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201101
特集:シンポジウム・レポート
「集まって住む、を考えなおす」シンポジウム
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- fig.1 提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
成瀬──本日はシンポジウム「集まって住む、を考えなおす」にお越し頂き、ありがとうございます。成瀬・猪熊設計事務所の成瀬です。7階で開催中の展覧会「集まって住む、を考えなおす」でシェアハウスの展示をしています[fig.1]。今日はこれをネタに、先輩方にお話を伺いながら、これからの「集まって住む」ことを考えていきたいと思います。3人のゲストとモデレーターをお呼びしております。建築家の山本理顕さんとゲストプレゼンターの平田晃久さん、長谷川豪さん、モデレーターの門脇耕三さんです。どうぞよろしくお願いします。
門脇──門脇です。今日のシンポジウムを通して、「集まって住む」ことのこれからの課題を見つけていきたいと思います。最初に山本さんから、このシンポジウムにどんなことを期待されるかについて伺いたいと思います。
新たな住モデル提案
山本──山本です。よろしくお願いします。成瀬さんと猪熊さんの提案は、民間のディベロッパーによる集合住宅であることが面白いと思います。いま、日本ではソーシャルハウジングがほとんど着工されなくなってしまいました。公団も撤退してしまった。そのかわり民間のディベロッパーがそれを補填するようにつくっている。しかし民間は利潤を生まなければならないので、いろいろな形で利潤を上げる方法を考えています。2003年に不動産の証券化が認められて、投資家たちに切り売りするようなシステムが考え出されました。ディベロッパーが投資家からお金を集めて建物をつくる。その典型が超高層です。高層階からの景色ばかりを宣伝しているのをテレビでも良く見ますが、あれは投資家が投資しやすいようにつくっていて、住む人のことなんてこれっぽっちも考えていない建物です。僕にはそう見える。
ではそういう枠組みのなかで建築家はどう働けばいいのか。われわれは発注主の利潤を上げる建築を求められます。非常に辛い立場です。それでは実際に住む人のための新しい提案をするためにはどうしたらいいのか。
住宅は本来、社会の重要なセーフティネットだと思います。国は貧しい人や住むところがない人に対してソーシャルハウジングを提供する責任があります。しかしそういうセーフティネット構築から公が完全に撤退してしまった日本は、本当にひどい国だと思います。そういう状況のなかでわれわれは何ができるか。成瀬さんと猪熊さんは民間の枠組みのなかでどうすれば新しい住モデルをつくれるのかを、本気で考えている。素晴らしいと思うし、非常に重要な試みだと思います。
門脇──いくつかの法律の成立を契機に、公共はハードとしての住宅から撤退するという流れが決定的になりました。そのなかで私たちはどのような提案をしていく必要があるのか、これは大きなテーマです。ここで平田晃久さん、長谷川豪さんにプレゼンテーションをお願いします。
プレゼンテーション1:平田晃久
平田──平田です。山本さんのお話を伺って、確かにその通りだなと実感します。日々そのような枠組みのなかで設計していますので。しかし一方で、限られた予算や条件のなかでも、まだまだ新しい空間の提案ができると思っています。最近集合住宅を二つつくりました。その仕事からいろいろと考えることもあったので、今日はそれをお話したいと思います。キャベツの葉っぱと葉っぱのあいだ《house h》(2004)
初めに紹介するのは、キャベツの葉っぱと葉っぱのあいだのような、二人のための住宅《house h》[fig.2]です。見通せないけれど、連続している空間のなかで、現代的な生活がどのように分節されたりつながったりするのか。一つの空間を共有している人間同士が、つながりと独立性をどう感じることができるかをテーマに設計しました。この住宅は下階と上階のあいだが抜けていますので、ベッドルームから書斎がちらっとみえたり、リビングと外が同時に見えたりというつながり方が各空間同士で起こります。プランニング上は、通常各部屋ははっきりと分節されるものですが、空間言語を使うとその中間の状態をつくることができる。それによってもっと豊かに人の関係を定義づけられるのではないかと考えていました。
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- fig.2 《house h》提供:平田晃久建築設計事務所
軽井沢の住宅《house s》(2006)
しかしワンルームで全てを解決できない場合もあります。《house s》では複数の部屋が必要でした。また軽井沢なので勾配屋根にしてほしいという希望がありました。屋根を一つのものが二つに枝分かれして間にスペースができる原理ととらえ、それを増殖させて一つの倒立した樹木のような空間の関係をつくりました。大きな屋根の形と関係づけながら一つひとつのスペースを感じることができ、単体のスペースが常に全体と関係づけられています。《イエノイエ》(2008)
同じように屋根をテーマにした戸建住宅です。あるハウスメーカーから依頼されたプロトタイプの開発です。「横浜トリエンナーレ2008」で《イエノイエ》[fig.3]として実現しました。このときは、屋根は自然の地形と同じものではないかということを考えていました。自然の地形は水が流れることによってできます。そして屋根もまた、水を流すための形です。屋根は自然に近い形なので、そのなかに住むのは自然のなかに住むのと同じようなことではないかと考えました。二階建ての個室がいくつかあり、下がクローズドで、上がオープンな用途です。そのオープンな空間同士が、屋根の谷のラインで柔らかく区切られる。先ほどのキャベツの葉っぱの住宅と似ています。こんな人間の関係性をつくりたいと考えました。一つ屋根の下という言葉がありますが、この場合、屋根のピークはそこに住む人の人数分あるような形です。とんがったものから、実現した少しずんぐりしたものまで、いろいろなパターンがあります。普通の4人家族が住むこともできるし、シェアハウス的に使うこともできる。6個ぐらいピークがあると二世帯住宅として使えるかもしれない。またどんどん増殖させ、学生寮みたいに使うこともできると思います。個室と共有の場所のつながり方は、家族でもそうではない集住でも実はあまり変わらない。同じようなものの違うあらわれとして考えることができるのではないかと思います。-
- fig.3 《イエノイエ》ダイアグラム 提供:平田晃久建築設計事務所
赤羽の集合住宅《alp》(2010)
3月に竣工した《alp》という集合住宅です。《イエノイエ》と少し似ています。山脈の地形のような建築で、地形が自己生成するシステムになっています。屋根も壁も凹凸していて、でっぱったりへっこんだりするなかにさまざまな場所を内包する建築です。周囲には同じような屋根が連なっているので、風景と意外になじんでいます。しかし同時にかなり異物でもあるような外観です。真ん中の通路から各住戸に入っていきますが、一つひとつの住戸のなかにも、公共的なスペースの形や屋根の凹凸がそのままあらわれます。屋根の谷のラインで住戸内のスペースが区切られていたり、共用の階段部分の形が部屋のなかでリビング的な場所とベッドルーム的な場所を分けていたり、駐車場のへっこみがそのまま部屋のなかにあらわれていたりします[fig.4]。そういう凹凸によって、どこに家具を置くか、どういう場所でどういう姿勢で時を過ごすかを楽しく想像できる、洞窟のなかに住んでいるような集合住宅です。
住戸のなかに全体の仕組みがそのままあらわれるので、住人は、全体の仕組みを感じながら生活することになります。水が流れる仕組みである屋根が街並みをつくり、街並みに溶け込むような建物が、街と一つの部屋を関係づけることができたら良いと思います。あるいは、この敷地は、丘のような地形にあるのですが、その地形も水の流れでできている。それは、関東平野の地形の一部でもある。そんなふうに自分の居る場所が外部と幾重にも関係づけられたら面白いし、それは一つの集合住宅の提案になるのではないかと思っています。
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- fig.4 《alp》撮影:矢野紀行
新潟の集合住宅《one roof apartment》(2010)
4月に新潟にできた集合住宅[fig.5]です。2メートルも雪が積もる場所なので、先ほどの赤羽のように外に通路をつくったら、雪がたまって大変なことになります。そこでおおきなボリュームを二つに分岐させることによって北風や雪から守られたスペースをつくりました。そうすることで心地良い共有スペースができ、街と個々の部屋の間の内部空間のようなものが生まれています。冬は一面銀世界になりますが、部屋のなかも白いので、雪の景色から内外反転して続いたような場所になります。そういう内外の連続感をつくりました。個々の空間はわりあい単純にできているのですが、斜めの壁によって内側に出ている出窓状になるので、屋根裏部屋のような雰囲気になります。
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- fig.5 《one roof apartment》撮影:矢野紀行
台北の豪邸《architecture farm》
台北の近くでやっている建売豪邸です[fig.6]。日本では100平米ぐらいの戸建や、一部屋30平米ぐらいの集住をやっていますが、これは500平米の戸建で、赤羽の集合住宅の全体の延床面積と同じくらいですから随分落差がありますね。初めは8つの住戸があるブロックを設計するという夢のようなプロジェクトだったのですが、現実には一戸しか建たないかもしれません。ここでは表面積が増えていく襞の原理を、種みたいに植えたらどうかと考えました。コーヒーカップにその種を注ぐと、アフロヘアみたいになっちゃうような感じです。それを住宅に注ぐとどうなるか。系統樹をつくるように変種をつくって、それをそれぞれの敷地に植えるというイメージでした。一個の平面からボールのような形をつくったり、ラッパのような形をつくったり、いろいろな方向に変形させていくことができるので、敷地の条件や地形、周囲との関係をうまく拾っていくことができます。まさに植物が周囲の環境のなかで育っていくのと同じです。
豪邸なので機能が複雑ですが、仮にパブリックとプライベートなゾーンに分けました。そのあいだを分けるサーフェースを襞にしていくと、ゾーンが分岐していき、プライベートなゾーンにパブリックなゾーンが貫入していき、さまざまなゾーンができていく。
実際にはこの原型を襞にしていきます。襞も一つのサーフェースなので、必ずそのなかのスペースは連続するようになる。[fig.7]これでほとんど全ての部屋の関係性が解けます。脳のような形のなかにさまざまな分岐ができ、場所がつくられます。それを丹念に一つひとつ形に置き換えていくだけで設計ができます。コンクリートを使い、ほとんど平面で、円錐面を組み合わせてつくろうとしています。
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- fig.6 《architecture farm》提供:平田晃久建築設計事務所
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- fig.7 《architecture farm》ダイアグラム 提供:平田晃久建築設計事務所
《Tree-ness House》
東京でやっているプロジェクトです[fig.8]。幹と枝と葉っぱのようなシステムを、ボックスを積んで襞の開口を開け、そのまわりに植物を植えるという三段階構成でつくります。ボリュームの関係性をボックスを積むことによって解いています。そして開口によって内外が混ざりながら人の身体との関係性をつくり、そこに木を植えていくことで、建物が呼吸する一本の木のようになる。上に施主住戸があり、下が賃貸の住戸やギャラリーになります。一本の木をシェアするような集合住宅になると良いと思います。-
- fig.8 《Tree-ness House》提供:平田晃久建築設計事務所
『20XX年の建築原理へ』《Tree-ness City》(2009)
伊東豊雄さんの声掛けではじまり、山本さんにも見ていただいた《Tree-ness City》[fig.9]です。青山にタワーマンションとは違う成り立ちの住宅の集合によってできた街のような建築を考えました。立体的なパブリックゾーンがつみあがっていきます。《Tree-ness House》の原理と同じで裏と表がはっきりしているので、住居と外部の人が入ってくるゾーンはある程度仕切れますが、連続したものがかみ合っているという関係性が複雑に立体化しています。タワーマンションでは、下階でパブリックとプライベートが完全に切れているものですが、ここではそれらは混ざり合います。街や道路や空き地や庭を全部巻き込んで立体化する状態をどうやったらつくれるのかを考えました。-
- fig.9 《Tree-ness City》提供:平田晃久建築設計事務所
このように、いろいろなことをやっていますが、一戸の住宅をつくるなかにもすでに共有という概念が入ってきます。集合住宅ではそれがさらに明確になり、都市ともつながっていく。戸建でも、集合住宅でも根は同じところにあると考えています。
門脇──ありがとうございました。大変面白いお話でした。見せていただいたものに共通しているのは、なにか一つの原理を発見して、その原理で全てに対応していく、物理学者のようなスタンスでした。さまざまな状況を有機的に取り込みながら、そのなかに建築家の持つ空間性のイメージを実現されていたと思います。一方で、最初に山本さんからお話いただいたファンドのような民間資本による住宅供給など現実的な問題もあるので、それとこうした空間の構築方法との関係についても、後ほど議論したいと思います。 続きまして長谷川豪さんにプレゼンテーションをお願いします。
プレゼンテーション2:長谷川豪
長谷川──長谷川です。よろしくお願いします。今日は二つお見せします。この春に竣工した《練馬のアパートメント》と、山本さんと一年間研究会をして考えながらつくった『地域社会圏モデル』(INAX出版、2010)[fig.10]のプロジェクトです。-
- fig.10 『地域社会圏モデル』(INAX出版、2010)
《練馬のアパートメント》(2010)
大江戸線のある駅のそばに建つ賃貸集合住宅です。大江戸線というのは2000年に全線が開通したのですが、この建物の東側がバス通りで、大江戸線ができる前はあまりぱっとしない通りでした。しかし大江戸線が開通したことで新宿まで15分程度でアクセスできるエリアになり、この10年ぐらいで集合住宅が建つようになった。おそらくこれから集合住宅の街になっていくエリアです。周囲にはだいたい6階建てから7階建てぐらいの集合住宅が並んでいます。もともとこの土地に住まれていたオーナーさんが最上階に住み、下階に賃貸をいれるというプロジェクトでした。オーナーさんと、オーナーさんが付き合っている不動産屋さんと一緒にプロジェクトを進めましたが、まず驚いたことに、不動産屋さんから住戸にバリエーションをつくってくれと言われました。周囲の集合住宅が同じような羊羹型の、いわゆるワンルームマンションで、すでに空室が目立っていたそうです。近くにいくつか大学があり、また新宿までのアクセスも良いので、大学生も社会人も入れるエリアなんですね。だから住戸にバリエーションをつくってほしいということでした。僕は自分の事務所を始めてから、戸建住宅や別荘など比較的小さな規模の建物を設計する機会が多く、集合住宅は初めてだったのです。そのせいもあって、集合住宅と戸建住宅の違いをすごく感じました。一つは集合住宅には共用部がある。動線や避難といった問題を解決するために、階段や廊下、バルコニーなどの共用部を設計しなくてはいけない。集合住宅ならではの要素である共用部に何か提案をしたいと思いました。
もう一つは規模の問題です。当たり前ですが、住宅と集合住宅では規模が違います。規模が大きくなると大きなボリュームの一部しか経験できないということになる。自分が所有できる外壁、外部と接する面が、小さな建物と比べると減ってくるので、外部が遠くなることがとても気になりました。特にこれら二つ、共用部と外が遠くなるという、戸建住宅との違いを意識しながらこの集合住宅を設計しました。
周囲とほぼ同じ規模の7階建てのボリュームのなかに20戸の賃貸が入ります[fig.11]。僕が目をつけたのはバルコニーでした。周囲のワンルームマンションは典型的なもので、北側の片廊下、南側にバルコニーをつくり、そのバルコニーを物干し場、室外機置き場、避難経路にしているというものでした。そこで僕は、もっといろいろなバルコニーを用意してみたらどうか、あるいは賃貸でも気持ちいい外部空間をつくれないだろうかと考えました。そうすることで、部屋のバリエーションや外部からの遠さに答えられるのではないかということを期待したのです。バルコニーは通常、建物の付属品のようについていて、スペースとして一人前の存在ではない。それを一人前の存在として住人に提供してみるという試みでした。
いろいろ検討して最終的には4種類のテラスのタイプをつくり、それを組み合わせました。それぞれについて説明します。トールテラスというのは縦長のテラスです。メゾネットの隣に縦長の外部空間をくっつけてやる。これは、2階建のメゾネットで、1階がダイニングキッチンで、その向こう側にテラスがあります。テラスは4畳ぐらいですが、上階から見下ろすと自分のテラス越しに街を見下ろすことができる[fig.12]。自分の部屋の窓越しに直接都市空間があるのではなく、ちょっと非日常的な、普通の住宅にはないスケールの、部屋以上建物未満のような空間を介して、自分の身体感覚を外側に拡張していく。下から上に空を見上げることもできます。さらに大きい3階建ての、天井高8メートルの吹き抜けをもつ外部空間もあり、1階がダイニングキッチン、2階が水回り、3階が寝室になっています。
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- fig.11, fig.12 《練馬のアパートメント》提供:長谷川豪建築設計事務所
それからこれはL型テラスといって、建物の角に計画しているタイプ[fig.13]で、共用部からテラスを経て住戸に入るようになっています。共用部に自転車を置いて、ぐるっと回って、反対側にお風呂があります。その内側に住戸がある。自分のスペースの外側にぐるっと外部空間があり、なかから見ると街を見渡すようなインテリアになるわけです。
それから、これはロングテラスタイプ[fig.14]で、ダイニングキッチン、ベッドルーム、水回りを一列に並べるという、わりと単純なプランですが、常に自分の隣に、ひらべったくて細長い外部空間がついているというタイプです。
それからこれが最後の、中庭テラスタイプです[fig.15]。部屋と部屋のあいだに水回りとテラスをセットにしたようなものをつけています。部屋から一度外に出て奥の寝室に行くような感じです。
こんなふうにさまざまな外部空間を居室に併置することで、街や外部環境の感じ方のバリエーションが各住戸に与えられています。賃貸には選べるという楽しさがありますが、この集合住宅は、不動産情報の間取り図から選ぶというよりは、どちらかというと土地さがしをするような感覚に近いと思います。周囲の外部環境との接し方を含めて選べるというのが楽しいなと。また、さまざまな形のテラスが組合わさって避難経路にもなっていて、3層と2層の吹き抜けテラスは縦の避難経路になってたり、L型テラスは、ぐるっとまわって下りられるようになっていたりします。
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- fig.13 《練馬のアパートメント》提供:長谷川豪建築設計事務所
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- fig.14, fig.15 《練馬のアパートメント》提供:長谷川豪建築設計事務所
《地域社会圏モデル──新宿山》(2010)
山本さんを中心に中村拓志さん、藤村龍至さんと僕で1年間の研究会を経て出版した『地域社会圏モデル』に出したプロジェクトです。山本さんの「地域社会圏モデル」のコンセプトをもとに、僕らがそれぞれのアプローチで考えるというプロジェクトで、僕は西新宿に《新宿山》というプロジェクトをつくりました。西新宿は、超高層の隣に、2階建ての木造密集地が広がるという非常にユニークなエリアです。もともと僕は東京に見られるような異なるスケールの衝突が面白いと思っていたので、西新宿で1ヘクタールに400人が住むという設定で、自分がどういうことができるのかを考えてみることにしました。2階建ての屋根が並んでいるところに、山のようなシルエットの巨大な大屋根をつくる[fig.16]。一辺100メートル角ぐらいの巨大な大屋根です。ここにどーんと超高層をつくって、まわりをオープンスペースにするより、この《新宿山》の方が環境になじむではないか。隣の木造密集地から、裏に裏山ができたくらいの感じで受け入れられるようなボリュームを考えたのです[fig.17]。いろいろな屋根の形のスタディもしました。-
- fig.16, fig.17 《地域社会圏モデル──新宿山》提供:長谷川豪建築設計事務所
そのとき、問題になるのが中央部です。ボリュームを決めたはいいが、なかが余るんですね(笑)。巨大なアトリウムにするのも良くないような気がして、なかなか決められなかった。あるとき、新宿区にはごみ処理場がないということを知りました。年間1億円ぐらい払って、江東区などの他の区で処理してもらっているそうです。それに対して内外から批判も出ているのですが、新宿区にはまとまった土地がなく、またすでに密集していることから公害が問題になるため、ごみ処理場がつくれないという事情がありました。そこで新宿区にいますぐにごみ処理場をつくれるような新しい技術がないかを調べたところ、東工大の渡辺先生という方が、プラズマを使ったごみ処理を研究していました。それはカナダなどでは実用化されているそうで、いままでのごみ処理との違いは燃焼温度です。プラズマ分解は非常に高い温度で瞬間的に分解するので、水素を取り出せ、その水素を燃料電池として使うことができる。ダイオキシンなども発生せず、クリーンなごみ処理ができ、かつエネルギーも得られるという、一粒で二度おいしいごみ処理方法なのです。
渡辺先生に規模も考えてもらい、具体的には新宿山から半径2キロメートルぐらいのエリアのごみ処理をまかなえるようなプラズマごみ処理施設を建物中央につくりました。そうするとエネルギーも使えるし、まわりの人もうれしいわけです。僕が面白いと思ったのは、ごみを介して、この建物がその周囲とかかわりをもつということでした。ごみ処理施設を内蔵することで、集合住宅がそこだけで完結しない。周囲からごみを出してもらって、そのエネルギーで自分が生活するというふうに、周辺の都市に対して、もちつもたれつの関係になるところが、いままでの完結した集合住宅のあり方と違う。都市のインフラを内包すると、都市のなかでの集合住宅の存在感、存在理由も変わってくるのではないか、という提案です。
あとは斜面にどうやって住むかということを考えました。斜面に雛段状にレンゾピアノの事務所みたいに住んだり、洞穴状に掘っていったり、斜面に寝転がったり。また熱を利用して山頂に温泉をつくっています。新宿の街を一望できるカルデラ温泉で、サラリーマン達が一日の疲れを癒す[fig.18]。そんなプロジェクトをつくりました。
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- fig.18 《地域社会圏モデル──新宿山》提供:長谷川豪建築設計事務所
門脇──楽しいプレゼンテーションをありがとうございました。賃貸住宅は、どんな人が住むのか予測不可能ですから、そこにバリエーションをつくる原理を発見するのはなかなか難しい。その問題に対して、むしろ外部の方にバリエーションの理由を求めた《練馬のアパートメント》の方法は、非常に可能性があるなと思いました。また《新宿山》では、まず象徴的な全体形をつくり、そのなかに事後的に集合的な定義を与えていくというやり方をされていますが、そのときに都市に対して集合住宅が完結せず、都市とやりとりをする回路が生まれてきたということは、大きなヒントになったかなと思います。それでは最後のプレゼンテーションです。成瀬猪熊建築設計事務所の成瀬さん、猪熊さんお願いします。
プレゼンテーション3:猪熊純
今回僕らは「集まって住む」というタイトルをつけて、シェアハウスの提案をしています。最初に、なぜシェアハウスというまだまだマイナーな建物を提案しようと思ったかについて、ご説明します。私たちはプロジェクトを通してたまたま、シェアハウスの面白さを発見していきました。シェアハウスの事業計画
この高層型のプロジェクト[fig.19]は、実際に動いているものです。最初はお施主さんから、共同住宅の設計の依頼を受けました。1000平米くらいで、私たちにはかなりの大きなプロジェクトだったので、これは面白いモノにしてやろうと、最初はかなり思い切った提案をしました。しかし事業計画が合わない。その後、3回やり直しをして、3回目でも収支が合いませんでした。面白味のない、一番安くできるものを考えましたが、それでも合わなかった。-
- fig.19 《シェアハウス 高層型》提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
そこで半信半疑でシェアハウスの図面を書き、シェアハウスの事業計画を出してくれる会社を探して、協力して頂きました。そうしたところ、3回目の共同住宅よりもかなりいい事業計画が出てきた。最初はまったく知らなかった住形態でしたが、なんとか成り立たせたいと考えるなかで、建築としても面白い提案ができるのではないかということを発見したわけです。
実際に何が違うかを説明します。普通の共同住宅には居室とお風呂とトイレがあって、ミニキッチンがついていますが、シェアハウスの個室のなかには基本的に水廻りがありません。そのかわりに共用部にトイレ・シャワーブース・洗面があり、7、8人で共有します。そうすると、面積上、他6〜7個分の水回りが丸々余るわけです。さらに、キッチンも共有できますので、仕様の高い業務用のキッチンを置いて、かなりしっかりした料理ができます。それでも結果的に面積が余るので、共有のリビングのようなものをつくることができるわけです。これはちょうど、7〜8人が住む住宅みたいなものと見えなくもないのです。
高層型で具体的に見てみましょう。共同住宅には、共有部は廊下とエレベータ、エントランスくらいしかない。個室にはそれぞれに水回りが入るので、全体の面積1060平米のなかに、戸数は30戸。それをシェアハウスにすると、水回りやキッチンを個室の外に出してしまうので個室が小さくなり、869平米に戸数は41戸入ります。つまりシェアハウスでは面積が減り、住戸は増える。一戸当りの賃料は大体一緒なので、うまく設計すると1.5倍くらいは儲かる。しかし、ただ儲かるからいいでしょうというだけでは面白くないので、設計をしながらいろいろなことを考えています。
シェアハウスというビルディング・タイプ
簡単な統計から、集合住宅をめぐる最近の状況をまとめます。賃貸住宅の累計の部屋数の増加を表したものです。[fig.20]累計なので、減っている分は入っていませんが、それを差し引いても人口の増加率よりも早いスピードで伸びています。基本的にもう賃貸住宅はいらないという時代になっています。さらに1970年代からワンルーム賃貸というものが急増します。現在では日本全国の約1/3の賃貸がワンルームです。家族よりも個人が優先する住まい方が増えています。ただこのとき、ワンルームがただ連なるだけでいいのだろうかというのが僕らの疑問です。-
- fig.20 提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
これをもう少し図式的に表現します[fig.21]。左が普通の家族で、個が一つの纏まりのなかに入っている状態です。真ん中は個が纏まりの外に飛び出ている状態です。その先には、どういう住まい方があるだろうか、というのがテーマです。そしてその答えの一つとして、シェアハウスは非常にラディカルにそれを解決するのではないかと考えるようになりました。黄色い部分がシェアハウスのイメージです[fig.22]。家族などたくさんの纏まりが個人を取り巻いていますが、家族ではない側で住んでもいいのではないか。出入りが自由で、拠り所となる纏まりが、さまざまな場所に存在するような、いま求められている住まい方だと思います。そして実際、シェアハウスは急激に増加しています。
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- fig.21 提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
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- fig.22 提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
新築のシェアハウスはまだほとんど建てられていません。リノベーションが大半を占めるなか、なぜ私たちが新築に興味を持ったのかについてもお話したいと思います。現状の改築でのシェアハウスが、どういうビルディング・タイプを改築しているかを示したものです[fig.23]。横軸が規模、縦軸が棟数です。シェアハウスを改修でつくる場合、戸建を改修して規模の小さなものをつくるか、寮や社宅を改修して比較的大きいものをつくるかの2種類がほとんどです。またマンションの個室だけを改修する、アパート全体を改修する方法もあります。興味深いのは、アパートや戸建は日本中にストックがあるのに対し、寮と社宅は、それほどストックが無いのに、これだけシェアハウスにリノベーションされています。つまり大きいシェアハウスをつくるには、もともと少ない寮や社宅が市場に出回るのを待つしかない。そこで、大型のシェアハウスを新築する意味が出てくるわけです。
今回の展覧会では、高層型と低層型[fig.24]の二つの新築を展示しています。都心では高層型、郊外では低層型の対照的な提案しました。この二つはボリュームの感じが違うので、それぞれまったく別の設計をしているようにも見えますが、共通して考えていたところもあります。
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- fig.23 提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
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- fig.24 《シェアハウス 低層型》提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
まず大切にしたのは、リノベーションされた建物とは違うものをつくりたいということでした。寮のリノベーション型は、ほとんど同じ設計です。1階に共用部があり、階段室と片廊下を通って部屋にアクセスします。1階は共有スペースですが、上に上がると普通の集合住宅と変わりません。私たちはもうちょっと全体の空間を感じられることを心がけました。まずアクセスの問題は、高層型にはエレベータが必要ですが、なるべくエレベータとは関係なく個室からすぐに共用部に出られるようにしました。共用部はいろいろな所に散らばっているので、長い廊下や階段を通ることなく、自分の部屋の続きとして共用部を使いこなせるようになっています。共用部に部屋から簡単に出てくることができますし、共用部に向かって窓が開いているような場所もあります。低層型のほうも同じで、階段を降りてすぐに共用部があるという設計をしています。シェアハウスはもともと室内にあったものを外に出したという形のビルディング・タイプですので、個室と共用部に距離があると、居間と個室がすごく離れた一軒家みたいになってしまう。だからなるべく簡単に行き来しながら使うのが相応しいはずで、そういうことを考えてこの構成をとりました。上下を行き来しながらさまざまな性質の自分の居場所を、選び取りながら暮らすことができます。
もう一つ大事なのは、纏まりを何重にも設定することです。例えば高層型では、シャワーやトイレ、洗面所のように生活するなかで毎日必ず使い、緊急に必要になることも多いものに関しては、各層に設けています。一方で、集まると効果を発揮するものに関しては、少し数を減らして、大きな纏まりをつくっています。キッチンやダイニングは3層で一つ、14人ぐらいで共有します。一方で、クラスタが完結していてツリー状の構成になってしまっては面白くないと思ったので、最上階には全員が集まれるような大きなテラスをつくりました。
低層型でも階段室を囲む纏まりのようなものが存在します。供用部は全フロアがワンルームになっているので、それを生かして全体を大きなリビングのようにしつつ、キッチンエリアやダイニングエリアやラウンジエリアがあり、細かく場所ごとに性質の違うスペースを設けています。ですから、「キッチンの上に住んでいる人」や「ダイニングの上に住んでいる人」のように、下の共用部の機能が個室の性格付けに生かされたりもします。
高層型では、2層分吹き抜けのダイニングキッチン[fig.25]や、最上階の快適な広いテラスがあります。また低層型では、1階の広い共用スペースのなかで食事をしたり、ライブラリースペースがあったりと、場所が連続するなかに思い思いにスペースを見つけることができます。[fig.26]そして全体としては、公私が絡み合って、それ自体が都市のような様相を呈している。人が集まったり離れたりということが建物内で起こります。この二つのシェアハウスは、まったく別の形をしていますが、似たようなものを目指しているということが言えると思います。
新築のシェアハウスというのは、多様化する社会の要請に答える新しい住み方であると同時に、それを経済的にも普通のワンルームマンションより良い形で成立させることができる。またそれが住空間としても新しいモデルになると言えるのではないかと思っています。
シェアハウスは、まだせいぜい1万室くらいしか存在していないですが、今後はもっと増えるでしょう。かつて50年代に建築家が集合住宅のモデルを提案していたように、シェアハウスをモデルとして提案する必要があるのではないかと考えています。
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- fig.25, 26 《シェアハウス》内部 提供:成瀬・猪熊建築設計事務所
門脇──ありがとうございました。後半の議論では、新築のシェアハウスが果たしてこれからの社会のあり方に迫りうるものなのかどうか、また、新しい社会の枠組みに答えられる空間形式に到達しうるものなのかどうか、そういったことも議論できればと思います。まず山本さんにプレゼンテーションの感想をいただきたいと思います。
ディスカッション:
住宅を変えていくための方法
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- 山本理顕
ところが、いま、その「一住宅=一家族」の住み方は壊れてきている。先ほども猪熊さんがおっしゃっていましたが、一つの住宅に住んでいる家族がますます少なくなっている。にもかかわらず民間ディベロッパーはそういう形の住宅しか供給していないし、日本のシステムはいまだに世帯を中心に回っているわけです。しかし東京23区内では世帯の人数が平均で2人です。そういう実態のなかで家族を一つの単位として住宅をつくっていくのは非常に危うい、というかもう無理です。そういうことを多分皆さんも考えていると思います。
平田さんの台湾の豪邸くらい大きくて自由にコントロールできると、空間の提案や住み方の提案にいろいろな自由があると思うけれど、例えば20平米で家族が住むとなると非常に難しい。またそれが一つのユニットになって、ユニットの足し算で集合住宅ができているとなるとかなりつらい。建築家たちは皆つらい。そこでじゃあどうすれば新しい提案ができるかを考えている。成瀬・猪熊さんはシェアハウスという形で「一住宅=一家族」を壊すような提案をされていると思う。長谷川さんは都市に対してどう関わっていけばいいのかを発見している。インフラと一緒にそれを考えたとたんに、周辺と関わらざるをえなくなっている。その関わり方をどうするかが、われわれのテーマになっていると思います。いまの閉塞した状態を打開する鍵はわれわれの側にもあるわけですね。51Cのモデルが未だに生きていて、いまの商業的なマンションができている。そういうつくられ方に対して、どうするかが大きなテーマになっているように見えます。
今日はそういうことを話すことができる非常に面白い機会だと思います。先ほど平田さんは建築の新しい考え方や試みについて話してくれたけれど、その試みと新しい住まいやつくられ方はどのように関わっているかというところまではなかなか話せません。一方で新しい生活の話をすると、空間の話になっていかない。その間がなかなか埋まらないのです。
門脇──ありがとうございます。設計は経済を無視しては成り立たない。それを前提にしたうえで、いままでのつくり方を乗り越えていく方法を探っていく必要があるのだと思います。平田さんは、いま山本さんがお話しされたような枠組みにはあまり自覚的でなかったとおっしゃっていましたが、実際の建築の提案は、いままでの家族の考え方を超えたものになっている。しかもそれが空間的な提案としてあらわれています。山本さんから「解体された家族」「標準的ではない家族」に対応した空間の方法という大きな課題を頂きましたが、それに関してどんなことをお考えでしょうか。
建築のあらわれ
平田──家族の問題もありますが、僕は「個」というものをどうとらえるのかが問われている時代だと感じています。その一つの展開として成瀬さん、猪熊さんがやられていることがあるのではないか。シェアハウスは社会的要請もあって、面白いのですが、僕は「個」としての建物をどう考えているのかを聞きたいです。シェアする入居者には空間が共有されていたとしても、外に対してはどういう設定がされているのか。成瀬さん、猪熊さんの案はニュートラルな四角いボリュームでしたが、高層のものはどこに建つのかがある程度決まっているのであれば、その場所に対する働きかけがあるべきだと思います。一方低層はモデルなのかもしれないけれど、その周辺に暮らしている人にとっては駅から住宅に至る経路全てが住宅であると言ってもおかしくないわけです。そのときに「個」とは何かと考えると、ある見方で見たときに見えてくる纏まりのことだと思います。その纏まりは、必ず「あらわれ」を持つと僕は思っています。その「あらわれ」は、もう一つ上にある纏まりとの間にある何かだと思います。そういうことを考える必要があるのではないか。それが共有することの意味ではないか。「新建築」(2010年8月号)で長谷川さんと話したときに、僕が外形と言ったので、長谷川さんには形の問題だと思われていたようなので、いまは「あらわれ」と言うことにしました。形の問題を超えたある纏まりとしての「あらわれ」を考えるべきです。建築家はシェアハウスという纏まりがどのようにあらわれるのかを考えなければいけないのではないでしょうか。長谷川──シェアハウスの枠組みを考えなおし、新築を提案するという試みに興味を持ちました。さきほど猪熊さんがシェアハウスのビルディング・タイプが確立されていないと言っていましたが、僕もその通りだと思います。 ただその一方で、今回の案では個室群型のビルディング・タイプをそのまま採用しているところが気になりました。学校や病院やマンションも同じタイプですが、個室群を並べ、共用部は大きくとって、その二つを移動して利用するという個室群型は効率がいいわけですが、そうした20世紀のビルディング・タイプを無批判に受け入れていいのかというところに少し疑問を感じたのです。新しいビルディング・タイプを期待しますが、いまの段階ではリノベーションのようにも見える。もしかしたらそこは何かできるのかもしれません。 もう一つはシェアハウスと集合住宅で一番違うのは住む人を選ぶということですよね。シェアハウスは誰でも入っていいというわけじゃない。恐らく入っていい人と入れない人という切り分けがあると思う。どういう人が住むのかが問われ、また住人同士のお互いの顔が見えているということにはいろいろな可能性があると思います。例えば僕の《練馬のアパートメント》も平田さんの集合住宅も誰でも住めるように、ワンルームマンションの枠組みの延長でつくっているところがあります。賃貸というのは基本的に全てそうです。でもシェアハウスには違う可能性がある。そういうことを考えるきっかけになったのは『地域社会圏モデル』で、伊東さんからこの案は誰が建てるのか、どういう人が住むのかをしきりに聞かれて、それは多分これまで集合住宅であまり問われなかった問いではないかと思ったんですね。いままでは不特定多数に対して住宅を大量供給していればよかったんですが、どうやらそれはおかしいということにみんな気付き始めている。そういうわけで、誰が住むのかが問われるビルディング・タイプとしてのシェアハウスに可能性を感じました。この可能性に対して、建築・空間からどういう提案ができるのかを考えてみたいと思いました。
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- 平田晃久、長谷川豪
中間集団をつくる必要
門脇──ありがとうございます。平田さんはまず建物の全体性について質問してくださいました。成瀬・猪熊の提案は全体性を欠いているのではないかというお話でした。実は断面をみると、高層タイプは三層クラスタになっているのでいくらでも上に積んでいくことができて、一方で二層の木造タイプは中庭から採光をとっていますので、平面的にいくらでも拡張可能で、つくり方としても全体性を欠いている。全体性を欠いたものがわれわれの提案だというような宣言にも見えましたが、そのあたりのスタンスについて成瀬さん、猪熊さんからお話いただきたいと思います。平田──ちょっと補足します。シェアハウスを説明するときに、せっかくだから大きな文脈のなかでその良さを語るべきだと思う。ディベロッパーは「個」としての建物のなかでの収益を目指します。確かにシェアハウスの収支は合理性を持っているけれど、それだけでは建築の話にはならない。もっと広い視野にたって、何が良いのかを問わなければいけないと思います。
門脇──ここで長谷川さんのお話を確認しておくと、成瀬・猪熊はビルディング・タイプを提案すると言いながら、シェアハウス独自の空間形式に到達していないのではないか、ということでした。これについてもコメントをお願いします。
猪熊──いきなりむずかしい質問が来てしまいました。まず「個」としての一つの建築に対してどういうふうに考えているかということと外との連続性についてですね。
シェアハウスは、住み方にいくつかの纏まりが内包されている状態であることが大事だと思っています。そしてそこにどういうアクティビティがまとわりついているかを設定しています。今回の規模は40戸なので、大きいものと小さいものをとりあえず単純な形に落とし込んでいますが、100戸くらいの規模になると大中小が必要になってくるんじゃないかと思います。そのときに一番外側は大きな社会そのものになるので、中間としての纏まりが存在していることが接続の形式ではないかと考えています。
タワー型が20階だったらそのまま上に積むのではなく、たぶんもう一つ大きな纏まりを他につくり、そこが外と接続すると思います。今回も高層型では中間的な纏まりの場所に比較的大きな開口部があいています。また低層型も1階がガラス張りになっていて、共有部が外に開いています。つまり形を意識するというよりは、そのような纏まりを内包することを意識していました。それはどんな大きさにも対応できるモデルだと思っています。
たしかにシェアハウスのビルディング・タイプとしては、まだまだ可能性を掘り起こしきれていませんが、ある可能性を見せる段階までは達しているかなと思います。これからシェアハウスをいろいろな建築家がやり始めたときに、さまざまな可能性が出てくると信じています。これをまず一つ目としていろいろな人に投げてみたかった。設計と分析をセットにすることで、新築そのものの可能性を訴えたいと思いました。
また新しいモデルを考えるときに、近代建築はどこでも誰にでも通用する一つのモデルを求めましたが、いま提案すべきは、ある特定の人に対してのモデルやある地域に限定したローカルなモデルではないでしょうか。今回われわれが提案したシェアハウスは、住人がかなり限定されて、20代後半から30代前半の人たちが入りやすいようになっています。住人を限定することでモデルにリアリティを出しています。
ここで平田さんに聞いてみたいのは、提案する対象のイメージを持っていらっしゃるのかどうかということです。
門脇──シェアハウスは、中間的な纏まりがあることが重要で、その中間的な纏まりを介して社会ともつながっているということですね。先ほどのベン図が重なったような図がその空間構成をよく表していると思いますが、あれはまさにアレグザンダーのセミラティス構造のモデルです。そのような空間構成がモデルになりうるのでは、ということでした。加えて、ターゲットはもはやアノニマスな存在ではない。多様なターゲットのどこかに絞ってモデルを提案する必要があるというお話でした。
一方平田さんは、世界に潜んでいる基本原理を見つけて、それがいろいろなことに対応し、解決していくという方法をとられているので、その方法が如何に特定のターゲットと接続するのかお聞きしたい、という質問ですね。
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- 猪熊純、成瀬友梨、門脇耕三
内と外のつながりをデザインする
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- fig.27 『暗黙知の次元』(筑摩学芸文庫、2003)
僕には長谷川さんの《練馬のアパートメント》にもそれが無いように見えるのです。長谷川さんは「都市と連続することを考えていた」と言いますが、それはリテラルな接続ではないですか、とお話したことがあります。
マイケル・ポランニーという人が『暗黙知の次元』(筑摩学芸文庫、2003)[fig.27]という本のなかで、世界は階層構造になっていると書いています。音素があったら、その上位にあるのは単語としての纏まりで、その単語がさらに文になる。そして文としての纏まりがより上位の文学作品のような纏まりになっていく。そのとき、下位の纏まりをつかさどる原理からその上の纏まりを説明することはできない。その上位の纏まりが発生することを創発と言い、順次創発して階層があがっていくような構造があるわけです。
建築においてそういう階層構造がどのようにとらえられるのかと考えると、あるレベルでの「あらわれ」が重要になってくると思います。それは建築だけでなく、都市や生態系についても言えるでしょう。20世紀においては国際社会が一番大きな共同体の括りだったかもしれないけれど、21世紀においては恐らく生態系までを含め、生物全体を共同体としてとらえる必要があるのではないか。そのときに一つの階層構造としてとらえられるような構えをどのように設定するかが重要です。集合住宅という一つの住む纏まりをつくっていくことの根底にこのような考え方があります
誰に向かってつくるのかは重要だと思いますが、対象に対して形が決まっているという一方通行が良いのかどうか。現実には僕らの仕事は依頼され、ある条件の下で設計を始めるわけです。だから賃貸かシェアハウスか分譲かということを決める段階からはなかなか関われない。しかし、それに対して必ずしもネガティブになる必要はなく、依頼に対して建築的にどうアプローチできるのか、とポジティブに問うても良いのではないか。要するにどんな場合でも成立するニュートラルなモデルである必要はない。
僕が「一つの考え方から全てを説明したい建築家」と思われているとしたらそれは誤解で、本当は階層構造をなす世界のもっと大きな成り立ちみたいなものに接続するような考えを獲得したいと思っているのです。生物が進化して変種ができるように、建築がもっと豊かな絡まりになっていくと良いのではないかと思います。
山本さんに伺いたいのですが、ソウルの集合住宅(《ソウル江南ハウジング》)[fig.28]のコンペ案を拝見して、そこでの暮らし方とセットにして纏まりを問うていくというところには凄く感銘をうけました。しかし一方で街としての纏まりに対する単体の建物の「あらわれ」についてはどういうふうにお考えなのかをお聞きしたいのです。今日は僕だけが四角派じゃないので、形勢が不利ですが(笑)、外形や外観だけを主張したいのではないのです。
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- fig.28 《ソウル江南ハウジング》提供:山本理顕設計工場
成瀬──リテラルなつながりとはどういうことですか。
平田──実際に開口が開いていて外を感じられるというのは、文字通りのつながりですよね。一方で、一つの建築の外形が街のなかで占める位置づけが見えてくるのは、建物と個室や建物とまわりの街並みや、外の地形などの少し大きな広がりとの段階的な構造のなかで、建物がどう位置づけられているのかという連続性です。猪熊さんが中間が存在していると言ったのは、ある意味では後者のような構造的な連続性ですよね。
リテラルなつながりというのは、前者の現象としての文字通りの特性です。もちろん、それはそれで問題系をはらんでいるとは思いますが、それだけではないんじゃないかと考えているわけです。
成瀬──私たちが高層型を設計するときに考えたのは、大きな建物にぷちぷちと小さな窓が開いているだけだと個室がわーっと入っているだけに見えてしまう、そのスケール感が嫌だということでした。普通のああいった規模のビルにはあかないであろう大きなスケールの窓を入れることで、外の状況と建物を連続させていくことを考えていたのかもしれないです。
猪熊──そうですね。あともう一つ、そうした連続性もディベロッパーが決めた与条件のなかで動いている状況ではあるので、状況そのものを超えようというようなスタンスでいるようなところがあります。現実に、使われ方のまったく違う建物を社会に生み出すことは重要だと思っています。
門脇──長谷川さんはこのあたりについてどうお考えですか。
長谷川──まず僕は今日の《練馬のアパートメント》のプレゼンテーションは、半分は平田さんに対して見せたところがあります。以前、平田さんに《練馬のアパートメント》の箱形の外形について「新建築」で疑問視されました。確かにあのときはシンボリックな外観写真が多かった。今回は1枚目で集合住宅が並ぶ通りに建っている状況、この街での建ち方を見せたかったのですが、伝わらなかったでしょうか。僕は四角い建物は割と好きですが、それしかつくらないというわけではありません。練馬ではあの状況下で相応しい形、「あらわれ」を目指したということです。
僕が平田さんと違うところは、集合住宅の特性に向き合いたかったということだと思います。集合住宅は個室が大きな全体のなかの部分になるので外部から遠くなる、あるいは複数のプライバシーの束になっているため、リテラルに開くことが凄く難しいビルディング・タイプだと思うのです。だからむしろリテラルに開くことに大きな意味があると思った。そこを諦めないで、挑戦したかったのです。
そして、その開くということについて、シェアハウスにはさらに違った可能性があるように思います。そこでもう一度、成瀬・猪熊さんに聞きたいのですが、たぶんシェアハウスって「40LLLDDDKKK」ではなくて、むしろ欠如体の集まりというか、まわりの都市環境をもっと利用するようなビルディング・タイプなのではないでしょうか。例えば小学校の放課後みたいに、ある時間になるとばーっと個室から出てきて、街で食事したり風呂に入ったりするようなあり方がありえる。あるいは逆に、シェアハウスはそもそも完結していないから、先ほどお見せしたプラズマゴミ処理施設のように周囲の都市との関わり方を問いなおす提案ができるビルディング・タイプのような気がします。一つの箱のなかで完結してしまうと、シェアハウスの可能性を少しつぶしてしまっているように見えるんですね。
門脇──平田さんのお話ともつながりますが、内部が外部に対してどのようにあらわれるのかという問題は、シェアハウスの場合、もっと物理的なレベルでも起こりうるというお話ですね。
猪熊──物理的に人が外とどう関わるかということですよね。シェアハウスでは風呂は全部シャワーです。理由としては回転率を上げるためだと思います。そうすると実際にすぐにでもありえるのは、周囲の風呂屋を使う率が上がります。でもそういうことが逆パターンで起こったら面白いですよね。外の人がなかの何かを使うのが大事になってくると思っています。共有のキッチンがカフェを兼ねていて、外の人も食べにくるような接続をつくっていけると、閉じないものができるのではないか。
四角くて完結したように見えますが、それは一方でモデルでありたいと考えているからです。実際には敷地とか法的な制約を含めて、縦横高さは調整することができるので、同じ40戸入っていても分棟にした方がいいだろうとか、そういうことは起こりうるんですが、その前提となるモデルとして、ふさわしいのはこうではないかという提案をしました。
門脇──一連の議論に関して山本さんからもご意見を頂きたいと思います。
インフラから考え直す
山本──平田さんが言われた建築のアピアランスをどう考えるかという問題。もう一つはシェアハウスに住むのは何者なのかという問題。誰に向けてつくっているのか。また中間的な集団の話と、都市にどう向き合うかという話がありました。最初の成瀬・猪熊さんのプレゼンで、集合住宅にすると、30戸の住宅群で全体は1,060平米になり、シェアハウスにすると、41戸の個室群で869平米になるというお話がありました。この41戸で869平米の個室群をつくる場合はどういったオペレーションをするかが問われているわけです。30戸で1,060平米の個室群の場合は水周りもキッチンもそれぞれの個室のなかにあるので、相互に関係する必要がない。つまり、特別なオペレーションがいりません。それがいままでの日本の集合住宅です。
集合住宅にはそのオペレーションをどうするかという大問題がある。特別なオペレーションを避けるために全部標準的な住宅にして、標準的な個人や家族しか集めてこないということですよね。障害者も子どもも高齢者もいないような集まりにすればオペレーションは単純化されます。それはいわば資本の論理で、市場経済のなかではそれが最も効率がいい。そこが大問題だと僕は思います。さきほど高齢者向けのシェアハウスもありうると言っていましたが、オペレーションを考えるとそれはありえないと思う。自分のことを自分でできない人が入居したら、それは特別擁護老人ホームになってしまう。お二人がやっているシェアハウスには非常に都合の良いところがある。でもそれは仕方の無いことで、集合住宅はそもそも都合のいいものだから。問題はそこからどうするかということです。子どもがいるお母さん・お父さんや自分のことができなくなりつつある高齢者たちはどういうシェアハウスに住んだら良いのか。
もう一つの問題は、平田さんが言われたアピアランスの問題。僕はそれをシンボリズムと言い換えることができると思います。この40人が集まる建物は、都市のなかでどのようなシンボリックな見え方をするのか。そこでシンボリックに集まろうとする理由は何か。単に表層的なシンボルなら、屋根瓦を上にのせたりマンションの玄関を飾ったりするわけですよね。
アピアランスと言いつつそれが単に住宅の集合でしかないとしたら、シンボリックな形になる理由がない。平田さんは自分の理論でシンボリックな形を目指そうとはしているけれど、実は平田さんもこのシェアハウスも同じ問題を抱えていると思います。それは僕も迷うところで、《保田窪団地》(1991)[fig.29]では110世帯が入る団地をかなりシンボリックに囲んだ。形そのものにも、あるシンボル性を持たせました。ただ110世帯の集合住宅をこんなふうにシンボリックにつくって良いのか、当時は悩みました。どれくらいの規模だったらいいのか。どのようなプログラムだったらいいのか。そこは両側から考える必要があると思います。
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- fig.29 《保田窪団地》撮影:大野繁
自律した個人はどう一緒に住めるか。また高齢者や赤ちゃんやシングルマザーやよれよれじいちゃんがシェアハウスで一緒に住もうとしたらどういうやり方があるか。オペレーションがさらに難しくなるけれど、僕はそれが重要だと思う。そのときに「これが俺たちの家だ」と思えるようなシンボリズムが必要になる。いままで家族の住宅が担ってきたことをこれからは何らかの共同体が担っていくんだと思います。
僕はそれをM集団と呼んでいます。S集団というのは1人でも2人でも3人でも良い。家族でも良いし高齢者1人でも良い。M集団はその纏まりです。先ほどから話に出ている中間集団は、M集団と言い換えても良いでしょう。日本にはこのM集団が無いことが前提でシステムができています。家族(S)と国家(L)しかないわけです。それではM集団はどんな纏まりになれば良いのか、またどのような建築の形態を持てば都市と関われるのか。S集団の家族だけが集まったマンションは外に開く契機がない。それぞれの住戸が密室のようにつくられているからです。
そこで介護や看護、また交通やエネルギーのようなインフラをどうするかを考え、そこに建築の側からアプローチしたいと考えているのが、「地域社会圏」です。S集団のなかでインフラまでを全て解決するのは無理だから、M集団が重要になってきます。建築の側からM集団のシンボリズムとともにそういった提案ができたらすごく面白いと思う。成瀬さんと猪熊さんの案はシンボリズムを避けているようにも見えました。そういったシステムとシンボリズムについては、同時に考える必要があると思います。
門脇──今日は平田さんからいろいろな作品を見せていただきました。一見全てが同じように全体性をもっているように見えますが、《house S》は単体のスペースが常に全体と関係づけられているというお話をされていました。また《イエノイエ》は家族の人数分だけ屋根があるということでした。一方で集合住宅については、地形ですとか雪ですとか、集団とは違う発想から全体性が決定されていました。山本さんは、その全体性の与え方が集合住宅になるとちょっと苦しい、というお話をされたんだと思います。集団の性格を考えないと、全体を表象する意味が無いというご指摘が重要だったと思います。つまりシンボリズムが出てくるためには、その集団のキャラクターを考える必要があって、シンボルをつくること自体が直接の動機になるというよりは、むしろ集団が社会のなかでどう位置づけられ、何を求めて集まっている人たちかを考えることを通じて、結果としてシンボリズムが必要とされる、というお話だったと思います。
建築とシンボリズム
平田──僕は建築家が人間的な観点で与える意味というものを、ずらそうとしています。どんな建物でもある集合であることは確かなので、集合としての「あらわれ」が、必ずもう少し大きな集合の「あらわれ」として発生する。ですからどのような集合としての「あらわれ」を発生させるかを考えながら建物の「あらわれ」をつくっていく必要がある。赤羽の集合住宅は襞状に入りくんだ赤羽の地形と周辺の小さな屋根がひしめきあう街の見えがかりをつなぐようにあらわれています。同時にそれはとても「いい感じ」のたたずまいでもあって(笑)、実際行くと「つらそう」な感じはまったくないんですね。新潟は普通の戸建住宅や病院が建つ、脈絡の無い茫漠とした環境にありますが、病院と戸建住宅の間のような感じで、意外に周囲になじんでいます。人間が屋根をつくっているのではなく、水の流れが屋根をつくっていると考えれば、建築が違う広がりを持ちうる。シンボリズムに回収されないようなアピアランスを考えていきたいのです。それができれば、もしかしたら山本さんがお話されたような現在の状況を超える可能性があるんじゃないかと思います。山本──平田さんが景観のなかでうまくつくっていることはわかります。でもアピアランスの問題は形の操作だけの問題ではないのでしょうか。僕も《ソウル江南ハウジング》は四角くなっちゃったなあと、かなり悩みました。でも相互に向かいあっている配列そのものをある種のシンボリズムと位置づけてつくっていければ良いと考え直しました。ある集団を表象させることは、建築の役割でもありますから。
長谷川──山本さんは、それでも建築家はシンボリックにつくらなくてはいけないとおっしゃいましたが、本当にそうでしょうか。シンボルは常に求められているのでしょうか。
山本──建築はある表象、シンボルを担わざるをえない。例えば公共建築は地域社会のなかである種のシンボルにならざるをえない。そのときに高層やぎらぎら変な格好の建築をつくればいいわけではない。地域社会型のシンボルをどのようにつくるのかは毎回問われていることだと思います。
平田──僕も建築はどうしても「あらわれ」を持ってしまうと思います。しかしシンボルの側からアプローチしなくても良いんじゃないでしょうか。結果的にシンボルになることもあるかもしれませんが、ただそれは人間的なものの見方に留まる。社会のシステムに抗ってモデル化していったとしても、それは世界の構造を切断しているだけになってしまわないか。「あらわれ」も含めたモデル化になっていなければ、現代のモデルとして有効ではないのではないか。
門脇──ありがとうございます。平田さんは、個と社会というのは連続的なもので、それぞれはその違った発現・様相にすぎないというとらえ方をされていました。一方で山本さんがおっしゃった、集合住宅というのは社会を効率的につくるために、余計なオペレーションを家族に負担させている、という指摘も見過ごせません。つまり、個と社会が連続的な存在であることは明らかですが、そのあるフェーズで、両者が利益相反する他者にもなりえる、というとらえ方です。
山本──本来われわれは社会とともに生きているはずです。多くの他者とともに生きているにもかかわらず、近代国家のなかでは無理矢理家族を1単位として、外からアクセスできないようにしている。そしてさまざまなものを内側に負担させるような運営の仕方をつくりました。これはやはり間違っていると思うんです。
門脇──これからわれわれが考えていくことは、個と中間的な共同体と社会とが相反しない、それらの連続体的なあり方であるということですね。
山本──そうです。
門脇──問題意識は共有されてきたと思います。しかし、その形の与え方がなんなのか。個と社会の連続性のなかで、住宅をどういうふうに空間的に位置づけていくか。そのための方法が違っているということですね。最後に猪熊さん、成瀬さんにこれからどういうところを目指すのか、お話いただきたいと思います。
猪熊──シェアの可能性は、まだまだ提案しうると思っています。今回の展覧会にシングルマザーの方も見に来てくださって「子どもを残して行けるからいい」ということを話してくれました。もちろん現実にそれを成立させるためにはオペレーションが必要で、他の39人がその子どもを大事にする必要があるわけですが。建築とプログラムを両方合わせることで、お互いある程度ケアをしあう共同体のようなものが、昔の地縁とか家族とはまた別の新しい形で構成しうると思っています。この案も中間的な領域をつくったことによって、ファサードにも大きな穴があき、いわゆる集合住宅とは違うファサードが自然にできました。それがこの集団のあり方の「あらわれ」なわけです。今後その可能性を突き詰めていったときには、また違う「あらわれ」を発見できたらいいなあと思っています。
成瀬──今回のシェアハウスで面白かったのは、40人という規模でシェアをすると、管理費で共用部の掃除やメンテナンスをやってもらえるシステムが事業として成り立つことでした。このモデルの場合は掃除だけですが、ある程度の人数が集まることで子どものケアなどのサービスを皆で負担することもできる。これから所得が減っていくような状況のなかで、皆でサービスをシェアすることは有効だと思います。また展覧会を見に来た60代くらいの女性が、1人になったら住みたいわと言ってくださるのを見ていると、こういう住まい方には、リアリティがあるなと思いました。いろいろな住まい方に対していろいろなシェアの方法をまだまだ考えていける、そんな種を見つけることができた展覧会でした。
門脇──個と社会の中間集団をつくるような住まい方を考えなくてはならない。その空間的な枠組みを与える方法を平田さんも長谷川さんも成瀬・猪熊さんもそれぞれのやり方で模索している。一見まったく違った皆さんのアプローチが、そうした問題意識において共通している。この発見は今日の大きな成果だったと思います。ここで会場からご質問を受けたいと思います。
街が人をつくる
会場1──平田さんのお話で、まず個を考え、そこからある纏まりをつくり、そこからできた外形を最後には「あらわれ」という言葉をつかって説明されていたところが印象的でした。 私はシェアハウスというのはずっと前からあった住まい方だと思います。現在の社会の状況のなかでそれがまた新しくできることの意義は、それが自発的にでてきたことだと思います。行政主導で、それに乗って建築家が提案しているのではなく、自発的に一緒に住みたいという人が増えて来ているという状況がある。そこでシェアハウスというビルディング・タイプが持つ世界像を建築家としてどう提案していくのかという問いが、平田さんの「あらわれ」という言葉だったと思います。できたとたんに建築はシンボリズムを持つと山本さんが説明されたわけですが、どうもシンボリズムとは違うところでできてくるものがあるのではないか。平田──僕は、社会や人間の集まりの外側にある秩序に目を向けたい。僕らの意識のなかに入っている他者をもうちょっと外側に設定する必要があるのではないかということを言いたいのです。その水準で考えたときに「あらわれ」、外形みたいなものをどうとらえていくかに興味があります。例えば人間だったら僕が個人であることは当たり前のようにみえるけれど、実際には細胞のなかに別の生き物がいるわけだし、脳のなかで僕が考えているっていうことは無数の考えの集積になるはずだし、個というものをどのレベルで設定するかで「あらわれ」は変わってくる。固定概念に縛られないでもっと大きな目で見れば違ってくる。たまたま人という形をとった纏まりが人型というシンボルに見えている。あるいは屋根も水を流す形が顕在化したものですが、シンボルとして見えるときもある。そのような見方で遡ってもう一つ外側にある秩序や他者を想像したときに、建築をどう考えられるかということに関心があります。それによって21世紀の世界が目指すべき新しい全体像の枠組みを提案できるんじゃないかと僕は思っているのです。
猪熊──シェアハウスにおいて複数の纏まりが重なり合っている状態はそのまま、都市のようでもあります。つまり一つ上位の概念に接続していると思っています。シェアハウスという新しいプログラムを強度をもって提案するために、シェアハウスそのもののタイプをカチッとつくりたかった。
山本──シンボルは必ずしも特異な形でなくてもいい。街のなかに低層のシェアハウスができて、いろいろなアクティビティがあったら、その周囲の人たちは変わると思う。いままでと違うライフスタイルを持った人たちが生活しているわけじゃない。それはまわりの人たちに強い影響を与えます。そしてそこから街のつくり方も変わっていく可能性がある。それをアピアランスと言うことができるんじゃないかと思う。平田さんも単に形のことだけを言っているのではないと思う。
平田──モデル化というのは抽象化だと思います。外部と切り離された抽象化だとしたら、近代的なモデルに留まってしまう気がするんです。
会場2──近年地域コミュニティが崩壊していると報じられて久しいですが、そういった状況のなかでシェアハウスは本当に可能なのでしょうか。建物のなかの共用スペースで仲良くやっていけるのか。また高齢者や障害を持った人、介護が必要な方が入ってきた場合にどうなっていくと思いますか。
成瀬──いま私たちが協働しているシェアハウスの運営会社は、そのあたりのケアを丁寧にやっています。例えば最初に入居者がほぼ全員そろう状態で顔合わせパーティをやったりするそうです。それでなんとなく知り合いになって、そのなかでだんだん仲のいい人ができていくそうです。何回かパーティをやっていくと、そのなかでつながりができてきて、40人のなかの1人が抜けて新しい人が入ってきても、入りやすいそうです。建築としてもそういうスペースを用意しなくてはいけないし、手間のかかることではありますが、そういうケアはとても重要だそうです。
ただ、世代が違う人や要介護の人が入ってきたら、また別のレベルで難しいことがあると思います。
平田──建築は設計から建つまで時間がかかるし、最低20年くらいはそこに建っているものです。だから建築によって社会を変えるということも、大きな時間の流れのなかで見ているところがあります。また、僕らが頭のなかで考えていることは外にあらわれるし、外にあらわれているものはまた人の頭のなかに入ってくるので、どんな街に住んでいるかが人をつくる。ですからどういう共有の仕方が街の「あらわれ」になっているかは、とても重要です。
プログラムレベルの話だったら、建築家よりよく考えている人や実現できる人もたくさんいると思います。しかしもっと大きな街の成り立ちと建築の空間の成り立ちみたいなものが結びつくと思っているから建築をやっているわけです。建築家であればほとんどの人がそういう意識でいると思います。ですから建築を考えていくことは根っこの部分では社会性とつながっていくと信じています。建築の新しい枠組みを考え続けていくことによって社会がじわーっと変わっていく。それが重要ではないかと思うんです。
2010年10月3日、リビングセンターOZONE 8F セミナールームA
このシンポジウムは、リビングデザインセンターOZONE(7F リビングデザインギャラリー)で9月23日から10月5日まで開催された展覧会「集まって住む、を考えなおす」にあわせ行なわれた。 原稿作成協力:国枝歓(東京大学)、小泉翔(東京大学)、滝下朋和(千葉大学)、古川香散見(東京大学)
協賛:総合資格学院/株式会社 総合資格、日新工業 株式会社、株式会社ユニット、株式会社建築資料研究社/日建学院、コイズミ照明株式会社
協力:坪井宏嗣構造設計事務所
後援:リビングデザインセンターOZONE
201101 2010-2011年の都市・建築・言葉
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「集まって住む、を考えなおす」シンポジウム
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