H&deMを読む
Herzog & de Meuron: Natural History, Lars Muller Publishers, 2003.
Eberswalde Library: Herzog and de Meuron, Architectural Association Publication, 2000.
A work for Roche Basel, Chronicle Books Llc, 2002.
El croquis 109/110: Herzog and de Meuron 1998-2002, EL CROQUIS EDITORIAL, 2003.
El croquis 112/113: Jean Nouvel 1994-2002, EL CROQUIS EDITORIAL, 2003.
洋書の建築書は、どうしても読むというよりも見るというか、ヴィジュアルな写真やドローイングを眺めるということが中心になりがちだ。それはもちろん大切なことで、実際には訪れる機会の少ない外国の建築を、本や雑誌を通じて追体験することができるわけである。現代建築をリードしているヘルツォーク・アンド・ド・ムロン(以下H&deM)にしても、そもそも彼らはあまりコンセプトを言葉で振りかざすというタイプではないし、その作品の持つ独特の質感が我々を魅了してきたのであった。しかし、今回は、このH&deMに関するテキストについて集中してみたい。なぜ、このような一見奇妙とも思われることを思いついたかといえば、それはモントリオールのカナダ建築センターが、現在開催されている彼らの展覧会「Herzog & de Meuron: Archaeology of the Mind (精神の考現学)」に合わせて出版したカタログを手に取ったときの軽い衝撃に起因する。
このカタログ『Herzog & de Meuron: Natural history (自然史)』は、黒のハードカバーで覆われ、厚さも4cm近くあり(460ページ)、それ故に確かな存在感があり、彼らの建築作品の持つ存在の確かさを連想させる。通常の展覧会カタログのように、単なる展覧会の記録といったリーフレットではなく、数百の図版と多くのテキストから構成されている。このカタログは、同展のキュレーターPhilip Ursprungが編集したもので、H&deM自身によるテキストやキュレーターによる彼らへのインタヴューのほかに、研究者、建築家、アーティストといった様々なジャンルからの20名以上によるテキストが収められている。カート・フォスターといった大御所も2本のテキストを書き、トーマス・ルフやジェフ・ウオールといった著名なカメラマンや、アレハンドロ・ザエラ・ポロから始まり、様々な寄稿者を集めている。例えば、インタヴューの中でH&deMは、scholars's stone (学者の石と訳すのであろうか。賢者の石ではハリー・ポッターみたいであるし。閑話休題。)と呼ばれる、中国の様々な色や形態を持つ石から強いインスピレーションを受けていることを告白しているが、そのscholars's stoneについて、中国芸術の専門家が文章を書いていたりもする。H&deMについてのさまざまな角度からの論考が集められているわけで、これほど一人の現役の建築家(彼らは二人ですが)についての文章を集めた本というのはきわめて珍しい。
『Eberswalde Library: Herzog & de Meuron』には、エバースヴァルデ高等技術学校図書館についての2つのテキストが収められている。Gerhard Mackによる「Building with Images(イメージを伴った建物)」は、この類まれなる表情とディテールを持つ建物について、50ページあまりを費やして記述している。一つの興味深い建物に対しての、これほどの詳細な情報は貴重だ。Valeria Liebermannによる「Reflections on a Photographic Medium(写真メディアについての考察)」では、この図書館を包み込んでいて外観の大きな特徴となっている、トーマス・ルフが選んだ新聞写真の持つ意味について分析している。
『A work for Roche Basel』は、ロシュ製薬・リサーチ・センターについての本で、写真、図面とともに、建築家、科学者、アーティストのテキストが含まれている。(建築家のテキストはa+u別冊「H&deM」に訳がある。)H&deMは先に紹介した展覧会カタログのインタヴューの中で、彼らが本拠地とするバーゼルには製薬会社など工業施設が多くあり、そうした地域風土からの影響は当然受けているとしているし、ヘルツォークは以前生物学と科学を勉強していたこともあると述べている。この製薬会社の建物のために、H&deMとアーティスト、レミ・ザイッグは緊密なコラボレーションをしているのだが、巻末にまとめられているように彼らの共同作業の歴史は長く、H&deMはこのアーティストのスタジオも設計している。
エル・クロッキー。特にこの雑誌は、皆かっこいい図版を見るのに夢中になり、テキストを読んだことはほとんどないであろう。実際、この雑誌のテキストの活字はやけに小さく、大判の雑誌を抱えながら読書するのはあまりにも苦痛である。しかし、今回は我慢して読んでみよう。『El croquis 109/110: Herzog & de Meuron 1998-2002』には、ピュリッツアー賞受賞にあたっての建築家のスピーチ(これも『a+u別冊』に翻訳あり)と、カート・フォスターによる二人へのインタヴューおよび同氏によるテキストがある。フォスターによるテキスト「Enigmas of Surface of Depth (表面と深さにまつわる難問)」は時宜を得たテーマについて書かれたもので、興味深いであろう。
最後についでながら、発売されたばかりの『El croquis 112/113: Jean Nouvel』についても、ひとこと。ジャン・ヌーヴェルが、相変わらず建物とプレゼンテーションの両方で新しい表現を開発しており、その速度と量とに圧倒される。テキストは、Cristina Diaz MorenoとEfren Garcia Grindaによる、ヌーヴェルへのインタヴューと「The Symbolic Order of Matter(物質の象徴的秩序)」という文章の2本。東京第2国立劇場のコンペから16年以上の年月がたったが、その間ずっとヌーヴェルは自分の持つ興味を他の建築家と共有することが出来ず、常に孤独を感じているとの告白が印象的であった。世界中に信奉者や追従者を多く持っていたとしても、常に先を行くものは孤独だということか。
レム・コールハースとダニエル・リベスキンドがそれぞれ、北京とニューヨークで超高層を実現することになり、H&deMもジャン・ヌーヴェルも世界中できわめて活発に活動している。それに比べて、日本の建築界の現状は、どうであろうか。最近の日本では、電通ビルが、ジャン・ヌーヴェルがデザインしたビルだと話題になったが、29の最新作が集められている上記の彼の特集号には電通ビルは含まれていない。ヌーヴェルにとっては、電通ビルは代表作ではないということか。
[いまむら そうへい・建築家]