強靱かつ官能的に生きた建築家──『シャルロット・ペリアン自伝』レヴュー

柏木博(デザイン論・デザイン史/武蔵野美術大学教授)
『シャルロット・ペリアン自伝』
(みすず書房、2009)
当初家具デザインを担当するために建築家ル・コルビュジエのアトリエに入り、その後、建築から大規模なリゾート計画まで手がけたデザイナー・建築家シャルロット・ペリアンの96歳で亡くなる前年の1998年に刊行された自伝である。強靱な精神と身体、どのような状況にあっても、すべてを受け入れる楽天的な感覚と思考。なによりも官能的とすらいえそうな思考と感受性。この伝記からはそんなペリアンの姿が伝わってくる。
全体は6章から構成されているが、大きくみるなら3部構成といっていい。ひとつは子ども時代からはじまって学生時代、27年のサロン・ドートンヌでの作品の社会的評価を得、それを契機にしてル・コルビュジエのアトリエで活動を始める開拓の時代。ふたつ目は、ル・コルビュジエのアトリエで一緒になった日本の建築家・坂倉準三から声を掛けられて、1940年、日本でのデザイン指導にあたり、その後、インドシナへと活動の場を移し、第二次大戦後46年パリに戻るまでの時代。そして、その後の華々しいデザイナー・建築家としての時代である。なかでも興味深いのは、若い日についての記述、そして日本とアジアでの日々である。

子ども時代から学生時代、そしてル・コルビュジエのアトリエで活動をはじめた時代は、いかにも若々しく、どこかしら光り輝くような幸福感を伝えている。たとえば、リセ時代、卒業後、結局、装飾芸術中央連盟付属学校に行くことを選択する。その当時のことを、「私はデッサンとピアノのあいだで、ふたつに引き裂かれた。ピアノは八歳で始め、好きだった。週に一度の午後はコメディ・フランセーズの古典劇を観にいった。寝室の洋服箪笥の鏡の前に仁王立ちになり、ユゴーの『エルナニ』のせりふを暗唱する」とペリアンは回想している。こうした記述からも、若いころのペリアンの姿が見えてくる。加えていえば、ごく幼いころからリセの時代を、どうしてこれほど生き生きと記述できるのだろうか、その強靱な記憶力に驚くばかりだ。
最初の結婚についての記述からは、彼女の奔放な性格が感じられる。「私は結婚することに決めた。たぶん挑戦心から。......父は私に答えた。『だめだ』。......母は......私が結婚生活に向いてはいないことを理解させようとした。1926年12月22日、赤いビロードのオーバーブラウスにピンクの薔薇を飾り、私はサン=ロック教会で結婚した。......数年後、相談した宗教当局からは禁止されたにもかかわらず、私は離婚した。いま、考えてみると、当時は、結婚だけが毛虫が蝶になる唯一の道だったのだと思う」。
良く知られているように、1927年、「サロン・ドートンヌ」に出品したインテリア《屋根裏のバー》が、ペリアンがル・コルビュジエのアトリエでの仕事することになる契機になる。その出来事について、彼女は、「大成功。前日には実質的に無名の私が突然きょうのニュースのなかに浮かびあがった。私にとっては意味がなかったし、正当なことにも思われなかった。自分はこれからなにをするのか? 大勢の記者につきまとわれて、わたしは成功につきもののスノビズムを発見し、震えあがった。私は若く、『そのうえいちばん美人で才能がある』」。
《屋根裏のバー》(1927)
引用出典=『シャルロット・ペリアン自伝』

圧巻はなんといっても、日本、インドシナ時代である。40年6月にマルセイユを発ち8月に神戸に着く。その間にパリはナチス・ドイツによって陥落している。
ペリアンは日本の商工省(戦後・通商産業省)からの招聘を受けるわけだが、これはすべて坂倉準三がプログラムしたことであった。坂倉はル・コルビュジエのアトリエでペリアンとデスクを並べる仲間だった。パリが陥落するような状況のなかでペリアンが日本に行くことを決意したのは、おそらく坂倉への絶大な信頼があったからなのだろう。実際、坂倉についての記述が多くある。
ペリアンが到着した神戸に坂倉は自ら出迎えている。その時の状況をペリアンは「私はサカと再会した。サカは自分の故郷、日本における私の最初の一歩を確実にするために、お兄さんのように私を迎えにきた」と述べている。
日本では商工省工芸指導省の顧問ということで、ペリアンは日本の地方工芸を視察してまわる。そのときの案内役をしたのが、インダストリアル・デザイナーの柳宗理であった。ペリアンはほんのわずかながらそのことに触れている。
日本での体験からわかることは、彼女が文化的差異による衝撃をたちまち吸収しまた順応し、そこから得たものを生涯自らのデザインの源泉としてしまう能力を持っていたことだ。

もっともドラマティックなのは、太平洋戦争がはじまり、日本をはなれてインドシナ、つまりベトナム(ハノイ)に渡って以降の生活である。そこで彼女は結婚し、娘ペルネットを出産する。そしてすでに宗主国ではなくなったフランスの人間として、病弱な娘をかかえて危機をくぐり抜けていく。その記述はドラマティックである。このあたりの記述は、おそらく日記をもとにしていると思われる。
逃避行のシーン。「ペルネットといっしょに、生き延びるために必要なものを入れた箱も。薬、食料、衣類、おもちゃ。不幸と苦痛を前にして、山にいるときのように歯を食いしばり、顔をあげていなければならない」。ベトナムでのペリアンの生活をサーブしていた中国人の若い女性が、ペリアンを裏切ることなく、ベトナム脱出を手助けするシーンは、感動的ですらある。
自己の身分が保障されない異国の政治的な混乱期にも、ペリアンは、そこで起きていることをすべて受け入れ自らの創造のあり方へと吸収していく。しかもそのまなざしのたおやかさは官能的としか言いようがない。それが、彼女の戦後の世界的な活動へと反映されていく。
この自伝を読むと、誰もがこんな素敵な人と会いたかったと思うにちがいない。

かしわぎ・ひろし
1946年生まれ。デザイン論・デザイン史。武蔵野美術大学教授。著書=『近代デザイン史』『「しきり」の文化論』『モダンデザイン批判』『家具のモダンデザイン』ほか。


200910

特集 インテリアデザイン史を遡る


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建築・都市への「インテリア」的眼差し──「建築家 坂倉準三」展を通して
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