世界建築レポート[3] Too Traditional──現代デンマークの建築家が向かうところ

脇坂圭一

前提としての機能的伝統
デンマークの現代建築は、「機能的伝統」と呼ばれる一貫した価値観が脈々と受け継がれていることを前提とすれば、理解しやすい。例えばデンマークの建築家で、研究者でもあるニルス・オーレ・ルンドは、「デンマークの建築は論理と、明快さと、抑制を大事にする」「ここには技巧的で、明快な形態による伝統が息づいている」「デンマークの建築は穏健で、堅実で、単純である」「デンマークの建築において、秩序と調和の美が最初に解決されるべき事である」「明快で単純なプランが、複雑であることより優先される」「機能的な分析が最も重要で、構造的にも単純であらねばならない」というように、通底する美の哲学を繰り返し語った★1
現代の写真家であるホンマタカシは、デンマークで撮影した写真を元にした作品集の発行にあたり、「コペンハーゲンはオーガナイズされていた」と語った★2。これなどは、先のルンドの言葉を参照すれば、ある秩序だった美しい街並みが広がっているというように、その意味が容易に理解されよう。ここで、その価値観が現在でも有効である、ということはデンマーク社会を理解する上で重要である。
そういった状況のなかでもアルネ・ヤコブセンやヨーン・ウッツォンといった近代建築の巨匠は、伝統を下地として独自のスタイルを築き上げてきた。ヤコブセンは新しい技術を積極的に取り込み、ウッツォンは自然の中に造形的原理を求めて、伝統との融合を図ってきたのである。しかしながら、その後、彼らに続く世代の活動があまり目立つものではなかったことは建築ジャーナリズムを見ても明らかであろう。ただそれも、先のルンドの言葉を借りれば納得できる。デンマークの建築はいつの時代も、スタイルを先導するのではなく、むしろ外部から流入してきたものを独自に解釈し、デンマーク流に変換してきたのである。そのような希釈化によって新しいものは時間の流れと共に常に違和感なく街に溶け込んでいった。

外国人建築家と若手建築家にとってのコンテクスト
ところが、最近、デンマーク建築界にそれまでとは異なる動きが見え始めてきた。そのうねりの発端に元PLOTのジュリアン・デ・スメド(JDS主宰、ベルギー)とビャルケ・インゲルス(BIG主宰、デンマーク)がいる★3。インゲルスは言う。「デンマークの文化、あるいはコペンハーゲンの環境は、特別な何かがないことがひとつの特徴となっている。地形は平べったくて人工的だが、オランダの人工性とも違う。街は歴史的な景観が良く保存されているが、博物館のようなヴェネツィアとも違う。コペンハーゲンは完全に両極の中間的な状況に位置しているのである。ある意味でここには何もない、だから全てが可能なんだ」と★4。彼らはレム・コールハース率いるOMA卒業生でもあるだけに、幾分ラジカルな見方をしているところもあるだろう。しかし、彼らが発信するプロジェクトの数々[図1、2]はデンマークという文脈を超えて、都市と自然を調停するひとつの方法論として認知されつつある★5

ShoP Architects《The Porter House》 Archi-tectonics/Winka Dubbeldam《Greenwich St. Project》
1[左]──ユニテ・ダビタシオンの再解釈としてのPLOT《集合住宅VM》(2005)
2[右]──うねるカーペットのようなPLOT《海辺のユースハウス》(2004)

一方、国外の建築家による作品が近年、デンマークで一気に竣工を迎えている。例えば、ダニエル・リベスキンドの《デンマーク・ユダヤ博物館》(2004)[図3]、ザハ・ハディドの《オードロップゴー美術館の増築》(2005)[図4]、MVRDVの《ジェミニ・レジデンス》(2005)[図5]などである。さらに、施工中・計画中のものを挙げると、ジャン・ヌーベルの《デンマーク国営放送コンサートホール》(2008)、OMA/レム・コールハースの《Brewery Site》(2010)などが控えている。特に、OMAのプロジェクトは明確なプログラムが未定の段階で、むしろそれを建築家と共に作り上げていくことを前提に行なわれたコンペティションで選出されたものであり、プログラム段階のコンサルティングを協働するAMOに対する施主の期待と、体制をオーガナイズするコールハースの自信も伺うことができ、完成が待ち遠しい★6。それら国外組の作品を見れば、そのスタイルは必ずしも明快で抑制のきいたデザインばかりではないことが分かるはずだ。むしろコンテクストの呪縛無しに築かれたオブジェクトとさえ言って良いかもしれない。それらの影響が少なくない状況のなか、現代建築における新しい試みがデンマーク国内の若い世代によって成されつつある。そこで、メインストリームではないもののホットな場所であるには違いないデンマークの現代建築に焦点を当てつつ、その潮流がどこへ向かっているのか探ってみよう。

ジャン・ヌーベル《40 Mercer Street》 バーナード・チュミ《Blue》 ヘルツォーク&ド・ムーロン《40 Bond Street》
3[左]──テキストの中のテキストとしてのダニエル・リベスキンド《デンマーク・ユダヤ博物館》(2004)
4[中]──庭園とインテリアの流体的な相互作用としてのザハ・ハディド《オードロップゴー美術館の増築》(2005)
5[右]──穀物貯蔵庫をコンバージョンしたMVRDV《ジェミニ・レジデンス》(2005)

都市、建築と社会--デンマーク/チャイナ「CO-EVOLUTION」
2006年の秋にイタリアで行なわれた第10回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展は、建築史家で建築家でもある藤森照信氏が日本館のコミッショナーを務めたこともあり、注目を集めた展覧会だった。そのビエンナーレにおいてデンマーク館は見事、金獅子賞に輝いた。見出しの「都市、建築と社会」とはビエンナーレで掲げられたテーマである。「CO-EVOLUTION」というデンマーク館のテーマにも表われているように国内の4組の建築家と、中国の大学とが協働し、爆発的に加速する中国経済の成長に対する建築的な解決策を提示した[図6]。選ばれた事務所は、オーフスを拠点とするCEBRA(シープラ)、TRANSFORM、コペンハーゲンを拠点とするCOBE、EFFEKTであり、TRANSFORMの1996年を除きいずれも2000年以降の事務所設立という若い世代である。TRANSFORM は《Citywall》[図7]として西安における交通、住居、公園などの都市施設を包含した14kmに及ぶ新たなシティウォールを歴史地区を取り囲むように提案した。COBEは《magic mountains》としてGCBD(New Green Central Buisiness District)なる緑を冠した中央業務地区のスカイラインを提案し、自然と都市の融合を図った。また、EFFEKT は《shanghai subcity》[図8]として中国語の「車」という漢字を用いたアメーバのような有機的な形状の区画を用いて、高密度ではあるが自然と融合した郊外の在り方を提案した。各案に見られるのは、楽観的ともとれるダイアグラマティックな造形である。図式的であるが故のわかりやすさを徹底的に追求した案はデンマークの伝統的明快さと通じるものがある。

ジャン・ヌーベル《40 Mercer Street》 バーナード・チュミ《Blue》 ヘルツォーク&ド・ムーロン《40 Bond Street》
6[左]──ヴェネツィア・ビエンナーレ・デンマーク館、会場風景
7[中]──交通、住居、公園などで構成された新しい城壁としての《citywall》TRANSFORM(2006)
8[右]──《Citywall》越しに、COBEの新たな都市のスカイラインを提案する《magic mountains》(2006)と、EFFEKTの高密度でありながら自然と融合する新しい郊外としての《shanghai subcity》(2006)を見る
以上、©TRANSFORM

郊外住宅/サマーハウス計画──M2
2005年の秋にオーフス美術館で行なわれた「M2」展は、民間デヴェロッパーによって選ばれた4組の建築家が、オーフス郊外に14戸の戸建て住宅をデザインするというものであった。建築家として選ばれたのは、3XNielsen、PLOT(現JDS +BIG)、CEBRA、Schmidt Hammer&Lassen(SHL)である。CEBRAは《Circle House》(2005)[図9]で円形平面を十字のオープンなスペースで切り分けることで、常に光を取り込める場所にすると共に、4つの独立した場所をつくりだした。また、SHLが提案した作品である《ZigZag》(2005)[図10]は、単純な直方体を折り曲げて、不定型な形状と方向性をもつ居間を中心とした、正面のない住宅をつくる試みである。各プロジェクトに見られるのは、単純な操作で豊かな空間を生み出すという、デンマークの伝統に則った手法である。その結果、建築家の提案はそれぞれ異なるものの、ある種の統一性が感じられる住宅展であった。ひとつの理由として、計画地が郊外であったという立地上、住宅としてだけでなく、サマーハウスとしてのプログラムも合わせ持ち、贅肉の削ぎ落とされた形式的な空間の提示が可能であったことが挙げられる(ちなみに、PLOTはデンマークの国土の3%がサマーハウスにあてられているというデータを後述の『HySociety』で示している)。

ShoP Architects《The Porter House》 Archi-tectonics/Winka Dubbeldam《Greenwich St. Project》
9[左]──環境に接続された十字スペースが円形平面を貫くCEBRA《Circle House》(2005)
10[右]──正面をもたない住宅としてのSHL《ZigZag》(2005)

ダニッシュ・デザイン再考──TOO PERFECT:SEVEN NEW DENMARKS
2004年の秋に、ブルース・マウによるキュレーションのもと、「TOO PERFECT:SEVEN NEW DENMARKS」展が開催された。これはダニッシュ・デザインを再考し、現代社会における建築家の役割を7つの異なる具体的なプロジェクトを通して示すというものであった。開催場所はコペンハーゲン(RE-THINK展、DAC/デンマーク建築センター)、イタリア・ヴェネツィア(第9回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展)、カナダ・トロント(SUPERDANISH展、ハーバーフロントセンター)というように、3カ所同時開催という特殊なものであった。出品した建築家・デザイナーはオーフスを拠点とするArkitema、コペンハーゲンを拠点とするKontrapunkt、NORD、SRL Arkitekter(Søren Robert Lund)、PLOT、トロントを拠点とするBruce Mau Designであった。Arkitema[図11]は将来、発展途上国全体で毎週一億人以上の住民が住居を必要とすることを挙げ、それを解決するためデンマークが世界の住宅部品生産の拠点となるプロジェクト《House Express》を示した。また、PLOTはエネルギーの消費と産出のバランスが成立するエネルギーコスト「ゼロ」の社会を《HySociety》として定義し、電気、水、熱が完全に循環するエコロミカルな生態系としての建築を示した。これらは、常に具体的な数値データと共に、明快なダイアグラムとして示され、テンポ良くストーリーが展開する。また、デンマーク国内にとどまらない生産や循環の広がりは、現状に再考を促し、今後の社会の有り様をラジカルに示すものであった。

同、ファサードのディテール
11──Arkitemaの建築がつくられる事務所風景。中心の吹き抜け周りでは、独立したブース内での打合せ、カフェでの休憩、作業風景、往来する所員などの活動が一望できる。

世代を貫く伝統──YOUNG, YOUNGER, YOUNGEST
2005年夏に、オーフス建築大学のオーディトリアムで行われた「YOUNG, YOUNGER, YOUNGEST」展は開学40周年を祝して、同校出身の建築家の活動を紹介するというものであった。AART、CEBRAなどの若手から、Arkitema、3XNielsen 、Schmidt Hammer&Lassen、CUBO、Pluskontretなどの中堅、さらにはC.F.Møller、Friss&Moltkeなどの大御所まで主要な建築家が選ばれた。AARTの《ビクベンの学生寮》(2005)[図12]、Schmidt Hammer&Lassenの《ARoS──オーフス美術館》(2003)[図13、14]は、単純な矩形の中に複雑さと開放性を同居させる作品で、これらは伝統を再解釈した好例であろう。結果として表われたスタイルは多様であったものの、一様に伝統を下地にどのように新しい可能性を提示できるかといったことに関する言説を述べているのは、大きな特徴だろう。また、3XNielsenの《リバプール美術館》(2010)[図15]のように海外にプロジェクトを抱える事務所が多く、小国デンマークの生き方をも示していた。

ShoP Architects《The Porter House》 ジャン・ヌーベル《40 Mercer Street》 バーナード・チュミ《Blue》
12[左]──社会とのインターフェイスとしての二重スパイラルを包含したAART《ビクベンの学生寮》(2005)
13[中左]──赤煉瓦のキューブとしてのSchmidt Hammer&Lassen《ARoS──オーフス美術館》(2003)
14[中右]──キューブを二分するスリットが差し込まれたSchmidt Hammer&Lassen《ARoS──オーフス美術館》(2003)
ヘルツォーク&ド・ムーロン《40 Bond Street》
15[右]──都市にかけられたブリッジとしての3XNielsen《リバプール美術館》(2010)

21世紀のバイキング──伝統からの発信
本稿では主にデンマークの建築に求められてきた「機能的伝統」という価値観を縦軸に、そしてこれまでデンマークの国内外で行なわれてきた展覧会を横軸にして、デンマークの建築家の活動を概観してきた。このうちヴェネツィア・ビエンナーレにおいては金獅子賞を受賞するなど、国外での評価は高く、活動の方向性は間違っていないことが示された。
もとより、彼らはバイキングの末裔である。プロジェクトを求めて海外へも積極的に進出している。それは、コンペティションの獲得状況や、事務所の仕事の海外比率を見れば明らかである。過去に見られたような、国外のスタイルを咀嚼するスタイルではなく、自らのアイデンティティでもある「機能的伝統」を明快な美学を提示する武器として、今、彼らは再び世界へ漕ぎ出そうとしているようにも見える★7。今後は、デンマーク国内のみならず、世界にも目を向ける必要がありそうだ。

[記]デンマーク・オーフスで活動する設計事務所TRANSFORM主宰のラース・ベンドラップ氏には筆者のオーフス建築大学留学中にひとかたならぬご指導を頂いた上、本稿では写真の提供[図6-8]もいただいた。筆者の帰国後にビエンナーレに於いて金獅子賞を受賞されたことで、直接祝福の言葉を贈ることができなかったが、ここに記して感謝申し上げると共に、祝辞に代えさせていただく。
★1──Niels-Ole Lund, The Danish Tradition, in ARKITEKTURE DK, 1985,1-2.
★2──ホンマタカシ『In-between(1)デンマーク──ポーランド』(EU・ジャパンフェスト日本委員会、2005)。URL=http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/pickup/interview/honma_t/
★3──日本に於ける海外の現代建築の主な情報源である『a+u』誌でもデンマークの作品が紹介されることはそう多くはない。元『a+u』編集部勤務の中田千彦氏(宮城大学事業構想学部准教授)は、かつて編集過程においてPLOTの作品に出会った時の衝撃の大きさを語っている。
★4──Interview: Plot about splitting up, in A10 new European architecture, 2006,3-4, #8.
★5──PLOT=JDS+BIG「VM housing building」(『a+u』2006.06、新建築社、所収)
★6──OMA Commission at Old Brewery Site in Copenhagen。URL=http://www.dexigner.com/design_news/6754.html
★7──これについて伊藤香織氏はTN Probeの2006年第10回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展レポートのなかで、「都市や地域は単なる自立や依存の関係ではなく、競争と連携の関係を強めている」と述べている。ビエンナーレにおける、デンマークと中国の連携による金獅子賞受賞はその成功例と見て良いだろう。URL=http://www.tnprobe.com/extra/ireport/Venetia/report_ito01.html

[わきさか けいいち・建築家]
1971生まれ。東北大学建築学科卒業後、設計事務所勤務を経て、東北大学大学院博士課程前期修了。
2005年よりオーフス建築大学(デンマーク政府奨学金留学生)、JDSアーキテクツ(コペンハーゲン)を経て、
現在、東北大学大学院博士課程後期在籍。http://blog.livedoor.jp/replanblog014/


200708


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