概念化の源流から見るネットワークの世界

北河大次郎(土木史研究、東京大学大学院社会基盤学専攻客員教授)

サン=シモンとサン=シモン主義者

ネットワークというものを、モノや情報が行き来する(網状)組織と考えれば、国土に駅伝/郵便制が整備され、血液の体内循環の仕組みが知られていた古代にまでその歴史を遡ることができよう。そのほかにも、要塞システムや上下水道など、合理的なモノの流れが考慮される分野は古くから存在した。しかし、これらの異なる事象を、ネットワークという抽象化された概念によって統一的に理解し、国土や都市の構想・計画に役立てるようになるのは、19世紀前後からのことである。

古代ローマ都市の配水システム。公共噴水、浴場・劇場、個人邸宅の順に優先的に配水していたことがわかる。
引用出典=G. Dupy, Systèmes, réseaux et territoires, Paris, Presses de l'Ecole Nationale des Ponts et Chaussées, 1985.

この歴史の転換期に、思想、実践の両面で活躍したのが、サン=シモン(1760〜1825)とその信奉者・サン=シモン主義者である。サン=シモンは、アメリカ独立戦争の戦地に赴く傍ら、メキシコ総督に太平洋と大西洋を結ぶ運河(パナマ運河)を、1787年にはスペイン政府にマドリッド・大西洋間運河の建設を提案するなど、若い頃から交通ネットワークの充実による国土の近代化に意欲的であった。また、フランス革命直後の混乱に乗じて不動産投資で巨額の利益を得ることで、経済的な「流れ」の効果も体験する。その後は科学への関心からエコール・ポリテクニックの近くに住んで授業を聴講、さらに医師ビュルダンとの出会いから生理学に魅せられ、今度は医学校の近くに転居して解剖実習にも立ち会い、人体組織に関する見聞を深めた。こうして、かつてフランソワ・ケネー(1694〜1774)がウイリアム・ハーヴェイの血液循環説(1628)との類比から、金銭やモノの循環・流れを踏まえた新たな経済学を論じたように、サン=シモンも一見バラバラに見えるこれら交通・金融・医学に関する知見を、ネットワークという概念によって結びつけ、産業を軸とした新たな近代社会の構想を膨らませていく。

フランス革命後、新たな国家像が模索されていたフランスにおいて、自由な発想で建設的かつ情熱的に未来を語ったサン=シモンは、多くの信奉者を生んだ。なかでも、国家運営を担う技術官僚の養成機関として革命直後に設立されたエコール・ポリテクニックの学生と卒業生(ポリテクニシャン)を大いに刺激した。国民主権、自由、平等といった革命の理念にかなう新たな公共サービスの確立、革命によって荒廃した国土の再生、そしてキリスト教の因習的な価値観から脱した科学に基づく新たな社会秩序の構築。これらの国家的要請に応えるため、高度な数学的理論と文理両面にわたる百科全書的知識を叩き込まれたポリテクニシャンであったが、面白いことに彼らの能力を社会で発揮するにあたりひとつの拠り所となったのが、「新たなキリスト教(Nouveau christianisme)」を唱えたサン=シモンの思想であった。

エコール・ポリテクニックは、これらの思想が社会に広まる水路になる必要がある。......われわれはそこで実証的言語や研究と証明の方法を学んだが、今やそれが政治の科学を前進させなければならない。
セバスティアン・シャルレティ『サン=シモン主義の歴史』(沢崎浩平+小杉隆芳訳、法政大学出版社、1986)


アンファンタン
引用出典=Le Paris des Polytechniciens,
Paris, D.A.A.V.P., 1994.
サン=シモンの死後、サン=シモン教の「父」となったプロスペル・アンファンタン(1796〜1864)が訴えたように、サン=シモン主義のヴィジョンにポリテクニシャンの知識が融合することで、未来志向のプロジェクトが次々と提示される。特に注目すべきは、ネットワークに立脚した新たな社会と国土の建設を具体的に論じたミシェル・シュヴァリエ(1806〜79)の構想である。アンファンタンが西洋の「父」として東洋(エジプト)の「母」を捜す旅に出て、世界の結合を目指したのに対し、シュヴァリエは『地中海システム』(1832)を構想し、歴史上、東洋と西洋の争いの場であった地中海を産業発展により「婚姻の床」とすることを企てる。彼は、各地に散らばる複数の生産拠点が一体的に機能することで産業が成り立つと考え、地中海を中心として張り巡らした鉄道と銀行のネットワークで生産拠点と資本拠点を結びつけようとする。そして、ネットワーク上には学校や博物館も配置して、人、モノ、情報の活発な交流を創出し、世界平和という大きな目的の実現を目指す。実際シュヴァリエにとって「物質的観点からすれば、鉄道は世界協同体の最も完璧なシンボル」であり、

シュヴァリエ
引用出典=Le Paris des Polytechniciens,
Paris, D.A.A.V.P., 1994.
宗教という言葉が、(「結び付ける」「統合する」「近づける」に通じる)「レリガーレ」に由来するとすれば、鉄道はわれわれが考える以上に宗教的精神と関係が深い。というのも、人々を物質的に近づけ、帝国のさまざまな部分を統合し、分散した人々を結び付けるのに、これほど強力な道具はこれまで存在しなかったからである。
Michel Chevalier, 'Chemins de fer', in Dictionnaire de l'économie politique, Lib. de Guillaumin et Cie, 1852.


と、ネットワークを単なる交通や経済の観点からではなく、新たな社会秩序の構築という、より根本的な問題を解決する手段、思想を形にする手段と考えていた。
サン=シモン主義の思想は、都市にも及んだ。サン=シモン主義に感化されたジャン・レイノ(エンジニア=アーキテクト、レオンス・レイノの弟)は、自ら全体の編集にも関わった『新百科全書』の「都市」の項において、互いに斜めから接続しカーブを描く街路にも合理性があるとし、円や直線・直角からなる厳格な幾何学に支配された新古典主義的な都市形態が退屈なばかりか、流れの秩序に適っていないと批判する。つまり、都市をモノや人が行き来する組織と見なし、形の秩序ではなく流れの秩序から論じるのである。この背景としては、サン=シモンの思想はもちろんのこと、当時の技術分野が、プロポーションの操作により構造物の形を洗練させる幾何学的アプローチの時代から、微分積分を駆使した解析学的アプローチ、つまり力の流れから形を発想する時代へと移行しつつあったことも見逃すことはできない。

歴史からの示唆

『産業政策と地中海システム』(1832)。
『地中海システム』を含むサン=シモン主義
者の産業政策に関する論文を収める。
「サン=シモン教」の表記も確認できる。
(フランス国立図書館所蔵)
アンファンタンが晩年、「われわれは、地球に鉄、カネ、金、蒸気、電気のネットワークを巻き付けた」(Prosper Enfantin, Le crédit intellectuel, Paris, E. Dentu, 1866.)と語ったように、サン=シモン主義者は単に空想に耽っていたわけではなく、ネットワーク概念を武器として現実社会に積極的に働きかけ、交通網と資本主義の発展に大きく貢献した。彼ら以降、1860年代のレオン・ラランヌによる鉄道ネットワークの理論化、1930、40年代のドイツの中心地理論、1950年代以降のアメリカの高速道路網研究など、ネットワークの理論は国土レベルの計画論において一定の発展を遂げた。一方、都市については、学術的概念として初めて都市計画を論じたといわれるイルデフォンス・セルダが、居住性と移動性の問題を総合的に解決する手段として、階層的な交通網に加えて上下水道や電信等のネットワークの重層化の理論に力点を置くものの、その後の計画論においては、ネットワークよりもむしろゾーン、エリアを重視する傾向が強まる。ただそれとは対照的に、現実の都市では、ガス、電気、通信、また西洋では都市暖房システム、気送速達便(Pneumatic tube)などさまざまなネットワークが個別に建設・最適化され、人々の都市生活に変化をもたらした。このことから、ガブリエル・デュピュイは1980年代から「ネットワーク都市計画」を構築する必要性を指摘している。

レッシュの中心地理論。3つの中心地(H)を結ぶ2通りのネットワークを示す。小都市を直接経由するか否かで異なる。
引用出典=A. Lösch, Die räumliche Ordmung der Wirtschaft, Jena, Fischer, 1962.

この指摘に対する反響はさほど大きくなかったかもしれないが、その後もネットワーク自体は目覚しい進化を遂げた。なにより、通信技術の発達により、人やモノの移動に置き換わるほどの大量かつ多様な情報が世界を一瞬で駆け巡る時代となり、これまで国土と都市のスケールや形状・機能を考えるうえでの絶対的な要素であった、空間の物質的な距離や速さというものが、相対的なものとなった。また、人の過ごす時間が、仮想の世界にまで拡張したことも、これからの国土や都市を考えるうえで無視することはできない。

国土と都市の再考が迫られている今の状況は、かつて社会的・技術的環境が急激に変化するなかでその未来像を模索したサン=シモンの時代をどこか彷彿とさせる。そして、その担い手であったポリテクニシャンが、高度な分析能力と現実的な問題解決能力を発揮しつつも、根本的な行動原理については、サン=シモンの創造力に求めていた点も示唆的である。

世界を理解・構想するには、世界を計算しうる必要がある。また、計算するにあたっては、その基となる原理を持たなければならない。しかし、現実のなかにこれらの原理を見つけることはできないのだから、われわれがそれをつくりだすのである。
フリードリヒ・ニーチェ『権力への意志』仏語版(Gallimard, 1995)から筆者訳


これは、「原子」という原理に基づき、数式を用いて世界を計算可能のものとした当時の科学に対するニーチェの批判だが、サン=シモン主義者のアプローチは不思議とこれによく似ている。しかし彼らは、人間的な価値観とは次元を異にする抽象的な事物に原理を求めるのではなく、あくまで歴史を背負った社会や人間の問題として原理を仮構し、行動した。

今後ネットワークがさらに重層・進化していくなかで、技術者は相変わらず「計算」し続けていくことだろう。ただそのことが社会にもたらす意味や、国土や都市との関わりにも考えを巡らすならば、そもそもネットワークというものが、単なる技術の問題ではなく理念の問題でもあり、その理念の仮構こそが本質であったという歴史的事実を思い起こしておくべきかもしれない。

[参考文献]
• Ildefons Cerdà (trad. DE ABERASTURI, L.), La théorie générale de l'urbanisation, Paris, Edition du Seuil, 1979.
• Pierre Musso 'Aux origines du concept moderne : corps et réseau dans la philosophie de Saint • Simon', in Quaderni, Vol.3, n°.1, 1987, pp. 11-29.
• G. Dupuy L'urbanisme des réseaux: théories et méthodes, Paris, Armand Colin, 1991.
• Friedrich Nietzsche La volonté de puissance I, Paris, Gallimard, 1995.
• Pierre Musso (sous la direction de), L'actualié du Saint-Simonisme, Paris, PUF, 2004.
• 拙著『近代都市パリの誕生──鉄道・メトロ時代の熱狂』(河出書房新社、2010)



北河大次郎(きたがわ・だいじろう)
1969年生まれ。東京大学大学院社会基盤学専攻客員教授。文化庁文化財調査官。主な著書=『技術者たちの近代:図面と写真が語る国土の歴史』(責任編集、土木学会、2005)、『図説日本の近代化遺産』(共編著、河出書房新社、2007)、『近代都市パリの誕生──鉄道・メトロ時代の熱狂』(河出書房新社、2010)、『都市交通の世界史』(共著、悠書館、2012)ほか。


201602

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