中国の活況を伝える建築雑誌
Alan Balfour, Zheng Shiling, World Cities: Shanghai, Wiley-Academy, 2002.
Alan Balfour, Berlin:The Politics of Order 1737-1989, Rizzoli International Publications, 1990.
T+a (Time and Architecture) 時代建筑 March 2004,
32 Beijing New York: Issue3, Princeton Architectural Press, 2003.
, 中国建筑工業出版社, 2004.
CULTURE: Jul 2004, 文化月刊社
このところ中国の活況から目が離せない状態が続いている。一般的には日本のみならず世界が中国の経済状況には大いに左右されるようになり★1、一方建築界では世界のスター建築家のビッグ・プロジェクトが目白押しである★2。だが、その華々しいニュースとしての話題とは裏腹に、実際がどのような状況なのかというリアリティには乏しい感が否めない。
「都市のシンボルであったなら、国家が主導してインフラを整備し、技術を共同研究して、まず試作の超高層ビルを建ててみる。すべては計画が先にある、というのが日本のお家芸であった。だが、香港は逆である。一旦儲けられるとわかったなら、瞬く間に超高層ビルが並び立つ。技術がなければ、買えばよい。このやり方は、九龍城砦を作り上げた論理と双子の関係にある」★3
この文章は1997年に書かれたものだが、伝え聞く上海や北京の現在は、グランドプランが明快に示されないままの建設ラッシュが進んでいる。この野蛮とも感じられる状況への戸惑いは、そのスピードと規模に対してだけではなく、我々が知っている4000年の伝統を持つ大国のイメージとの関連が掴めないことによる不気味さから来るものにほかならない。
「中国の、とりわけ、宋以降の空間を理解する時、この宇宙の運動法則-天理がいかに表現されるかを見る必要がある。宇宙の、一(太極)から二(両儀)、二から四(象)、そして、四から八(八卦)へと生々流転していくさま、あるいは、五行十干十二支などのさまざまな数と意味が、空間、建物、都市に投射される。さすれば、「理」は、ここに存在する。帝都北京こそ、天の理のメタファーとして計画された都市の代表例である」★4
このような、我々が中国と聞いて期待するような、世界観の反映としての都市や建築という慣習的叡智は、昨今の混乱のなかでは見ることができない。しかし、伝統文化というものは、ふとしたことでまた再び顔を出すものであって、そのことを理解しないで中国と渡り合うことには気をつけるべきであろう★5。
アラン・バルフォアとZheng Shilingによる『SHANGHAI』は、前半で、上海の都市の歴史を詳細に記述し、後半で最近のプロジェクト(計画案も含めて)を紹介している。アラン・バルフォアは、90年代前半AAスクールの校長を勤めたことで知られているが、都市研究家としても著名であり、『Berlin: The Politics of Order, 1737-1989』(1990年)では、アメリカ建築家協会の国際ブック賞を受賞している★6。ただし、氏によれば上海の90年代の物理的経済的変化は、この都市の歴史をまったく反映していないという。この本には、上海都市計画局の議長も上海の現在についてのテキストを寄せており、一見野放図なこの都市の発展も、じつは背後ではきちんとした都市政策が行なわれていることが解説されている。
しかし、これほどテンポが速く物事が進んでいると、どうも単行本ではその現場の活気というものを掬いきれないもどかしさがある。そこで、普段はあまり取り上げないのだが、今回は中国で発行されている雑誌を紹介することで、現地の雰囲気を味わってもらおうと思う。そして、雑誌というメディアこそが、その時代の空気というものを最も反映しているものだということにあらためて気付くだろう★7。
『T+a (Time and Architecture) 時代建筑』は、上海で隔月発行されている、中国語、英語のバイリンガルの雑誌である。5月号は上海とベルリンという二つの都市を比較するという特集で、両都市の歴史から最近の変貌までを扱ったかなり詳細な内容である。この特集にも上述のアラン・バルフォアとZheng Shilingの両氏がテキストを寄せている。後半は、世界の建築の最新作を紹介しており、『a+u』のような内容となっている。
『32 Beijing Newyork』のほうは、北京とニューヨークをテーマとした年に3回発行予定の冊子であり、編集委員のなかには張永和、スティーブン・ホールの名前が見られる。かなり実験的な内容であり、毎号32の断片が集められていることからこの名前がつけられている。コロンビア大学の面々が肩入れしているようだが、このような実験的な雑誌が日本にはないのがあらためて残念に感じられる。英語と中国語であるが、それぞれ訳はない。
http://www.32bny.org/
『』も隔月の出版の雑誌で、4月号は春にギャラリー間で展覧会(http://www.toto.co.jp/gallerma/ex040228/index.htm)を行なった張永和率いる設計事務所「非常建筑」の特集である。作品紹介もさることながら、多くのテキストが収められているが、残念ながら中国語のみ(簡単な英文の要約はある)。
http://www.abbs.com.cn/jzs/109.php
『CULTURE』は、文化トレンドを扱った一般誌のようだが、今月号は建築の特集で、レム・コールハースへのインタヴューを行ない、彼は表紙にもなっている。オスカー・ニーマイヤーあり、オノ・ヨーコあり、水着に車ありと盛りだくさんの内容。この特集号の編集担当は、日本も活動の拠点とされている建築ジャーナリスト、方振寧さんである。
http://www.ewhyk.com/
今回いくつか中国の雑誌を手にしてみた。中国語の部分がかなりありきちんと内容を理解したとはとてもいえないが、誌面からは総じてレベルがかなり高いとの印象を受ける。話題性ということでも国際的な最新のニュースを押さえているし、議論のために割かれているページも多い(少なくともすでにアメリカやイギリスの建築雑誌のレベルは超えているのではないか)。現代建築を単なる経済現象ではなく、文化として吸収し発展させようという中国人の熱意を強く感じる。
★1──読売新聞7月27日付の朝刊には、以下の記述がある。「予測によると、2050年に中国が国内総生産(GDP)で首位に立ち、アメリカ、インド、日本、ブラジル、ロシアの順に続く」。日本は4位となっているが、GDPはインドの4分の1であり、またこの順位にヨーロッパは入っていない。
★2──GA INTERNATIONAL 2004では、出展作17点のうち、じつに5点が中国のプロジェクトであり、日本を含め東アジアのプロジェクトは9点と過半を超える。
★3──村松伸『中華中毒』(作品社、1998)26頁参照。
★4──同書、76頁参照。
★5──あらためて指摘するまでもないことかもしれないが、夏目漱石が漢詩に親しんでいたように、明治期まで中国の文化は日本人の教養の一部として確実に存在していた。それが、ここ暫くは、中国はすっかり近くて遠い国になってしまった。といっても、中国の歴史や伝統文化に関する日本語で読める本というのは枚挙にいとまがない。基本なものだけでもとここで紹介するにはとても無理があるが、講談社学術文庫などをあたってみて欲しい。中国の都市、建築に関しては、上掲の『中華中毒』の著者、村松伸氏が多く著作をものにしている。
★6──アラン・バルフォアのホームページは、http://alanbalfour.com/ 。アラン氏は現在ニューヨーク近郊にあるRensselaer 大学の建築学科のディーンをされている。同大学は、最近カリキュラムを刷新するなど、建築教育に力を入れているようである。
★7──日本の建築雑誌でも中国特集が続いている。『a+u』誌は昨年12月号で中国特集「百花斉放」を発行し、建築文化は次号の8月号で、JAも次号55号で中国特集を予定している。
[いまむら そうへい・建築家]