「建築家 フランク・ゲーリー展」を観て
──不敵な精神とささやかなものへの愛情

乾久美子(乾久美子建築設計事務所主宰)

「催眠術」とは何か

21_21 DESIGN SIGHT企画展「建築家フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea"」展を観てきた。自邸を含めた模型やお気に入りの品々、テキスト、映像と見どころの多い展覧会であった。特に、最初に登場するマニフェストが気になった。展覧会のきっかけとなったということらしいが、いったいどういうことなのだろう。そのことについて、少しばかり考えてみる。

fig.1──ゲーリーのお気に入りの品々(「建築家フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea"」より、撮影=編集部)

なにか不思議なマニフェストだな。筆者が最初に感じたことである。ほのめかしや謎の多い内容で、否定的な言葉も多く、けっして読み心地のよいものではない。ゲーリーのものだと知らずに読めば、苦労が報われなかった者の愚痴だと誤解するかもしれないような内容だ。関係者の欲望や経済に翻弄される建築の実務の第一線で、創造性を担保しつづけることの辛苦がにじみ出ていると読んでもいいが、それではマニフェストとは言えない。また「模型をつくり続ける」とあるが、それ以外に傑作を生む道はない、というような単純なアドバイスでないことも確かだ。では、ここに何が宣言されているのか。特に気になるのは「催眠術」という言葉だった(マニフェスト:http://www.2121designsight.jp/program/frank_gehry/gehry.html)。

ゲーリーは《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》(1997)の成功以来、世界中の誰もが知る建築家となった。ゲーリー建築のアイコン性の高いデザインイメージが国境を超えて評判となり、観光が主要産業というわけでもないスペインの地方都市に世界中の人々が押しよせるという現象を引き起こした。それにより、今では、造形美やオリジナリティ、新奇性を誇るような建築は、経済的な価値へと直結する魅力的なコンテンツとして認識されている。デザインはマネーを生む錬金術であるかのような期待が寄せられているわけだ。クライアントは素晴らしいデザインを求める。しかし本当にほしいのはデザインそのものではないということが起こる。

そんな状況にゲーリーは異を唱えているのではないか。マニフェストから妄想してしまうのは、マネーなんてクソくらえ(失礼)と言い放つゲーリーの姿だ。資本主義が求める建築の姿を発明することに成功したゲーリーではあるが、しかし、資本主義などまったく信頼していないように見える。巨大化するプロジェクトを多数抱え、仕上がり、工費、工期のどれをとっても誰も文句の言えない状況を生みだすことを見事にやり続けながらも、そんなことはどうでもいいという気持ちを抱え続けているのかもしれない。「模型の倉庫代で破産する」かもしれないが、それでも「新しい模型をつくり続け」、「新しいアイデアを生むことだけ」と、自虐的とも言える言葉が指し示すのは反骨精神そのものだ。レム・コールハースなどの事例のように建築家の書くマニフェストは一筋縄でいかないものが多いが、希代の建築家・ゲーリーが紡ぎだす言葉もまた重く、この前で私たちは襟をただすことぐらいしかできない。なるほど、マニフェストというものは、このように人の心に突き刺さるものなのかと、別の意味で納得をした。

BIMとスタディ模型のあいだ

ところで、会場で最も人を集めていたのは、ゲーリー事務所が開発したオリジナルBIM、「ゲーリー・テクノロジー」(後にBIMを開発する原型となった)を映像で紹介するコーナーであった。映像は建築実務についての知識がない人向けにつくられていたからか、一般的なBIMの解説とゲーリー事務所のオリジナルな技術の説明とが混ざり合っていた。また、解析シミュレーションがあたかも自動的に行なわれるかのように編集されたような部分もあった。

BIMそのものは建設現場で一般化しつつある。これまで二次元で図面として表現していたものを3Dソフトで立体的に書き起こし、間取りと構造と設備配管とが錯綜する状況を施工前に把握することは、いまや小規模の現場でも行なわれている。また、経済性や、強度、環境性能等など多岐にわたる判断基準を一挙に掌握し、それらを同時に最適化するための計算ソフトとして利用することも、珍しいことではなくなった。「ゲーリー・テクノロジー」は確かにBIMの嚆矢だろうし、しかも個人の設計事務所が必要に迫られて作り上げたという点で希有な存在である。また、ほかの著名な設計事務所でも利用されているぐらいだから、システムとしての洗練度も相当に高いのだろう。とはいってもBIMである以上、プログラムの構築や微調整、入力作業、バグの修正などで膨大な量の人と時間を要するものだ。



fig.2, 3──《エイト・スプルース・ストリート》で使用された「ゲーリー・テクノロジー」(Image Courtesy of Gehry Partners, LLP)

映像で、現実のBIM作業の泥臭さを素直に出すことはできたはずである。スタディ模型をつくっては壊すという作業と、BIMにかかわる現実の作業とは泥臭さや地味さという点であまり違いはないし、もしかしたら、地道な作業を見せたほうが人々の共感を呼んだかもしれない。しかし、そこは見せずに結果の完璧さだけを強調する、しかも、「これで誰も言い訳をできなくなった」と世界中の建築関係者にプレッシャーすらかけてくる。ウェブを通して情報が即座に拡散する現代社会では、安易な苦労話をだしたところで、たちまち分解され消費されてしまう。であれば、完成された「伝説」のみを流布するべきという判断なのだろう。たぶん、マニフェストにある「催眠術」とはこういうことに関係している。この編集意図の強い映像だけを展示しているならば単なる詐術でしかないかもしれないが、同時に、マニフェストでは、ネタばらしもしているのだ。この、絶妙なバランス感覚に舌を巻く。

「ゲーリーさん」から学びたいこと

会場では、魚にまつわるエピソードや、若い頃に撮影した工場の写真だけでなく、「ゲーリーさん」(音声の出力がなかったので正確なところはわからないが)としてシンプソンズに登場した映像が小さいモニターながらも誇らしげに展示されていた。こうしたものから、ささやかで美しいもの、安っぽくとるにたらないもの、乾いたユーモアにあふれたものなどに対するゲーリーの変わることのない愛情が伝わってくる。BIMを使った設計や建設プロセスの壮大さと比較した時、なんて小さく「しょうもない」のかと驚くようなものではある。しかし、プロジェクトやプロセスが巨大化・精緻化すればするほどに、こうした大胆不敵なセンスこそが必要だ。そんなことも会場全体が喧伝しているように感じた。



fig.4, 5──ゲーリー撮影の数々の工場の写真、「シンプソンズ」に登場したゲーリー建築(「建築家フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea"」より、撮影=編集部)

と、こう考えていくと、確かにマニフェストを中心に展覧会がつくられているのがわかってくる。建築家の展覧会は、その思考の深さや広がりを見せるべくさまざまな側面を見せることが多いが、そもそもの展示物が図面、模型、パネル、スケッチとばらついているために、結果として全体が散逸的な展覧会になることが多い。そうしたなかで、マニフェストによって全体をネットワーク的に関係づける本展の構成は、建築展として秀逸であった。では、この、ゲーリーの思考の網の目から何を学ぶべきか。さまざまなことが学べる。建築を設計することにまつわる多くの含蓄がここに存在している。筆者としては、美しく解放的な空間をつくる緻密な技術はもちろんのこと、反骨精神とささやかなもの(特にシンプソンズ!)に対する愛情を特に学びたいと感じた。


乾久美子(いぬい・くみこ)
1969年生。建築家。乾久美子建築設計事務所主宰。東京藝術大学美術学部建築科准教授。主な作品=《ディオール銀座》(2004)、《アパートメントI》(2007)、《フラワーショップH(日比谷花壇日比谷公園店)》(2009)、《共愛学園前橋国際大学4号館》(2011)、《七ヶ浜町立七ヶ浜中学校》(2012)など。主な著書=『そっと建築をおいてみると』(2008)、『小さな風景からの学び』(2014)など。


201511

特集 フランク・ゲーリーを再考する──ポスト・モダン? ポスト・ポスト・モダン?


"I Have an Idea"──新しい建築の言語を探すために
フランク・ゲーリーという多様体──われわれはその空間になにを見ているのか
フランク・ゲーリー、纏う建築
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「必要」と「象徴」の一体性
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