スタジオ・ムンバイ《夏の家》と建築を考える(東京国立近代美術館にて)

ビジョイ・ジェイン(スタジオ・ムンバイ)+塚本由晴(アトリエ・ワン)
塚本由晴氏(左)、ビジョイ・ジェイン氏(右) 以下特記なき写真撮影=川村麻純

ブルー、復興への思い

塚本由晴──まずはじめに、《夏の家》の完成おめでとうございます(東京国立近代美術館(MOMAT)「夏の家ブログ」)。とても素晴らしい仕上がりで、和やかな空間が人々を歓迎しているようなパヴィリオンですね。私もその空間をとても楽しみました。ジェインさんご自身のこのプロジェクトに対する感想を聞かせてください。

ビジョイ・ジェイン──お褒めいただきありがとうございます。私自身、特にこの2、3日間、パヴィリオンたちを配置するべき位置に配置したこの敷地、この空間で行なわれた美術館主催のいくつかのイヴェントをとても楽しみました。パヴィリオンがこのように美術館のプログラムにも使用されたことをたいへん嬉しく思います。ただ正直に言って、屋根のブルーの色にはあまり確信が持てていません。時にはいいなと感じますが、良くないなと思う時もあって。今日はそのことから口火を切りたいと思っていました。

塚本──どうしてブルーを選んだのですか?

ジェイン──このプロジェクトをMOMATの柴原聡子さんからこのプロジェクトの依頼をいただいた際、昨年3月11日に起きた東日本大震災からの復興への願いを込めて企画されていることを聞きました。参考資料として今和次郎さんによるバラック建築の資料を拝見して、1923年の関東大震災後の東京で、人々が自分自身の手で廃材やシートなどを使ってバラックを建てていた事実を学びました。これと同じような事態がインドのムンバイでも見られます。1920年代の日本で起きたことが、現在のムンバイで起こっています。ムンバイはいま雨季にあたり、ブルーシートを掛けた住居が多く見られます。またこのブルーシートは、日本ではホームレスの仮設住居として使用されていることを知りました。私がブルーに興味を持ったのは、この色が「失うこと(LOST)」を象徴するからです。3月11日の大震災では実に多くの人、ものが失われました。失うことへの恐怖、そして復興への思いが、このブルーに表わされています。このブルーシートをパヴィリオンに使うことを通して、今回知り、さまざまに考えたこと、そして災害への絶えぬ恐怖とともに災害と共存し、克服しうる住居を体現することを試みました。
広くネガティヴなイメージを背負わされているブルーシートですが、モックアップを制作し、素材に慣れ親しんでいくうちに、この色、この素材を選ぶ躊躇感を克服しました。「失うこと(LOST)」の感覚はいま、日本だけでなく世界中にも現実的に蔓延しています。ですから、ここでの試みは、世界が背負う恐怖心のヒーリング・プロセスの表現でもあるのです。また偶然にも同じくブルーがMOMATのイサム・ノグチによる屋外彫刻《門》(1969)を構成する色のひとつであるとも聞き、嬉しく思いました。

スタジオ・ムンバイ《夏の家》(東京国立近代美術館前庭)

塚本──そうですか。おっしゃるように、日本ではブルーシートはあまりよいイメージを喚起しないとされているので、使われた理由を知りたかったのですが、やはり意味があってブルーを選択されたのですね。ブルーシートとダークブラウンのティーク材の相反する材料の使用に、私もとても興味を持ちました。でも、実際のマテリアルは、キャンヴァスシートにブルーの塗装をして、ワックスをかけたものですよね?

ジェイン──そうです。実はムンバイではブルーの塗装が一番安いために産業用の色とされていて、ムンバイの多くの家がこのブルーで塗装されています。実際、私が最初に手掛けたプロジェクトでもこの色を使いました。しかしこのパヴィリオンでは、単にブルーシートを象徴的に使いたいというよりも、インドと日本という国境を越えて、ネガティヴなイメージを超越したなにか新しい概念のようなものが生まれるのではないかという期待を込めたのです。

塚本──日本では、毎年春になると桜の花見がいたるところで行なわれ、人々が桜の木の下にブルーシートを敷いて食べて飲んで楽しむ習慣があります。満開の桜のピンク色の下に、ブルーシートのブルーというコントラストがとても鮮明で、それは春の一瞬にしか見られない美しさとも思いますが、時には視覚に対して強過ぎる色だとも感じます。やはりこのブルーシートの色は、日本人にとっては「簡易」や「緊急」という概念を喚起するんですね。

ジェイン──そう、私自身もこの色が好きな時もありますが、好きでない時もあるわけです。しかし《夏の家》で行なったことに関しては基本的には満足しています。なぜなら「時には快適でもあり、時には快適でない空間」を、私たちは表現したかったのですから。ただ単に隅々まで気に入る作品のほうが問題ではないでしょうか。

塚本──もしこのブルーでなく、アースカラーのような自然色に合った色を選択していたら、単なるモダンなアジアン・テイストの作品となってしまう懸念がありますが、このブルーカラーによって一層目立つ作品になっています。キャンヴァス・塗装・ワックスの3つの材料の使用は、インドではよく行なわれている施工方法なのでしょうか?

ジェイン──いいえ、私たちが開発したのです。インドでは塗装は頻繁に行なわれます。カラフルであることが重要なのです。自然な素材感を保つということは関心事ではなく、煉瓦、石材、メタルと何でも塗装を施します。それほどインドでは色は重要な要素なのです。色は繁栄を表わすのですね。それとも関係するのでしょう、私はタトゥーという概念が好きです。タトゥーを体に施すことがその人のアイデンティティを示します。それはニューヨークでもアマゾンでも同じ、特にアマゾンのジャングルでの原始的な生活のなかで、タトゥーなしでアイディンティティを示すことができるでしょうか。それほどペイントという根本的な作業は重要なのです。

塚本──MOMATのなかでは多くのキャンヴァス地に描かれた油絵が展示されていますので、パヴィリオンのプロジェクトと繋がりが感じられます(笑)。

ジェイン──ええ、そうですね(笑)。

2階テラスから《夏の家》を望む

時間を内包する空間

塚本──私はこの《夏の家》をとても気に入りましが、住居ではないパヴィリオンにあえて「家」と名付けた理由はなんでしょうか?

ジェイン──私が《夏の家》と名付けたのではないのです(笑)。

柴原聡子(MOMAT)──私が名付けました(笑)。震災の翌年になる本年に建築プロジェクトを行なうとき、先にもお話に出ました「人が自分で空間を創ること」から考えたいという思いがありました。人が空間づくりに一番関わりやすいのは「家」です。そこで、「家」をタイトルの一部に使うことにしました。また、前庭を親しみやすいCozyな場所にしたいという希望もありましたので、暑さをしのぐ、心地よい場所がイメージされる《夏の家》と名付けることで、より多くの人が構えることなく自然に馴染めるのではないかと考えました。アントニン・レーモンドやグンナール・アスプルンドなど、建築の名作にいくつか「夏の家」があるので、このパヴィリオンがそれに続けばいいなと思っています。

塚本──なるほど、いい名前ですね。この「家」には、ベンチやブランコなどのさまざまな仕掛けがありますが、例えば、タワーパヴィリオンの1階部分にある、光や雨や風を採り入れる棚のような開口は、インドではよく見られるデザインや施工方法なのでしょうか? あるいはあなたのオリジナルなのでしょうか?

パヴィリオン・タワー内観。
壁3面に突き出し窓がつくりつけられている
ジェイン──どうなのでしょうね。おそらくインドで見られるデザイン手法のひとつだとは思いますが、ここになぜ外の景色が見えない窓を設置したかというと、もし窓を何も設置しない、壁で3面を覆われた洞窟内のような閉ざされた空間にいるととても息苦しく感じたからです。ベンチに座った時に、手をこの窓のなかに置くと、雨の降る日は雨を、雪の降る日は雪を感じることができます。基本的なコンセプトはピクチャーウィンドウではない窓をデザインすることでした。でも、光も雨も入るので、盆栽のような小さい観葉植物を置いて育てることができます。それが景色となりうるでしょう。

塚本──なるほど。そのデザイン手法は《Palmyra House》のシャワールームのデザイン・ディテールを彷彿とさせます。空と地面に向かって開口部が設置されているデザインです。ドアを開けた時に素晴らしくスマートなデザイン・ディテールだなあと感嘆しました。

ジェイン──そうですか、私は《Palmyra House》との繋がりは考えもしませんでしたが(笑)、塚本さんに指摘されてはじめて同感しました。

塚本──インドではブランコは何と言うのですか?

ジェイン──ジュラ(Jhoola)と言います。

塚本──かつてインドのナンドガオンで見ました。

ジェイン──そうですね、素晴らしい写真をお撮りになっていましたね。

塚本──ブランコはどのように使用するのですか? 私はおじいさんがブランコに座りながら読書をしているのを見ましたよ。私が「こんにちは」と声を掛けると「こんにちは」と返してくれました。でも、彼は全く動いていないのです(笑)。とても長閑な雰囲気でした。

ナンドガオンで見つけたブランコ 撮影=塚本由晴

ジェイン──ええ。ブランコからは多くのことを連想します。そのひとつは、ブランコの揺れる動きが時間が経つのをゆっくり感じさせるということです。そしてまた、子どもが乗っている場合とお年寄りが乗っている場合で、そこに流れる時間の感覚が異なるということ。ブランコは、家具ともあるいは建築物のひとつともとれます。もしかしたら扇風機のような役割を果たしているかもしれません。その動きから風を感じることができますから。ブランコを漕ぐ動きは、お年寄りにとってとてもよい運動になると、棟梁のひとりが言っていました。彼の勝手な見解かもしれませんが(笑)。とにかく、ブランコが時間の感覚を内包しているという点、人の活動と密接な関係がある点にとても興味を抱きます。

建築の詩的な連想

塚本──このようなブランコはムンバイでも多く見られるのですか?

ジェイン──はい、以前よりは少ないですが見られます。アパートのバルコニーにもありました。アパートでは、バルコニーはパティオとして使用されますので。

塚本──そうですか。私は、建築内の時間をスローにするというコンセプトにとても惹かれます。建築はとてもパッシヴな存在なので、本来そのなかを流れる時間はスローであるはずだと思います。しかし現実には、高層タワーを建設する際に限らず設計や施工には極端な速さが求められ、できた建物のなかで人々は時間に追われて生活をしている。これは根本的な矛盾です。建築は本来「速さ」という概念には見合わないものなのですよ。

ジェイン──同感です。まさにそのことが《ハウス&アトリエ・ワン》で表現されていますよね。あなたがたの自宅兼アトリエである《ハウス&アトリエ・ワン》内の動線とブランコの動きは似ているでしょう。私たちがその空間に適応していく過程、自分自身が伸延していく感覚を想像し、そしてそれを見出すことができる。私は《ハウス&アトリエ・ワン》に行くのがとても楽しみです。空港から東京へ向かう車内から、ガラスの高層建築のなかにいる人たちを見た時、私はなぜだか人々の現在のスピード感が減衰し、建築業界の経済重視の姿勢が限界に達する姿を想像しました。建築は一度時間の概念を失ったのです。そしてそのことに私たちは非常に関心があり、建築や都市のリサーチを続けています。

塚本──では、あなたの建築に対する最大の感心は、建築内の時間をスローにするということでしょうか?

ジェイン──おそらく無意識的にそのことを意識しています。文化的なバックグラウンドも影響していると思いますが、私は物理的観点から時間を計ることをしません。例えば、人生というのは、いつ生まれていつ死ぬかという物理的な期間を超えて存在するのだと思っています。日本で寺院を訪れた時に、その屋根を見た大工のひとりが「大きな屋根ですね」と言う代わりに「鳥の翼のようですね」と言いました。彼は、屋根を屋根として見たのではなく、鳥の翼として見たのです。鳥の翼のように軽く優雅なものとして、屋根を捉えたのです。素晴らしい見解だと思いました。彼のこの屋根に対する表現が、時と場所を超え、時間をスローにするということを表わしていると思いました。

塚本──建築の詩的な一面に触れる話です。建築というのは小さな建物であっても、実に多様な項目、例えば重力のこと、雨のこと、季節の変化のこと、人々のふるまい、法律、予算等々に対する個別の配慮が、ひとつの物理的な実体のなかに、ひとつの場所として均衡するように組上げられています。人はその建築を使うことによって、上に挙げた多様な項目のそれぞれに、無意識のうちに関連づけられることになります。したがって建築の経験というのは、どのように表現してよいかわかりませんが、あえて言うならばすべてのものに繋がっているという感覚に近いのではないでしょうか。そのなかで建築を通してつなげられた項目に固有の時間感覚やリズム、例えば雨や風や太陽のそれに乗り移ったり、身を委ねたりすることができるのだと思います。さきほどの話をそのように解釈しました。

ジェイン──ええ、自然界に存在する諸力への無意識的な感覚だと思います。一番大事なのは、そこに感情が存在するということです。その時に、その建築物が、石やガラスそのほかなんの材料でできているのかということ自体にはあまり意味がありません。ですので、時間をスローにするという概念は、物理的ではなくてより心理的な概念なのです。

塚本──私も、彼がなぜ屋根を「鳥の翼のようだ」と表現したのか理解できるような気がします。寺院の屋根の雨や日射を受け止めるために発達させた構造が、翼が空気の固まりを受けとめるために発達させた構造に連接されたわけです。構造が似たものは異なる分野であっても想像的につながるのです。これは建築に対するとても詩的な感想です。
TOTOギャラリー・間での「Praxis」展をまだ拝見していませんが、ここに素晴らしい本『STUDIO MUMBAI: Praxis』(TOTO出版、2012)があります。この本のなかで、スタジオ・ムンバイの都市リサーチの内容が掲載されていますね。私たちも東京や金沢などの都市で多くのアーバンリサーチをしてきましたが、ジェインさんと初めてお会いしたのは、私たちが窓のリサーチをしにインドを訪れていたときでした。窓についてリサーチしている現代の建築家はあまり多くないように思っていたのですが、インドへ行く1カ月前にスタジオ・ムンバイの作品を『a+u』で見てぜひ窓についてお話をしてみたいと思い、編集部にスタジオ・ムンバイの連絡先を教えてもらったのが事の始まりでした。

ジェイン──そうでしたね。でも、私たちは「来ないほうがいいですよ」と忠告しました(笑)。私たちのスタジオに来るには、とにかくものすごく長距離を運転しなくてはならないからです。

都市のリサーチから学ぶこと

塚本──いえいえ、とても素晴らしいスタジオとあなたの家を拝見できました。それ以来、私たちは良い友人になりましたね。私たちアトリエ・ワンにとって、都市のリサーチはデザインをすることと似ています。私たちのデザインの手法は、まず周囲の人々の行動や建物や家具のタイポロジーの検証から始まります。社会的関係性を背景に、つねに行動とタイポロジーは関連するからです。よくよく検証して、それらの要素を今日的状態に落とし込んで変形していきます。その結果は当初のものとはまったく違う状態になり、新しいものが生まれるのです。その時点で、既存のタイポロジーは古いものになるということです。私たちは、世界中でリサーチしたタイポロジーをもとに、つねにタイポロジーを進化させているのです。このことが、私たちをとても興奮させ、都市のリサーチを続ける原動力となっています。ジェインさんの都市リサーチはどのような手法といえるでしょうか。

ジェイン──私たちのリサーチは、A地点からB地点への旅のなかで行なわれます。ビデオや写真を撮ってリサーチ用のドキュメントとします。リサーチする対象の建築物は、そのドキュメントの一部であったり全体であったりさまざまですが、一つひとつのフラグメントには共通する何かが存在します。このリサーチが直接プロジェクトに援用できるかどうかはあまり重要ではありません。地方と都市の2つの異なるコンテクストを行ったり来たりしてリサーチを続けていますが、異なるそれぞれのランドスケープにしばしば類似点を発見したり、アーカイヴしたフラグメントを後日取り出し、記憶を辿ってスケッチをしたりします。そのほか、毎日なにかしら目についたものを記録します。いまパートナーのサムと実行しているのが、私たちの見たものや気に入ったものの模型を一日ひとつ創ることです。それらの模型はアーカイヴの一部に加わり、創ったときはなんのリファレンスでなくても、いつか役に立つ日がくるのですね。紙が水に溶けるように、アーカイヴしたものがいつかプロジェクトにスーッと溶け込んでいくのだと思っています。10年前のリサーチがなにかをデザインする過程で急に参考になるということは、多いにありうると思います。正直を言えば、可能であれば、建築物を創るよりもリサーチに集中したいと思っているほどです。

塚本──そうですか。その場合は「リサーチ」というより「学ぶこと」と解釈したほうがよいかもしれませんね。

ジェイン──何を学ぶのですか?

塚本──私たちは実在する建物をある意味でモックアップとして捉えます。つまり、この建造物はどうしてこのような形状をしているのか、人々の嗜好の違いとは何であるのかというような、物そのものや物の在り方の傾向に興味があるんですね。そういうことを多くのリサーチから学びます。

ジェイン──私もモックアップのように捉えるという視点に賛同します。「学ぶ」ということは、学ぶ対象に深く関わり、その結果理解することですね。

塚本──その通りです。「学び」は相手との違いを認め、これを受け入れることであって、相手をこちらに都合よく変えてしまうことではありません。民藝における創作は素材との対話があるのでその間違いを犯すことが少ないのに対し、近代以降のデザインと呼ばれるもののなかには、物事に内在する自然のささやきに耳を傾けずに、それをかき消し、相手を凌駕する形や意図を与えてしまうことがあります。

ジェイン──実は、フラグメントが持つ浸透性、モックアップ、学ぶことの関連について、ここ1カ月くらい考え続けています。そのなかで「魂(Soul)のマテリアル化とは何か」という問いに行き着きました。建築物のように、目に見えない魂を目に見えるものにするのは可能なのかと、なぜだか理由はわからないのですが、自問しているのです。塚本さんは、魂は建築のなかに体現できると考えますか?

塚本──私が建築の分野で仕事をすることに興味があるのは、建築が目に見えないアイディアを目に見えるものとして創っているからです。ジェインさんのおっしゃることは、「魂は目に見えないけれども、目に見える材料を使ってその質を表現できるか?」ということでしょうか。

ジェイン──魂といっても、それをスピリチュアルな観点から見ているのではありません。さきほどのモックアップや鳥の翼の話題に関連づけてみましょう。鳥の翼と表現された建造物が、どの材料で創られていたとしてもその概念には関係ないのと同じように、魂は器のなかに入ることができますが、また出て行くことも可能です。モックアップはテスト過程のさまざまな要因によって、単なる建造物ではないものに進化します。建築の難しさは、その最終的な形状やイメージに判断を大きく左右されしてまいがちだという点にあって、そのために目に見えないものにはベールを覆い被せてしまう傾向があります。一日ひとつ小さな模型を創る作業は、その目に見えないものを発見するための実践と言ってもいいでしょう。私は、建築はその形状や素材性や物質的な比重から超越することが可能であると信じていて、《夏の家》でブルーシートを建材として選んだことともおそらく関係しています。そもそもブルーに対する好き嫌いの判断にむらがあることを前提としながらも、私はそのはっきりしない曖昧性にこそ興味があるのです。都市のリサーチにおいても、当初の目的を逸れ、過程でなにか別の新しいものを発見することがあります。その過程こそがリサーチの醍醐味であると思っていて、発見するという偶然の産物にその先を任せることが大事なのではないでしょうか。

建築とは可能性を秘めた「ステージ」である

塚本──あなたの撮った都市リサーチの写真は、都市の形態や住民の行動、さらに夢に出てくるような現象も映し撮っていると思います。道路上の蚊帳のなか多くの人たちが寝ている写真が好例です。洗濯物が辺り一面に干されている写真も、その情景が街のランドスケープの一部になっていてとても美しいイメージですね。人々の活動がその土地のランドスケープづくりに参加しています。このようにインドの社会をよく表現しているあなたの写真に、私はとても興味を抱きます。ジェインさんが人々の集団が街の空間のなかでどう行動するのかを理解していることがわかり、そのことが建築においても夢のようなシーンを創り出すことにつながっているのではないでしょうか。建築は、その夢のような瞬間(dreaming moment)に繋がっているのです。建築はいたる所に存在します。そしてある地域では、建物の形状が似ています。その地域の人々は、建築との関わり方を根本的に知っているということです。地域とは、個人や政府の中間に位置づけられる共同体のエリアであって、そのようなエリアのなかで、建築はその可能性をより発揮すると思います。

ジェイン──私は、建築とは可能性を秘めた「ステージ」だとみなします。すべての可能性が秘められています。われわれは建築家として、そのステージを設置することが重要だと思います。あなたがおっしゃる夢のような瞬間を創り出すステージです。物事を興し、その経験をシェアできるステージです。塚本さんはそのようなことに言及したいのではないでしょうか?

塚本──ええ、そうです。しかしだからこそ逆説的に、建築はシェアされた経験を破壊することもできます。ですから、建築を創る作業はとても大きな責任を伴います。20世紀のモダニズム期に日本では多くの建物が壊され、新しい建物が建造されました。その過程で人々が共用していたものが破壊され、共同で地域を管理するすべを人々は失ってしまったのです。われわれ建築家は、破壊力のある建築物でなく、共有できる経験を生み出す建築物を創り出していくことが重要です。

ジェイン──まったく同感です。また、建築はシステムをサポートします。良い建築とは、行政等のシステムをよりサポートできる建築だと思います。共有できる経験を人々にもたらすことが可能な建築です。先程話題に出た、蚊帳のなかで眠る人々は農民で、夏になるとスラという都市に出てきて道路建設等の公共事業に従事する季節労働者たちです。公共事業の建設ラッシュは、夏の雨季が始まる前にピークを迎えます。彼らは、ラクダを連れて都市へ向かいます。そして仕事現場である道路上に蚊帳を張ることによって、自分たちの仮設住居を創るのです。工事中は道路は封鎖されますので、彼らは安心して路上で眠ることができる。彼らの手で新しく舗装され、街灯設置された道路は、照明もある安全な住居空間となり、仕事が始まる午前7時前にはすべての蚊帳は解かれ、周辺の木や街灯に引っ掛けて置かれ、彼らは再び道路補修の仕事に専念します。蚊帳は彼らの尊厳の現われです。なぜなら、蚊帳は蚊に刺されることから身を守るだけではなく、彼らの家族が生活する場の境界線を定めてくれるからです。この蚊帳は、建築のあるべき姿を写し出していると私は思います。都市リサーチの最大の目的は、このような社会現象を観察して、なぜこのような現象が起こるのか、そして建築とはなにかを考えることです。

塚本──その通りですね。この季節労働者の蚊帳の仮設住宅は偶然見つけたのですか?

ジェイン──はい。都市リサーチの道中に偶然見つけました。彼らは、雨季が始まると同時に、そこからいなくなります。この季節労働者の路上生活というものは、日常的なコントロールを超越しているといえるでしょう。自然災害も、私たちのコントロールを超えて起こります。都市リサーチをするうえでは、このような現象のあり方や意味を考え続けることがとても重要だと思います。

信頼から築かれた建築

塚本──あなたは、そのコントロールできない事柄に興味を持っていらっしゃるようですね。スタジオ・ムンバイの和やかな建築の創造の原点は、このようなコントロールできない現象との共存だと思います。

ジェイン──コントロールを欠いた建築、ということですか?

塚本──いいえ、そこにあるものに、ある程度なりたいように振る舞ってもらう建築、という意味です。あなたがそこにあなたのアイディアを組み込みながらも、その環境や状況に合わせた、なすがままに生み出された建築、根本的にはこちらでは変えようのないものと共存した建築、とでも言ったらいいでしょうか。このようなコントロールできない特殊な建築はどのように生み出されるのでしょうか? 大工たちと緊密に建築を創ることに多くを負っている、ということでしょうか? 建築家がデザインをコントロールするのではなく、大工や職人たちとデザインを進めることによって、建築家が彼らの技法を学び、その手法をデザインに取り入れていく。その結果、このような寛容さにあふれた建築が生み出されるのだと感じています。ジェインさんは大工や職人たちを信頼していると思いますので、ひとりでコントロールする必要がないのでしょうね。

ジェイン──お話を聞いて笑みが漏れました。あえて言えば、私は「コントロールできない建築」ではなく「信頼から築かれた建築」と表現しようと思います。なぜ毎年、蚊帳の仮設住宅での集団生活が生起するのか。それは、そこに信頼があるからです。もしそこに「ここは安全だ」という信頼感、安心感がないならば、そのような生活をし続けることは不可能だと思います。私たちの周辺にはつねになんらかの力が存在しますが、そこに信頼感があれば、あまり予測不可能な力に惑わされることなく生活の基盤が保てます。私は、そのような生活の基盤を「ステージ」と呼びます。

塚本──ではあなたは、建築は信頼感を構築できるとお考えですか?

竹でつくられた
「Bird Tree(鳥の留る木)」の数々
ジェイン──はい、建築を創造する過程で可能です。今回「Bird Tree(鳥の留る木)」の位置を決定する際、私は現場にいませんでしたので、現場で作業をしていたサムと大工たちを信頼してその位置を決めさせました。サムと電話でそのことについて議論した際、私は彼に、木が生い茂っている様子を表現するように、と依頼しました。しかし、最終的には私がどう考えるのではなくて、彼自身の判断で彼自身のストーリーを創ればそれが最もよいと言いました。もちろんその議論の過程で、MOMATの柴原さんや大工たちが各々の意見を述べました。こうしたコミニュケーションや意見の交換を共用するプロセスこそが「信頼から築かれた建築」が生まれる過程なのです。
ですから、私はサムが配置した「Bird Tree」の位置は日本に来るまで知りませんでしたが、すでに知っているような錯覚が生じていました。彼を信頼しているからこそ、このように感じるのだと思います。「Bird Tree」の正しい位置はどこなのかと私が判断するのは無意味なことのです。私はつねに、私たちの完成品を見たときに「私ひとりではこのような建築を生み出せなかっただろう」と実感するのです。塚本さんのおっしゃる「コントロールしない建築」という表現も当てはまりますね。

「Bird Tree」の位置を決める作業。2階テラスから指示を出すスタジオ・ムンバイのスタッフ

塚本──今回、日本の大工とも仕事をする機会も持てたのではないでしょうか?

ジェイン──残念ながら、日本の大工を雇うにはとても費用がかかると聞きました(笑)。

塚本──そうですか(笑)。それでインドから大工たちを連れ来たのですね。

ジェイン──はい。もちろん、日本の大工や職人たちと働く機会があれば素晴らしいと思いましたし、仕事をしたかったですね。その場合はまた、プロジェクトも違うものになっていたかもしれません。今回は、資金面で無理でした。

塚本──そのお気持ちはわかります。現地の大工たちとの仕事の機会からは、その国や地域の建設方法など多くのことを学びますから。私たちも海外でのプロジェクトでは、いつも地元の大工たちと仕事をするように努めています。それはとてもインスピレーショナルな経験です。

ジェイン──今回は、私が京都で撮った日本の古い建築の写真をインドの大工たちに見せて、彼らのインスピレーションを刺激しました。ですから、このパヴィリオンは日本的なデザイン性も兼ねそなえていると思います。残念ながら日本の大工たちと仕事ができませんでしたが、なにか日本建築のルーツにあるものを表現できればと思いました。日本とインドの建築を繋げたかったのです。

塚本──パヴィリオンの脚の建設方法が日本の方法と違いますね。土台となる脚に銅板を廻してありましたが、脚をそのまま芝生に置いてあるようですね。私は、そのディテールが気に入りました。

ジェイン──日本ではどのような工法をしますか?

塚本──脚と地面の間に石などを設置します。地面の湿気から脚を保護するためです。

ジェイン──私たちが脚に銅板を巻いたのも、もちろん地面の湿気から守るためです。150mm厚の地面の下に美術館の地下のスラブ天井があるので、そこに直接脚を載せ、建物自身の重さで均等を保っています。

塚本──とても道理に合った方法だと思います。このパヴィリオンは今日話したいろいろな視点を満たす快適な空間となって、とてもうまくいっていますね。

柴原──本日のお話を聞いて、《夏の家》がどのような考えと実践をもとにつくられたのか、またスタジオ・ムンバイが普段から行なっているリサーチがどのように反映されているのかが、とてもよくわかりました。スタジオ・ムンバイ《夏の家》は、2013年1月14日まで東京国立近代美術館の前庭に設置されています。より多くの皆さんに、実際にここを訪れて、時間を過ごしていただければ幸いです。本日はありがとうございました。


2012年9月2日、東京国立近代美術館にて

翻訳構成:大槻香代子(BAKOKO)


スタジオ・ムンバイ
1995年、ビジョイ・ジェインがムンバイに設立した、大工職人と設計者による、設計から施工まで一括して手掛ける建築事務所。当初15名程度だったスタッフは、現在120名を超える。土地の材料や伝統的な技術を重んじ、手作業による施工をベースにしたオーガニックな建築作品を数多くつくる。職人や芸術家とともに独自の建材をつくり、スケッチや大きなモックアップでの検討を何度も繰り返すプロセスそのものがデザインになることが特徴。建築作品のほとんどはインドに建設されているが、ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展(2010)への出品をはじめ、建築雑誌『El Croquis』で特集されるなど、世界で注目を集める。


201210

特集 新しい「まちデザイン」を考える 5──創造都市論の現在


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