〈ものづくり2.0〉前史
──有限設計ワークショップからFabLab Japanまでの15年

久保田晃弘×田中浩也×渡辺ゆうか

FabLab=工房+ネットワーク

田中浩也──〈FabLab(ファブラボ)〉とは、3次元プリンタやカッティングマシンを備えたオープンな市民工房とその世界的なネットワークです。2011年4月現在、世界20カ国以上50カ所以上でFabLabが立ち上がり、DIY(Do It Yourself)ならぬDIWO(Do It With Others)の精神で、ものづくりをする活動が始まっています。世界のFabLabでは、極小の電子回路から極大の建築まで、スケーラブルでカテゴリーレスな、文字通り「(ほぼ)あらゆるもの(Almost Anything)」がつくられています。日本でもここ1年のあいだに有志メンバーで進めてきた準備が実を結び、いよいよ本格的な活動が始まろうとしています。
〈FabLab〉という名称や概念を提唱し、この可能性を精力的に啓蒙してきたのは、私が昨年1年間研究員として滞在したマサチューセッツ工科大学教授のニール・ガーシェンフェルドです。しかしながら、私が世界のFabLabを旅して感じたことは、これだけFabLabが広がってきたのは、必ずしも彼ひとりの功績ではないということです。もともと各国で以前からこれに近い活動を行なっていたインディペンデントな人々がいます。そうした意欲ある各国のクリエイティヴな人々が、〈FabLab〉という名称を共有し連携することを通じて、地球規模のネットワークを組織しているという側面が大きいなと思いました。
さて、私が日本からFabLabの活動に参加することになったきっかけはいくつかありますが、いまから約15年ほど前の東京大学での久保田晃弘さんの授業「有限設計ワークショップ」からはたいへん大きな示唆を受けています。今日はそうした文脈からお話しできればと思います。

有限設計ワークショップ──ダイナミックな設計思想

久保田晃弘──有限設計ワークショップは、当時僕が所属していた東京大学の「人工物工学研究センター」で、いまは東京藝術大学の映像研究科で教鞭を執っている桐山孝司先生と一緒に、1995年から開講した授業です。人工物工学研究センターは、設計やデザインのメカニズムや基本原理を探求し、ものをつくる人間を支援・拡張する環境をつくることを目指して、1992年、東京大学駒場第2キャンパスに設立されました。そもそもは、東京大学の総長も務めた吉川弘之先生が、1970年代に提唱した〈一般設計学〉の考え方を出発点としていたのですが、当時は、設計やデザインの概念や実践が、ちょうど大きく変化し始めていた時代でした。〈一般設計学〉はジャンルによらない、統一的な設計の記述を目指していましたが、当時の設計のイメージは、おもに「設計=仕様の記述」、つまり機能を属性に写像(翻訳)するというスタティックなものであり、そこに制作や製造のダイナミックな現場の意味は、ほとんど入っていませんでした。実際、僕も学生時代に、工学系の少なからぬ授業で、「デザインとは最適化のことである」という話を聞かされたくらいです(笑)。しかし1990年代当時の設計やデザインを取り巻く状況を振り返ってみると、例えばシリコンバレーで、IDEOなどのデザイン・カンパニーでブレインストーミングやラピッド・プロトタイピングの繰り返しによる〈イノベイティブ・デザイン〉の手法が広く実践され始め、そのルーツとしてのスタンフォード機械工学科のロバート・マッキム教授が提唱した〈ヴィジュアル・シンキング〉が着目されました。

IDEOを紹介するABCNews。スーパーマーケットのショッピングカートを、ユーザ・オブザベーションにもとづいて5日間でデザインするプロジェクトの取材。インタヴューに答えているのは、スタンフォード大学機械工学科教授でありIDEOの共同創設者のデイビッド・ケリー
URL=http://www.youtube.com/watch?v=oUazVjvsMHs

Robert H. McKim,
Experiences in Visual Thinking,
Brooks/Cole Publishing Co, 1973.

マッキムの〈ヴィジュアル・シンキング〉は、〈ETC(Express, Test, Cycle)〉という三つのキーワードで、「図や絵による視覚的表現(Express)」と「試作による評価(Test)」の「迅速な繰り返し(Cycle)」による、ダイナミックな設計のイメージをベースにしたもので、仕様という概念の操作や言語による記述ではなく、試作という視覚的/身体的な操作によってドライブされるダイナミックなプロセスとしての設計観は、設計やデザインに携わる多くの人々に強く影響を与えていました。
〈有限設計〉の対になる言葉は〈無限設計〉です。前述のスタティックな設計観は、暗黙のうちに膨大な「無限」を仮定していました。市場は膨大にあるからどんどんモノをつくって売ればいい。地球の資源は膨大にあるから自由に使って良い。廃棄物も海や大気は膨大だから捨てても薄まる、などと多くの人が考えていましたし、それが当時の工業的な文化を支えていたわけです。しかし90年代は日本ではバブルも終り、そんな〈工業的文化〉に人々は次第に疑問を呈し始め、〈家政的文化〉の重要性が浮かびあがってきました。僕がこの言葉を最初に聞いたのは、人工物工学の研究グループのメンバーの一人でもあった村上陽一郎先生の講演でした。〈工業的文化〉のキーワードが「生産」「消費」「効率」「無限」「均質」「最適化」であるのに対して、〈家政的文化〉のキーワードは「保存」「維持」「融通」「有限」「異質」「コンフリクトの少ない解」です。市場も資源も有限ですし、実際、日々の家庭生活のなかで行なわれているのは、異質な大人と子どもの双方が限られたスペースのなかでうまくやっていけるような家づくりであったり、残り物をうまく活用する料理だったりするわけです。僕らはそのキーワードのなかでも、特に「有限」性に着目して、この〈家政的文化〉をテーマとした「有限設計ワークショップ」なるものを、身体によってドライブされるダイナミックな設計の実践の場として始めたのでした★1。それだけでなく、ダイナミックな設計過程に必要不可欠なラピッド・プロトタイピングのためのツールとして、当時は、3DプリンターやCNCルーターなどの新しいマニュファクチャリング(製造)機械がちょうど脚光を浴びはじめたころで、人工物工学研究センターにも、当時は数千万円もするようなレーザーリソグラフィ(3Dプリンター)が導入されていました。いまいうところの、〈デジタル・ファブリケーション〉のはしりです。もちろん、それらのツールはまだまだ手間もかかるし精度も低く、ましてやその価格やサイズからけっしてパーソナルなものでもなく、可能性は感じつつも、設計の現場でばりばり使える技術になるにはまだ時間がかかるという印象でした。ただ、そうした動きは東京大学の人工物工学研究センターだけではなく、米カーネギーメロン大学のエンジニアリングデザイン・リサーチセンター(EDRC)やMIT、ドイツのGMD研究所など、世界のさまざまな研究所や大学機関でも始まっていました。

田中──私は2000年に人工物工学研究センターで一年間だけ博士学生として研究させていただきました。学部と修士の頃は、建築や複雑な構造物を設計するための知的CADや、進化的手法を取り入れた幾何学や図形科学──いまでいうところの〈アルゴリズミック・デザイン〉──の研究を行なっていたのですが、それを生産技術──いまでいうところの〈デジタル・ファブリケーション〉──と結びつけたいと思い、3Dプリンターがあると聞きつけて(笑)、進学したのでした。10年以上前です。

ソーシャル、オープン、コモンズ......

田中──センターでは当時、材料工学、機械工学、精密工学、航空工学、経営学といった、東京大学工学部のさまざまな学科から先生方が集まって、細分化した専門領域を包含する設計の大きな一般理論、メタ理論をつくろうとされていたことに刺激を受けました。同時に、私たちの年代は、インターネットやその他のインフラを駆使して、個別の領域の専門家というのではない、「ものづくりの総合性」を維持したままのクリエイターになっていくことはできないかなと思い模索していました。
またその当時、20世紀は大きな2つの問題を残したと考えていました。「大量生産/大量消費型の工場システムの限界」と「作る人と使う人の極端な分断がもたらす社会構造の問題」です。これは、いまFabLabが取り組もうとしている二大課題そのものなのです。しかし、課題は特定できたものの、それを解消する21世紀型のオルタナティヴを本当に実践するには、当時はまだ早すぎたのかもしれません。その後ゼロ年代に入り、90年代後半に現われ普及したインターネットが、人々の日常生活のなかにあたりまえのように取り込まれていきます。それを通じて〈ソーシャルメディア〉〈オープンソース〉〈コモンズ〉などの考え方も広まっていきました。しかしゼロ年代はまだ、資源や物質、その生産・加工・循環といった〈物質=もの〉の問題とは切り話された、〈情報=非物質〉のバーチャル世界でそうした価値観が適用されるのが主流だったと思うのです。バーチャルな情報世界だけではどうしても「無限指向」になりがちです。
FabLabは、インターネットが生み出した、そうしたオープンやソーシャルといった新しいスタイルや価値を、フィジカルな世界にも適用していくプラットフォームにしたいと考えています。

久保田──トラディショナルな設計観には、ネットワークやソーシャルという概念がほとんどありませんでした。基本的には(優れた)個人しかいない。職人や達人のイメージです。それがインターネットの普及によって大きく変わり始めて、まずソフトウェアの分野でオープンかつコラボレイティヴなデザインが実践されました。1997年のことですが、ネットワーク上で設計を行なえばすべてのログが残るので、桐山さんや学生たちと一緒にウェブブラウザ上でインタラクティブな3Dモデルを表示するためのVRML2.0(Virtual Reality Modeling Language[=仮想現実設計言語] Version 2.0)の分析を行ないました★2。VRML2.0の仕様の策定は、オンライン上だけでオープンかつソーシャルに行なわれたデザインのはじめての事例でした。そのメーリングリストのログを解析することで、例えば「PROTO」のようにVRML2.0で新たに提案された仕様(ノード)が、デザインプロセスのどこでどのようにして生まれたのか、コミュニティのなかで誰が最初に提案して、どのように議論が行なわれて発展していったのかを、インタビューや伝聞ではなく、デジタル・データのアーカイヴから直接辿れるわけです。90年代は、研究レベルでもソーシャルなもの──非同期かつ分散型の共同設計プロセスの研究──が始まった時代でもありました。

ゼロ年代後半の既視感

Neil Gershenfeld,
FAB: The Coming Revolution on
Your Desktop - from Personal
Computers to Personal Fabrication
,
Basic Books, 2005.

ニール・ガーシェンフェルド
『ものづくり革命 ──パーソナル・
ファブリケーションの夜明け』
(糸川洋 訳、ソフトバンク
クリエイティブ、 2006)

────〈FabLab〉という言葉をはじめて耳にしたのは2000年に入ってからですか。

田中──FabLabが世界ではじまったのは2001年頃です。ニール・ガーシェンフェルドが、3次元プリンタやカッティングマシンといった機械を、大学や企業のみが専有するのではなく一般市民に開放しようと企図し、研究のアウトリーチ活動の一環としてインドとボストンに設立しました。その後ニールはアフリカなど途上国への普及と啓蒙を精力的に進め、2005年に著書『FAB』を出版します。2006年には日本語に翻訳され、『ものづくり革命』として出版されました。その直後に久保田さんと「これって昔からやってきたことですね」と話していたんです。

久保田──90年代に前述したような設計の概念の転換があったところに、21世紀になると今度は、MITメディアラボ(当時)のニール・ガーシェンフェルドがFabLabをつくるためにインドへいったとか、「(ほぼ)あらゆるものをつくる」という授業をはじめたら、いろんな学科から学生が殺到したなどと聞いて、ある種の同業者的な感覚で、大きな変革が起きていることをひしひしと感じ始めていました。
僕は1998年に東京大学から多摩美術大学に移って、ちょうど田中さんとはすれ違いになってしまいました。しかし田中さんの優秀さは最初から光っていたので、その後も田中さんとはなにか一緒にやりたいと考えていたのですが、FabLabのことを知ったときに、まさに「これだ!」と思いました。そこにはある種の──有限設計ワークショップとの──デジャヴもありましたが、それよりもむしろ、いまの時代の感覚にフィットする、つまり学生だけでなく広く社会とともにできる、という期待感でもありました。しかし僕は当時、多摩美の情報デザイン学科の学科長を務めていたこともあって、雑務が忙しくあまり動くことはできませんでした。しかし2010年の3月で4年間の学科長の任期を終えたこともあり、多摩美ハッカースペース★3──いわば学内FabLab──を立ち上げたところ、田中さんがFabLab Japan研究会をはじめたことを、ちょうど耳にしたのです。

田中──『ものづくり革命』以後ずっと気になってはいたのですが、私もまた同僚と慶應義塾大学SFCに「エクス・デザイン」プログラム★4を立ち上げるなど、学内の再編成に力を注いでいました。しかし大学内が一段落したら、今度は大学から実社会に輪を広げていける道筋を見つけたいとつねに考えていました。そんななか、2009年の夏に、インドにふたつ目のFabLabができるというニュースを聞いて、これは行かなければという直感が働き現地へ赴いたのです。そこでは世界中のFabLabの代表者が集まってオープニング・ワークショップが開催されていたのですが、ふたつの大きなインパクトがありました。
ひとつは、世界中から集まってきた人が自分となにか似ていたこと(笑)。電子工作から建築まで広く扱いたいとか、ひとつの専門分野に固執し過ぎることなく、新しい技術を毎回その都度学びながら本当に必要とされているものをつくり続けたい──自ずと領域横断的になりますが──などというように。皆、〈ソーシャルなエンジニア〉なのです。
もうひとつは、インドの人々が自分たちの生活に必要なものをFabLabの最新技術を使ってつくり、使う生活をしていたことです。そのFabLabは、人口200人くらいの小さな村にあって、主要な産業は農業、電気も水も不安定、道路も砂利道でほとんど整備されていない場所ですが、MITがレーザーカッターや3Dプリンターを小さな小屋に設置したことで、村の人たちがwifiのアンテナをつくったり、自転車をハックした発電機、ソーラークッカーをつくったりして、基本的な衣・食・住をまかなっています。その姿が生き生きしていて本当に素晴らしかった。「世界の周縁の人であればあるほど、逆に先端技術を必要としているのだ」とニールも言っていますが、地域の限られた資材や素材の制約と、こういった工作機械とが結びついて新しいクリエイティヴィティと生活が生まれている現場を肌で感じました。途上国のこうした地域は、いまの日本をはじめとする先進国が辿ってきた道とは違う、オルタナティヴな近代化を遂げる可能性があるのです。この経験で大きなインパクトを受けて、帰国してすぐにFabLab Japan★5の準備を始めました。それが2009年の秋です。

三好大助氏(早稲田大学)によるFabLabインドのレポート。「農村の革命、三次元プリンター@FabLab India」
参考=http://fablabjapan.org/2010/09/19/post-406/

〈ものづくり2.0〉のための組織

────それ以前から慶應のSFCで研究室としての活動をされていますよね。その活動はFabLabへつながっているのでしょうか。

田中──SFCの研究室を立ち上げたのは2005年です。アルゴリズムやフィジカル・コンピューティングといった技術から生まれるクリエイティヴィティを、地球環境や現実社会の問題に適用したいとはつねに考えていましたが、まだいまほどクリアに像が描けていたわけではありません。ただ、当時研究室で学生と行なっていた「植物インターフェイス★6」の研究や「流体ディスプレイ★7」の研究などは、物質/生命/計算の境界を見定めようとしたものでしたが、これはFabLabにおける工作機械(デザイン・マシン)の研究やマテリアルの研究に繋げていけますし、一方「函館バープロジェクト★8」のように、「家具以上建築未満」のものを制作して輸送し、まちづくり・地域貢献に働きかけたプロジェクトも行ないましたが、いまにして思えばFabLabのソーシャルな側面を実践したものでした。大学外では、久原真人さんとユニット「tEnt★9」で野外設置型のメディアアート作品をつくりながら、〈先端技術〉と〈地域社会〉の出会わせ方を模索していました。
結局、〈技術〉と〈社会〉の接点に立って「(ほぼ)あらゆるものをつくる」という意味では、ずっとFabLabをやって来たのです(笑)。3次元プリンタやカッティングマシンの可能性を本格的に模索し始めたのは、インドから戻ったあとからです。2009年秋に制作し、NTT インターコミュニケーション・センター[ICC]の展覧会にも出品した《オープン・(リ)ソース・ファニチャー》はその端緒でした。この作品は、「すべて同じパーツの一品種大量生産」と同じコストで「すべてが異なるパーツの多品種変量生産」が可能になる、というデジタル・ファブリケーション技術の特性を、アルゴリズミック・デザインと結びつけたかたちで提示したものです。展覧会には久保田さんもいらしていただきましたね。

「可能世界空間論★10」
「可能世界空間論」展示風景

「系統樹」のようなダイアグラム

久保田──「可能世界空間論★10」(2010年1月16日〜2月28日)という展覧会です。樹木のようなモジュール家具の作品の横に、パーツのダイアグラムが展示されていて、個々のパーツの形がアルゴリズミックに進化していく様子が、生命の樹形図のようにみえて非常に面白かったです。その前々年の2008年11月には、多摩美で「Make Tokyo Meeting 02★11」が開催され、「MAKE: Japan」や「dorkbot」に代表されるDIY×ハッキングの運動があり、そうした一連のムーブメントのなかから多摩美ハッカースペースのアイディアも生まれました。この2008〜10年の動向を目の当たりというか実践していく過程のなかから、これはイベントではなく、恒常的な場所にしなければいけないと肌で感じたわけです。それらは、いま思い返すと、まさにシンクロニシティのような感覚です。

多摩美ハッカースペース

渡辺ゆうか──私がFabLabを知ったのは、2010年の5月に開催された「世界を変えるデザイン展★12」を取材したことがきっかけです。会期中にセミナーがいくつか企画されていて、そのなかのひとつが「デザインはどこまで世界を変えられるか?」で、〈オープンソース〉〈パーソナル・ファブリケーション〉といったことについて議論され、NOSIGNERさん、そして米国からMITの遠藤謙さんや田中さんがスカイプで参加されてました。そこでFabLabに興味を持ち、田中先生に連絡したことで、クラフトロボというペーパーカッターを使ったものづくり合宿に参加してメンバーの方々とはじめてお会いし、デザインハブが主催する夏のこども向けワークショップ「(ほぼ)なんでも作るワークショップ!(ただし紙で)」などから積極的に参加しはじめました。
それまでアートと地域を結ぶこと、地域の資源を活かしてデザインをすること、デザインの地産地消、伝統工芸士の方々や地域の活性化などに関わるような活動をしていました。だからこそ、ものづくり周辺の人やそれらをどう持続可能な運営体制にしていくかということも大切なデザインの領域なのだというのはいつも痛感していました。FabLabを通してそれらを融合させることで、これまでとは違った事例になるような気がしています。なにより、FabLabはただつくって終わりというよりは、ものづくりが本来もっているダイナミズムを秘めていると感じています。

「(ほぼ)なんでも作るワークショップ!(ただし紙で)」
(2010年8月12日、東京ミッドタウンDESIGN HUB)
参考=http://fablabjapan.org/2010/09/12/post-234/

田中──2010年度の1年間、私は客員研究員としてマサチューセッツ工科大学(MIT)にいました。これから長くFabLabで活動していくことになるので、日本のみならず世界のさまざまな活動とも繋がりたいと考えたからです★13。同時に世界各地のFabLabを巡る旅もしました。MITでは、FabLabと姉妹関係ともいえるD-Labが元気でした。D-Labは途上国向けの適正技術を開発するクラスなのですが、そのインストラクターでもある遠藤謙さんと親しくなり、ソーシャルなテクノロジーについて議論を深めました。2010年は「世界を変えるデザイン展」や「See-D Contest」のようなソーシャルな動きが日本でも起こりはじめたのですね。私は、技術の側からも社会の側からもアプローチできて、研究/実験/制作が分かち難く結びついている、〈ものづくり2.0〉の運動を持続するための体制を日本にもつくりたいと考えています。

久保田──いま、美術大学に問われているのは、美大における研究とはなにかということです。それはけっして、論文を書くことであるとか、学会に参加することではありません。例えば彫刻家が3Dプリンターを用いた制作にチャレンジしたり、優れたスキルを持った工芸家がレーザーカッターの可能性を探求する、といったいわば「(やってみるまで、うまくいくかどうかわからない)実験」の実践こそが、制作のための研究になりうると思っています。そうした意味でもこれまでの議論は重要で、いま田中さんがおしゃったような、研究/制作を分けないようなハイブリッドなコミュニティであったり、オープンな情報交換の場だったり、作る場と考える場が一体化する場をつくることが必要です。多摩美ハッカースペースの意図もそこにあって、それはFabLabの思想とも広くオーバーラップしています。

ボストンのFabLabとユトレヒトのFabLab

FabLabはものづくりの〈インフラ〉

────2011年の5月に「FabLab Kamakura★14」がオープンして東アジアの拠点になりますね。そのときに、FabLabはどういう人のために開かれていくのでしょうか。

田中──質問に答える前に、FabLabはひとつの国にひとつではなく、日本中にたくさんあって欲しいということをまず言っておきたいと思います。鎌倉だけがFabLabなのではなく、「ひとつのまちにひとつのFabLab」を目指しています。実際アメリカやオランダなどではもう始まっています。日本でも筑波や金沢などで計画が始まっており、准FabLab(FabLabベータ)もすでに数カ所か立ち上がっています。冒頭で、FabLabは「工房+ネットワーク」であると言いましたが、言いかえると「ものづくりのインフラ」になりたいのです。インターネットが普及することにより情報発信が民主化されたのと同じように、FabLabという〈インフラ〉が広がることで、ものづくりが民主化されるというくらいの広いスケールで考えています。そうなったとき、個々のFabLabは地域性を反映しながら独自の色を出していくでしょう。

────大学のスペースをFabLabとは区別して、「FabLabベータ」と呼んでいるのはなぜですか。

久保田──社会のなかにパブリックなFabLabをつくり出すためには、そのための経験を積んで、さまざま知識やノウハウを身につけておかなければなりません。つまりFabLabでものづくりの実験や実践をするために、「FabLab」そのものの実験をする場所という意味での〈ベータ〉です。社会にはまだ開かれていないけれども、まずは授業の枠以外で使えるような場所をつくって、学科や学年を越えて学生が集まる、そういう実験の場なんです。もちろんたんに集まるだけでなく、そこでパーソナルなファブリケーション・ツールやそのためのノウハウを体験できることが重要です。そういえば、ニール・ガーシェンフェルドも自分の研究室をFabLabとは呼んでいませんね。

田中──コンピュータは、最初は大学や企業のメインフレームから始まりましたが、次にミニコンの時代になって図書館や公民館に置かれ、徐々に市民に開かれていきました。そして現在のように1家に1台のパソコンになったという歴史があります。ファブリケーション・ツールも同じ歴史を辿ることでしょう。いまは大学や企業で導入が始まった段階ですが、ファブラボは市民に公開するための「公民館」のような役割を担います。そしていずれ1家に1台の「パーソナル・ファブリケーション」時代が到来するはずです。

久保田──最近さまざまな社会的事情によって、大学がクローズドに、つまり部外者が入りにくい雰囲気になっています。大学にもよりますが、多摩美のような郊外に位置する大学は特にオープンにしにくい状況があります。キャンパスに学生や教職員以外の人の姿を見ることは、そんなに多くありません。僕はやはり大学だからこそ、一般の人に来てもらえるようなオープンな場にしていきたいのです。多摩美のなかでも伊東豊雄建築設計事務所が設計した附属図書館は、一般の人が入館できるようになっていますが、それと同じように大学内のFabLabにも、学外の人が自由に参加でき、そこから地域社会と連携した新しい大学の姿が生まれるのではないかという期待もあります。

────鎌倉ではFabLab同士のネットワークだけではなく、地場産業とのリレーションも考えているとおっしゃっていましたね。

田中──そうですね。FabLabごとに独自の色を出していくといいと思っていますが、そのなかで私自身が出していきたい色は、ローテクとハイテクの融合、人の技術(テクニック)と工作機械(テクノロジー)の融合、素材と加工の組み合わせ、ものづくりとまちづくりの融合といった要素です。鎌倉にはいろいろ材料もあるし手芸の文化も、ものをつくるハンズオン(体験型)の工作施設もたくさんあります。そういうところと連携しながら、まちの中の外部研究室としても運営していきたいと思っています。
一方、FabLab Japanという団体は、広くFabLabに関心をもつ人々のコミュニティで、メンバーは日本中に分散しています。年齢もバラバラで、学生、社会人、フリーランス、教員まで......。そちらでは、おもにウェブを介したオープン(ソース)デザインの活動を推進していきたいと思っています。

「FabLab Kamakura」外観

FabLabは仕事もつくることができる

田中──FabLabは、実世界の近隣「地域」というコミュニティネットワークと、情報技術を介した世界50カ所以上のグローバルな「FabLab」ネットワーク、その両方の繋がりを持っています。渡辺さんが〈地域〉のほうのプロだと思いますのでそちらはお任せして、私は引き続き〈地球〉のほうを繋げていきたいと思います。先日も、ハンガリー・ブタペストとの遠隔共同ワークショップを行ないましたが、今年の夏はペルー・リマのFabLabでの合宿を計画しています。ほかにも、スリランカ、インドネシアなどにFabLabをつくりたいという人がいて、アジアンコネクションを考えたいなと思っています。いま、FabLabネットワークに参加することによって、一気に、地球全体に研究室が分散拡大したような感覚があるのです。そこをノマディックに渡り歩きながら、必要とされる地域で必要とされるものをつくる活動ができればいいですね。

久保田──僕はいま、大学で仕事をしているので、田中さんと〈ファブスクール〉というかたちで、美大のみならず一般大学の講座など、学校やクラスを繋いで、ダイナミックで相乗的なスクールをつくっていきたいと考えています。もちろんひとりの教員としてではなく、自分自身がこのなかの一人のメンバーとしてやっていくほうが面白いので、教えることと教わることが一体化した実践者として〈ファブスクール〉のデザインを行ないたいと思っています。

田中──もうひとつは新しい職能の開拓ですね。1995年頃にインターネットが生まれてウェブデザインという新しい産業が生まれ、ウェブデザイナーやウェブプログラマーという職業が生まれました。FabLabはインフラであり、インターネットと同じレイヤーにあるという考えなので、そうであるならば、いままでになかった産業や職業を立ち上げることもできるはずなのです。そういう実践は支援していきたいです。

久保田──以前、渡辺さんがおっしゃっていたように「FabLabが『(ほぼ)なんでもつくれる』のであれば、仕事もつくれるはず」ということですよね。

渡辺──それを実践するのみですね。

田中──FabLab KamakuraはいまFabLab Japanの事務局も兼ねているので、ここを拠点として日本のFabLabをつなげつつ、渡辺さんが自分のお仕事を開拓されていけばいいですね。

渡辺──FabLabでクリエイターが仕事をつくるということを、私自身もFabLabマネージャーとして実践していきたいです。パーソナル・ファブリケーションだからこそ実現できること、そしてクリエイター一人ひとりのスキルをネットワーク化することで可能になる、21世紀の新しい働き方があると感じています。クリエイターが自ら仕事をつくる新しいシステムや領域を〈つくる〉というのは、その人らしい生き方を自らつくると言ってもいいのかもしれません。これはもう、やってみるしかないので、一つひとつの出会いを大切にして試行錯誤しながらやっていきます。なんだか気がついたらこんなことになっていたので、自分でもびっくりしていますけど、こういうFabLab的な人生も楽しいかなと。

久保田──自立した組織になったらボランティアの集合体ということはありえないわけで、専従スタッフが生活するためのお金をまわすことが最初の目標ですね。少なくともFabLabのことを24時間考えられる人が1名、ご飯を食べられて生活できるようになることが、今年の目標だと思います。

おもてなし2.0/Do it ourselves

田中──FabLabは、外注を受ける3次元プリントサービスやカッティングサービスではないので、運営にあたっては発想の転換が必要かもしれません。

渡辺──もてなしたいという気持ちを壊したほうがいいということですか。

田中──おもてなしの精神自体は悪いとは思いませんが、「未知のことを一緒に実験していく」という活動に「サービス」という言葉は合わないのではと思います。ときには失敗も厭わないのですから。

久保田──〈おもてなし2.0〉というのを実践してみてはどうですか。

田中──従来のおもてなしは、「もてなす側(ホスト)」と「もてなされる側(ゲスト)」を明快に分断してしまうスタイルなんです。それでは結局「つくるひと」と「つかうひと」が分断されてしまうのと同じ構造的問題が生まれてしまいます。そこを分けない関係を考えたらいいと思います。サービスを提供する側と受ける側という非対称の関係をつくり、金銭の交換が起こるというのがこれまでのビジネスでしたが、いまは寄付の文化みたいな自発的でソーシャルな互助文化もあるわけです。また福沢諭吉先生は半学半教(教える者と学ぶ者の分を定めず、相互に教え合い学び合う仕組み)を提唱されましたが、ボストンのFabLabにも同様に「Teach4Learn, Learn4Teach」という大きな貼り紙がありました。立場が固定されない、ときには入れ替わる、というのも大事なことです。

久保田──いま、学生たちの集まり方は、かつてのように事前に場所や時間を知らせておくだけではなく、「いまここにいるけど来ない?」というケータイによる連絡のダイナミックなネットワークが重要です。最初は1人でもそれが3人、5人、10人と最終的には結構大きな集まりになっていくこともある(そうでないこともある)。ですから、お知らせもツイートだけにしておくのはどうでしょうか。特に招待するわけでなく、なにかやっているという噂を聞きつけてだんだん人が増えてくる。5月に行なうここのオープニングも「オープニング・パーティーをやっている」ということをFabLab Japanからツイートしたら夜までに何人集まるか実験してみるとか(笑)。逆に人がたくさんいるから帰ろう、という人がいてもいいと思うんです。招待だと「人を呼んでおいてこんなに混んでいるとは何事だ」と思う人もいるかもしれないけど、主体的に行ったのなら混んでいてもそんなに頭に来るとは思えないですし(笑)。招待者だけだと、人がこなかったらどうしようとか料理は足りているかだとか、呼ぶ側にも心配事がいろいろ生まれてしまいますからね。

田中──いいですね。〈Do it with others〉という言葉が流行っていますが、FabLab Japanのコアメンバーのひとりは、〈Do it ourselves〉のほうがいいのではないかと言っています。前者では「自他が分かれている」という前提のもとで「ひとりではなく他人と一緒に」となるのですが、後者はもともと自分と他人が分かれておらず、「自分たち」というまとまり全体が当事者になっています。世界に起きていることを、「自分ごと」と「他人ごと」の2極ではなく、「自分たちごと」として共感的にとらえていく感覚はこれから重要ですね。

久保田──そのDIWOという言葉をつくったのは、OpenFrameworks開発者のザカリー・リーバーマンで、2008年に山口のYCAMで開催された「minimum interface展★15」のオープニングで、僕が司会をしていたときのパネルでの発言が起源かと思います。でも確かに〈Do it ourselves〉のほうが日本的かもしれませんね。きっちりと仕様を固めてからそれを大量に生産するのではなく、冒頭に述べたような、問題点をひとつずつ発見して改良していくものづくりが個人レベルで行なわれることよって、生産者と消費者という概念だけでなく、プロトタイプと製品が一体化してしまいます。自分で座りながら椅子を改良していくことで、ここまではプロトタイプ、ここからが製品という区別がなくなって、アイディアから再利用まで連続して成長し続けていく家具や道具になります。ソフトウェアではすでに行なわれていることですが、モノや物質でもこのあたりが現実に起きてくると面白いですね。

田中──建築ではそのあたりが「切断」問題(オリジナルは磯崎新)と言われて議論されています。ネットから生まれた「永遠のベータ版」という概念がフィジカルに降りてきたとき、どこまで旧来の仕組みを変えられるかは関心がありますね。また、「ノン・アンド・パーフェクト」(完璧に仕様がまとまり、問題がなにもなくなるまでなにもやらない)文化か「トライ・アンド・エラー」(問題があってもひとまず実践し、結果をフィードバックして試行錯誤しながら、徐々に改良していく)文化なのか、もっと言えばプロダクト指向なのかプロセス指向なのかといったこととも関係がありますが、FabLabが推進しているのは明らかに後者のスタンスなのです。

社会に開かれたデザイン

田中──ところで久保田さんは最近、翻訳本として『FORM+CODE』(ビー・エヌ・エヌ新社、2011)という本を出版されましたね。私も『アルゴリズミック・アーキテクチュア』(彰国社、2010)という翻訳書を出したのですが、これらがFabLabとどういう関係があるかというのは、もうひとつの長い長い話になりますので、また次回にしましょうか。「10+1 School」の連載「アーキテクチュラル・コーディング★16」でも少し触れましたが、自然から学ぶデザインや、社会に開かれたデザインは、70年代のイヴァン・イリイチやヴィクター・パパネックの文脈が、アルゴリズムやオープンソースを経てFabLabに繋がってくるというストーリーがあるんですよね。

久保田──はい。アルゴリズムというのはたんなる技法というよりも、世界を象徴したり、コミュニーションするためのひとつの方法であって、最近再版されたパパネックの『Nomadic Furniture』のような自由と個人(自己責任)に根差したDIYの思想と、この本のなかでも紹介されている「Procedual Literacy (手続きのリテラシー)」というアルゴリズミックなアプローチがクロスするところに、これからの接続された自由のあり方が示されているのではと考えています。いずれにしても、この『FORM+CODE』という本は50年代のコンピュータ・アートから今日のデジタル・ファブリケーションまで、プログラミングと造形の深い関係とその長い歴史を包括的に述べた良書なので、ガーシェンフェルドのFABと並ぶもうひとつのFabLab入門書としても、ぜひ一度手に取ってみていただければと思います。

左=ケイシー・リース+チャンドラー・マクウィリアムスラスト『FORM+CODE』
(久保田晃弘 監訳、吉村マサテル 訳、ビー・エヌ・エヌ新社、2011)
中=コスタス・テルジディス『アルゴリズミック・アーキテクチュア』(彰国社、2010)
右=Victor Papanek and James Hennessey, Nomadic Furniture: D-I-Y Projects That Are Lightweight and Light on the Environment, Schiffer Publishing, 2008/1973-74.

[2011年4月11日、FabLab Kamakuraにて]

★1──1996年のシンポジウムにて「有限設計ワークショップ」についてはじめて公演した。
URL=http://www.race.u-tokyo.ac.jp/about/activity3.html#anchor02
★2──Ando H, Kuboto A, Kiriyama T, 'Study on the collaborative design process over the Internet: a case study on VRML 2.0 specification design', Design Studies, Cross N, ed., Vol.19, No.3, July '98. pp.289-308.
★3──多摩美ハッカースペース URL=http://dp.idd.tamabi.ac.jp/hackerspace/
★4──「エクス・デザイン」プログラム URL=http://xd.sfc.keio.ac.jp/
★5──FabLab Japan URL=http://fablabjapan.org/
★6──植物インターフェイス URL=http://www.g-mark.org/award/detail.html?id=33918&sheet=outline
★7──流体ディスプレイ URL=http://sekines.net/works.html
★8──函館バープロジェクト URL=http://www.kanshin.jp/chizai/?mode=keyword&id=514817
★9──tEnt URL=http://www.tent-info.com
★10──可能世界空間論 URL=http://www.ntticc.or.jp/Archive/2010/Exploration_in_Possible_Spaces/index_j.html
★11──Make Tokyo Meeting 02 URL=http://www.oreilly.co.jp/mtm/02/
★12──世界を変えるデザイン展 URL=http://exhibition.bop-design.com/
★13──MITでの活動の一部は以下で読むことができる URL=http://fab.sfc.keio.ac.jp/howto2010/
★14──FabLab Kamakura URL=http://fablabjapan.org/kamakura/
★15──minimum interface展 URL=http://minimum.ycam.jp/
★16──アーキテクチュラル・コーディング URL=http://10plus1.jp/school/tanaka/


左から、渡辺氏、久保田氏、田中氏

くぼた・あきひろ
1960年生。工学博士。多摩美術大学情報デザイン学科教授。共著=『ポスト・テクノ(ロジー)ミュージック』『創造性の宇宙』『Beyond Interaction』ほか。監訳=『FORM+CODE』ほか。

たなか・ひろや
1975年生。博士(工学)。慶應義塾大学環境情報学部准教授、FabLab Japan 発起人、Fab Association アジア地区代表、How To Make Almost Anything 2010修了者(http://fab.sfc.keio.ac.jp/howto2010/)。共著=『いきるためのメディア』ほか。共訳=『アルゴリズミック・アーキテクチュア』ほか。

わたなべ・ゆうか
1978年生。高校卒業後渡米、2006年多摩美術大学卒業環境デザイン学科卒業。都市計画事務所を経て、デザイン事務所勤務中に交通事故に遭遇。入院、リハビリ経験により人生観が一転。偶然か必然かFabLabの活動に出会い、新たな働き方、「ものづくり」の可能性を開拓中。


201105

特集 パーソナル・ファブリケーション──(ほぼ)なんでもつくる


〈ものづくり2.0〉前史──有限設計ワークショップからFabLab Japanまでの15年
ソーシャル・ファブリケーションに向かって
──テン年代のクリエイティヴィティ

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