接近する建築と美術
──「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション展」レヴュー

五十嵐太郎(東北大学教授)

テーマはどこにあるの?

4月29日より竹橋の東京国立近代美術館において、保坂健二朗(同館研究員)のキュレーションにより「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」が開催されている。

そもそも建築の展覧会と言えば、いまだ公立の建築博物館は日本になく(例えば、フィリピンでも、国立博物館の一角に近現代も含む建築史を紹介する常設の展示室がある)、ギャラリー・間やGAギャラリーなどの民間による専門的な場しかない。ゆえに、昨年の夏、東京都内の六つの現代美術のギャラリーとGYRE(ジャイル)が同時多発的に建築展を行なったのは、興味深い試みだった。菊竹清訓、伊東豊雄、SANAA、平田晃久らが参加し、歴史的な資料価値をもつスケッチ、模型やドローイング、あるいはオブジェやインスタレーションを展示している。これは小山登美夫ギャラリーやタカ・イシイ・ギャラリーなど、民間の施設が企画したものだが、建築も美術と同様、収集すべきコレクションとしての意義をもつことを気づかせることも意図していた。

こうした状況を考えると、「国立」の「美術館」が「建築はどこにあるの?」を実現させたことは画期的である。国立近代美術館は、1986年に「近代の見なおし ポストモダンの建築1960-1986」展を開催しているが、それ以来の建築展だ。およそ四半世紀前にポストモダンの動向を整理した展覧会は、海外からの巡回であり、模型やドローイングを用いていたが、今回はオリジナルの企画として新作のインスタレーションだけで構成している。もっとも、いきなりこの地点に到達したわけではない。2008年に同館は、小さな特集展示として、「建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳」を実現し、二人の建築家がいかなる思考のプロセスをたどりながら設計を行うかを立体的に展示した(とくに青木は、藤村龍至が提唱する超線形プロセス論とは真逆というべき、迷宮のような径路だったことも興味深い)。さらにさかのぼると、2002年の「現代美術への視点 連続と侵犯」展では、10組の参加者のなかに、ロン・ミュエクや高嶺格らのアーティストに混ざって、青木淳も入っていた。そして彼は、きわめて知的な手法によって、美術館というホワイト・キューブに対して批判的な空間の介入を行ない、もうひとつの世界を出現させている。ちなみに、いずれの展覧会も保坂が関与したり、企画したものだ。

おおむね本展は好評だが、建築の関係者から「建築はどこにあるの?」展に対して批判的なコメントも寄せられている。オープニングで出されたワインが不味かったという文句は、本質的ではないにせよ、例えば、テーマがないという。なるほど、本展は7組の建築家がインスタレーションを制作しただけで、共通のコンセプトがあるわけではない。が、今回はむしろ1940年代生まれの伊東から1970年代生まれの若手建築家まで、幅広い世代の参加を優先したのだろう。恒常的に建築展が行なわれていれば、今回は同じ傾向をもつ特定の世代に焦点をあてるという選択肢もあるだろうが、なにしろ国立の美術館におけるほとんど初の試みである。まずはある広がりをもって展示することは、さして不自然ではない。それに膨大な数の美術展にしろ、テーマがあるようでいて、実際に展示された作品がすべて緊密に設定されたコンセプトに関わっているかと言えば、必ずしもそうではない。この点において、「建築はどこにあるの?」展を強く批判するのは厳しすぎるように思う。

建築とアートのあいだ

さて、7組のセレクションだが、異なる世代という方針のほかに、現代美術との親和性が高い建築家が選ばれている。鈴木了二は、物質試行のシリーズを通じて、建築、写真、映像、美術を横断するような活動を展開してきた。アトリエ・ワンは、越後妻有トリエンナーレや光州ビエンナーレなど、数々のアート系のイベントに参加しており、もはや常連である。おそらく美術界にとって、もっともなじみがある建築家だろう。中村竜治は、虫かごやヘチマなど、ほとんど工芸的といえるような作品も制作している。また中山英之は独特のテイストの繊細なスケッチで知られており、それこそ建築的な「現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング」(2008年に開催された国立近代美術館の展覧会)といえるかもしれない。やはり、美術館というコンテクストにおいて、建築展を開催することを、企画者側も建築家側も意識したと考えられる。詳しくは後述するが、実際、それぞれの建築家は、アートの手法に接近した方法論によってインスタレーションを制作していた。少なくとも、普通のありがちな建築展とは違い、模型やドローングを置くだけの展示は誰もやっていない。
基本的に各建築家は、それぞれの持ち味をよくだした新作を発表している。

アトリエ・ワン《まちあわせ》

まず初めにわれわれを出迎えるのは、美術館前庭の屋外に設置されたアトリエ・ワンの《まちあわせ》である。
筆者は開館直前に訪れたのだが、幾人からの来場者がここで時間をつぶしていた。竹によるさまざまなサイズのドームが連なりながら、ゾウ、キリン、カバなど、動物をかたどった構築物である。こうした思わず、口元が緩むような、あるいは肩の力を抜けるようなユーモラスなデザインは、まさに彼らの得意とするところだ。アトリエ・ワンという名前は犬の吠える声「ワン」からとられているし、これまでにもペット・アーキテクチャーの概念を提出したり、イヌ・イスなどを手がけているなど、動物となじみが深い。またリムジン屋台や、上海ビエンナーレのファニ・サイクル(家具と自転車の合体)など、屋外においてアクティビティを発生させる建築的な装置の系譜にも位置づけられるだろう。《まちあわせ》は、アトリエ・ワンにとって、ぶれることがない、安定した作品とえいる。


©Atelier Bow-Wow 写真撮影:阿野太一



中村竜治《とうもろこし畑》

最初の展示室に入ると、いきなり中村竜治の《とうもろこし畑》が視界に飛び込む。
もちろん、テーマがすぐれていることに越したことはないが、たとえ、それが良かろうと、悪かろうと、あるいはテーマと関係なかろうと、こちらの想像力をはるかに凌駕する作品にひとつでも出会えば、それだけでも展覧会は開催した価値をもつ。筆者にとって、とうもろこし畑は世界の見え方が変える驚異的な作品であり、それゆえ、今回は忘れられない展覧会となった。これまでにも中村は、光造形による0.3mm径、7mmピッチのフレームによる虫かごなど、モノの存在を問う極細の立体格子を発表していたが、とうもろこし畑も、その存在感の希薄さゆえに、空気に溶け込むようなインスタレーションである。レーザーカットによって制作された1mmの紙厚の棒をつなぎ、14cmピッチの格子をつくり、最大16m近い大きな三角柱の白いヴォリュームが立ち現われる。まわりを歩くと、あちこちで視線が抜けたり、立体的なモアレ現象が発生する。制作にあたっては、多くの学生の協力を得ながら、高い精度をコントロールする信じ難い作業が行われた。理屈ではわかっても、本当に実現したインスタレーションは制作への執念と狂気すら感じさせる作品だ。
世界的に見て、微細なデザインへのマニエリスム的な傾向は、日本の建築界の特徴といえるが、中村のとうもろこし畑は、その最先端を走るデザインだろう。なるほど、空間にグリッドを出現させるタイプのアートも存在する。だが、中村の作品は詳細に観察すると、床に近い部分ではわずかに紙の棒が厚くなっており、正しく建築的な構造をもつ。つまり、均質な空間を実現させるために、システムに微妙な偏差を与えている。構造計算はできなかったらしいが、さまざまなモックアップをつくり、実際の強度を確認していったという。ところで、この作品には「建築」として内部の空間がないという批判もきかれた。しかし、これは会場の都合であって、もし仮に最初の展示室をすべて中村が使うことができれば、内部にも入れるインスタレーションを制作したのではないか。少なくとも、その効果も具体的に想像させるようなレベルで今回の作品は実現されている。「建築はどこにあるの?」という展覧会の問いかけに対して、「?」を突き破る可能性をもつ作品だ。


©ryuji nakamura architects co.,ltd. 写真撮影:阿野太一


©ryuji nakamura architects co.,ltd. 写真撮影:阿野太一



模型と建築のあいだ

中山英之《草原の大きな扉》

隣に設置された中山英之の《草原の大きな扉》は、北海道のコンペで勝利したものの、実現が宙吊りになったプロジェクトの1/3の模型である。鑑賞者はアリスの不思議の国のように、ちょっと身長が伸びたような感覚で、仮想の草原を歩く。ある意味では、今回の展示においてもっとも建築的らしい表現かもしれない。これを見ると、やはり本物が実現する日が早く来て欲しいと切に願う。そうした意味でも、インスタレーションは代理物としての模型だった。壁にかけられた小さなスケッチ群は、通常の視線の位置よりもはるかに低く、ほとんど床のそばに集中している。さまざまなサイズのイメージがランダムに並ぶさまは、ヴォルフガング・ティルマンスによる写真のインスタレーションとも共通した現代的な雰囲気をもつ。また小さなミュニチュアを愛でる感覚は、建築における「かわいい」論とも接続可能な世界観だろう。


©Hideyuki Nakayama Architecture 写真撮影:阿野太一


©Hideyuki Nakayama Architecture 写真撮影:阿野太一



鈴木了二《物質試行51 DUBHOUSE》

その奥に鈴木了二による部屋の高さいっぱいのインスタレーション《物質試行51 DUBHOUSE》が展開する。
隙間から内部をのぞくことはできても、そこに入ることはできない。部屋らしき空間だが、なにかプロポーションがおかしい。これは三つ並ぶDUBHOUSEの小さな模型が示すように、縦横を均等に縮小せず、かたちを操作し、変形させた結果、生まれたインスタレーションである。つまり、それぞれの場所の関係性は同じままだが、人が暮らすという機能主義からは逸脱した空間になってしまう。古典的なフォルマリズムの方法論は、個人的には懐かしさも感じ、大いに共感する。床に敷かれた透明なガラスからは、かつて鈴木が実行した絶対現場(物資試行24、1987年)も想起させるだろう。ともあれ、物質試行51はもはや建築を代理する模型ではない。それ自体が独自の存在価値をもつ何ものかとして出現している。


写真撮影:阿野太一


写真撮影:阿野太一



内藤廣《赤縞》

カーテンを抜けると、内藤廣が手がけた《赤縞》である。
現代の明るさや軽さの建築とは対象的に、闇をもつ重い空間からは、彼の建築と共通する指向性が感じられるだろう。鑑賞者はやわらかい織物を渡され、それを動かしながら、歩いていくと、天井からの約200もの赤いレーザー光がスキャンするかのように、モノの輪郭を等間隔で描きだす。インタラクティブな効果ゆえに、思わず、空間のなかでいろいろと動くことになる。闇の中で表層やかたちの感覚は失われるが、デジタルの映像のように、断続的に出現する立体的な赤いラインだけがくっきりと浮かぶ。これはICCにあってもおかしくないようなメディア・アート的なインスタレーションだろう。ゆえに、内藤の作品としては意外なように思われるかもしれないが、形態を輪切りにして構造をはっきりさせる手法は、牧野富太郎記念館(1999)や海の博物館(1992)など、骨組みが連続的に展開する内藤の建築にも似ていよう。


©内藤廣建築設計事務所 写真撮影:阿野太一


©内藤廣建築設計事務所 写真撮影:阿野太一



菊地宏《ある部屋の一日》

続く細い部屋を巧みに使った作品が、菊地宏の《ある部屋の一日》だ。
まず詩的な音楽とともに、斜めに置かれた模型のまわりを、光源がぐるぐるまわる機会仕掛けのインスタレーションが出迎える。擬似的な太陽の運行は、住宅の模型のなかに変化する陰影をもたらし、また背後の壁に大きな影を生む。オラファー・エリアソンの天体の動きをイメージさせる作品をほうふつさせるだろう。もっとも、模型には小さなカメラが付いており、その映像は奥の部屋にある模型のW型の壁の部分を拡大したインスタレーションに投影されている。むろん、現代美術にも模型のライブ映像をモニターで見せるタイプの作品は存在するが、ここではリアルなスケールの空間において「ある部屋の一日」を再現していることが決定的に違う。簡単なアイディアだが、実現のためには、大変な調整作業が必要である。そうした意味において、中村と同様、静謐な狂気を秘めた作品として印象深いものだった。


©hiroshi kikuchi architects 写真撮影:阿野太一


©hiroshi kikuchi architects 写真撮影:阿野太一



伊東豊雄《うちのうちのうち》

展覧会を締めくくるのは、最年長の伊東豊雄である。《うちのうちのうち》は、三種類の多面体によって構成されたインスタレーションであり、計画中の今治市伊東豊雄建築ミュージアムの約1/2スケールの空間だという。その内部には、多摩美術大学図書館(2007)や座・高円寺(2008)など、彼の作品がもつ幾何学的な構成原理を表現したレリーフ模型を置く。いずれも世界全体に連続するルールの一部を切り取ったものとして、新しい建築が生成していることを示す。これはミニ美術館の内部を散策するようなインスタレーションである。言うまでもなく、今回の展覧会に参加した建築家のなかで、伊東はもっとも多くの前衛的なプロジェクトを実現しており、若手の中村や菊地のように、美術館でわざわざ実験的な試みをやらなくても、美術館の外側にこそ、闘いの現場はあるという余裕を感じさせるような作品だった。そう、建築は社会のなかにあるという風にも読める。


写真撮影:阿野太一


写真撮影:阿野太一


これからの建築展

総じて言えば、それぞれの世代の差、あるいは建築家の方向性の違いが、よく表われた展示である。むろん、現代の日本建築界のすべてではない。断面の一部を提示したものだ。今年1月のG-TOKYO2010でイベント「アートと建築」なども開催されたように、建築界と美術界の距離が近くなっている現在の傾向を反映したものと言える。ゆえに、ほかの建築家を選ぶ可能性はあっただろう。例えば、美術界でも注目される石上純也。ただし、彼はすでに今秋の豊田市美術館において個展が開催されるほか、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2010ほか、幾つかの展覧会への参加が予定されている。本展への批判として、ポンピドーセンターの建築展に比べて物足りないという意見もきかれた。しかし、建築部門が設置され、模型やドローイングなどを収集し、大量のコレクションをもち、専門のキュレータもいるフランスの美術館と、国立近代美術館を単純に比較するのは酷だろう。日本の「美術館」に建築専門の学芸員は基本的に存在せず(博物館にはいるが)、それでも建築展を行う場合、「ルイス・バラガン」展(東京都現代美術館)や「スキン+ボーンズ」展(国立新美術館)などのように、巡回だったり、外部の協力を求めるケースが多い。

「建築はどこにあるの?」を企画した保坂も美術の出身であり、建築の専門ではない。が、国立近代美術館において上述した「現代美術への視点 連続と侵犯」展や「建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳」展に関わり、ついに今回は大がかりな企画展を実現させたのである。同館は建築資料のコレクションがなく、だからこそ、新作のインスタレーションをつくるという方法を選択したのだろう。ともあれ、国立の美術館において独自の力で建築展を開催したことの意味は大きい。斜に構えて、最初の重要な芽生えを叩いている場合ではないと思う。是非、建築の関係者は本展を訪れるべきだ(その価値は充分にある)。そして良好な動員の結果によって、美術館において建築展が増える可能性に貢献したらよい。ギャラリー・間やGAギャラリーにしろ、専門のキュレータがいるわけではない。基本的には建築家のセルフ・プロデュースか、本の内容をそのまま展覧会化したものだ。この国において建築展は始まったばかり。これからなのである。

ところで最後に、同時期に開催された川崎市民ミュージアムの横山裕一展にも触れておきたい。決して良好とは言えない展示空間だったが、トラフのすぐれた展示デザインが漫画家のテクノスケープ的な作風にふさわしい会場の環境をもたらしていたからだ。作品のモチーフに登場する人工芝を全面的に敷いたり(一部はわざとめくれていた)、U字型の曲面壁をもつ部屋の形状にあわせて、連続する机に原画をリニヤーに並べるインスタレーションを制作するなど、建築家ならではの介入である。これも美術館において建築家が関与するひとつの空間生成の方法として、希望を感じさせてくれた。


建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション

会期:2010年4月29日(木・祝)〜8月8日(日)
会場:東京国立近代美術館(企画展ギャラリー)
時間:10:00〜17:00(金曜日は20時まで開館)
休館日:月曜日(5月3日、7月19日は開館)、5月6日(木)、7月20日(火)
問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
展覧会URL:http://www.momat.go.jp/Honkan/where_is_architecture/work_in_progress/


いがらし・たろう
1967年フランス・パリ生まれ。 東京大学工学部建築学科卒業。現東北大学大学院工学研究科・都市・建築学専攻教授。著書に『終わりの建築/始まりの建築─ポスト・ラディカリズムの建築と言説』(INAX出版)、『建築はいかに社会と回路をつなぐのか』(彩流社)、『戦争と建築』(晶文社)、『過防備都市』(中公新書ラクレ)、『美しい都市・醜い都市』(同)『建築と音楽』(菅野裕子との共著、NTT出版) 『映画的建築/建築的映画』(春秋社)など。編著に『Readings:1 建築の書物/都市の書物』『20世紀建築研究』(INAX出版)『建築学生のハローワーク』(彰国社) 、『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)、『建築と植物』(INAX出版)、『空想 皇居美術館』(朝日出版社) など。


201006

特集 建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション展


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