takram Dialogue 05:山中俊治 × 田川欣哉 × 緒方壽人

『takram design engineering|デザイン・イノベーションの振り子』(現代建築家コンセプト・シリーズ No.18、LIXIL出版)刊行にあわせ、デザインエンジニアであり東京大学生産技術研究所教授でもある山中俊治氏をお招きして、ブックレヴューから「デザインエンジニア」という新しい職能、そしてこれからの「ものづくり」の意味をお話しいただきました。

左から山中俊治氏、田川欣哉氏(takram design engineering)、 緒方壽人氏(同)

「デザインエンジニア」誕生前夜

田川欣哉──今日は僕たちtakram design engineeringの『デザイン・イノベーションの振り子』の刊行記念という意味もありまして、僕らにとても縁の深いプロダクト・デザイナーの山中俊治さんにお越しいただきました。「デザインエンジニアの起源」と題して「デザインエンジニア」という考え方がどこから生まれ、どのような未来を築いていけるのか、という話ができればいいなと思っています。

©takram design engineering

僕と緒方は、もともと山中さんが主宰されているリーディング・エッジ・デザインというデザイン事務所で働いた経験があります。「デザインエンジニアの起源」というテーマを掲げたとき、山中さんはデザインエンジニアの始祖にあたる方だと思いますし、じつはこの3人でトークセッションのようなパブリックな場所で話をするのは初めてなのですね。ですから今日はとても楽しみであると同時に、各々が考えてきたことなどを解き明かしていくような展開ができればと思っています。ではよろしくお願いします。

山中俊治氏
山中俊治──よろしくお願いします。いまご紹介いただいたように僕は彼らのボスだったわけですが、だからなのか、この本を読んで共感するというよりも「うん、そうだよ、よく言ってくれた」という部分がすごく多いし、世代が違うから新しいテーマも与えてくれる。僕は自分の肩書きを何にしようかとしばらく悩んでいた時期があったのですね。「プロダクト・デザイナー」とか「インダストリアル・デザイナー」「工業デザイナー」と名乗ったりしていたのですが、田川君がイギリスのRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)から帰ってきたときに、「自分たちはデザインエンジニアを名乗ることにします」って言うわけです。イギリスで学んできたことをやるにはそう呼ぶのがふさわしいと。で、「なるほど、じゃあ僕も」としたぐらいなので(笑)、「デザインエンジニア」の始祖は田川君なんですよ。
自己紹介を兼ねて、ざっと最近の僕の仕事を紹介しておきます。2013年から東京大学生産技術研究所の教授になって研究室を持つようになりました。学生時代以来で東京大学に戻ってみると、かたちになりたがっている技術が山ほどあるんですね。これは宝の山だと感じています。そこで「プロトタイピング&デザインラボラトリー」という新しいデザインの拠点を作って、デザインエンジニアを育てたいと思っているところです。田川君や緒方君のような新しいクリエイターが研究室からもコンスタントに現われてほしい。
大学の研究室とtakramとですごく共通していると感じるのは、プロトタイプを作るときにテクノロジー・ベースでいくのか、かたちベースでいくのかということをあまり分離させずにパラレルに進めていくことですね。『デザイン・イノベーションの振り子』ではタイトル以外にも「振り子」という言葉が頻出しますが、ソフトウェア・エンジニア、ハードウェア・エンジニア、かたちを考える人、モノと人との関係を考える人などが組織のなかにバラバラにいるのではなく、ひとりの人間がすべてを考え、思考の視点を「振り子」のように変えつづけることによって新しいフェーズに突入していくことを、大学の研究室でも目指しています。これは本当にtakramがやろうとしていることと一緒です。
今日は「起源」に戻るために、少しスライドを用意してきました。ひとつは「高速両手親指日本語入力機器 タグタイプ・ガレージキット」です。障害者用の入力デバイスで、両手親指キーボードです。田川君がうちへバイトをしにきていた学生時代に考えた入力方式で、一緒にかたちにしてみようと作り始めたんですよね。その後も何世代かつくり続けて、いろいろなメーカーや起業家等に製品化をもちかけたのですが、結局実現しませんでした。今ならクラウドファンディングとかの方法もあるんだけどね。量産には至らなかったけどプロトタイプとして、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の永久所蔵品になりました。
もうひとつは緒方君と一緒に作り込んだ、OXO社のキッチン・ツールと大根おろし。3Dプリンタや NCなど、いろんな方法で歯の一枚一枚に至るまでプロトタイプを作って開発しました。いろんな人とたくさん大根をおろしたよね(笑)。こちらはちゃんと商品になり、2006年にグッドデザイン賞金賞をもらいました。そういう意味でも、僕の活動のなかの本当のコアになる部分を2人と一緒に作ったと思っていて、今日こういうかたちで話をできることをとても嬉しく思っています。



「高速両手親指日本語入力機器 タグタイプ・ガレージキット」
©takram design engineering

田川──ありがとうございました。僕はリーディング・エッジ・デザインで1998~2005年、緒方君は2003~2009年の間お世話になりました。その間、僕と緒方君は3年ぐらい一緒に働いています。会社は小高い山の上にあって、毎朝300段ぐらいある階段を上っていかなければならなかったんですよね。上りながら心を清めて仕事に入るという日課を思い出しました(笑)。 takraはいま表参道にオフィスがありまして、30名弱の人が働いています。さきほど山中さんに「ソフトウェア・エンジニア、ハードウェア・エンジニア」というキーワードに触れていただきましたが、最近はそれを拡張して、デザインとエンジニアリングのかけ算によって顕在化するさまざまな「タンジブル/インタンジブル」(触れるもの/触れないもの)の両方にかかわる、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3要素つないだ仕事をまんべんなくやっていこうと考えています。

緒方壽人──いまでこそ「デザインエンジニア」だったり、領域横断的なポジションから新しいものを生み出していくという仕事の仕方が少しずつ認知されてきていると感じるのですが、当時の僕にとっては山中さんはエンジニアのバックグラウンドを持ちながらデザイナーとして活動するという唯一のロール・モデルでした。そもそもなぜデザインとエンジニアリングの両方をやろうなんていう無茶を考えたのですか?(笑)

20世紀のデザイナー、21世紀のデザインエンジニア


山中──まあ、東大で機械工学を勉強していたんだけど、大学にいる間はずっと漫画ばっかり描いていてあんまり勉強をしなかったんですね。で、2回留年しているんです(笑)。そういう性格なので、なんか漫画と機械工学の両方を生かせる仕事ってないのかなということを思っていて、工業デザインという仕事があることを知るのです。そういう流れでデザインの仕事を始めました。卒業して最初にカー・デザイナーになるのですが、そこで「ちょっと違うなあ」と思ってしまうのです。1980年代の自動車産業は20世紀型のものづくりの最高峰であり、ひとつの車を作ることは数千億円のプロジェクトとして開発だけでも数千人の知恵が結集される。そう言う中で徹底した分業が行われ、エンジニアは中身を作り、デザイナーが外観を描いて、ヒット商品に伸し上げることが求められるわけです。コンスタントにモデル・チェンジ、マイナー・チェンジが行われ、消費者の購買意欲をかき立て続けるシステムを完成させていたという意味で、エンジニアとスタイリング・デザイナーとの20世紀型の協業の典型的な姿でした。そういうシステムを知らない僕が「カー・デザイナーって素晴らしいな」と思っていたのは、20世紀の始まりの時期の、例えばブガッティがエンジンを発明しながら美しい車体を設計し、高性能スポーツカーを作っていた時代のデザイナーに憧れていたからなのですね。そう思ってカー・デザイナーになると、「あれ?」と思ってしまった。

山中俊治
『フューチャー・スタイル』
その後、30代で東大に客員助教授として呼び戻されて3年間だけ助教授をやり、改めて最先端の研究者達がやっていることをいろいろ見て、宝の山だなと感じました。そこで「この技術を展開すれば、こんな未来がありえるんじゃないか」というデザイン画を描いてまとめたのが『フューチャー・スタイル』(アスキー、1998)という本です。もちろん絵に描いた餅に過ぎないので、技術者たちに「こんなものを作りたいと思いませんか?」と持ちかけても、「お金があればねえ」みたいな話で終わってしまうのですが、その思いはずっと持ち続けていて、折を見て学生にもそんなデザインと未来のことを伝え続けていました。そういうことに共感してくれたのがこの2人で、その後もちゃんと勉強してくれたわけです。

田川──『フューチャー・スタイル』は『AXIS』での連載がまとめられた本でしたね。僕らが学生の頃に手に取ってとても影響を受けた本です。それから、僕が学生時代に「タグタイプ」を作っていたときに、山中さんから言われたことでいまでもはっきり覚えているのが、「とにかく試作を作って、実際に人に使ってもらいなさい」という言葉です。当時、工学部のどの学科にも「試作を作ってすぐ試しにいく」というアプローチを学部生レベルで、ちゃんとやってるところはなかったんじゃないかと思います。僕は頭のなかでの構想に時間をかけてしまう方でしたから、最初はなかなか慣れずにいましたけれど、山中さんからは、よくそう言われてました。

山中──そうですね、よく言いました。手を動かさずにどの状態が最適なのかとずっと悩んでいるから、やってみればすぐわかることだ、という話をしました。

緒方──それまではいわゆる「量産試作」という、設計図どおりにちゃんと作れるのかという意味で行なう試作、エンジニアリング視点のプロトタイピングというのはありましたよね。

山中──そうですね。最初に田川君と「タグタイプ・ガレージキット」を作ったときに、このキーボードを量産してくれる企業はそう簡単に見つからないだろうことは想像していましたから、「これを製品化しませんか」といろんな企業に出向いて打診したね。

田川──よく歩きましたね。

山中──だけどなかなか実現しなくて、そしてこれも試作の大事なプロセスだと思って、2人できちんと記者発表をして、こういうプロダクトの存在を世の中に訴えてみようとしたわけです。その記者発表が想像以上に反響を得ることになり、そこからプロトタイプの仕事がいっぱい入ってくるようになった。つまり、われわれのような小さなデザインファームがパソコンに接続すると使えるキーボードを曲がりなりにも数台作っちゃったことに、皆さんびっくりしたみたいなんですよね。その後docomoと携帯電話の新しいプロトタイプをいくつも作っては次世代携帯端末のあり方を考えたり、日本科学未来館からロボットを作らないかという依頼がきたりして、二人とは本当にたくさんのプロトタイプを一緒に作りましたね。

緒方──携帯電話ではセンサーも独自に作りましたよね。リング・デバイス。

山中──そうそう、スクロール・ホイルで。要するに初期のiPodが採用してたやつを独自に作ったんだよね。iPodの開発とほとんど同時期のことで、こっちが出してから数カ月経ってiPodが出て、ああ特許取り損ねたみたいな(笑)。方式は一緒でしたね。

田川──リングで早送り、巻き戻しをしつつ、その下にタクト・スイッチが入っていてカチカチ押す方式で、その十字の方向性とリングのスクロール性を、垂直にスタックしてデバイス化したのです。まあ、突き詰めて考えればこの方式になりますよね。悔しいなあ(笑)。

田川──次のスライドはロボットですね。

山中──これはその当時作っていた《Cyclops(サイクロプス)》というロボットで、アルスエレクトロニカ・センターに設置している場面ですね。田川君と、田川君の同級生だった本間淳君と一緒に作っています。このロボットは、球体関節を積み重ねた背骨の周りに筋肉がたくさんついていて、動くものを捉えるとそっちを向くという、機能的にはそれだけのロボットです。動くものを捉えるから、結果的に人のほうを見るし、歩けば目で追う。人の側からするとロボットがこっちをじっと見てるから、こちらの存在に興味を持っているように感じられ、ロボットに向かってみんなで手を振ったりするという展示物です。2005年の愛知万博でも展示されました。 当時ASIMOが歩き始めたばかりで、みんあ「ロボットが歩いたり踊ったりするなんてすごいね」と興奮していましたが、僕らの見方は少し違っていました。人がロボットを好きなのはロボットが知性を持っているように見えるとか、生きているように見えるからだろう、だったらもっとミニマルにそれを提示できるんじゃないかと。だから《Cyclops》のコンセプトは抽象的で、できるのは「見る」ことだけなのです。

田川──人間とロボットの関係は、ロボットの機能的な賢さよりも「賢そうに見える」かどうかに拠っているだろうといったことをずいぶん議論しましたね。その一方で純粋に新しいクリーチャーを育て上げたという喜びも大きいプロジェクトでした。

緒方──東大の「プロトタイピング&デザインラボラトリー」で継続的に行なおうとしていることの原点がここにありそうですね。

デザインエンジニアを育成する

田川欣哉氏、緒方壽人氏

田川──山中さんも東大の「プロトタイピング&デザインラボラトリー」で人材育成を考えていらっしゃると思いますが、僕らも日々takramの若手を育てていくことを考えています。そしてよく「デザインエンジニアってどうしたらなれるんですか」「どういうふうに育てるのがいいんですか」ということを訊かれるのですが、山中さんのお考えでは、どういう人が向いているとか、どういうふうに接しているとデザインエンジニアとして自立していくと思われますか。

山中──そうですね。ものづくりをしたい人には大別して2つのタイプがありますね。ひとつはとても合理的にものを作りたいタイプです。とにかく自分の知識のなかできちんとした性能を出したい。その人の原理も行動も非常に合理的に形成されていて、求めた結果がきちんと解答として出せるタイプのものづくりです。もうひとつは非常に感覚的に、生理的になんかぞくぞくする部分を持っていて、それを実現したいと思って作っているタイプです。僕は学生たちに「両方を持てるクリエイターになりなさい」と繰り返し伝えています。2つのタイプの志向が交わるところに本当に面白い創造があるから、そのことを理解して進むのがいいと思っています。じつは完全にどちらかだけの人はあまりいなくて、合理的にもの作っている人でも動機は感覚的な部分がベースになっているし、ドキドキするものをただ作りたいけれど、結果的には非常に合理的にものづくりをせざるをえなくなっている人もたくさんいます。その両方を意識的に自分のなかで共存させてこそイノベーティブなものが作れるんだいう感覚を若いうちに身につけてほしい。
だから、合理的にものづくりを考える習慣をもっているエンジニア・ベースの人には「本当にそれが作りたいのか」と繰り返し問うんですね。そうすることで、彼が根源的に持っている本当に実現したいものづくりに近づくことができるし、その感覚を得られれば、彼の思考のベースがシフトして、自由なクリエイションができるようになっていく。逆に、エンジニアリングがうまくできなくて感覚的にものを作りたい人は、「ここはちょっとがまんして、動機から自分の生理的な感覚をちょっと外して、冷静にものづくりのプロセスを組み立ててごらん。」と投げかけます。それがまさに、takramの『デザイン・イノベーションの振り子』で繰り返される「振り子」の動きですよね。思考を融合するのではなく、自分がAさんになったりBさんになったりしながら、あっちとこっちを行ったり来たりスムースに動き続けていくことですよね。

緒方──まさにそうですね。しかしそれを教えるのはなかなか難しいなと、僕らも感じています。コツがあるのでしょうか。

山中──自分たちはどうやって覚えた?

田川──むちゃくちゃ働きましたから(笑)。ただどうなんでしょうね。僕らも「デザイン」と「エンジニアリング」の融合みたいなことを安易に発言していた時間が結構長かったんですよね。それを「融け合う」っていうことではないだろうなと思い始めたのはここ数年です。融け合うのではなく、デザイン・マインドとエンジニアリング・マインドを、できるだけそれぞれの方向に伸ばしていって、ときにはそれらが対立しあう状況を自分の頭の中に作り出すことが、ものづくりには大切なことではないかと思ったりしています。

山中──僕も脳科学者の茂木健一郎さんにそんな話をしたときに、特に前衛的なクリエイターは、自分が引き裂かれる状況に身を置いて最高のものづくりをするタイプの人が多いとおっしゃっていました。僕も融合ではないと思います。引き裂かれたまま振り子の力で両極を行き来することなのでしょう。そしてウロウロしているうちに収束するポイントが見つかるんですよ。それは言い換えれば「アイデア」を生み出すことで、自分のなかのエンジニアも、自分のなかのデザイナーも満足する瞬間にだけアイデアは見つかるんですよね。そうやってアイデアを見つけていくことを楽しめるデザインエンジニアを育てたいですね。

田川──そういうことなんでしょうね。僕なりの仮説ですが、小さなエンジニアリングと小さなデザインとからなる小さな成功体験をまず作って、その後プロジェクトの規模が大きくなるにしたがいエンジニアリングの側もデザインの側も大きくなって振れ幅が大きくなり、そこでいろんなことを経験して積み上げていく以外に、方法らしい方法はないんじゃないでしょうか。早くから振り子の真ん中に焦点を作ろうとするのではなく、そういうプロセスを経験してもらいたいですね。 いまでは僕たちは「振り子」を拡大解釈しはじめていて、例えば、問題と解決の間を、頭で考えるタイプの人はずっと頭で考えますし、手で考える人はずっと手を動かしますよね。相互に相手の立場を認めなかったりすることもしばしばです。こういうことは企業内にもあると思いますが、これはなかなか融合しませんから、行き詰まったらどちらかにスイッチするというような、両方にカチカチ動かすというシステムもありますよね。

山中──そう思います。例えばtakramが提案する「ストーリー・ウィーヴィング」は、コンセプトの確認とものづくりを繰り返すことで、両方がより高いステージを昇っていくことを示しています。ThinkとMakeの関係ですね。スケッチもそうで、一度手の運動にして実体化させることで再び頭に入力する。そういう揺らぎもまた「振り子」ですね。 僕はこれまで「振り子」というメタファーを使ったことがなかったけれども、この本を読んですごく納得しました。

「プロトタイピング」の思考

田川──もうひとつキーワードは「プロトタイピング」ですね。「プロトタイピング」には量産品を作るのとまったく違う魅力があって、ぼくらはそれに取り憑かれているかもしれません(笑)。

山中──そうそう。プロトタイピングはたったひとつで未来を実現できた気分になっちゃうので、快感なんですよ。

田川──テクノロジーあるいは社会がどんどんプロトタイプの方向に寄ってきている気がしています。ほかのジャンルでもそうですよね、プロトタイプが未来を先取りするKickStarterになっている。少人数のクリエイターがプロトタイプっぽく作ったものがそのまま人の手に届いちゃう世界が、もう目の前まで来ているような感じがしています。

緒方──プロトタイピングの目的はいくつもありますが、ひとつはプロダクトのクオリティを「改善していく」ことですね。1回でも手を動かせば絶対前に進みます。それから想像を現実化すること。もうひとつは、コミュニケーションのツールになることだと思います。『デザイン・イノベーションの振り子』に載せたイラストですが、「Lighting」というワードを見て、ひとりは懐中電動をイメージし、ひとりはテーブル・ランプをイメージしているというような齟齬は起こりがちです。しかしその場に具体的なプロトタイプがあると齟齬は起こりようがない。みんなが一気に当事者になるわけです。




コミュニケーション・ツールとしての側面
©takram design engineering

田川──「ダーティ・プロトタイプ」という手法でやっていることは、いまここにあるものでそのイメージを咄嗟に作ってしまうことです。IDEOの「クイック・アンド・ダーティ・プロトタイプ」を有名にしたのは、マーカーとフィルムケースと洗濯ばさみで作ったピストル型の注射器で、あの衝撃はすごかったですね。

「ダーティ・プロトタイプ」
©takram design engineering

緒方──目的はほかにもあって、実際の制作を検証する「テクニカル・プロトタイピング」や、機能しないけれど本物そっくりにつくる、スタイリングのための「コールド・モック」。それから、プロトタイプでは実現できない部分を補ったり、ひとつしかないプロトタイプを広く伝播させていくために、いまではムービーをつくる機会も多くあります。これを「ムービー・プロトタイプ」と呼んでいます。





「テクニカル・プロトタイピング」「コールド・モック」「ムービー・プロトタイプ」
©takram design engineering

山中──それから「タグタイプ・ガレージキット」は製品化しなかったけれども、各種メディアから高い評価を受けました。稼働する実験機をちゃんとデザインして作ったことがひとつの評価理由ですが、写真家の清水行雄さんに撮っていただいた写真がメディアに流通した効果も大きかったでしょう。一部の人しか実物を見ていないのに、あの写真のパワーが評判を後押しして多くの人に知ってもらった。こういう状況を作ることもデザイナーの仕事かもしれないと、あの時に思いました。
20世紀型の代表的なものづくりは量産品を作ることでした。デザイナーという仕事が成立したのもこの時で、それまで職人が一つひとつ製品を作っていたのに対して、デザイナーがひな型を作り優れた製品が大量に出回る。この生産システムによってデザイナーはたったひとつのひな形しか作らなくても、量産化された製品の代金の一部として大勢の人から少しずつデザイン料をもらって、生業になっていくわけです。最初のひな形を設計開発する労力を量産によってカバーするのが20世紀型のデザイン志向でした。ところが21世紀に入ってみると少し状況が変わってきた。クイックにダーティにプロトタイプを作って、それをYouTubeで発表して、デザイナーとしてそれなりに食っていける状況が成立するようになってきましたね。

田川──『デザイン・イノベーションの振り子』でチラッと書きましたが、量産をゴールとするプロセスのなかでのプロトタイピングではなくて、プロトタイプ自体が目的化する時代がぼちぼち来そうだと。これは間違いなくそう思います。

緒方──そうなると発想の仕方がだいぶ違ってくるでしょうね。ソフトウェアの世界ではβ版を公開してアップデートしながらそのままスケールしていく実践が広く行なわれてきましたが、いよいよハードウェアの世界もそれに近づいてきている気がしますよね。これからがますます楽しみな時代です。

会場の質問といっしょに考える


田川──山中さんとのお話は切れ目なく続いてしまいそうなので、このあたりで会場のほうからご質問などがありましたらお訊きしたいと思います。いかがでしょう。

会場 Q1──今日は面白い話をありがとうございます。いろいろな話に共通している「振り子」の話を興味深くお聞きしました。そこで質問ですが、振り子を振る原点のパワー、振り子を行き来させるパワーとは実際にはどういうもので、そして振り子が振り切るポイントとは実際はどういうポイントなのでしょうか。ずっと振り続けるには、もしかしたらモーターが付いているのかもしれないと思いながら伺っていたのですが(笑)。

田川──面白い質問ですね。一般的なチームワークでは、バックグラウンドの異なるメンバーが動きます。例えばビジネスマン、デザイナー、エンジニアなど。例えば、ある問題があったとします。その問題はエンジニアから見るとエンジニアリングの話に見えるけれど、ビジネスマンから見るとビジネスの話に見えているはずで、どっちが正しいかではなく、ひとつのものの違う側面であるはずです。しかし、往々にしてのチームの中では視点が偏りがちで、問題はひとつの面からのみ解釈されがちです。メインの軸線上でこそ難解な問題も、別の角度から見れば意外と簡単に解けることがあります。そういう局面で、議論を引っ張っている人が、別の角度から問題観察をして別の対処をする、あるいはチームメンバーにそれを託せるかというあたりがすごく重要だと思います。これが「振り子」を行き来させるパワーになります。振り子を振るタイミングも見計らいます。順調に進んでいるときは振り子を振らないことも多いんですよ。デザイン、エンジニアリングのどちらかだけでいけてしまう場合もありますが、たいがい問題はそんなに簡単ではありませんから、行き詰まったときにこそ、ちょっと違う視点から考えてみて、なにかが見えたらまたすぐ戻るということをテンポよくやることが大事なことです。

山中──行き詰まり感と振り子の頂点って、なんか似ていて面白いよね。

田川──そうですね、似ていると思いますね。

山中──「この問題、このやり方では解けないよ」となったときに、逆向きに動かし始める。

田川──これ以上は上がれないというところまで上がって、一気に反対側に解放する。その下がるパワーを使って違う分野に行く。チームを立ち上げるときに、そういう考え方というか姿勢を共有できているかどうか。これで仕事の質がぜんぜん違うものになります。だからスタックしたときに「全く違うことを考えてみようか」みたいな一言って、すごく強力なのではないでしょうか。

緒方──ある分野についての専門性が高いほうが振り幅が大きいのも事実です。だからこそ反動を使って大きく反対側に行ってみることができるし、そうやって領域を増やしていくことも大事です。

会場 Q2──私も「タグタイプ・ガレージキット」の写真を何かの雑誌で見て、山中先生と田川さんのお名前を見つけ、東大系のデザイナーがこんなかっこいいデザインをしているんだと感心した記憶があります。そのときから時間がかかりましたが現在デザイナーをやっています。今日はいろいろなお話を伺えて嬉しく思います。「デザインエンジニア」という名称についてのお話がありました。とてもいいネーミングだと思っていますが、一般に活動が名前にフレーミングされてしまうことの大事さってありますよね。一方で、「Designer」の日本語訳がそのまま「デザイナー」であることがどうもしっくりきません。もともとはそれこそ「デザインエンジニア」的な両極的な意味を持っていたのではないかと思うのですが、「デザイナー」というネーミングと活動の範囲についてなにかお考えになることはありますか。

山中──日本では近代化にともなって「Design」を「設計」と訳して技術者の仕事を指す言葉として定着させ、戦後「デザイン」と改めて輸入しなおしているので、「Design」本来の意味が2つに分離したまま流通しています。本来は、エステティック・デザインとエンジニアリング・デザインはひとつながりなのですよ。だから現状は「デザイナー」という語の本来の定義をしなおすよりも、定義を広げていけばいいだろうと思っています。

田川──僕たちも、自分たちの活動が「デザインエンジニア」という名前に縛られてしまわないようにいろいろ考えているのですが、名前にこだわれば、「デザイン・アンド・エンジニア」ではなく、「ノット・デザイン・ノア・エンジニア」つまり「デザインでもなくエンジニアでもない」活動をしていきたい、ということになるのではないかと思っています。新しいものを作りながら、新しい価値観が芽生えていくことにワクワクするのであって、専門性が優先するのではありません。デザインやエンジニアリングはそれぞれひとつの強力なアプローチではありますが、ひょっとすると文学や映像や音楽などで自分たちの作りたいものが表現できちゃうかもしれない。つまり、アプローチ自体を新しく発見していくことにも挑戦したいわけです。専門性はそもそも自己言及性が強いので、できればそういう性質から解放されたいなと思うのです。言ってみれば複数の「どちらでもない性」を持っていたいということかもしれません。

山中──よくわかるなあ。ときに専門性は気をつけなくちゃいけないよね。世界でなにか大きな問題が起こったときに、「アーティストとして何ができるかを考えました」「エンジニアとしてできることを考えました」って動機を話す人がいますが、僕は慎重にその思考を避けようと思っています。「○○○○として何ができるか」という考え方をした瞬間にできることを自ら狭めてしまっていると思うので。

会場 Q3──現在の「デザイン」を大きく分類すると、IDEOが先導してきた問題解決型のデザインと、RCAのアンソニー・ダン教授が提唱する「デザイン・フィクション、クリティカル・デザイン、スペキュラティブ・デザイン」などの2つのメインの潮流があると思います。ところが、takramの「100年後の水筒」という課題に対する人工臓器《Shenu》や、山中先生と田川さんの《Cyclops》はそれぞれ、未来にしては遠く、ロボットにしては役立たない作品のようです。そしてそうであるからこそ私たちは作者の意図を深く考えることができる作品なのですが、作者としてどのような「デザイン」感を表わしていたのか、伺えればと思います。



人工臓器《Shenu》
©takram design engineering

田川──じつは、「デザイン・フィクション、クリティカル・デザイン、スペキュラティブ・デザイン」という言葉を意識し始めたのは、《Shenu》を作った後でした。《Shenu》のプロジェクトを進めている最中は、未来の極端な姿を提示しようと考えたわけでもありませんでした。このプロジェクトが始まった当初、じつにさまざまなアイデアを出しましたが、どうも突出したものが出なかった。プロジェクトの課題は「100年後の荒廃した地球環境における究極の水筒のデザイン」でした。ここに含まれた「水筒」という言葉に文字通りの答えを出そうとして、それはもう四苦八苦していたのです。しかし、水筒は今日現在も存在していますから、その延長で未来の水筒を考えても100年後らしさが出てこない。そこでプロブレム・リフレーミングをして、水が簡単に手に入らない環境でも人間が数時間生き延びることができる水筒を、もう一段階抽象的なレベルで考えてみようと思いました。それが、人間自体を水筒化してしまうというアイデアです。そのため、結果として「デザイン・フィクション」ぽい印象もある作品になりましたが、そういう未来を問うタイプのプロジェクトがあればいつでもやりたいとつねづね思っています。

山中──《Cyclops》も含むものづくりをするなかで、「デザインとはなにか」というとても大きな問題について、最近ちょっとだけ言葉にしてみようとしています。大学の授業などでも話すのですが、僕なりの定義ではデザインとは「人工物あるいは人工環境と人との間で起こるほぼ全てのことを計画し、幸福な体験を実現すること」です。
「人工物あるいは人工環境」については、例えば花のデザインとか昆虫のデザインという言葉も普通に使いますが、僕が定義する場合は少なくとも人工物に関するものにしようかなと思います。「人との間で起こるほぼ全てのこと」もそうで、純粋に性能を実現するためだけにスペックを計画するということもありますが、より根本的には対人に限定します。そして「幸福な体験を実現すること」。ここにはいろんな幸福が含まれますが、幸福とは、人工物の創造を計画する人たちが対人的に与えるさまざまなベネフィットのことです。アートやサイエンスはデザインと違って、本質的にはベネフィットって関係ないんですね。そのことを最終目的とはしていません。アートは必ずしも人を幸福にするばかりではなく、嫌な思いをさせることも、恐怖を与えることも、なんかお前違うんじゃないかと問題意識を突きつけることもありますよね。そういう意味でアートはデザインのこの定義とはちがうものなのです。サイエンスもそうです。サイエンスの目的は本質的に真理をつかむことなので、サイエンティストにとってはそれがどう利用されるかということはさほど重要ではありません。デザインは根本的にはアートやサイエンスよりも俗っぽくて、気持ちがいいとか、楽になるとか、所有欲を満たすとか、あるいは儲かるとかいった、少なくとも人が人に対してなんらかのベネフィットを与え、受け取ることを素直に目的としているものだと僕は理解しています。われわれデザイナーにとっては、なんらかのかたちで人にいい効果をもたらす人工物を計画することが真理をつかむことだと思っているのです。

会場 Q4──今日は興味深いお話をありがとうございました。私は学生時代に山中先生の授業を受け、田川さんの研究室の後輩でした。昔を思い出して、ちょっとうれし泣きしそうになりました(笑)。
あらゆるモノやコトがサービス産業化するなかで、takramがデザインとエンジニアを分けずに時代にフィットしたソリューションを提供されていることにとても感心しております。現在私は広告会社で働いているのですが、広告にかぎらずいろんなビジネスの領域で、リサーチもすれば、クリエイティブもPRもプロモーションも全部やるというような仕事の仕方、脱領域的な仕事ができる人がすごく求められています。一方、そうした働き方をビジネス視点で考えたときに、残業時間がものすごいんですね。単純に、労働現場の負荷がどんどん高まってきています。すると、かつての近代的な働き方である「分業」のよさを見直したくもなってくるのです。つまり各人が専門性を高めることで分業がうまく機能し、それによってたくさんの製品が生産されたというモデルがあったわけです。分業をやめ、ひとりですべてを負担することの問題は、端的にレバレッジの可能性を低く見積もっていることだと思います。ボランティアではなく営利企業としてこれからどんどん拡大していくtakramは、これからどうしてもこの問題に突き当たるのではないかと、すみません、ちょっと意地悪ながら自分のことのように気になっています。この問題は社会システム的でもあり、簡単には解消しないと思っていますが、いかがお考えでしょう。

田川──ありがとうございます。彼は、僕らが行なっているtakram academyという勉強会にも講師としていらしていただいた気鋭のソーシャル・マーケッターで、彼のFacebookに泣けるほど忙しいと投稿されていたから、今日は元気な顔が見てちょっとホッとしました(笑)。確かにおっしゃるように、脱領域的な仕事の仕方では必然的にそういう状態になるかもしれません。実際、僕らもtakramを立ち上げてから4~5年ぐらいはかなり忙しくやっていました。でもその後はメンバーのひとりひとりが万能細胞化することで、働き方も次のステージに進んでいると思っています。例えば彼のようにリサーチもクリエイティブもPRもプロモーションも全部を見ることができる人をひとりずつ増やしていって、彼を中心にチームを組み、チーム全体でオーガニックに役割分担が進んでいくような体制を作ってきました。これはすごく時間がかかって非効率な方法ですが、できるだけこの方法にこだわって体制をつくりたいと考えています。具体的にはどういうことか。例えばソフトウェアのエンジニアリングがだれよりも得意な人が入社したとします。会社として短期的に考えると、その人にソフトウェア・エンジニアリングを専門にやってもらったほうがパフォーマンスはいいわけですが、それは、ひとりの人間がすべてを考え、思考の視点を「振り子」のように繰り返し変え続けるtakramのものづくりの進め方ではありません。だから「振り子」の半分の時間はソフトウェア・エンジニアとして働いてもらいつつ、残りの半分を例えばプロダクト・デザインをやってもらったりして、得意分野とそれ以外の分野をつねに50%ずつ担ってもらいながら領域を広げていき、3~5年ぐらいかけてトータルな実践ができる人を育てていく。そういう人を増やしていくことを目標にしています。ですから時間がかかり、非効率と思われると思います。しかし一度トータルな視点をもって仕事ができるようになった人はそこから退化はしませんので、長い仕事人生のうちの最初の3~5年をそういう訓練に費やすことはまったく無駄ではないと考えています。

山中──専門家をたくさん立てていってサイロ型に分割し、自分の専門分野できちんと仕事をこなす。その集合としての全体がちゃんと動くはずというモデルが産業革命以降の社会で定着しているわけですが、そのモデルの綻びが見え、どうもうまく機能していないんじゃないかと多くの人が気づいたのが20世紀末の出来事だったと思います。このモデルでは環境問題やマイノリティの問題、いろいろな経済格差問題が解決できない。サイロ型の徹底では解けない問題の存在が大きくなって、脱領域的な視野をもった人が求められる時代になっていると思うんですね。
たしかにいま、「分業」のよさを見直したくなる気持ちも理解できます。しかしそれは、すべての労働者が自分の領域で正しく労働力を提供すれば社会は正しく回り、幸せに暮らせるはずだという、近代社会が抱いていたある種のユートピア思想でもあったわけですよね。そこから脱し、新しい仕事のあり方の模索を始める途端に仕事がむやみに増える状況には不幸な側面があるかもしれませんが、その状況を越えながら、次第に動的平衡に達し、みんながそれなりに幸せで無理をしないで生きていける状態に至るまでの20~30年くらいの間、一部の脱領域的な仕事をする人たちが社会の過渡期としてのその状態を引き受けざるをえないのかもしれません。

田川──現在はやはり産業構造がシャッフルされる時期に入ってきているので、たぶんわれわれのようなものづくりの仕事以外、医療にしても農業にしても政治にしても、いろんな領域でリニューアルが起こる時期なんだろうと思います。大きなスパンで考えると、われわれは100年ぐらいで構成されるひとつの新しい産業構造変化の初期段階にいると思うんですよね。特に先端的領域では真っ先に組み替えが起こるでしょう。その新しい、かたちをなしていない領域では、複雑な問題を分解しなくても全体を見渡してまるっと取り扱うことができる人のところに仕事が集中してしまう。現在はそういうフェーズにあります。その後いったん整理がつくと分業に戻ってラインに流せるようになるのではないかと思います。おそらくいまの時代、いわゆる0→1で考えないといけない問題のボリュームが相対的に増えてきているんだと思います。その状況を経過すると、1から10、10から1000へと分業で走ったほうが効率がいい世界に再び回帰して、僕らのような仕事を人たちは世の中から「なんか回りくどくて役に立たない連中だなあ」なんて言われているんじゃないかな(笑)。僕らの活躍できる時代が長く続くというのは幻想で、そのこともある程度わきまえながら、社会が動的平衡状態に達するまでは進んでいくつもりです。その先の世代の人たちは、その先のやり方を見つけるでしょう。そういうことを考えています。

緒方──しばらくはとにかく頑張りましょうと(笑)。

山中──僕らはある意味で問題意識の共有が進んでいるのですが、いまの質問はいろいろなことを考えさせられますね。今日の対話のテーマは「デザインエンジニアの起源」でしたが、そういうことも含めて、takramの最初の書籍『デザイン・イノベーションの振り子』にはデザインの現在と未来を正確に考えるうえでのアイデアが詰まっています。今日の話を少しでも面白いなと思った方は、ぜひ読んでいただきたいと思います。

田川──日々僕らが考え、実践していることを、takramの全員でつくった一冊です。ぜひ手に取っていただきたいと思っています。山中さん、会場にお越しいただきました皆さん、今日は遅い時間までありがとうございました。



2014年10月2日、東京ミッドタウン・デザインハブにて


山中 俊治(やまなか・しゅんじ)
デサインエンジニア。Leading Edge Design主宰。東京大学生産技術研究所教授。1982年東京大学工学部産業機械工学科卒業。インフィニティQ45、Suica改札機、OXO Kitchen Tools、NTT DoCoMo UI Projectなど多数のプロダクト/インダストリアルデザインを手がける。著書=『フューチャースタイル』(アスキー、1988)、『デザインの骨格』(日経BP、2011)、『カーボン・アスリート──美しい義足に描く夢』(白水社、2012)など。

田川 欣哉(たがわ・きんや)
takram design engineering ディレクター/デサインエンジニア。1999年東京大学工学部卒業。01年英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。デザインエンジニアリングという新しい手法で、ソフトウェアからハードウェアまで幅広い製品のデザインと設計を手掛ける。07年Microsoft Innovation Award 最優秀賞、独red dot award: product design 2009など受賞多数。

緒方壽人(おがた・ひさと)
takram design engineering ディレクター/デサインエンジニア。東京大学工学部卒業後、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、2010年にON THE FLY Inc.を設立。2012年よりtakram design engineeringに参加。ハードウェア、ソフトウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスなど、領域横断的な活動を行う。主な受賞に、2004年グッドデザイン賞、2005年iFデザイン賞、2012年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。

201501

連載 現代建築家コンセプト・シリーズ No.18

takram Dialogue 05:山中俊治 × 田川欣哉 × 緒方壽人takram Directors' Dialogue 04:渡邉康太郎 × 緒方壽人takram Directors' Dialogue 03:田川欣哉 × 緒方壽人takram Directors' Dialogue 02:田川欣哉 × カズ米田takram Directors' Dialogue 01:田川欣哉 × 渡邉康太郎
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