歴史のなかの現代建築

長谷川豪(建築家、長谷川豪建築設計事務所主宰)
左からアルヴァロ・シザ、ヴァレリオ・オルジャティ、ペーター・メルクリ、ジャン=フィリップ・ヴァッサル、アンヌ・ラカトン、パスカル・フラマー、ダヴィッド・ファン・セーヴェレン、ケルステン・ゲールス

『カンバセーションズ──ヨーロッパ建築家と考える現在と歴史』がLIXIL出版より本年3月に刊行された。この本は僕が2012年の秋から2年間スイスのメンドリシオ建築アカデミーで教えていた時期に収録したヨーロッパ建築家との対話をまとめたものである。対話の相手はアルヴァロ・シザ(ポルトガル、ポルト/1933年生まれ)、ヴァレリオ・オルジャティ(スイス、フリムス/1958年生まれ)、ペーター・メルクリ(スイス、チューリッヒ/1953年生まれ)、アンヌ・ラカトン&ジャン=フィリップ・ヴァッサル(フランス、パリ/1955、54年生まれ)、パスカル・フラマー(スイス、バルシュタール/1973年生まれ)、そしてケルステン・ゲールス&ダヴィッド・ファン・セーヴェレン(ベルギー、ブリュッセル/1975、78年生まれ)の6組である。国も世代も跨いだ建築家たちと交わした話題は多岐に渡ったが、共通の質問として、いま建築をつくることと歴史について考えることの関係性について聞いた。彼らの話はどれもとても興味深いものだった。

「10+1 web site」7月号では、この本の刊行記念イベントとして行なわれた東京国立近代美術館キュレーターの保坂健二朗氏との対話(代官山 蔦屋書店、5月10日)とともに、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)で建築史と建築理論を教えるロラン・シュタルダー氏、そして僕と同世代の建築家である青木弘司氏にそれぞれ『カンバセーションズ』の書評を寄稿してもらった。
またそれ以外にもこの本の内容をもとに、京都で堀口徹氏(立命館大学 准教授)・森田一弥氏(建築家)との鼎談(Mediashop、6月19日)、東京で石上純也氏(建築家)との対談(法政大学55/58号館、6月27日、『建築と日常』との共催)が行なわれたほか、刊行3カ月あまりで国内外からさまざまな反応をいただいた。

『カンバセーションズ』の出版経緯については保坂氏との対談冒頭で話しているのでそこを参照いただきたいが、問題意識はこういうものだ。現代建築は社会状況に対してリアクティブになりすぎて、建築本来の自律性を失っているのではないか。特に日本では建築家もメディアも「いま」に応答する風潮が広がっている。それらはしばらくのあいだ人々の興味を惹くかもしれないが、建築の歴史的、人類学的な時間に対する想像力が抜け落ちているような気がしてならない。

こうした問題意識を持ち始めたのは、建築は「古さ」を備えてなくてはいけないという考えが根強いヨーロッパに行くようになったからである。そこで現代のヨーロッパの建築家が実践の場で歴史をどのように考えているのか知りたいと思った。「歴史のなかの現代建築」はいかなるものか。6組の建築家との対話は、いま建築をつくる根拠を考え直すためのものだった。

台北旧市街と「新富市場」俯瞰。撮影=長谷川豪建築設計事務所

さて話は変わるが、いま台北に来ている。1年前から台北西部の旧市街にある歴史的建築物「新富市場」を改装・増築するプロジェクトの設計に関わっている。「新富市場」は馬蹄形平面のとてもユニークな空間をもつ、1935年に台湾で2番目につくられたコンクリート造の建築物(写真)で、もとは市場として使われていたものを若い人が集まるインキュベーション施設に転用する。しばらく廃墟になっていた歴史的建築物を利用し、深刻な高齢化が進む旧市街を活性化するのが狙いである。これまで台北市政府や関係者との交渉と調整に多くの時間が割かれたが、来週いよいよ着工する。僕の事務所にとっては公共のプロジェクトも、海外のプロジェクトも、そして直接的に歴史的建築物に関わるのも初めての経験になる。

とはいっても設計そのものは、いままで手がけてきた住宅などとさほど変わらなかったように思う。公共のプロジェクトなので不特定多数の人々が使うし、関係者も多くはなるが、それで建築の考え方が大きく変わるということはなかった。歴史的建築物にしても、最初に専門家から詳細な説明を受け、自分たちでもリサーチしたうえで、あまりそうした情報に近寄りすぎないように注意した。そもそもこの建物を保存するだけなら僕の事務所に声がかかるはずがない。僕たちのような他者ができることは、関係者のあいだで共有されているこの建築物の意味を読みすぎずに、ときには大胆な提案をすること、建築物の魅力を活かしながらこの場所の可能性を最大化することだろうと考えた。具体的には、リノベーションの定石ともいえる「新旧の対比」、つまり単に建築物の歴史に現在を対比させるのではなくて、この建物よりも古い建築技術、あるいは新しい現在の材料を組み合わせて使うことで、複数の時間を空間のなかに同居させようとしている。すべての人が正確に同じ意味を受け取るのではなく、各々が好きな視点でこの建築物の歴史を体験することを目指している。「古くてかつ新しい空間」をつくる。それはこれまでの仕事でもつねに考えてきたことだ。

先ほど僕は「現代建築は社会状況に対してリアクティブになりすぎて、建築本来の自律性を失っている」と書いたが、もちろん社会状況など無視すべきだということではない。建築が時代状況に影響を受けることはそれこそ歴史が証明している。しかしそうした時代から受ける影響は、「どうしようもなく切実に」建築に表われるものであることもまた歴史が示している。いま見えている社会に素早くわかりやすく応答し、まるで時代の道具のようにつくられる現代建築が文化を牽引していくとは思えない。

現代における建築の自律性を考えたい。そのとき、歴史との関わりが大きな意味をもってくるのではないか。それが『カンバセーションズ』で見出された問いであり、さらに刊行から3カ月のあいだに交わされたさまざまな議論を通して僕が考えたことである。この問いに対しては、建築家として台北やほかのプロジェクトでの具体的な実践を通して、これから自分なりの答えを出していくつもりだ。




長谷川豪(はせがわ・ごう)
1977年生まれ。建築家。2005年長谷川豪建築設計事務所設立。2009−11年東京工業大学ほか非常勤講師、2012−14年メンドリシオ建築アカデミー客員教授、2014年オスロ建築大学客員教授。主な作品=《森のなかの住宅》(2005)、《駒沢の住宅》(2011)、《石巻の鐘楼》(2012)、《御徒町のアパートメント》(2014)ほか。主な著作=『考えること、建築すること、生きること』(LIXIL出版、2011)、『カンバセーションズ──ヨーロッパ建築家と考える現在と歴史』(LIXIL出版、2015)ほか。


201507

特集 長谷川豪『カンバセーションズ』
──歴史のなかの現代建築


歴史のなかの現代建築
歴史を耕し、未来をつくるためにできること
長谷川豪『カンバセーションズ──ヨーロッパ建築家と考える現在と歴史』2015年、東京
建築の新しい自律性に向けて
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