【『食と建築土木』刊行記念・対談】海・山のかたちがつくる味

後藤治(工学院大学教授)+三原寛子(南風食堂)
三原寛子氏(左)、後藤治氏(右)

これは建築ですか?

三原寛子──わたしたち南風食堂では、去年の11月に『乾物の本』を出版しました。切り干し大根やひじき、豆や乾燥ショウガみたいなパウダーものもひっくるめて、乾物はわりと食べ方が決まっているように思っていたのですが、実際に使ってみると保存も利くし、世界各国の料理と組み合わせることもできそうだと、考えながら作りました。 『食と建築土木』にも美味しそうな乾物がたくさん出てくるので、そんな縁で今回のイベントにお声がけくださったのかなと思っています。本を読ませていただき、その土地の風向きや風土に合うように建物が伸びていったりして、かたちが変わっていくのがすごく面白いなと思いました。こういうものを見たことがなかったので、今日はいろんなお話を伺えたらと思っています。この本に載っているものは「建築」と言ってよいのでしょうか?

後藤治──どう呼んでもらっても結構です(笑)。僕は建築学科を出て、建築を研究していますが、この本で取り上げたものはこのとおり、「建築」に見えないものなので、出版するまでが大変でした。建築関係の出版社は、なかなかどこも「うん」と言ってくれない。もともと二村悟君と写真家の小野吉彦さんと3人で雑誌の連載をやっていたので、2人がなんとか本にしたいという執念を持って、いろいろな出版社を回ってくれました。
われわれはこれらを建築の一部だと思っているので、タイトルにも「建築土木」を使いました。編集の高田知永さんから、これは「しかけ」ではないかという話があったのだけど、やはりベタに建築土木を出したほうがいいのではないかと思って、「建築土木」と書いて「しかけ」というルビを大きく振りました。

仮設・季節変化という魅力

三原──どういった基準でこの建築(しかけ)を選ばれたのでしょうか。

後藤──いくつかありました。仮設物として面白いというものがひとつ。また干し柿や凍み豆腐は、吊していなければなんてことはない家だったり、どこにでもある農村風景なのだけれど、吊った瞬間に風景がガラッと一変して、すごく魅力ある雰囲気になる。そういう面白い季節変化があるということも大事な要素でした。
ただ、最初から分類して追いかけたわけではありません。もともとは遊びで集めていました。僕は文化庁という役所で文化財調査官なるものをやっていて、古い建物の保存に関わっていました。そういう関係もあり、全国各地に出張に行く機会がたくさんあった。そうやって風景を見ていたときに、「これは不思議なものがあるな」と集めていった、というのが正しいところです。偉そうに選択の基準みたいなことを言っていますが、それは後付け(笑)。

三原──それは事前に調べたのではなくて、先生がたまたま出会ったということでしょうか?

後藤──そうです。それで、こういう面白いものがあるという話をすると、こんどは二村君が、それならこの地方にこういうものがありますよと持ってくるので、ネタが増えていきました。
もともと風景を見ていたのも仕事の都合があったんです。僕は役所時代に登録文化財制度の制定に関わりました。国宝や重要文化財は有名ですよね。国宝などはすごく限られた宝物的なものなのだけれど、登録文化財は、古い愛すべき建物はみんな登録して文化財にしてしまいましょうというものです。そういう制度制定を担当したので、いつも車窓から、ここには登録できそうなものはないかなと見ていた。
また自分の役所時代の仕事でもうひとつ、担当ではありませんが、町並み保存というのがありました。白川村や高山は有名ですが、そういう有名なところでなくても、美しい集落は日本中にたくさんある。だから車窓からそういう集落を探す習慣が付いていた。そのときに、やたらおかしなものが目に付くわけです。緑と一緒になって美しかったり、集落と一緒になって不思議な風景だったり、いろんなパターンで。

三原──たしかに色がきれいですね。自然の色の組み合わせだからなのか、柿が緑の中に映えたり。これも赤い絨毯みたいで、最初なんだろうと思ったのですけど、海藻なんですよね。

後藤──そうです。こういう写真は難しい。人間の目の機能は素晴らしくて、全体の風景を見るのと同時にディテールも見ています。その両方が分かって良さが分かる。でも遠い距離から写真を撮ると、なにが写っているのか分からない。一方でディテールに寄りすぎると、建築土木のマニアックな世界に入ってしまう。

三原──でもすごく素敵な写真ばかりですね。見たことがないような風景がちゃんと映っていますね。

柿屋(京都府綴喜郡宇治田原町)
大根櫓(宮崎県宮崎市田野町)
ともに撮影:小野吉彦
後藤──それは小野さんの実力ですね。
またコンビというのは面白いもので、僕と二村君はお互い違うからいいんですね。二村君はぼろ屋からなにから面白がって取材して持ってくる。一方で僕はハードルを上げるほうなんです。これは季節変化がないからダメ、とかね(笑)。構造物として美しくないとか。たとえばこの柿屋は、構造物として立派だし、冬場にしかないし、厳しいハードルを越えたもののひとつです(笑)。

二村悟──この柿屋が、いろんなものを集め始めるきっかけになりましたね。

三原──丸干し大根の大根櫓もきれいだなと思いました。

後藤──大根櫓もばっちりですね。季節限定で、構造物としても面白い。ゆで干し大根のほうもすごいですが、僕は、あっちは完全には認めていないんです。鉄骨で青いシートなので、やっぱり竹とヨシズで作られていないと合格点はあげられない(笑)。寒天もそうです。でも二村君はこの寒天が好きらしくて、僕が「ソーラーパネルみたいでダメだ」と却下しても却下しても上がってくる(笑)。

二村──この前も諏訪市のものを見てきました(笑)。

後藤──寒天は、風景としては面白いけれど、ただ並べているだけなので構造物としては評価できないので、僕としては却下なんです。あと壁結は、行事は季節ものだが、風景は年間同じなのでダメとかですね。

三原──やはり季節限定というのがポイントが高いですか?

後藤──そうですね。見られたとき、ラッキーと思いますから(笑)。

ウド小屋(兵庫県三田市) 撮影:小野吉彦

三原──ウド小屋は、建物を見たい方は早め、できたウドを味わいたい方は遅めに行くようにと書いてありました。見るポイントによって行く時期が変わってくる。

後藤──ウド小屋の内部が藁に埋まった様子が見られるときは、まだウドはできていないので、ここでできるウドは美味しいんですよと言われても食べられない。でもそれがまたいいわけです。またこんど来て食べてやろうと思える。

三原──本で取り上げているものは一通り召し上がったんですか?

後藤──僕もまだぜんぶは食べていないです。でも旬の時に行って食べたいですね。同じ味でもこの空間を感じながら食べると美味しいんです。

三原──なるほど。干したてや採れたて、ほやほやで。実際にそこの現場を見て、こんなに手を掛けて、自然のサイクルに則って作られていると知って食べたら、それだけで美味しそうですね。

後藤──ありがたみが違う。

三原──地域による特色も大きいのでしょうか?

後藤──そうですね。たとえばアオサの養殖でも、集落ごとに養殖をしているのだけど、海ごとに形状が異なるので、絵になるところと絵にならないところがあるんです。だからその地方のアオサだったらすべてオッケーというわけでもない。そのあたりもハードルがあるんです。だいたいその地域でいくつか見て回ります。あるいは地元の人に、こういうものを探しているという話をすると、それだったらこっちのほうが見栄えがいいと教えてくれたりもします。
これは古い民家を調査するときと似ていて、最初は相手もこちらが欲しているものが分からない。でも「この建物はいいですね」と話をしていると、それだったらあそこにもあるよということになる。

プリミティブな技術の洗練

三原寛子氏
三原──わたしは一昨年、益子の土祭(ひじさい)というイベントで、ガス、電気、水道を使わない食堂を2週間やったんです。炭をおこして水を汲みに行って、非電化冷蔵庫を作ったりもしたのですが、そうしているとだんだん風向きや水の流れる動線とかが気になってくる。余った水はそのへんに撒いたりすることもできて、発見もすごく多かった。たった2週間でしたが、そのなかでもちょっとずつ建物の使い方が変わっていったりして...。建築土木というと、建築家や構造設計の専門の方がいらっしゃるというイメージがありますけど、この本にのっている建築(しかけ)は、普通の方が工夫して作って、進化してきたものですよね。それを建築的な視点から見ると、面白かったり、何か発見があったりするのでしょうか。

南風食堂による鶴亀食堂(益子の土祭、2011) 提供:三原寛子

後藤──それはたくさんありますよ。こういうものは簡単な構造物ゆえに簡単に壊れてしまうわけです。でも壊れてしまったら収穫できなくなるので、簡単に作れるけれど簡単には壊れないものを作る。なおかつ簡単にばらせないと厄介になる。だからノウハウが詰まっているのです。いろんな欠陥があったのを、少しずつ改良・改善していった結果、ここに至っているはずなわけで、構造物からそれが見えるんですね。
それは古民家とも近いと思います。古い家は優れたところばかりではなく、欠陥もいっぱいあるわけです。寒かったり、歪んでいたり、いろんな欠陥があるのですが、その欠陥を補うために大きく替えるのではなく、すこしずつ改良・改善していく。他の人から見たらなにが変わったのか分からないくらいのことでも、ちょっとした改良・改善を加えていきながら長持ちする家にしていく。

三原──そうやって進化していきながら、かたちとしても美しく見えるというのはすごく面白いですね。

大根櫓(長崎県西海市西海町) 撮影:小野吉彦
後藤──長崎のゆで干し大根の大根櫓の崖に張り出しているところは、構造力学上、合理的なかたちをしています。さらに穴が開いていて風が抜けるから、強風で飛ばされない。それでうまく干している。偶然できた部分と必然でできた部分の両方あるところが面白いですね。

三原──いま自分は都市部住んでいますけど、都心でもこういうことができたらいいなと思います。

後藤治氏
後藤──そうなんですよ。ひどいと思うのは、東京都ではいま、古いものはぜんぶ取っ払って新しいものに作り替えようとしていることです。都知事選の立候補者たちは、みな木造密集地の解消を公約に掲げている。木造密集地はオリンピックまでになくして、道幅を広くして高層マンションに替えましょうということです。僕から見たら、ふざけるなという感じです。欠点があるものを、少しずつ改善しながら変えていくような仕組みがないと、街なんて面白くもなんともなくなってしまうので、そういう考え方は本当に問題だと思います。よくソーラーパネルの専門家が、日本中の家の屋根が全てソーラーパネルに替わればエネルギー効率が40%上がりますなんて言ったりしますけれど、そんな一律に乱暴なことはやめてくれと思うのと同じです。

収集の方法

三原──今回は決めてから行くのと、偶然の出会いとは、どのくらいの割合だったのでしょうか?

後藤──半々くらいかな。

三原──半分も偶然でしたか。

二村──海藻関係は天気がよくても海が荒れていると作業ができませんから、下田の天草も5、6回行ってやっと取材できました。

後藤──出直したものもけっこうあります。寒天なんて、それこそ鼻水が凍るくらい寒くならないとやらないのだけど、最近は温暖化だから、この日は寒くなりそうだからと行っても、寒くならなくて、「今日はやりません」ということがあった。

二村──南伊豆あたりのひじきだと、年に4日くらいしかやらないから、狙って行っても難しいし、偶然でも難しいという...。

三原──でも年に4日を代々続けているというのは、それはそれですごい文化ですね。

後藤──あとは静岡と愛媛の物件が多いんです。静岡は二村君の出身で、情報のネットワークが張られている。愛媛は僕の母親の郷なので、役所にいた時代からいろんなことを頼まれることが多かった。
またこの本でも協力者として名前が載っていますが、岡崎直司さんという変わったおじさんがいまして、その人が変な情報をいっぱい持っているんです。たとえば今回の本では、有名な棚田と稲のはさ掛けは取り上げていません。今まで他の本でもたくさん紹介されているので、僕らがやる必要もないだろうという理由があったのと、もうひとつは岡崎さんが愛媛県でそういうものを集めていた。愛媛県はすごく大きい県で、半島が伸びていたり、不思議なかたちをして、海あり山ありのところなので、米の藁干しもすごくいろんなものがある。「藁ぼっち」とか「藁ぐろ」と呼んでいるんですが、それを岡崎さんがマニアックに撮影して、保存する活動までしている。その業績を横取りしたら悪いなと。

藁ぐろ(愛媛県西予市宇和町石城(いわき)地区) 撮影:岡崎直司

三原──それも見てみたいですけどね。

後藤──とても面白いんですよ。岡崎さんは変わり者で、無農薬でお米を作ったりしていて、自分のことを「歩き目です(アルキメデス)」と言っています。歩いてウォッチして面白いものを捕まえてくる。

三原──そういうお仲間が各地にいらっしゃるんですね(笑)。本を出されたあと、うちの地方にはこんなものがあるという連絡も届くのではないですか?

後藤──そうなってくると本当にいいですね。世界中にあるはずなので。

食と建築土木、世界編

三原──世界編もどうでしょう(笑)。

後藤──やりたいですねー。実はインドネシアやアフリカで撮った写真はあるんです。でもきちんと取材するには何度も行き来する必要がある。宝くじでも当てないと無理です(笑)。だからこの本を見た人が仲間になって、仲間同士が持ち寄って自慢の対決ができるといいですね。

三原──この本も英語版があれば、外国の方は面白そうな気がします。

売店、野菜のディスプレイ
(マラウィ共和国、リロングウェ東方郊外の国道沿い)
提供:後藤治
後藤──いいですね。これをやり始めてから、海外でも面白いものを探すようになりました。
作物のディスプレイの仕方も違いがあって面白い。アフリカでも掘っ立て小屋みたいなところに、やたら丁寧にトマトが積み重ねてあったり。そういうところにもその地域の人たちが食べ物をどういうふうに考えているかが表れると思います。

三原──インドネシアでは、小さな屋台でものすごく緻密にたくさんのものを並べているところがありました。

後藤──インドネシアは面白い国ですね。インドネシアに留学していた先輩に一緒に調査に連れて行ってもらったときに聞いたのですが、インドネシアの人たちは、たとえば学会みたいなものを作ると、まず最初にマークを作ろうということになるらしい。で、そのマークを作るために三日三晩議論してしまったりする(笑)。だから格好いい凝ったデザインが多くて、やっぱりデザイン好きなんでしょうね。

三原──わたしはインドネシアのジョグジャカルタで展覧会に呼んでいただいたことがあったんです。3週間滞在制作をして、屋台を作った。それでいろんな地域の屋台を研究したのですが、海の方から来ている人たちの屋台で、舟のかたちをしているものがありました。衝撃を受けたのは、舟に抽出が付いていて、そこを開けると中に炭が入っていて、魚が焼けるようになっている(笑)。

南風食堂の屋台
(2008、KITA!! : Japanese Artists Meet Indonesia展、ジョグジャ・ナショナル・ミュージアム)
ジョグジャカルタの船の形をした屋台(国立民族学博物館)
ともに提供:三原寛子

後藤──民家でも舟形があったり帽子みたいなものがあったり、ある程度合理的なのだけど、そこまで極端に反らさなくてもいいだろうと思うものがたくさんある。あれはインドネシア人のこだわりなんでしょう。

後藤──日本人は日本人で細かいこだわりがあって、建築の世界でいうと、誰も気づかないようなところでも、ちょっとでもずれているとダメみたいな。

三原──ピタッとなっていると気持ちいいと。

震災で傾いた建物を応急措置で直した様子
(専正寺山門、小千谷市)
提供:後藤治
後藤──そうそう。古い家が傾いて隙間風が入ってくるようなときも、日本の場合はもう一回引っ張って元に戻す。ヨーロッパなんかは曲がったまま住んでいる。やはり国民性が違うんですね。日本の家は、引っ張って戻りやすいかたちをしているんですけどね。

三原──へー、引っ張って直せるんですね!

後藤──引っ張り方のこつがあるんです。

人と物の表裏の関係

三原──うまく引っ張れる大工さんも減ってきているんじゃないですか? その大工さんの技もどうにか残したい。

後藤──そうなんです。『食と建築土木』で取り上げたようなものもノウハウが詰まってるので、それをやる人がいなくなったら厳しいわけです。人と物とは表裏の関係なんですね。ところが日本はよくそういうときに人を育てようという方向に行って、学校を作ったりする。でもそれだとダメなんです。そういう昔ながらの家を作って住んでくれる人がそれなりにいないと、大工さんの仕事が続かない。だから今回のようなものも、続いてほしいと思ったら、なるべくそこで作られたものを食べる。僕は地元のお酒を飲むことが多いですけどね(笑)。

三原──美味しくないと売れないし、売れないと続かない。こうやって工夫をしていくということは、美味しかったり、効果がある、そういうことの積み重ねで続いていくということですよね。

後藤──ただ、うまく続いていくところと、風前の灯火のところがある。健全に続いているところと、最後の1、2軒になっているところ、これは分かれます。

二村──本に掲載した宇治の玉露栽培は、このやり方でやっているところがほとんどないので、むしろ付加価値が付いています。

後藤──そういう唯一性で残るパターンもあるんです。一方で、魚垣(カツ)はもうほとんど生業としてはなりたたなくなっていて、イベントで人に見せるためのものになっている。さっきのハードルの話でいうと、そういう意味で、ちゃんと生きているものを見せたいという気持ちもありました。

二村──魚垣(カツ)は今も使ってはいるんですが、隣に空港ができてからはここに魚が来なくなってしまったんです。

魚垣(沖縄県宮古島市下地島) 撮影:小野吉彦

違いを楽しむ

ドイツの木組み街道、ハーフティンバーの街並み 提供:後藤治
後藤──これは町並み保存と通じるところがあるんですが、たとえばドイツでロマンチック街道とか木組み街道と言われるあの街道沿いに行くと、ハーフティンバー(独語では、ファッハヴェルクハウス[Fachwerkhaus])という、木造の柱梁を現した家がずらっと並んでいる。どの村やどの街へ行っても並んでいるわけです。ところが彼らはみんな、自分のところがオリジナルで、他の街とは違うんだと言う。それは家の作り方の違いや、宗教的な違いで、本当に小さな違いだったりする。でもそこにみんなが誇りを持って、自分たちの町並みを維持しているわけです。
だからいい意味でお互いが仲間でありライバルになると、地方が元気になるんです。こういう建築(しかけ)でも、「俺っちのところは違うんだ」とみんなが言っていると、それぞれの場所で楽しめるというか、残るようになる。だから自民党も派閥抗争をしているときがいちばん元気だった(笑)。

三原──競争原理(笑)。

後藤──そうそう、競争しないと元気が出てこない。そういう意味でいうと、ネットの時代になってきたので、近所で競争しなくても、少し遠いところで競争相手ができたりするかもしれない。昔とはちょっと違ってきているかもしれませんね。さっきの大根櫓でも、丸干しvs.ゆで干し、みたいなね(笑)。

三原──たしかに知恵のシェアもしやすくなっているかもしれないですし、この本を見て、みなさんが各地で工夫をすると面白いですね。

後藤──あと地方応援団としては、こういうところで作ったものが生き残っていくためには、消費者が好んで買ってくれないといけない。だからこういう構造物を見て、やっぱりこうまでして作ったものは違うなと思って食べてくれるといいなと思いますね。
二村君はもともとお茶の生産に関する建物を研究して学位を取っているんですが、彼と話していたことで、日本は日本茶とか玉露とか言うけれど、あまりブランド意識が高くない、お茶ならみんなお茶だと思って飲んでいる。この茶葉がどういう木から採れてどういう製法をしているかというのはあまり気にしていないんです。だからせっかくネットの時代で、細かい製法やなにかの情報が発信しやすくなってきているので、今からでもブランド化というか、ここで作ったものはこういう材料でこういう行程で作られていて、だからこういう味なんだということを、空間とともに味わえるようにできないかと思っているんです。

乾物の魅力

高田知永(LIXIL出版)──三原さんの『乾物の本』も、乾物という昔のものを今に生かすというご本ですよね。

三原──『乾物の本』では、乾物を自分で作る場合と、市販のものを使う場合と両方載せていますが、富澤商店という乾物をたくさん扱っているお店に取材に行って、スタッフの方がいちばん食べている乾物を聞いてみたことがあったんです。それで切り干し大根と教えていただいて、実際に食べてみたら味が普通のものとぜんぜん違うんですよね。こんなに違うのかというくらいに...。やっぱり実際に食べて違いが分からないと、なかなか人って納得しない。だからわたしも本を読んで、工夫をしながら自然の中でつくられたものと、工場とかで機械的に大量生産されたものと、どれくらい違うのかをすごく知りたくなりました。先生、そういう会をやりましょう(笑)。

後藤──いいですねえ。そこにお酒があるともっといい(笑)。

二村──凍み豆腐も自然乾燥と機械乾燥と、ふたつ載っているんですが、そもそも色が違うんですよ。見た目からして。

高田──三原さんはどうして『乾物の本』を出すことになったんですか?

三原──『乾物の本』を出すことになったのは、保存食を作ることが多かったり、イベントで地方に長く行くことになったときに使い勝手がいいなということで、もっと掘り下げてみたくなった。またこの本を出すことになってから、プライベートな理由で4ヶ月間くらい冷蔵庫のない家に住むことになりまして......。去年の9月から1月まで住んでいたのですが、9月はまだ暑いですよね。油断するとあらゆるものが腐っていくので、すぐ干す(笑)。お肉なんかも干してしまえって、どんどん干していったんです。干し方も工夫をして、竹串に刺したものを壁に刺してみたり、新聞をくしゃくしゃっとさせて、接地面を増やしてその上に載せたりだとか。干したり漬けたりしていたので、干すのに詳しくなりました(笑)。

後藤──うちの大学も防災のためにメーカーの非常食を買っていますけど、乾物をそろえるほうが断然いいですよね。

三原──ぜひ試してみてください。

味わうという奥深さ

高田──食べ物と建築はけっこう離れているようでいて、誰が作ったのか、どんな素材でどこで作られたのかということが分からなくなってしまっているという状況は共有していると思います。日本全国どこにいても同じようなものを食べたり、同じような家に住んだりという...。一方で、その地域でないと見られない建築とか、その地域でないと食べられない食べ物とか、そういうもの重要なが観光資源にもなっている。だから二極化していると思います。わたしたちがどういうふうにして今の生活の中で食べ物や建築空間を自分のものとして取り戻していくか、それはこの本を作りながら、ひとつの大きなテーマかなと考えていたんですが、どうでしょうか。

後藤──そんな立派には考えていなかった(笑)。僕は性格があまりよくないほうで、疑り深いんです。だから国産と書いてあっても、こんなの国産のはずないだろうと思ったり、飛騨牛と書いてあっても、岐阜に行って牛を見たことないのに、飛騨牛がこんなにいるはずないだろうと思ったりする。要するに地方の名物って、加工されたかたちで出てきますよね。そうすると「本当にそうなの?」ってね。
今回の本の対談で島村菜津さんにいい言葉を教えてもらったなと思うのは、「風景を味わう」こと。作っている過程や環境を見て信用したい。味というのは、わりとブラックボックスの中で作れてしまうところがありますよね。真似したら本物と似たようなものが作れてしまう。

三原──よくよく味わって食べれば分かる気もするんですけどね。

後藤──食に関わっている人は鋭い味の感覚を持っているけれど、それは言葉ではなかなかうまく伝えられない。一方、われわれは建築屋さんで、建築のことを伝えようとすると、専門家には通じるけど素人の人にはなかなか繋がらない。でも今回、結果的にですけど、僕らが食の「しかけ」の部分を紹介したことで、却って食の専門家の人が伝えられないところを補うことができたような気がするんです。多分建築も、違う分野の人がぜんぜん違う視点で古民家みたいなものを評価してくれたりしたら、古民家をもう一度修理してでも住みたいという人がもっと出てくるのかなと思います。だからいろんな人と交流を持たないといけないですね。

三原──さっき先生が、偶然が半分と仰っていたのが印象深くて、それはつまり、わたしがどこかにふらっと行っても、こういう面白いものと出会うかもしれない。そこで地元の人に「どうやって作っているんですか」と聞いたりするのは、タイミングが合えば誰にでもできることですよね。南風食堂は、夏フェスへの参加などでよく地方に行くのですが、そこで探せば面白いものに出会えるのかなと思いました。世の中に食べものはたくさんあって、なにを選ぶかってことが問われるところもあると思うんですけど、自分のなかに残っていくのは、実際に作っている人と出会ったとか、知り合いが作っているとか、食べて本当に美味しいと思ったとか、そういうことの積み重ねになりますよね。

後藤──絶対発見できますよ。発見できるし、発見したものの情報をいただきたい(笑)。こういうものって、スケベ心たっぷりで風景を見ていると見つかるので、誰でも見つけられると思うし、僕らだって調べ始めてその気になったからいろんなものが見つかっただけなんです。静岡の芋なんて、二村君の実家がやっていたことですからね。

今の味、昔の味

二村──本に載せたのは隣の家の芋穴ですが、昔はうちでもやっていました。でもこれも芋の品種がないので、20年前30年前と同じものは食べられない。今は在来種を保存しようという動きもあるのですが、どんどん品種改良がされて...。しかも最近のものは甘いので、熟成させる時間まで変わってくるんです。昔と同じだけ時間をかけたらドロドロになってしまう。

後藤──もったいないと思うのは、日本では品種改良する技術はすごく高いけれど、昔の品種を残さないことです。昔のものと新しいものを食べ比べるからこそ、ここが変わったんだと分かるのに。愛媛県の農業試験場で、みかんの新しいのをいっぱい作っているのに、昔からのみかんの開発に使っていた建物と、当時植えたみかんの木をぜんぜん大事にしていなのを見て驚きました。

二村──樹齢100年のみかんなのに。

後藤──そういうオリジナルの味を大事にしない。ただこういう問題に気がつく人が増えてきているのも確かです。この本には載せていませんが、われわれが埼玉で調査したお茶屋さんには古い工場が残っていて、取り壊す予定だった。それでこれは大事なもので、昔のやり方がよく分かるから残しましょう、昔のお茶を再現して今のお茶と飲み比べたら面白いじゃないですかと提案したら、乗ってくれた。そこのオーナーの和田さんは、古い製法のお茶も作りだしたんです。

二村──みなさんよく勘違いされるんですが、江戸時代のやり方だとすごく貴重で、昭和初期や戦後のやり方は簡単に再現できると思われがちなんですが、むしろ昭和初期の機械でお茶を作るほうが難しい。ひとつの動力ですべての機械を動かすので、当時のお茶を作るためには全行程を再現しなければいけない。しかしそれに近い状態を和田さんは再現しました。機械の速度が違うとお茶の揉まれ方が違うので、淹れたときの渋味や甘味も変わってくるんです。

和田家製茶場(埼玉県所沢市) 撮影:小野吉彦

三原──飲み比べられたのですか?

二村──ええ。ただ飲み比べてみてどちらが美味しいか、という話ではない気がします。美味しさ自体は、やはり今のお茶のほうが今の口に合うように作ってきていますから。

後藤──でも、なにがいいかなんて分からないですからね。たとえばお酢でも、古い製法のお酢と最近のお酢はぜんぜん味が違っていて、やっぱり古いほうは癖があるんですが、その癖が美味しいと思う人もいる。それと料理の味は食べ合わせみたいなところがあるから、それこそ昔のお茶と合う料理なんていうのも発見できるかもしれない。今の味に慣れているから違和感があっても、それが却って個性になって、生き残れるチャンスもあるんじゃないかな。

二村──先生はよく醤油の話もされますよね。

後藤──そうそう。今の料理のレシピ、特にネットに出ているものなんかは、醤油はみんなキッコーマンを前提にしているんですよね。地方の古い醤油倉で作った醤油を同じレシピで使ったら、とんでもなく濃い味になる。キッコーマンはあくまでキッコーマンであって、醤油ではない(笑)。ただキッコーマンも大したもので、古い製法の醤油も残していて、皇室に献上しているんです。やはり日本の大企業は伊達じゃないですね。

三原──なるほどー。

食と建築の近さ

二村──そういうところは古い建物も大事にしていますよね、キッコーマンとかミツカンとかヒガシマルとか。

三原──わたしも取材で、昔の製法でお酢やお醤油を作っているところを見せていただくことがあります。たとえば絞るときに圧を掛けていって、ポタポタ一滴ずつ落ちていくのを見る。ただ、わたしはやっぱりそこで味が美味しくないと選ばないのですが、そうやって出会って、すごく大事に、注文して使ったりするものもあります。

高田──美味しさって個人的なものなのでしょうか? それとももっと共同的なものなのでしょうか?

三原──うーん、共有できるものだと思うんですけれども...。どうなのでしょう。

後藤──そのへんは難しいですね。やはり好き嫌いもありますから。

三原──わたしはすごく食いしん坊ですが、食にまったく興味がなかった友だちも、おいしいものの話ばかりしていると、だんだん食いしん坊になってきますので(笑)。

後藤──食べ物の好みは年齢でも変わりますよね。あと、お酒を飲まないと美味しくないものもけっこうある。お酒を飲んで感覚が麻痺してきたくらいに食べると美味しいなって(笑)。だからお子様お断りみたいな食べ物があってもいいと思うんですけどね。好みによっていろいろある、それも面白いことだと思います。

三原──あと先生がさっき仰っていた、空間が味を決めるのもすごく大きいですよね。みんなで作って食べたら美味しいし、そういう場だったら、この食材はこうやってつくられててね、という話も共有しやすいですよね。

後藤──やっぱり食べ物の世界と建物の世界は繋がっていると思いますね。衣食住でいうと、食と住は近い。
今日は「続編を出せ」というエールを三原さんからいただいたので、がんばってなんとか出せたらいいなと思います(笑)。続編のネタはたくさんあるし、そのときはレシピも付けられるといいですね。なかなか日頃料理をしないから、レシピまでは至らなかった。助っ人がいれば頼もしいです。

三原──はい、ぜひお声がけください(笑)。



2014年2月4日 下北沢、本屋B&Bにて収録

201403

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