ドイツの感受性、自然から建築へのメタモルフォーシス
David Lowe, Simon Sharp, Goethe & Palladio, Lindisfarne Books, 2006.
Frei Otto Complete Works: Lightweight Construction Natural Design, Birkhauser, 2005.
Conway Lloyd Morgan, Werner Sobek, Show Me the Future: Engineering and Design by Werner Sobek, avedition, 2004.
Ingenhoven Overdiek Und Partner: Energies, Birkhauser, 2002.
それゆえ私はパラディオを評して言う、彼は真に内面的に偉大にしてかつ内部から偉大性を発揮した人物であったと。
それは虚実皮膜の間から第三の物を造り出し、それの仮の存在をもってわれわれを魅了し去る大詩人の通力とまったく同じものだ★1。
ドイツの現代建築の明らかな傾向としてエコロジーがあるが、それはドイツ人特有な生真面目さと高度な技術力だけから来るのではない。そこには、ドイツに何世紀にも渡って続く自然への強い感受性というものが底流としてある。哲学者、ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)が「自然に帰れ」と唱えたのが18世紀、その後に続くヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832)も、自然への熱いまなざしを生涯送り続けた。ゲーテは、詩人、劇作家、小説家、科学者、政治家といったさまざまな顔を持つ。一般的には、文学の人というイメージが広まっているが、科学者としての側面も見逃せない。ゲーテの活躍した18世紀から19世紀のはじめという時期は、近代の黎明期ともいえるが、都市化や近代的なテクノロジーの発展の一方で、自然の再発見が進んだのもこの時期であった。いや、科学や技術の発展が、自然観察を可能とし、自然への密着を要請したというほうが正しいかもしれない。
ゲーテは、陰鬱なドイツを抜けだし、イタリアの地を数年に渡って旅行し、それが『イタリア紀行』というかたちでまとめられていることはよく知られているが、その旅行のなかでも、マニエリズムの建築家アンドレア・パラディオの建築を訪ねることは、彼にとって大きな意味を持った。デヴィッド・ロウとサイモン・シャープによる『Goethe & Palladio』は、ゲーテのパラディオの建築訪問がいかに彼の哲学形成に影響を与えたかを解き明かす好著である。ゲーテは、ヴィトルヴィウスの建築理論にも馴染んでおり、ローマ建築がどのようにパラディオのなかで変容し、再構成されているのかに注目する。
ゲーテには「植物変態論」(1790)という仕事もあるのだが、植物にはさまざまな種類があり、それらが原型を持ちながらも多様性を持っていることと、パラディオの手法との間に並行性があることを見て取っている。ゲーテはまた形態学Morphologieという用語も発明しており、生物形態学の最初期の研究者であるわけだが、その彼が建築への関心を強く示していたというのは、単に彼がさまざまな芸術に精通していたからだけではなく、建築の分野に彼の形態変形の思想の断片を見たからにほかならない(こうした形態生成への関心が、今日の建築の最先端のムーブメントと直結していることも重要だろう)。
モダニズムの時期においては、バウハウスやミース・ファン・デル・ローエに代表されるように、中心的な役割を果たしたドイツであるが、現代においては世界の現代建築の潮流に乗っているというよりも、堅実で合理的な建築を作っているとの印象が強い。そうしたなかでは、トマス・ヘルツォークに代表されるようなエコロジー建築というのがドイツの特筆される傾向として挙げられる。それは環境の時代に適合するドイツ人の合理性にあるのも確かであろうが、一方でドイツを代表する思想家ゲーテから始まる、ドイツ人の自然への敬愛という側面も見逃せないだろう。
《ミュンヘン・オリンピック・スタジアム》(1972)や《マンハイムの多目的ホール》(1974)といった作品で知られるフライ・オットー(1925− )の長年の活動をまとめたのが『Frei Otto Complete Works: Lightweight Construction Natural Design』である。200近くのフライ・オットーのプロジェクトに加え、10余りの論考が、彼の幅広い探求の軌跡を網羅し、多角的に検証している。彼の翻訳された著作のタイトルが『自然な構造体』(鹿島出版社SD選書、1986)であることからも自明なように、彼は一貫して自然から学び、新しい建築環境を生み出す試みを続けた研究者であった。
フライ・オットーの弟子にあたり、ILKE軽構造設計構法研究室教授でもあるヴェルナー・ゾーベックの最近の活動がまとめられた本が『Show Me the Future: Engineering and Design by Werner Sobek』である。フライ・オットーが一途な研究者であったのに比べると、ゾーベックは《ボン・ポストタワー》といった超高層ビルをはじめとする多くのプロジェクトを手がけている実務化肌ではあるが、環境への関心や、実験的な精神は、師匠の系譜を引き継いでいる。近未来住宅の提案「R-129」なども含めたその創造的な活動は、著名なセシル・バルモンドと並んで、今最も注目するに値する構造家と言っていいだろう★2。
クリストフ・インゲンホーフェン(1960- )は、まだ40歳代ながら、すでにドイツ有数の設計事務所を率いる、ドイツの建築家の新しい世代の象徴的存在だ★3。はじめての作品集となる『Ingenhoven Overdiek Und Partner: Energies』は、伝説的建築キュレーター、クリスティン・フェイライズによってまとめられ、フォト・エッセイとしてエレネ・ビネの写真が添えられている。ルフトハンザといった、ドイツを代表する企業の本社屋など多くのプロジェクトを手がける彼もまた、軽構造、環境といったことをテーマ掲げ、テクノロジーに裏づけられた実験的な試みを次々と実現している。
★1──ともに「9月19日ヴィチェンツァにて」より(『イタリア紀行』[相良守峯訳、岩波文庫]所収)。
★2──ゾーベック率いるエンジニアリング・コンサルタント事務所「ヴェルナー・ゾーベック・インジニーレ(WSI)社」のウェブサイト:http://www.wsi-stuttgart.de/
★3──インゲンホーフェンの事務所のウェブサイト:http://www.ingenhoven-overdiek.de/
[いまむら そうへい・建築家]