コンピュータは、ついに、文化的段階に到達した
Lars Spuybroek, machining architecture Nox, Thames & Hudson, 2004.
Lars Spuybroek , Bob Lang, Nederlands Architectuurinstituut, Netherlands) International Nai Summer Master Class 1999 Rotterdam, The Weight of the Image: Teaching Design and Computing in Architecture, Nai Uitgevers Pub, 2001.
Keith Mitnick, Diller + Scofidio: Eyebeam Atelier of New Media: the 2002 Charles and Ray Eames lecture, Michigan Architecture Papers, 2004.
Dagmar Richter, Andrew Benjamin, Miriam Kelly, Armed Surfaces (Serial Books Architecture and Urbanism, Black Dog Pub Ltd, 2005.
ブロッブやフォールディングと呼ばれる建築の新しい形態を開発する運動が90年代頭にはじまり、それらはコンピュータを用いて作成した、曲線を多用した自由奔放な表現を特徴としている。こうしたことは、まだ日本ではほとんど実践されていないが★2、そこにはどうも「形遊びであって、内容がない」という評価が、まことしやかに噂されるという事情があるようだ。確かに、コンピュータという新しいツールを使って可能になったからといって、何のためにという問題設定なしにプロジェクトをつくっていると思われる建築家もいるし、学生をはじめ若い建築家が、考えなしに形だけをコピーするという負の側面があることも確かであろう。
しかし、ブロッブやフォールディングといった試みが、決して一過性のトレンドではない真摯なものであり、可能性を秘めていることは、ますます明らかになってきている。一見、どの建築家によるプロジェクトもみな曲線だらけで同じに見えるものが、実はそれぞれ固有の探求をしており、異なった関心と思想的裏づけに基づいていることに、今後は注意して付き合う必要があるだろう。というのも、「形遊びで、内容がない」という評価の背後には、作家の探求している思考の深さとそこで行なわれていることの意味が理解できないために、結果として突飛な形態ばかりが印象に残るという、実は受容側の怠慢もあるからだ(これは、新しい思考と表現が現われたときに毎度のように出現する光景である)。
ラース・スパイブルークが代表をつとめるNOXが、彼らの10年あまりにわたる活動をまとめた本"machining architecture NOX"を出版した。400ページもあるこの本を手にすると、今まで断片的にしか伝わってこなかったNOXの活動が、これほどまで密度と厚みを備えていることにあらためて驚かされる。そして、一見同じようなものに見られがちなプロジェクト群が、実はこの10年というわずかな期間に急速に進化し、内容を深めていることが確認できる。特に、こうした傾向を持つプロジェクトの多くがCGといったヴァーチャルなものに過ぎないという一般認識があるものの、最近の彼らは毎年のように実作を完成させ、またそれが決して張りぼてではなく、建築の生産の仕方もNOXにとって大事なテーマであることがよくわかる★3。 この本は、多くのプロジェクトの図版が刺激的なだけではなく、テキストも充実しているのだが、彼らの構造への関心は、ラース・スパイブルーク自身によるテキスト'The Structure of Vagueness'の中で、構造家フライ・オットーとの交流も含め詳述されている。また、このような曲線を多用した造型では、表面をどのようにつくるかということが課題のひとつとなるが、その点はアンドリュー・ベンジャミンによるテキスト'Notes on the surfacing of Walls: Nox, Kiesler, Semper'の中で議論されている。肝心の、コンピュータと彼らの活動の関係は、こちらもスパイブルーク自身による巻頭論文'Machining Architecture'に詳しいが、この本のタイトルともなっているMachining Architecture(機械化する建築)とは、プロジェクトを生成するプロセスそのものを彼らの手法としていることを意味している。
そのことは、スパイブルークが1999年に、アラップの構造家ボブ・ラングと共同で行なった ワークショップの記録"The Weight of the Image"を参照するのがいいだろう。オランダ建築博物館NAIで行なわれたこのワークショップ★4において、スパイブルークは明快な意図を持った段階を経るという手法で学生を指導し、そうしたNOXの手法を開陳することで、大きな成果を上げている。また、このワークショップでは〈マヤ〉という3Dアプリケーションが導入され、学生へのその使い方の指導も行なわれたわけであるが、そのようなコンピュータなどのテクニカルな指導も教育現場では今後ますます重要性を増すであろうが、というのもスパイブルーク自身が指摘するように、わずか10年前と現在とでは、設計するツールが根本的に変わっているという現実があるからだ。
繰り返しとなるが、デジタル・アーキテクトがどのような試みをしているのかを、じっくりと読み解く時期に来ている。それらはまだほとんど日本語で読むことができないので、洋書にあたるしかないわけであるが、一方でインターネット以降の世代にとっては、テキストを英語で読むということは日常的なものとなるだろう。といっても、それは容易ではないとの声も聞こえてきそうだが、少なくとも少しずつでも英語を日常言語とする努力を若い人には続けて欲しいものだ。今回は、後2冊、デジタル世代の建築家の本を紹介しておこう。
"Diller + Scofidio"は、ミシガン大学で行なわれているイームズ夫妻の名を冠したレクチャー・シリーズの中で、2002年に、ディラー・アンド・スコフィディオが行なったレクチャーをまとめたものである。彼らは、日本でもすでに《岐阜県営住宅ハイタウン北方》などのプロジェクトを実現しているので、あらためてここで紹介しなくともいいだろう。
"Armed Surfaces"は、ベルリンとロサンゼルスをベースとするダクマー・リヒターの作品集である。彼女もまた、コンピュータを用いた造型実験を行なっているわけだが、この本にもアンドリュー・ベンジャミンがテキストを寄せており、そこでもNOXの本の彼のテキスト同様ゼンパーが参照されているように、ベルラール・カッシュも近年、ゼンパーへのオマージュであるプロジェクトを発表している。このところのデジタル・ムーブメントの理解には、ゼンパーの参照が不可避となりつつある★5。
★1──"machining architecture NOX"より、ラース・スパイブルークによる「まえがき」の冒頭'The computer has reached a cultural stage, finally'。
★2──今回テキストは、日本では数少ないこうした試みを行なっている建築家ジン・ヨハネスと会話する中で、彼から受けたいくつかの示唆を反映したものである。
★3──渡辺誠やベルナール・カッシュといったデジタル系の建築家も、コンピュータを用いて形態を開発すると同時に、そのデータが直接的に生産にも使われる可能性を模索している。ポンピドー・センターの建築部門のディレクターであるフレデリック・ミゲルーは、2003年の「ノン・スタンダード展」において、コンピュータの導入が、建築の思考と生産の関係を根底から変貌させ、それは産業革命にも匹敵する建築を取り巻く状況の変化をもたらし、また建築家という職能をこれまでとまったく異なるものにすると予言している(参照:フレデリック・ミゲルー「ノンスタンダードの秩序」[『アーキラボ 建築・都市・アートの新たな実験 1950-2005』、平凡社、2004]所収)。
★4──NAIでは1966年から若い建築家向けにマスター・コースのワークショップを行なっており、スパイブルーク、ボブ・ラング以外にもトム・メイン、ヴィール・アレッツ、キース・クリスチャンセン、レビウス・ウッズなどの建築家が世界中から集まり、指導にあたっている。
★5──ダグマル・リヒター、ベルナール・カッシュも、『アーキラボ──建築・都市・アートの新たな実験 1950-2005』で取り上げられているので、馴染みがない人はそちらを参照されたい。また、ゼンパーの思考の基本をおさらいしたければ、ケネス・フランプトン『テクトニック・カルチャー──19-20世紀の建築の構法の詩学』(松畑強+山本想太郎訳、TOTO出版、2002)が、入門書としてお奨めできる。
[いまむら そうへい・建築家]