じょうずなレムのつかまえ方
Rem Koolhaas, Content, Taschen, 2004.
Rem Koolhaas, What is OMA: Considering Rem Koolhaas and the Office for Metropolitan Architecture, Nai Publisher, 2004.
Rem Koolhaas, Judy Chung Chuihua, Jeffrey Inaba, Sze Tsung Leong, The Harvard Design School Guide to Shopping: Harvard Design School Project on the City, Taschen, 2002.
Rem Koolhaas, Layout Philip Johnson in coversation with Rem Koolhaas and Hans Urich Obrist, Distributed Art Pub Inc., 2003.
Rem Koolhaas, Judy Chung Chuihua, Jeffrey Inaba, Sze Tsung Leong, Great Leap Forward: Harvard Design School Project on the City, Taschen, 2002.
『行動主義──レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版、2004)という最近話題になった本のなかで、著者のジャーナリスト瀧口範子は、レムへのインタヴューの約束を繰り返し反故にされる。レムへの密着取材が売りのこの本は、しかし瀧口が実際にレムと向かい合えた時間はあまりない。だが彼女自身をもいらだたせたその状況が、かえって世界中を飛び回るレムのあり様をリアルに伝えることに成功している。そして瀧口は自らが道化の役を演ずることを買って出ているわけだが、それを面白おかしく読んでいる我々も、じつは彼女と同じ状況にあるのではないだろうか。未来への見取り図を固定せずに疾走し、つかまえることのできない建築家レム・コールハース。
レムが関わったもの、レムに関するもの、そうした書籍や雑誌の出版の勢いはますます加速している。そうしたなかで最近の決定版ともいえるのが、『Content』であろう。ミース・ファン・デル・ローエの設計によるベルリン国立博物館から始まり、オランダの建築博物館へと巡回した同名の展覧会に合わせて出版されたこの本は、レムのここしばらくの活動を網羅的に紹介するものである。1995年に出版され、彼のキャリアの最初から当時までをまとめた『S, M, L, XL』(OMA, 010Publishers, 1995.)に似ているともいえるが、この新しい本では現在進行形のプロジェクトや計画のみを取り上げており、『S, M, L, XL』が異なるスケールの建築から都市を扱ったものだとすると、現在のレムの関心と活動ははるかに範囲が広いことがわかる。レムという建築家は、かなり特別な存在になってしまったという感を、あらためて強くする。
展覧会のほうは、まるで彼の事務所OMAがそのまま引っ越してきたかのように、検討用の無数の模型によって埋め尽くされていた。それは混沌とはしているものの、決して単なる出鱈目ではなく、そこで今まさに何かが生み出されているのだということがひしひしと伝わってくる、そうした観客をワクワクさせる空間になっていたという。
本のほうも、建築のプロジェクトはもちろん、ハーヴァード大学でのリサーチ、AMOによる各プロポーザル、インタヴュー★1などなどが雑多に詰め込まれていて、この本はどのような構成になっているのか、どこから見始めればいいのか皆目見当がつかない。本の作りにおいても、通常は雑誌で使われるような安っぽい紙が使われているが、その印象どおり雑誌のようにぱらぱらめくって、気になったところを拾い読みすればいいのであろう。雑誌のようにというのは、きっと大切なことで、『S, M, L, XL』が重量感溢れるハードカバーの立派な本であるのに対し、こちらは流通と手軽さを考慮した雑誌となっており、前者がアーカイヴたらんとしていたのに対するとこちらはフレッシュさが売りといった具合だろう。
レムは建築のみならず社会情勢に関しても一貫して関心を寄せてきたが、その傾向はAMOの設立ともあいまってますます加速している。円(Y)、ユーロ(E)、ドル($)を繋げるとYE$になるという有名な彼の指摘のまま、彼はこのグローバルな高度資本主義を容認する姿勢を明快にしてきたが、この『Content』もまさにそのことを地で行くようだ★2。とりわけ最近彼が関心を寄せる中国などには、なるほどこのことは非常によく当てはまるのだが、しかしバブルを経験し、当時の状況への整理もつかぬまま煮え切らない思いをしている日本人にとっては、こうした姿勢は素直に受け取ることは難しいのも事実だ。そもそも資本主義と戯れることなど、まじめな日本人の建築家には向いていないのかもしれない★3。
話の順番が前後するかもしれないが、『Content』は表紙からしてかなり挑発的である。ジョージ・ブッシュ、サダム・フセイン、キム・ジョンイルがそれぞれ、マクドナルド、ランボー、ターミネーターの仮装をしている様は、一見ギョッとするし、この下品さもあいまって、アジテーター、レム・コールハースの面目躍如といったところか。彼の政治そのものへの言及は、以外に思われるかもしれないが、そもそもAAスクールでも卒業制作がベルリンの壁をテーマにしていたあたりから、モチーフとしてはずっと持っていたといえる。 いずれにせよこの中味が詰まりかつトピックが多様な本は、簡単な紹介としてまとめることを拒絶するので、是非実際手にとって欲しいと、紹介者としては言い訳をするしかないようだ。とにかく、レムはそのスケールを拡大し、そして彼自身がまるで資本主義の活動のように、自動生産するかのごとく先に進んでいってしまう。建築関係者であれば、個々の建築プロジェクトへと関心が向くのも当然であるが、それよりもこのレムという存在とは一体何なのか、そうした考察が必要なことはまちがいない。
『What is OMA: Considering Rem Koolhaas and the Office for Metropolitan Architecture』は、レム、OMA、AMOに関する論考を集めたものであり、上述の関心にいくらかこたえてくれるであろう。書き手も、アーロン・ベツキーといった建築の専門家のみならず、ドクメンタのチーフ・キュレーターであったオクウィ・エンヴェゾーや、サイバー・パンクSFの代表的作家ブルース・スターリングなど多彩であり、そのことがまたレム自身の活動の多様さと、彼に向けられる視線の広がりを再確認するものとなっている。
★1----レムは自分から発信するのみならず、人から話を聞くことに才能を発揮する。よくいわれるように、ジャーナリストであったバックグラウンドから来るものであろう。『Content』にはいくつかのレムによるインタヴューが収録されているが、おそらく建築関係者がもっとも興味を引くであろうヴェンチューリ夫妻へのインタヴューは、『SHOPPING』★4が初出である。『建築文化』2003年4月号にもその翻訳が掲載されている。
またそのほかのインタヴューは、アメリカの主婦のカリスマ、マーサ・スチューワートへのものなど。また、建築界の重鎮フィリップ・ジョンソンへ、アート・キュレーター、ハンス・オルブリッヒと一緒にインタヴューを行ない、それをまとめた本も昨年出版されている(Layout: Philip Johnson in coversation with Rem Koolhaas and Hans Urich Obrist)。
★2----『Content』は、『PROJECT ON THE CITY』★4の2冊同様、タッシェン社から出版されていることは、非常に象徴的である。タッシェン社はドイツに本社を持つアート関連の出版社であるが、その販売網は極めて国際的であり、同社の多くの書籍が空港などでも売られている。今までは、アメリカで出た本とか、フランスで出た本とか、そういう位置付けがされたものだが、『Content』などはきわめて無国籍といった感じがする。タッシェンの本作りは、それまでの高級で貴重というアートブックの常識を打ち破り、多少質が悪くとも、大量に安価で供給するという手法で、売上を大いに伸ばす。よって、レムとタッシェンというのは、現時点で理想的なパートナーといえるであろう。ちなみに、広告も入った『Content』は、アマゾンで購入するとわずか千数百円である(広告が入っていて、重版の際にはどうなるのだろう。もしかしたら、この本は大量に刷って売り切った後は、稀少なものになるのかもしれない)。『S, M, L, XL』が、最初日本に入荷された際には、その10倍近くの値段であったこととは大きな違いだ。
★3----ただし開発なら何でもいいわけではないようだ。六本木ヒルズに関するレムのテキストでは、ヒルズのタワーに日本刀が突き刺さったコラージュが添えられている。
★4----『PROJECT ON THE CITY』のシリーズとしては2冊出版されているが、一冊目は都市に関するもので、もう一冊はショッピングに関するもの。それぞれ八束はじめ氏が、『10+1』No.34と「10+1 web site」上の氏の連載で詳細に論じている(「ショッピング・ガイド」へのガイド|八束はじめ)。
[いまむら そうへい・建築家]