都市景観と巨大建築

五十嵐太郎(建築史、建築批評/東北大学教授)

巨大さについて

巨大さというテーマについて、まず筆者の著作『新宗教と巨大建築』(講談社、2001年)から話を始めたい。博士論文をもとに書かれたこの本では、実は当初、論文と同じタイトルの「新宗教と建築」になるはずだった。しかし、印刷を間近に控え、確か営業部からの意見だったと記憶しているが、「巨大」の二文字を入れたいという要望が伝えられた。言うまでもなく、その方が書名はインパクトをもち、売上げに貢献するからという判断である。筆者は即答せず、二、三日ほど悩んでから、結局、この提案を受け入れることにしたが、専門書ではなく、新書という多くの人が手にとるタイプの本では、やはりこの方が注目されやすいのだろう。むろん、やや品がないこの言葉には、一般の人がなんとなく抱いている、新宗教はいかがわしいもの、というステレオタイプのイメージを呼び起こすはずだ。もっとも、この本では、きわめて真面目に新宗教の建築を分析しているのだが。
ともあれ、「巨大」という言葉だけでも人目を引くわけだから、実際にデカいものはシンプルに訴えるだろう。例えば、古代のピラミッドやローマのコロセウム、あるいは中世の大聖堂も、当時としては先端的なテクノロジーを駆使した最大級の建築だった。これらは超高層ビルを見慣れたわれわれにとっても、今なお十分な強度をもつ。ただ大きいということは、建築の専門家でなくとも、またデザインのリテラシーがなくとも、スケールの基準となる人間の身体が変化しない限り、古代人であろうと、現代人であろうと、変わらぬインパクトを与えるだろう。ちなみに、コロセウムは4万5千人を収容できる規模だった。公式ホームページによれば、現在の東京の国立競技場が、54,224人であることを考えると、コロセウムがすでに古代において相当なサイズを実現していたことがわかるだろう。丹下健三による代々木競技場は、第一体育館が13,243人、第二体育館が4,195人、そして芦原義信の駒沢オリンピック公園総合運動場の体育館は最大3,400席である。
ヘルツォーク&ド・ムーロンが手がけた北京オリンピックのメインスタジアム、通称「鳥の巣」は、8万人(最大で9万1千人)を収容する。またサンティアゴ・カラトラバによるアテネ・オリンピックのスタジアムは約7万人、2012年のロンドン・オリンピックのスタジアムは8万人のキャパシティだった。近年に建設されたサッカーのスタジアムでも、ヘルツォークらによるアリアンツ・アレナ(2005)が6万6千人、日産スタジアム(1998)が7万2千人である。となると、(東京でオリンピックを開催すべきか、どうか、あるいは外苑前がふさわしいか、そうでないかについて)いい悪いを抜きにして、東京へのオリンピック招致を成功するために、国際スポーツ大会の条件にもなっている8万人収容の規模のスタジアムを、コンペの要項に組み込んだのは必然なのだろう。招致に関わった鈴木寛も、競技場案が「大きなアドバンテージ」となり、これがなかったらオリンピックが来なかったかもしれないと述べている(『春秋』2013年12月号)。

1──オリンピックスタジアム(ロンドン) ©EG Focus

2──アリアンツ・アレーナ ©Richard Bartz, Munich aka Makro Frea

3──鳥の巣/北京国家体育場 ©Peter23

4──国立代々木第一競技場 ©Rs1421

東京の景観問題

だが、今回は場所が問題となった。鳥の巣は、北京の都市計画から考えても、故宮や天安門広場がある南北の中心軸をのばした場所に位置している。ゆえに、オープニングで花火によって表現された巨人の足が都心から北上し、スタジアムに到達してクライマックスを迎えるという演出が可能だった。また広大なスポーツのエリアに設置されており、景観問題になりにくい。一方、東京にはそもそもこうした都市計画と建築の関係がうまく成立しなかった。日本銀行、東京タワー、最高裁判所など、主要なランドマーク的な建物も、都市軸などと有機的に絡むことなく、スタンドアローンの単体としてランドマークになっている。時代の変化を受けて、バージョンアップしたサイズにより、同じ場所での建て替え計画になった新国立競技場も、その典型だろう。もっとも、2016年のオリンピック招致のときに予定していた湾岸が敷地のままであれば、神宮外苑という意識すべき都市の歴史的な文脈がなく、これほど大きな問題にならなかったはずだ。
過去にも東京では、構築物の巨大さをめぐって、ときおり景観問題が起きている。近年では、首都高と日本橋の問題が挙げられるだろう。それこそ1964年の東京オリンピックを契機に、土地を買収することなく、迅速にインフラを整備するために、首都高速は出現したが、これが歴史的な日本橋の上部を覆うのは景観破壊のシンボルとされた。ゆえに、美しい景観のために、首都高の地下化が提案されている。筆者は『美しい都市・醜い都市』(中央公論新社、2006)において、すでにこうした見方への疑問を投げかけた。すなわち、首都高速を解体しても、景観論者がいうように、江戸の風景はよみがえらないこと(むしろ、これに伴う周囲の再開発は許容されるのか?)、これが美観という名目によるかたちを変えたハコモノ行政ではないか、そして世界に先駆けた首都高速の方が明治時代に西欧の模倣でつくられた日本橋よりも価値をもつのではないかと論じたのである。完成時は未来の道路とされ、その後、批判されたが、評価はまた変わるかもしれない。
前川國男による東京海上ビル(1974)は、皇居に面した超高層ビルであることが問題視され、設計変更を余儀なくされた。彼は、高層化と足元のオープンスペースをセットにしたル・コルビュジエの考えを意識していたと思われるが、これは美観条例によって最終的に高さを低くすることで決着がつく。他にも色彩をめぐって、ガエ・アウレンティによるイタリア文化会館(2005)の赤い外壁が、周囲への影響や皇居周辺の景観にふさわしくないと批判された。東京海上ビルと同様、皇居との関係が指摘されているのは興味深い。もっとも、21世紀に入り、東京駅の丸の内側は急激に超高層化が進み、東京海上ビルをはるかに超えるタワー群が出現した。おそらく、グローバル企業も多く入っていると思うが、一部の新聞が宮殿を見下ろすことを指摘したものの、さほど問題にはなっていない。ともあれ、景観問題は高さの問題に集約されがちだが、今回の新国立競技場は高さだけを考えると、神宮外苑から見える新宿側にあるビルよりはるかに低い。広大な面積を使うことで、場所性や地表レベルの目線での景観への圧迫感などが注目されている。

5──東京海上日動火災保険本社屋 ©Wiiii

デザインの難しさ

一般的に小刻みに空間を分節し、親しみやすさをもつヒューマン・スケールの建築に対して、巨大な建築はよほどの力量がないと、デザインのコントロールが難しい。例えば、最大5万5千人を収容する京セラドーム大阪は、銀色のUFOが舞い降りたような造形である。周辺環境になじむものではなく、これ自体がシンボリックなランドマークとならざるをえない。1964年の東京オリンピックのために建設された施設も、松葉一清は、駒沢体育館を「あたかも新宗教の本堂にでもありそうな単純な象徴性を持つ造形」(おそらく、悪い意味でこの比喩は使われている)、駒沢陸上競技場も大味な造形ゆえに「今もどこかにありそうな独裁国家の記念碑的建築に通じた存在と思えてくる」と批判している(『東京人』2004年9月号)。また横山公男による大石寺正本堂(1973)は、ダイナミックな構造表現主義の傑作だが、建築史家の村松貞次郎は巨大過ぎるゆえに「グロテスク」であり、「ファシズムを連想するおそろしさを感じる」と酷評し、大友克洋の漫画『アキラ』では代々木の競技場とよく似た建築が新宗教の神殿として使われていた。
大きいことは権力や宗教を連想させ、気持ち悪いのだ。おそらく、ローマ帝国の絶大な力が実現させたコロセウムも、当時その概念があるならば、都市景観を破壊する存在として登場したと思われる(今では血なまぐさい性格があまり意識されず、世界遺産だが)。むろん、こうしたモラルを挑発するレム・コールハースは、権力や宗教ではなく、資本主義がもたらす巨大建築、すなわちビッグネスを善悪の彼岸を超えたものとして評価した。しかし、オリンピックの競技場は、メガ・ショッピングモールではなく、国家の施設である。正直、なんの違和感なく、8万人収容のスタジムを都心に建設することは相当に難しいだろう。現在、予算規模やコストの見直しから、幾らかサイズが小さくなりそうだと報道されているが、それでもザハのデザインならば、神宮外苑において異物として出現するのは間違いない。作家の森まゆみらは、景観を守るべく、新築をやめて、現在の競技場を改修することを提案している。が、国際コンペで選んだ建築家を外すことも簡単ではない。
それでもザハが設計に関わるならば、より優れたものを作って欲しいと思う。なぜなら、これまで筆者が実見した彼女の建築やデザインは、当たりはずれがあったからだ。とても良い作品と全然ダメだと感じるもののの振れ幅が大きい。サイズの問題もあるだろうが、コンピュータを全面的に活用して設計を行っていることが、その一因ではないだろうか。すなわち、紙の図面で設計する行為は、彼女以前から長い歴史があり、膨大な蓄積がある。一方、コンピュータは90年代以降に本格的に導入されたため、建築界はまだあまり経験をもたない。しかも彼女はトップランナーとして世界各地に巨大建築を手がけているところだ。メディア建築としてのランドマーク性は充分だが、本当にいい空間になるか、よくわからない(拙稿「東京はメディア建築を受け入れるか」『春秋』2013年12月号を参照)。現在、彼女のパートナーであるパトリック・シューマッハは、人と空間のインターフェイスも考慮したパラメトリック・デザインによって、イメージのズレをなくし、建築の精度をあげているという。その成果が東京で反映されることを期待したい。

6──ウイーン経済大学(WU)新キャンパス ©Maclemo

7──香港理工大学ジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー ©Sebastian Wallroth


いがらし・たろう
1967年生まれ。東北大学教授。建築史、建築批評。著書=『終わりの建築/始まりの建築』『新宗教と巨大建築』『戦争と建築』『過防備都市』『現代建築のパースペクティブ』『建築と音楽』『建築と植物』など。http://www.cybermetric.org/50/50_twisted_column.html


201312

特集 「東京オリンピック」からの問い──2020年の都市計画は可能か


新国立競技場──ザハ・ハディド案をめぐる諸問題
都市景観と巨大建築
建築コンペティションの政治学──新国立競技場コンペをめぐる歴史的文脈の素描
オリンピックは時代遅れの東京都市計画を変える好機
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