[ヴェトナム]Vo Trong Nghia Architects

岩元真明(建築家、首都大学東京特任助教)

1. 沿革

ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツはヴェトナムを拠点に国際的に活動する建築設計事務所である。主宰者のヴォ・チョン・ギアは東京大学大学院で内藤廣に建築を学び、2006年に帰国してホーチミン市に設計事務所を開設。2010年にはハノイ支部と施工会社を設立している。現在スタッフは総勢60名を越える。ARCASIA賞ゴールドメダル、アーキテクチュラル・レビュー住宅賞など、受賞は多数にのぼる。

2. 国・都市の建築状況

南北に長い国土をもつヴェトナムでは北と南で気候が大きく異なる。北部は亜熱帯気候に属し冬には気温が10度を下回ることもあるが、熱帯気候の南部では日平均気温は年間を通じて26度を超える。いずれにせよ、寒暖の差が激しい日本に比べると気候はおおらかであり、気密性や断熱性についてはルーズな建築が多い。このような環境下では「遮熱」と「通風」を考えることが特に重要であり、ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツの設計においても基本方針となっている。

首都ハノイ市や南部のホーチミン市などの大都市では人口が急増している。例えばヴェトナムの最大都市であるホーチミン市の現在の人口は約800万人であり、2020年代には1000万人に達する見通しである。都市部では開発が著しく、超高層ビルや巨大インフラが次々と建設されているが、それに伴って都市問題も苛烈さを増している。濁流のように道路を走る無数のバイクはホーチミン市のアイコン的風景であり、その数は2014年の時点で600万台を超えている。当然、大気汚染と交通渋滞は日常茶飯事である。また、都市部にまとまった緑地が少ないのもヴェトナム大都市の特徴といえる。

ホーチミン市のバイクの数は600万台を越える(著者撮影)

大都市近郊には多くの大規模工場や工業団地が建ちならび、主に輸出品を生産している。外資系工場も多い。ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツの仕事で縫製工場のリノベーションに関わったが、熱帯で冬物衣料が大量につくられる様子は圧巻だった。グローバリゼーションを肌で感じる瞬間である。

《服飾工場のリノベーション》ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ/
ヴォ・チョン・ギア+岩元真明(撮影=大木宏之)

一方、ヴェトナムは人口の約7割が農業生産者の一大農業国であり(米の輸出量はタイに次いで世界2位、コーヒーもブラジルに次いで世界2位)、地方に目を向けると素朴な田園風景が広がっている。しかし、近年の気候変動の影響で深刻な干ばつや洪水に見舞われることも多く、ヴェトナム最大の稲作地帯であるメコン川流域は海面上昇による農地減少のリスクも抱えている。このような農村と都市部の間には格差が広がっている。例えばメコン川流域の農業生産者の平均年収は1,500ドル程度で、ホーチミン都市部の住民に比べると3分の1に過ぎない。この格差をどう埋めていくかは、ヴェトナムに限らずアジアの新興国が抱える大きな課題である。ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツによる一連の低所得者用住宅プロジェクトは、このような社会問題を背景としたサステイナブルな農村住宅の提案である。

ヴェトナムの農家(著者撮影)

3. 「コンセプト」や「リサーチ活動」

竹の建築
日本留学からヴェトナム帰国後まもなく、ヴォ・チョン・ギアは処女作《ウィンド・アンド・ウォーター・カフェ》(2006)を完成させた。屋根垂木と装飾に竹を用いたこのカフェは一連の「竹建築」の始まりである[★1]。「安価の材料」という現実的・実際的な理由から竹を使いはじめたギアは、その後のプロジェクトを通じて竹を構造材として使用する方法を確立し、洗練させていった。それらは一見すると土着的・伝統的に見えるが、じつはヴェトナムには伝統的な竹建築は存在しない。薬剤を使わない防腐処理、曲げ加工のノウハウ、鉄を排した接合部のディテール、細い竹を束ねあわせる方法など、ほとんどはギアの創意工夫である。ヴェトナム国内はおろか世界でもほぼ類を見ない竹建築をつくりだすために、ギアは故郷の農民を集めて独自の職人集団を組織している。

《ウィンド・アンド・ウォーター・カフェ》ヴォ・チョン・ギア(撮影=大木宏之)

緑の建築
竹と同様に、ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツは「植物」も建材のひとつとして捉え、緑と融合した建築のあり方を模索している。水平のプランターを並べて緑のファサードをつくりだした個人邸《スタッキング・グリーン》(2011)[★2]で手応えを得たギアは、以後すべてのプロジェクトを「グリーン建築」にすることを決意し、その後の3年間で学校、幼稚園、オフィス、ホテルなど多くのプロジェクトを実現させた。また、2014年には50haの住宅地を緑で覆い尽くすマスタープランも計画され、一部の工事はすでに始まっている。緑を視覚的に利用するのではなく、建設行為(開発)と自然環境(緑化)を両立させることがギアの目標であり、都市計画レベルのインパクトを与えるべく屋上緑化を政策化する働きかけも行なっている。

ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツによる緑化都市「ファーミング・シティ」の提案

ローコスト住宅
ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツは2012年から継続的に低所得者用住宅《Sハウス》の開発を行なっている。プロジェクトの対象はメコン川流域に住む低所得者層であり、現在までに3つのプロトタイプが建設された[★3]。プロジェクトを進めるなかで「予算4,000ドル」「耐久年数30年」「建方3時間」という3つの目標が設定され(迅速な工事はコストを下げるために必要不可欠である)、これらの目標を達成するために「構造体はプレハブ、仕上げは現場生産」という建設コンセプトが考案された。プレハブの構造体は精度・品質・安全性を確保し、迅速な搬入と施工を可能にする。一方、現地の材料を使い、住み手や近隣住民の力で仕上げを行なうことでコストが抑えられる。例えば《Sハウス2》(2014)では構造体を極小断面プレキャストコンクリート造とし、壁と天井は現地で無償で手に入るヤシの葉をパネル化することでつくられた。プロジェクトの最終目標は大量供給であり、現在ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツでは第4のプロトタイプの建設準備が進められている。

低所得者用住宅プロトタイプ《Sハウス2》ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ/
ヴォ・チョン・ギア+岩元真明+西島光輔(撮影=大木宏之)

4. 実践と作品

「緑の建築」の具体例として、《ファーミング・キンダーガーテン》(2013)と《ハウス・フォー・ツリーズ》(2014)を挙げる。

《ファーミング・キンダーガーテン》ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ/
ヴォ・チョン・ギア+丹羽隆志+岩元真明(撮影=大木宏之)

《ファーミング・キンダーガーテン》[★4]はホーチミン市近郊のビエンホア市という工業都市に建設された幼稚園である。巨大靴工場に隣接しており、そのワーカーの子どもたちのために建設された。ここでは安全な遊び場の欠如・緑地の減少・農業衰退のリスクといった問題に応えるために「農業する幼稚園」というコンセプトが掲げられている。建物は一筆書きで描かれた有機的な緑化屋根をもち、この屋根は三つ葉のクローバーのような曲線を描いて内側に3つの中庭を囲い込む。中庭は子どもたちの遊び場となり、屋上は連続的な屋上庭園となる。プロジェクトの目標は屋根全体で農業教育を行なうことであり、これまでに一部で実験菜園が実現している。なお、一般的に屋上緑化を大規模に施すプロジェクトでは多くの水が消費されるが、ここでは隣接工場の排水を再利用することで約4割の水を削減することに成功している。

《ハウス・フォー・ツリーズ》ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ/
ヴォ・チョン・ギア+岩元真明+西島光輔(撮影=大木宏之)

《ハウス・フォー・ツリーズ》[★5]は極端に緑地が少ないホーチミン市タンビン区における個人邸の計画である。住宅の機能を複数の直方体ヴォリュームに分散させ、それぞれを鉢植えのようにデザインして屋上に木を植えることで、密集地にオアシスのような空間が生まれている。また、この住宅では竹型枠を用いたコンクリート打ち放しの外壁が試みられた。これまでの竹構造の実践で得られたノウハウを利用し、竹型枠はギア率いる竹の職人集団によってつくられている。「木のための住宅」というコンセプトには、近年のヴォ・チョン・ギア・アーキテクツの方針がよく表われている。建築は施主のために建てるものだが、あえて植物のため、木のために建てるという想定を行なうことで、緑と建築のよりよい共存を模索しているのである。

《ダイアモンド・アイランド・コミュニティ・ホール》ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ/
ヴォ・チョン・ギア、建設中の写真(撮影=大木宏之)

最後に、最新の竹構造のひとつである《ダイアモンド・アイランド・コミュニティ・ホール》(2014)[★6]を紹介したい。これまでのヴォ・チョン・ギア・アーキテクツの竹建築の特徴は、細い竹を束ね合わせてユニットをつくり、それを繰り返して造形する点にあった。竹は不揃いな材料だが、複数本を束ねることで凹凸を吸収し全体として精度を高めることができるからである。しかし、《ダイアモンド・アイランド・ホール》の直径24mのホールは竹を編み込むようにしてつくられておりユニットの反復ではない。数々のプロジェクトを通して竹職人のスキルが向上したことにより、構法的により高度なシェル状の竹構造の建築が可能となったのである。ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツでは、現在このようなシェル状の竹構造の計画が複数進行中である。



★1──ヴォ・チョン・ギアの竹建築は以下のweb siteによくまとまっている。http://www.dezeen.com/2014/07/16/vo-trong-nghia-interview-materials-architecture-bamboo/
★2──《スタッキング・グリーン》(ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ/ヴォ・チョン・ギア+佐貫大輔+西澤俊理、2011)については、例えば以下のweb siteを参照。http://www.archdaily.com/199755/stacking-green-vo-trong-nghia
★3──一連の《Sハウス》については以下のweb siteを参照。
第1プロトタイプ:http://www.dezeen.com/2012/11/30/low-cost-house-by-vo-trong-nghia-architects/
第2プロトタイプ:http://www.dezeen.com/2014/09/16/s-house-low-cost-housing-vietnam-vo-trong-nghia-architects/
第3プロトタイプ:http://www.dezeen.com/2014/12/15/vo-trong-nghia-low-cost-s-house-3-withstand-natural-disasters/
★4──《ファーミング・キンダーガーテン》については、例えば以下のweb siteを参照。http://www.archdaily.com/566580/farming-kindergarten-vo-trong-nghia-architects
★5──《ハウス・フォー・ツリーズ》については、例えば以下のweb siteを参照。http://www.archdaily.com/518304/house-for-trees-vo-trong-nghia-architects
★6──《ダイアモンド・アイランド・コミュニティ・ホール》については、例えば以下のweb siteを参照。http://www.dezeen.com/2014/07/17/vo-trong-nghia-unveils-new-bamboo-domes-under-construction/




岩元真明(いわもと・まさあき)
1982年生まれ。建築家。2006年シュトゥットガルト大学ILEK研究員。2008年東京大学大学院修了後、難波和彦+界工作舎勤務。2011-15年ヴェトナムVo Trong Nghia Architectsパートナー。2015年より首都大学東京特任助教。事務所web site=votrongnghia.com


201509

特集 いまだから知りたい海外建築の実践 2015


いまだから知りたい海外建築の実践 2015
[イギリス]Caruso St John Architects
[スイス]Hosoya Schaefer Architects
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[フランス]Moreau Kusunoki Architectes
[チリ]Smiljhan Radic Arquitecto
[ヴェトナム]Vo Trong Nghia Architects
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