ソーシャルメディアにおける他者の可能性

江渡浩一郎(メディア・アーティスト/独立行政法人産業技術総合研究所研究員)
本稿は、門脇耕三による設計スタディへの論考「2000年以降のスタディ、または設計における他者性の発露の行方」、それに続く長坂常へのインタヴュー「1/1、誤用、自由」に対するレヴューである。

まずは、門脇の論考を簡単にまとめるところからはじめよう。門脇は、建築設計におけるスタディの方法論の変遷について分析し、革新的な建築が生まれる背景にはアブダクションと呼ばれる思考形式が存在すると主張する。アブダクションは仮説的推論とも言われる推論形式の一種である。建築家は、ある驚くべき事実を観察し、その事実を説明するための仮説を構築する。その後に、その仮説が事実であることを独自の方法で検証する。これは、演繹的推論と帰納的推論を組み合わせた思考方法とも言えるだろう。

ここでの「驚くべき事実」とは何か。まずは模型である。2000年代に妹島和世によって生み出された革新的な建築の数々は、その背景として驚くほど多量の模型が存在していたことがわかった。人間の空間認識能力には限界があり、模型をつくることによってはじめて得られる観察結果がある。これが「驚くべき事実」であり、予期せぬ発見をもたらす「他者」とも言える。たとえばSANAAの《スタッドシアター・アルメラ》では、さまざまな部屋の空間を極薄の壁で仕切っている。これは、ある時模型をケント紙でつくったら「全然違う空間に見えてしまった」という驚きがきっかけとなっている。2000年以降の日本の革新的な建築の多くは、このような模型を媒介して新しい表現が生み出されたと分析している。

しかし、近年の日本の建築の多くは、模型によって生み出される建築特有の特徴を備えており、均一化が見られるようになってきた。具体的には、白く抽象的な面によって構成される繊細な表現であり、これは模型を他者として表現を生み出すことの弊害だといえる。私たちはこれまでの模型とは異なる他者を発見するべき時期にさしかかっているのではないか。

門脇は、新しい他者の候補として長坂常の建築における「既存の建築」を分析している。既存の建築をもとにした建築とは、有り体に言えば「リノベーション」である。通常のリノベーションでは、不要な建材を除去したうえでそこに現代的な意匠を乗せるのが一般的だが、長坂の《Sayama Flat》では、既存の建築を解体しながら特定の要素を残すことのみで建築を成立させた。つまり、基本的には引き算しかしていないわけで、その点が通常のリノベーションと異なる。また、通常なら残さないような物体を、あえて残している。予算が限られていたため、図面は引かずに解体しながら現場の判断で部材を残すことにした。たとえば和室の押入の建具枠だけを残すことで、通常ならあまり目にすることがない和室と洋室の空間要素が共存する空間となった。壁が剥されたコンクリートの壁の空間に四角い木の枠だけが残っている様子は、まるでドナルド・ジャッドの彫刻を思わせる。

同様に既存建築をもとにした《奥沢の家》は、もとの建築を部材レベルまで再現した綿密な模型を組み立て、それをもとに解体・再構築しながらスタディを進めていったものだ。部材の持つ魅力を発見しながらそれを最大限に引き出すように再構築した点が共通している。では、この方法論はリノベーションにしか使えないのだろうか。長坂は新築の建築設計にもこの方法論を適用している。それが《はなれ》である。さまざまな施主の要望や急勾配の崖の上という敷地の条件から建築上の多くの制約を受け、結果としてその制約から生まれる物と物との接点に「驚き」を発見した。長坂はここで「A面」と「B面」という比喩を導入している。通常塗り隠されてしまう部材を積極的に表に出すことによって、強い表現を生み出した。そのような通常なら奥に隠される部材を表に出す感覚を「B面」と呼んだのである。

門脇は、ほかにアルゴリズミック・デザインや、設計図をCreative Commonsで公開する吉村靖孝による《CCハウス》などを、現代における他者性を生み出す方法論の事例として取り上げている★1

さて、門脇はこのような革新的な建築の背景にはアブダクションと呼ばれる思考があるとしているが、この発見はもっともなことだと思う。驚くような新しい発想にも、それが考え出された裏側には、ある種の他者を媒介した連続的な思考の連なりが存在する。ここではその他者を「驚くべき事実」と表現しているが、実はそれは同時に「ありふれた事実」でもある。たとえばニュートンが発見したのは「リンゴが木から落ちる」という事実であり、このようなありふれた事実に驚くことができるかどうかという観察者としての資質が問われている。長坂がここでリノベーションから「驚くべき事実」を引き出すことができたのは、その職人としての高い技術力が理由だろう。

このようにアブダクションによって新しい作品を生み出すという過程には、私にも心当たりがある。私は倉俣史朗という作家にずっと強い興味を持ってきた。倉俣は、素材の魅力を引き出すことに長けていた。もともと持っていた素材の魅力を超えるような新しい使い方を発見し、作品へと昇華させてきた。たとえば、「ガラスは割れる瞬間がもっとも美しい」という発見をもとに、2枚の強化ガラスの間に通常のガラスを挟み、力を加え、割れた瞬間を固定した新しいガラスをつくり出した★2。このような新しい素材をもとに作品や空間をつくり上げるのは、まさにアブダクティヴな思考ではないかと思っている。私はこのような素材から発想して作品をつくり上げる過程に強く惹かれ、自分もそのような作品制作をしようとずっと考えていた。

1996年、私は日米間をつなぐ基幹回線のトラフィックをリアルタイムに緯度・経度情報を変換して可視化する作品《WebHopper》を制作した★3。インターネットの仕組みでは、ルーターでtcpdumpというツールを使うと、すべての通信をそのまま見ることができる。つまり、すべての通信はルーターの管理者には筒抜けなのだ。このインターネットの仕組みを学んでいたときに感じた「驚くべき事実」を作品化したのが《WebHopper》だと言えるだろう。インターネットで作品をつくることが模索されていた時代に、インターネットそのものを作品にするにはどうしたらいいかと考え、このような表現に行きついた。今となっては到底実現不可能な作品であり、インターネット誕生初期という時代の産物だったと言えるだろう。

《WebHopper》[クリックで拡大]

その後、活動を研究の場に移したときも、基本的な考え方は変わらなかった。私は2002年にWikiに興味を持ち、メーリングリストとWikiを融合したシステム「qwikWeb」を構築した★4。このとき、なぜWikiを選んだのかを説明する必要があった。オリジナルのWikiはほとんど何も機能を持っていない。たとえば通常のWebシステムでは、ユーザ登録の仕組みがあり、自分が書いた記事はほかの人は勝手には編集できないが、Wikiは他人がつくった記事でも勝手に編集できる。というよりも、ユーザ登録という仕組みがないため、他人の記事という概念そのものがないのだ。すべての記事を全ユーザが編集できる。このような極端な発想がなぜできたのか。私はWikiをつくり出したWard Cunninghamという研究者に興味を持ち、Wiki誕生の過程を調べてみたところ、「すべての問題を一挙に解決するひとつのアイディア」という発想でつくられていたことがわかった。これは「引き算によるデザイン」という発想だと理解できるだろう。取り去るべきものが何もなくなったときに、そのデザインは完成する。ユーザー登録の仕組みがないのも、手抜きではなく、意図的なデザインだった。

「qwikWeb」[クリックで拡大]

しかし、このような発想を研究業界における論文として主張するのはとても難しかった。ある機能を取り除くことが良いデザインを生むということを論文のフォーマットで説明することは、私の文章力では不可能だった。そのため、論文として書くのはあきらめ、一般書として出版することにした。それが『パターン、Wiki、XP──時を超えた創造の原則』(技術評論社、2009)である★5。この本では、Wikiというシステムに感じた不思議な感覚を出発点として、どのような発想でWikiを考え出したのかを調べたところ、建築家クリストファー・アレグザンダーによるパターン・ランゲージという建築理論につきあたった経緯を歴史書として書いている。

このようなWikiへの興味は現在どこに接続しているか。私は現在は「ニコニコ学会β」という活動に力を入れている。現在、ニコニコ動画では初音ミクを使った多種多様な創造的な動画が多数投稿されている。このような創造性を生み出す場の力に興味を持ち、この力を研究の分野にも活かせるのではないかと考え、新しい研究団体・シンポジウムをつくった。これが「ニコニコ学会β」だ。昨年2011年12月に第1回のシンポジウムを開催したばかりだが、その成果は拙著『ニコニコ学会βを研究してみた』(河出書房新社)という書籍にまとめられている★6。また、2012年4月28日、29日には幕張メッセにて「第2回ニコニコ学会βシンポジウム」を開催する予定である★7。現在のニコニコ動画のように多種多様な表現が集まる場は、まさしくカオスであり、刺激的であるだ。アイディアが直接そこで生み出されるというだけではなく、そこから「驚くべき事実」を獲得し、新しい発見につながるのではないかと期待している。

これは、設計図をCreative Commonsで公開する《CCハウス》の活動と直接的につながるのではないだろうか。ニコニコ動画では「作ってみた」というタグで、いろんな人が自分なりにつくってみたものを動画として多数投稿している。いつか《CCハウス》の設計図をもとに「家を建ててみた」動画が投稿される日が来るのではないか。そしてその設計図が無数に( )N次創作されて、多種多様な建築が自然発生的に生み出される。そのようにしてつくられる建築物は、「ニコニコ建築」と呼べるものになるのではないだろうか。

まとめ
本稿では、門脇による論考を出発点として、新しい建築の背景にあるアブダクションという思考とそれを生み出す「驚くべき事実」について分析した。私がずっと着目してきたWikiの役割は、現在ではニコニコ動画に引き継がれていると考えており、そのようなソーシャルメディア上で自然発生的に生み出される多種多様な表現こそが、現代における有効な「他者」として働くのではないかと考えている。




★1──吉村靖孝+門脇耕三+ドミニク・チェン「鼎談:『CCハウス』はなにを可能にするか」(10+1 web site、2011年3月)
★2──田中一光監修『倉俣史朗の世界』(原美術館、1996)
★3──江渡浩一郎「WebHopper」(1996)参照。
★4──「qwikWeb」参照。
★5──江渡浩一郎『パターン、Wiki、XP──時を超えた創造の原則』(技術評論社、2009)参照。
★6──江渡浩一郎編『ニコニコ学会βを研究してみた』(河出書房新社、2012)参照。
★7──「ニコニコ学会β」参照。



江渡浩一郎(えと・こういちろう)
1971年生まれ。メディア・アーティスト/独立行政法人産業技術総合研究所研究員。1996年、《WebHopper》を発表。1997年、アルス・エレクトロニカ賞グランプリ受賞(sensoriumとして)。2001年、日本科学未来館《インターネット物理モデル》の制作に参加。2010年、東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。情報科学、集合知、ソーシャルメディア。主な著書に書に『パターン、Wiki、XP──時を超えた創造の原則パターン』(技術評論社)、『ニコニコ学会βを研究してみた』(河出書房新社)。http://eto.com/lab/

201204

特集 設計スタディの現在形、新たなテクトニクスの発見へ


2000年以降のスタディ、または設計における他者性の発露の行方
長坂常インタヴュー──1/1、誤用、自由
ソーシャルメディアにおける他者の可能性
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