このところの建築と言葉の関係はどうなっているのだろうか
Edited by Sylvia Lavin and Helene Furjan, Crib Sheets, The Monacelli Press, 2005.
the metapolis dictionary of advanced architecture, ACTAR, 2003.
エイドリアン・フォーティー『言葉と建築』
(鹿島出版会、2006)
Matter, technique, practice, diagram, extreme form, landscape, environment, surface, atmosphere, decoration, style, autonomy, flow, the generic, urbanity, geometry, program, technology, image, operation, criticality, community(『Crib Sheets』)。
Character, context, design, flexibility, form, formal, function, history, memory, nature, order, simple, space, structure, transparency, truth, type, user(『言葉と建築』)。
建築と言葉に関しては、なかなか厄介だと感じている人は多いと思う。建築に言葉は必要かという初歩的かつナイーブな問いの立て方から始まって、建築に下手に言葉を持ち込むから実態のない空虚なものが生まれてしまうのか、それともきちんとコンセプトを組み立てないからうわべのデザインばかりの建物となってしまうのか、どうも落ち着かない。建築もメディアで流通する時代だから、現在先端で起きていることはきちんと言語化してくれないとうまく理解できなし、かといって難解な理論に毎度つき合うほどの余裕もない。いずれにせよ、このところの建築と言葉の関係はどのようになっているのか、知りたいと思う要望は当然のように生まれてくるだろう。
インテリでスノッブな東海岸に比べると、アメリカの西海岸は陽気で建物も奔放で自由だという印象がある。西海岸を代表する建築家が、フランク・O・ゲーリーやモーフォシスといった、理屈よりも形態だという傾向を持っているように。しかし、シルヴィア・レイヴァン率いるUCLAの建築・都市デザイン学科はこのところ理論への傾斜を強めているという★1。
その成果ともいえるのが、『Crib Sheets』だ。そもそもは、UCLAで開かれた'The Good, the Bad and the Beautiful'というコンファレンスに端を発し、冒頭に上げた22の単語についてのさまざまなテキストを集めた構成となっている。これらの単語は、最近の現代建築の潮流をよく示すものであり、それぞれについて20から30の、多くはごく最近のものから、一部は100年位前のものまで、数行から1ページを超える長さのテキストが、短い順に並べられている。テキストのソースは、さまざまな文献からの引用もあれば今回のために書き下ろされたものもある。
'Crib Sheets'という言葉を辞書で引くと、カンニングペーパーのような意味を持つとされているが、MTVでもポピュラーに使われている単語のようで、そのニュアンスはネイティブでないとよく取れないのだが、フォーマルや用語集といったものとは対極のような本を作ろうという意図がこのネーミングからはうかがえる。いま現在起きていることは、すぐに明快な定義をすることなどできない。そもそも、まじめくさったアカデミックな図書よりも、カクテル・パーティーで話されていることのほうが、よっぽどヴィヴィッドで刺激的だ。現代建築にまつわる新鮮な言葉を、そのまま集めようというのが、この本の明確な意図となっている。
このところは、ポスト・モダンやデコンストラクションといった明快なトレンドがないことの代わりなのだろうが、このように最近の潮流に関するさまざまな言葉を集めるという出版物がいくつか見受けられる。以前この連載で紹介したバーナード・チュミ他編集の『INDEX』は、多くの単語を掲載した一種の辞書のようなものであったが、そこでも厳密な定義を施すというよりも、建築家たちによるさまざまな解釈のようなものが集められていて、それは『Crib Sheets』とも似ているといえよう★2。
一方、『the metapolis dictionary of advanced architecture』という大部の本は、そのタイトルにディクショナリーとあるように、先端の建築を巡るさまざまな用語を網羅し、それらの意味をなるべく正確に捉えようという意図が感じられる。図版も多く、まさに現代建築に関する辞典と呼ぶにふさわしい内容となっている。
翻訳書ではあるが、昨年末に日本語訳が刊行されたエイドリアン・フォーティーの『言葉と建築』もまた、対象が近代建築とはいえ博識な著者による建築と言葉に関する読み応えのある一冊である。前半後半の2部構成になっており、前半が建築における言葉の役割についての考察、後半は各用語がどのような変遷を持って建築に使われるようになったのかを検討している。その、時代を代表するともいえる言葉を選択するという点では『Crib Sheets』と似ているので、『言葉と建築』で取り上げられている用語も冒頭に列記してみたのだが、見事に『Crib Sheets』で選ばれている単語とはひとつも重複しなかった。『Crib Sheets』に取り上げられている extreme form や the generic といった単語は明らかに最近のものとしても、それ以外の多くはどの時代にも共通する用語に思える。しかし、いまでは自明のものとして使われる〈空間〉という単語が、1890年代以前には建築の語彙としては存在していなかったように、ずっと以前から使われていると思われる単語が、少し前まではあまり重要視されていなかったということもあるのだろう。
ついでながら、フォーティーの『言葉と建築』は、サブタイトルに〈言語体系としてのモダニズム〉とあるように、個別の用語の使われかたのみならず、それらが織り成したシステムに注目しているわけだが、やはり昨年刊行された八束はじめ『思想としての日本近代建築』(岩波書店、2005)も、思想史として近代建築を捕らえなおそうという試みであるし、また同じタイトルの土居義岳『言葉と建築』(建築技術、1997)も、建築理論を対象とした本である。洋書にはどうも手が伸びないという人も、上記3冊を夏休みの宿題として読み比べてはどうだろうか。
★1──UCLAの建築都市デザイン学科のウェブサイト:http://www.aud.ucla.edu/。
★2──海外出版書評2003年8月号「建築を教えながら考える|今村創平https://www.10plus1.jp/archives/2003/08/10163403.html」所収。
[いまむら そうへい・建築家]