平田晃久展「Tangling」(ロンドン) レヴュー

柴田直美(本展キュレーター)/平田晃久/小室舞

展覧会基本情報


2012年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展にて、金獅子賞を受賞した日本館の展示にも参加した平田晃久氏の海外初個展「Akihisa Hirata: Tangling(平田晃久展「Tangling」)」が、アーキテクチャー・ファンデーション(イギリス、ロンドン、2012年9月15日─11月17日)が持つギャラリースペースで開催された。

開催初日の9月15日(土)はロンドン市内の至るところでデザイン関係の展示やイヴェントが行なわれるデザインの祭典「ロンドン・デザイン・フェスティヴァル」が始まる週末ということもあり、多くのデザイン関係者がオープニングレセプションに集まった。9月18日(火)には、Bloomberg Auditoriumにて平田氏による講演会も開催され、アーキテクチャー・ファンデーションでのインスタレーションも含めた一連の作品を貫く平田氏の考え方を示すプレゼンテーションに聴衆は引き込まれた。

本展は、平田氏が提唱する、生態系の秩序の一部としての、本当の意味でのエコロジカルな建築のコンセプト〈からまりしろ〉を伝える展示空間として構成された。
展示会場には、ループ状の構造体が自立しており、ギャラリースペースに面した通りの向こうから窓を通して見ると、空間を占拠しているように見えるのだが、実際に展示空間に入ると、このループ状の構造体があることで空間に奥行や高さが増したように感じる。そのループ状の構造物の表面に付いているスタディ模型群は、平田氏が建築を作っていくプロセスで考えたことを表わしており、似たアイディアのプロジェクトが隣り合うようにシームレスに並べられているので、平田氏の頭のなかを覗いているかのようである。ループ状の構造体に投写された映像は、3つの異なった視点で同時に撮られた画像で、同時には体験できないが実際には共存しているものを映像で表現し、平田氏が引用する「空間とは同時存在の秩序である」(ライプニッツ)という状態を表わしている。これらの体験により、実際に完成した建築を訪れるのとは別のリアリティを持って、平田氏の建築に対する考え方を追体験できる展覧会となった。

柴田直美(本展キュレーター)
武蔵野美術大学建築学科卒業後、1999─2006年、「エーアンドユー」編集部。2006─07年、オランダにてグラフィックデザイナーとして勤務(文化庁新進芸術家海外研修制度)。以降、編集デザイン・キュレーションを中心に活動。

1──展覧会場での平田氏(courtesy of Daniel Hewitt)
2──

通り越しに展覧会場を見る(courtesy of Daniel Hewitt)
3──

展覧会場の様子(courtesy of Daniel Hewitt)


Akihisa Hirata: Tangling



展覧会コンセプト


僕がつくりたいのは本当の意味でのエコロジカル(生態学的)な建築です。「Tangling」というのはそのキーワードです。
生きている世界は、タンパク質のようなミクロなレベルから、ジャングルのようなマクロなレベルまで、互いにからまり合う秩序の織物です。あるわずかなきっかけの上に何かが絡まって、またそこに別の何かが絡まっていく......。その多岐にわたる繰り返しの結果、精妙な共存の秩序が生まれるわけです。
生物としての人間はもちろんこの秩序の一部です。そして人間の営みである建築も、この織物の一部です。たとえば人間がつくっている都市も、少し見方を変えれば、表面積を増やしていく地表面の活動のようにとらえることもできます。この意味で、「建築とは〈からまりしろ〉をつくることである」と言ってみることに可能性を感じています。生きていることの本性とつながるような新しい建築。それは一作家としてのステートメントを超えたひろがりを持っていると思います。
自立するトポロジカルな輪のような構造体、それに絡むように配置されたスタディ模型やスケッチ、短い言葉、同時性(共存)をテーマに撮られた映像......。ここでは物理的なからまり合いと重ねるようにして、建築を巡る思考や概念のミステリアスなからまり合いを、ひとつの場として提示しています。ここにある、ミニマルな美意識とは異なる、「生態学的美学」への端緒が、もっと大きなからまり合いを生み出していくことを期待しています。

平田晃久


展覧会レヴュー:生態系にからまりついていく建築への思考


小室舞

平田晃久氏の海外では初となる個展がロンドンのArchitecture Foundation で開催された。まず目に飛び込んで来るのは、外からでも視界に入る、会場を埋めるようにうねる帯状の構造物。「Tangling」というタイトル通り立体的に絡まる帯によって、全体は見通せないが複数のことが同時に視界に飛び込んでくる 。これまでにミラノサローネでのインスタレーション「NEOREAL」(2009) などでも表現されてきた、平田氏のつながったり途切れたり見えたり見えなかったりする空間が、大きいとはいえない展示会場目一杯に詰め込まれている。

帯状ループの迫力から実寸での空間体験型の展示かと思いきや、近づくにつれて目を惹くのはその帯にフジツボのようにはりついた小さな模型群たちである。上下する帯に沿っていくつものプロジェクトのスタディ模型群が近寄ったり離れたりしながら漂い、訪れる人々は絡まり合う空間を体験しながら次々と現われる模型の群れのなかを巡って行く。その模型群は岩壁に群生する生き物のような不思議なたたずまいをしている。

そもそも建築模型なのに、どうも建築っぽく見えないのだ。柱・床・窓などといった慣習的な建築要素が見当たらない。群れごとに共通した造形言語を持ちながらも個々には差異があり、一つひとつを見ても抽象的でよくわからなかったりするのだが、群れ全体を見るとデザインの変容や淘汰の過程が浮かび上がる。 平田氏は自然環境や現象の背後にある生成原理を読み解きパラメトリックな造形原理として建築に適用している。明快なルールから生き物のように派生して、強い輪郭を持たず内面がそのまま現われたような風貌の全体を構成する。内と外という区別や床・壁といった構成要素など、人間が人工物を作るにあったって導入したヒエラルキーを曖昧にして、自然界の秩序に身を委ねようとしている過程がこの建築っぽくない模型群なのだろう。模型が変化していく有機的なプロセスはまさに生物の進化の過程を見ているかのようだ。

建築模型、特にスタディ模型には建築家の思考や思想がにじみ出てくるから面白い。手にしやすい材料・道具・設備などの影響もあるが、何を重要視して何をスタディしているかが作り方に表われてくる。木・金属・コンクリートなどを使った模型を見かける海外に比べて、日本の模型は白く抽象的なものが多く繊細で軽い。平田事務所の模型もその例にもれず白く抽象的だが、特徴的なのはその小ささである。思わず担当所員さんに「何でこんなに小さいの?」と聞いてしまうくらい、小さい。小さすぎて内部空間は見えてこない、というよりむしろ見ようともしていなさそうだ。形態のスタディに焦点があたっている。

精巧に作られた複雑なひだ状の粘土模型を見て、それを作る姿を想像したとき、模型の小ささと手の大きさとがつながった。あのひだはまさに手先の感覚とスケールで生み出された造形だ。模型の小ささは手先がコントロールできる最適サイズなのではないだろうか。ここにあるスタディ模型群は大掛かりな道具や手順を通して作られたのではなく、頭のなかで思い描く姿に手を介して、できるだけそのまま形を与えるようにして作られたものだ。それは模型というよりは身近な材料と手軽な方法を使った三次元スケッチというべきものに近いのかもしれない。 それ自体は小さく簡素なものでも、指先で表現された思考の軌跡なのだろう。

おそらく訪れた外国人たちは、こんな複雑な形態にも関わらず3Dモデルではなく手作り模型が並ぶことに驚いたのではないだろうか。3Dソフトを使えばいくらでもパラメトリックな複雑な形態は作り出せる。しかし、コンピュータ操作で形態のヴァリエーションを量産するのではなく、あえて手作りの模型という原始的な方法でスタディが進められている。一連の模型で思考に形を与えながら、複雑に絡み合った数々の外的・内的要因を調停し、繊細なバランスを保つ最適な状態を見つけ出していくのだろう。パラメトリックなアプローチと手を使ったスタディという相反するような組み合わせが、シンプルな造形要素と複雑な空間性を合わせ持つ形につながっているのだと思う。

展示会場を構成するループというわかりやすい要素も、ひとたび絡まり合うことで視線の錯綜する複雑な空間が生まれる。逆に言えば、複雑でランダムな空間体験を生み出しながらも、ひとつのループという明快な秩序が存在する。複雑さを生み出す柔軟さと許容力を持ったシンプルな秩序。平田氏の思考の元にあるのは、多様な秩序や関係性が幾重にも絡まり合いながら共存する生態系の在り方である。レクチャーで登場する木や山のメタファーは、それぞれ単体としてではなくそこに絡み付いてくる動植物や自然現象といった他者との重層した関係に着目して語られる。

さまざまな生命体のすみかとなる木や山のような建築とは、自然や人間に対するきっかけの集積と言えるだろう。平田氏の言う「からまりしろ」だ。建築はあくまで余白にきっかけを与えるためのものであり、きっかけを手がかりに使う側は場所を選んでそこに機能を与えていく。さまざまな他者が巻き込まれていくことで、建築のみならず周りの余白部分を含めた全体として、動的平衡を保つようなひとつの環境が形成される。見える構造物も見えない余白部分も、一方が他方を規定するというよりは両者が同等にお互いを形作るような柔らかな関係性。

建築は一度建つと変化しづらくなるが、おそらく平田氏の描く理想的な建築世界は、他者が介入して生まれた関係性から、建築がさらに成長・変化してよりその環境に最適化していく、建築を含む環境全体が新陳代謝していけるような世界ではないだろうか。多様な生命が共存する自然界のような豊かで生き生きとした世界。形態の造形原理に留まらず、平田氏の標榜する「からまりしろ」の概念の射程は広い。「生態学的な建築」という言葉が見据える先にあるものは大きな大きな世界だ。それがどのような建築として実現されうるのかはわからないが、想像力をかき立てられワクワクするような建築のイメージであるのは間違いない。現時点では形態重視の印象が強いが、その思想はより広義にも拡がっていくはずである。この先の展開を期待させる展示であった。

1983年大阪生まれ。2005年京都大学工学部建築学科卒業。 2006-07年スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)留学を経て2008年東京大学建築学科大学院修了。2008年よりHerzog & de Meuron(バーゼル)勤務。


キュレーターレポート


Architecture Foundationのギャラリースペースにて開催していた平田晃久氏の個展が無事に終わり、この展覧会にあたって考えたことを、昨年ミラノで行なった映像展と合わせて振り返りたいと思う。もともと編集者である私が、「展覧会を通して建築を伝えること」について考えるようになったのは、二次元である雑誌の紙面で建築を伝えることに心を砕いていた出版社勤務時代の経験や、海外在住時に雑誌やインターネット上で手に入る日本の建築についての情報の薄さ、偏りに対する歯痒さが背景にあった。
2011年4月にミラノにある建築ギャラリーSpazio FMGで、今回、ロンドンにあるArchitecture Foundationのギャラリースペースにて、建築についての展覧会を企画・実現した。 建築の展覧会は、建築そのものを会場で展示するわけにはいかないので、絵画や彫刻、写真や現代アートなどの展覧会とは根本的に違うと思っている。建築を図面や写真で説明するというのは、建築を伝えるひとつの手であると思うが、結局は複製でしかなく、雑誌で建築を見る体験とさして変わらない。建築そのものが展示物になりえないとしても、展示コンテンツにはある種のリアリティが欲しかったし、もともと建築図面や模型は、専門外の人には届きにくい言語であると考えていたので、もっと直感的に建築が語っていることを伝える展示にしたかった。2つの展覧会は、ミラノサローネ、ロンドン・デザイン・フェスティヴァルと時期が重なっていたので、主な観客は建築専門知識を持った人よりもデザイン関係者であり、そういった展示を試すには絶好の機会だった。

「ARCHITECTURE AS A PIECE OF NATURE
──映像で見る気鋭の日本人建築家展」(イタリア、ミラノ、2011年4月11日─29日)


半年という極端に短い準備期間で展覧会を実現する必要があり、輸送費、輸送時間を節約できる映像展とすることにした。ただし建築写真のスライドショーのような実物の複製でなく、もっと建築の本質的な部分を映像として表現したものがよいと考え、映像制作はマリス・メズリス氏に依頼した。彼に依頼した理由は、以前見せてもらった映像が空間の手触りを切り取っているように感じたこと、建築家や作品についての予備知識があまりなく、新鮮な目で建築と向き合うことができて、建築家本人とは違った視点を見つけられると思ったこと、カナダ、日本、ヨーロッパで仕事をした経験から、文化の違いを超えて人に伝わる映像を制作できると思ったこと、などである。
事前に建築家に映像のコンセプトを説明してから撮影に入るのではなく、メズリス氏と私で現地で意見交換をし、コンセプトを練りながら撮影したのだが、建築家たちがそれを受け入れてくれたのはたいへんありがたかった。  

「ARCHITECTURE AS A PIECE OF NATURE
──映像で見る気鋭の日本人建築家展」
展示風景:http://www.naomishibata.com/?p=422

「Akihisa Hirata: Tangling(平田晃久展「Tangling」)」
(イギリス、ロンドン、2012)


ミラノでの映像展と同様、複製を展示したり、建築のデザインを紹介する展覧会ではなく、直感的に平田氏の考え方そのものを経験できる展示をすることを目指した。会場構成は、平田氏の建築設計の根源となる〈からまりしろ〉の考え方を体感できるループ状の構造物とそこにからまる無数のスタディ模型や映像、まるで平田氏の脳のひだを探索しているような体験ができる空間となった。

建築専門外の人にもわかる展覧会というと、建築専門の人にとってはつまらないということにもなるのではと危惧したこともあったが、それは杞憂であった。思えば、よくできた絵本であれば大人も楽しめる。要は伝えたいことが「深い」どうかということだと思う。 
「何をどう伝えるか」という点では展覧会のキュレーションは本の編集と似ていると思うが、展覧会にはその場で作り上げていくという臨場感がある。そのことこそ醍醐味だと思うのだが、まだ展覧会に関わって日も浅く、若輩である私は、挫けそうなときは初心に戻って「何を伝えたかったのか」を思い出して力を振り絞っている。

柴田直美


平田晃久展「Tangling」

会期:2012年9月15日(土)─11月17日(土)

12:00─18:00(休館:日曜日、月曜日)
会場The Architecture Foundation
入場:無料
助成:国際交流基金、財團法人忠泰建築文化藝術基金會、グレイトブリテン・ササカワ財団、
Graham Foundation for Advanced Studies in the Fine Arts
後援:在英日本国大使館、社団法人日本建築家協会
協賛:璞園建築團隊、パナソニック株式会社、エーアンドエー株式会社、株式会社岡村製作所、
株式会社シェルター、田島ルーフィング株式会社、日本電気硝子株式会社、株式会社ユニオン
協力:キヤノン株式会社、日本電気硝子株式会社、株式会社タグチクラフテック、
AKT II、有限会社ルフトツーク、All Nippon Airways Co., Ltd.、Eurostar International Limited.

201302


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