建築の枠組みそのものを更新する試み
R&Sie architects, Spoiled Climate, Birkhauser, 2003.
Decosterd & Rahm, Distorsion, HYX, 2005.
SANAA ELcroquis 121/122, ELcroquis, 2005.
前回に引き続き、今回も建築の新しい領域の開拓に向けて、意欲的に実験的な試みをしている若手建築家の本を取り上げよう。と言っても、新しい表現やプログラムをともなったプロジェクトが、「オリジナル」とか「ユニーク(独創的)」と称される場合も、その多くは従来の建築のあり方から大きく変わることなく、今まで他の人が試みていなかった新しい感覚で実現したことに過ぎない場合が多い。
しかし、今回紹介する二組の建築家ユニット、R&Sie...とデコステール&ラーム★1は、ともに建築の枠組みそのものを変革することで、挑発的とも言える斬新な提案を行なっている。遺伝子工学や生理学といった先端科学の成果とシンクロし、物質、身体、気候をテーマとするプロジェクトを発表している。すでに古い呼び方ではあるが、科学の分野でいうところの、パラダイム・シフトを推し進めていると言えるのではないか。
そして、この二組ともパリをベースとしているのだが、昨年この連載にてフランスの若手建築家にはまったく見所がないと書いたことを★2、いや実はものすごく面白い連中もいると、以前の内容を訂正しなくてはいけない。しかしロンドンのように、アーキグラムやAAスクールといった前衛的な姿勢が脈々と受け継がれている場所に比べると、フランスにはまったくそのような風土はなく、彼らは言わば突然変異(ミューテーション)として出現したことは、確認しておいてもいいだろう。 彼らはプロジェクトのみならず、彼らの存在そのものが新しいスタンスをともなうのであって、であるから理解することは容易ではないし、「彼らの行なっていることは建築ではない、アートではないか」と批判されることや、「単なるこけおどしではないか」といった誤解を受けることも、すぐに想定される。しかしそうした、わかりやすい多少の新しさは歓迎するが、本質的な新しさに対しては拒絶するもしくは思考停止するということではなく、建築のパラダイム・シフトは如何に可能か、彼らのプロジェクトを通じて検証してみようではないか。
R&Sie...は、フランソワ・ロッシュ(パリ、1961- )とステファニー・ラヴォー(サン・ドゥニ、1966- )によるユニットで、90年代初頭から活動を開始している★3。《(アン)プラグ・ビルディング》(2001)は、フランスの電力公社の依頼によりデファンスに計画された高層のSOHOビルであり、太陽エネルギーや風力エネルギーによる発電機能を持つファサードを持っている。「ダスティ・レリーフ」(バンコク現代美術館コンペ案、2002)では、電気仕掛けによって、都市の埃が建物の表面に集められている。「スクランブルド・フラット」(2001-2002)、「モスキートー・ボトルネック」(2003)では、それぞれ牛(おそらくクローン牛)と蚊(西ナイル熱ウイルスの原因とされる)がモチーフになっており、このようにR&Sie...は先端科学と生物に深い関心を示している。そしてブロッブをはじめとする多くのコンピューター派の建築家たちが、いくぶんドライな傾向を示すのに比べると、R&Sie...のプロジェクトはウエットであり、生々しく、場合によっては気味が悪いこともある。彼らは、2003年の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」★4にも参加し、うねる地表を持つ駐車場のプロジェクト「アスファルト・スポット」が評判となった。彼らのプロジェクトをまとめた本が、"Spoiled Climate(だめになった気候)"である。
デコステール&ラームは、ともにスイス出身のフィリップ・ラーム(1967- )とジャン=ジル・デコステール(1963- )によるユニットであり、1995年にスイスのローザンヌで活動をスタートし、現在はパリにも拠点を持つ。湿度-血中濃度、気候-体温、光-可視領域外など、環境と身体といったいくぶん現代ではクリシェ(常套句)とも言えることをテーマにしつつも、彼らの本のタイトルが"distorsions(変容)"であるように、それらを扱う素振りはかなり特異である。彼らが関心を持つという「時間と空間」を特別な仕掛けにより変質することによって、通常慣れ親しんでいる「時間と空間」が孕む問題を顕在化させようという試みと言えよう。彼らの実現するプロジェクトとしては、今年パリのボ・ザールに、「ハイドラカフェ」というカフェができる予定である。また、昨年CCA北九州にて「幽霊アパート」というインスタレーションを行ない、その記録がCCA北九州より出版されている★5。
ところで、エル・クロッキーの最新号は、妹島和世と西沢立衛のユニットSANAAの特集である。彼らへの評価というのはもはや揺るぎのないものであるが、きわめて現代的センスの持ち主だと言う評価が、時としてこれまでの建築に単にそうした新鮮な意匠をまとわせたという風に理解されがちであるが、実は彼らもまた建築の定義そのものを更新していることが、彼らの本質的な部分だと思う。そして、シンプルな表情を持つ彼らの作風が、時として単純さゆえに価値を見つけにくく思われるとしても、このように一冊にまとめ上げられ通観可能となることによって、彼らの建築的試みがきわめて豊かであることにあらためて気付くのである。
★1──前回同様、R&Sie...とデコステール&ラームも先の森美術館の展覧会「アーキラボ展」で取り上げられていた。同展のカタログに、この二つのユニットも紹介されているので、合わせてご覧いただきたい。ちなみに、今回紹介しているデコステール&ラームの本は、アーキラボの母体であるフラック・サントルにて今年の1月から4月にかけて開催されている彼らの展覧会に合わせて出版されたものである。
★2──本連載、昨年7月「パリで建築図書を買う楽しみ」。
★3──R&Sie...のウェブサイトは、http://new-territories.com/。内容が豊富なサイトであるので、ぜひ訪れて彼らのプロジェクトを見て欲しい。
★4──大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレのサイトは、http://www.echigo-tsumari.jp/。彼らは、1999年も、妻有のために「オーバーフロウ」という、信濃川沿いの地形を大胆に組み替えるプロジェクトを提案しているが、こちらは構想が大掛かり過ぎたのだろうか、実現していない。
★5──CCA北九州のサイトは、http://www.cca-kitakyushu.org/。「幽霊アパート」の記録も見ることができる。
[いまむら そうへい・建築家]