIES
  • [pics]──語りかける素材
  • 東京グラウンド
  • 地下設計製図資料集成
  • リノベーションフォーラム
『10+1』DATABASE

INFORMATIONRSS

建築情報学会キックオフ準備会議第2回(千代田区・5/24)

「建築情報学」は、旧来の建築学の学問的カテゴリに捉われることなく、建築内外の知見を架橋することが使...

シンポジウム「フィ-ルドワークと設計 多くの方言と向き合う」(新宿区・5/18)

暮らしの中で起きていることを調べ、それがどうなるかを予測して設計に活かす、フィールドワークとと設計...

「Unfinished」建築展(港区・4/4-5/12)

スペインと日本の外交樹立関係150周年を記念する文化プログラムの一環として、「Unfinished...

「飯沼珠実―建築の瞬間/momentary architecture」展(神奈川県・5/19-7/16)

飯沼珠実は、建築やその周囲の空間を写真をとおしてとらえ、プリントやアーティストブックにその様相を...

映画『ジェイン・ジェイコブズ──ニューヨーク都市計画革命』(全国・4/28-)

1961年に出版された「アメリカ大都市の死と生」は、近代都市計画への痛烈な批判とまったく新しい都市...

シンポジウム「今、日本の建築を考える」(港区・4/30)

森美術館で開催する展覧会「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」の関連シンポジウムとして「今、日...

whenever wherever festival 2018 そかいはしゃくち(足立区・4/26)

アーティストが主導するボディ・アーツ・ラボラトリー(BAL)主催によるダンス・フェスティバルの第...

「プラハの機能主義建築──伝統と現代建築への影響」展(新宿区・4/9-4/27)

チェコのヤン・フラグネル・ギャラリーが企画したこの展示は、機能主義の原型に影響をうけたチェコとプラ...

映画『BRIDGE』上映&トーク(渋谷区・4/29、目黒区・5/25)

昨年11月に完成した《出島表門橋》。その製作過程と設計者らの軌跡を辿りながら記録したドキュメンタ...

海法圭展「モダリティと泡」(港区・3/24-5/19)

実作のモックアップから大きなスケールのドローイングまで、建築の楽しさを伝えられるような夢のある展...

イサム・ノグチ─彫刻から身体・庭へ(新宿区・7/14-9/24)

イサム・ノグチ(1904-88)は、幅広い活動をした20世紀を代表する芸術家です。ノグチが目指した...

阿佐ヶ谷アートストリート建築展「The Think of Locality and Life 地域と生活を考える」(杉並区・5/1-5/11)

杉並は新宿などに近く、住みやすいベッドタウンとしても知られています。また太宰治などのおおくの文豪...

伊東豊雄展 Toyo Ito Exhibition「聖地・大三島を護る=創る」(港区・4/12-6/17)

LIXILギャラリー企画「クリエイションの未来展」では、2014年9月より日本の建築・美術界を牽...

建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの(港区・4/25-9/17)

いま、世界が日本の建築に注目しています。丹下健三、谷口吉生、安藤忠雄、妹島和世など多くの日本人建...

現代アートの学校MAD 2018年度受講生募集

NPO法人AITが主宰する現代アートの教育プログラム「MAD」では、2018年度の受講生を募集し...

山本忠司展―風土に根ざし、地域を育む建築を求めて(京都・3/22-6/9)

山本忠司(1923〜98年)は、香川県大川郡志度町(現・さぬき市志度)に生まれ、1943年に京都高...

看板建築展(東京・3/20-7/8)

1923年(大正12)9月1日、相模湾沖を震源とするマグニチュード7.9の大地震が関東地方の南部...

写真都市展 ―ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち―(港区・2/23-6/9)

21_21 DESIGN SIGHTでは、2018年2月23日より企画展「写真都市展 −ウィリア...

展覧会「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」(千代田区・3/3-5/6)

国内外で膨大なプロジェクトを抱えつつ疾走する世界的建築家、隈研吾(1954〜)。古今東西の思想に...
建築インフォメーション
Twitter Feed
ページTOPヘ戻る