祝祭の場における、都市というシリアスな対象
Cities: Archiecture and Society:10th International Architecture Exhibition Venice Biennale, Rizzoli Intl Pubns, 2006.
Experimentaation 05/06: Aa Projects Review (AA Projects Review), Architectural Association, 2006.
Bartlett School of Architecture Summer Show Catalogue, Bartlett School of Architecture, UCL, 2006.
──人類の歴史においてはじめて、この惑星の過半の人々が都市空間に住んでいることがわかっている。そして推計によれば、2050年までに世界の人口の75%が都市に集中し、とりわけその多くが各国や各大陸に広がる人口数百万の巨大都市に住むこととなる★1。
都市という存在が新たなフェーズに入ったとの指摘が、このところよく見られるようになった。都市への関心は、90年代くらいから継続して盛り上がりを見せているが、単なる好奇心の対象ではなく、切迫感をともなった状況があって、抜本的な対応が必須であるという認識が広まりつつある。いずれにせよ都市とは大きな構想を描けるフィールドであり、また一方でわれわれの日常の場というリアルな側面も併せ持ち、その両極の振幅の間で、興味深い対象であることは間違いない★2。
そして、冒頭のバーデットのテキストにも見られるように、急速な量的変化が、根本的な質への変換をもたらすのではないかという予想が、現実味を帯び始めている。その都市の質的変化は、ハードの変更のみならず、われわれの社会構造そのものの変革にかかわっており、対応に遅れれば致命的な結末を導く恐れもある。
しかし、都市の今日の状況がシリアスなものであり、また一方で関与することに感情の高揚をおぼえるとしても、では具体的にどうすればいいかはかなり難しい。世界はあまりに広く、そしてますます複雑化している。その広範な対象を把握し、分析することは、途方もない膨大な作業にも思える。一方、グーグル・アースの存在に象徴されるように、今の時代だからこそ、新たなテクノロジーと視線によって、これまでは不可能と思われた作業を別の方法で可能とするかもしれない★3。
昨年9月から2カ月に渡って開催された「第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展」は、リチャード・バーデットをディレクターに迎え、〈都市、建築、社会〉というテーマのもと行なわれた。これまでのビエンナーレ建築展は、建築家もしくは建築史家をディレクターに据えたのだが、今回のように都市の専門家が中心となったのは初めてのことである。ヴェニス・ビエンナーレという祝祭的な場においては、最新の建築プロジェクトのデモンストレーションの場であるというのが、このところ定着した潮流であったから、今回のように都市といういくぶん抽象的であり、また内容的にはシリアスなテーマは、これまでとはかなり肌合いが異なる。しかし、先にも述べたように都市問題がますます重要な課題となっている昨今であり、また前回のビエンナーレ建築展においても多くのパヴィリオンが都市を扱っていたので、都市を全体の主題にするというのはとても自然な流れともいえる★4。
今回のビエンナーレ建築展のカタログは2分冊となっている。1冊は、各国パヴィリオンの展示を中心にまとめたもの。もう一冊は、バーデットやサスキヤ・サッセンの論考からはじまって、ノーマン・フォスター、レム・コールハース、ジャック・ヘルツォークなど17名の建築家ほかによる都市へのコメント、16のメガ都市の分析およびコメント(東京はアトリエ・ワンが担当している)、その他ベルラーヘやMIT、AMO(AMOによるラゴスおよびアラブ湾のリサーチは秀逸との評判)など17の機関による都市リサーチ・プロジェクトなどからなる。展覧会のカタログというと、展覧会の内容をダイジェストしたお土産的なものが多いが、このカタログの充実ぶりは、現在これほど多くの都市プロジェクトが世界で行なわれていることを確認させ、また実際使える参照源となるだろう。まずは現在の変化をきちんと捉え、今は手探りながらも、都市への関与の仕方を学びながらも、実効的な試みがこれから次々と実行に移されるだろうという、期待感が高まる。
話は変わって今年も毎年恒例の、AAスクールのプロジェクト・レヴューとロンドン大学バートレット校のサマー・ショー・カタログを紹介しよう。AAスクールのプロジェクト・レヴューは、校長が変わるたびにそのフォーマットを変えてきた。昨年、新たにブレット・スティールが校長に就任したのにともなって新しい体裁となったが、全ページカラーになったのに加え、今回はDVDが付録としてついている。付録といっても、そこに収録されているのは4,100枚の画像、80本のビデオ映像、4万語のテキストという膨大なものとなっている。AAスクールはそのサイト(URL=http://www.aaschool.ac.uk/)でも無数の学生のプロジェクトを常時公開している。システムとデジタル化にとりわけ執心しているブレッド・スティールの戦略の一環なのだろう。
バートレット校は、この学校を世界のトップレベルへと改革したピーター・クックが昨年退き、クリスティーヌ・ホーレイと、イアン・ボーデンの両輪での運営体制となった。ボーデンは最近翻訳された『スケートボーディング、空間、都市──身体と建築 』(新曜社、2006)で注目の批評家である★5。ロンドンのふたつのライバル校が競い合って発展することが、今後もますます楽しみである。
★1──Richard Burdett with Miguel Kanai, 'City-building in an age of global urban transformation', ビエンナーレのカタログ所収
★2──今回のビエンナーレのレヴューは、多くの日本の建築雑誌にも掲載された。特に太田佳代子による「国際展と都市の行方は?」(『住宅特集』2006年11月号[新建築社]所収)は、状況を的確に捉えている。また、ビエンナーレのカタログに書かれたリチャード・バーデッドによるテキストの改題ともいえるものがArchitectural Review2006年に掲載され、その翻訳「City, Architecture and Society」が、『10+1』No.45に掲載されている(『10+1』のこの号は、〈都市の危機/都市の再生 アーバニズムは可能か〉という特集を組んでいる。URL=http://www.inax.co.jp/publish/book/detail/d_138.html)。
★3──今回のビエンナーレでも、グーグル・アース(http://earth.google.co.jp/)のデータが多数使用され、大きな効果をもたらしていたようだ。グーグル・アースにより、いかにわれわれの世界認識が変わっているか、建築家・小嶋一浩の最近の論文「〈非開発的〉、あるいは〈農業的〉(『新建築』2007年1月号、所収)のなかでも述べられている。小嶋の論は、通常より「大きなスケール」で空間や時間を捉えようとする試みについてのものであり、あわせて読むといいだろう。
★4──これまでのヴェニス・ビエンナーレ建築展の流れ、および前回の展覧会およびカタログについては、本連載「世界一の建築イヴェントは新しい潮流を認知したのか(URL=https://www.10plus1.jp/archives/2005/05/10153133.html)」参照のこと。
★5──南後由和による書評を参照のこと(URL=http://site-zero.net/_review/2006_4/)。
[いまむら そうへい・建築家]