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特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

平瀬有人

●A1

東日本大震災の未曾有の状況を目にして、「建築に何が可能か?」ということを痛感した。いままで自明のこととして存在していた建築を支えるインフラの脆弱さが露呈した瞬間だった。その建築の在り方に対する興味から10年来「山岳建築研究」に取り組んでいるが、あらめてライフライン依存の少ない「ライトインフラストラクチャー」としての建築像を再考すべきである。被災地の、都市インフラに依存できない仮設住宅の多くは劣悪な居住環境のものが多いが、同様に自然環境の厳しい山岳地に立地する山岳建築は居住環境を向上させるためにかねてから数々の実践が為されてきた。あらためてその在り方から学ぶことは多いと考えている。
吉阪隆正氏は山岳建築の一人者であるが、氏の《吉阪自邸》(1955)は、建築それ自身がインフラ的と言えるような存在に思える。戦災の焼け跡に鉄筋コンクリートのフレームにコンクリートブロックを充填しただけの姿。コンクリートの躯体が立ち上がり、しばらくはそのままの状態で使ったり、1階のピロティは門も塀もない庭とともに多くの人々の活動の場として開かれていた開放系の建築であった。このような大らかな骨格としての建築は、精度の罠に囚われすぎている現代のわれわれは再考すべき存在だと思う。
ゼロ年代の日本の現代建築はそれ自身が自閉的で抽象的な存在として思考しがちであったように思えるが、あらめて建築を取り巻く思考の射程が建築単体を超えて都市や地域における存在として広がるべきであると思う。

●A2
木質建築

戦後の植林によって杉だらけになってしまった日本の山林が抱える問題は大きく、都市に棲まうわれわれも深く考えなくてはならないと思っている。近年、宮崎の杉を用いた新作家具《AO Hocker》や日本全国スギダラケ倶楽部への入会をきっかけに、木の家具や建築を思考する機会が増えてきている。
12月には大分県日田市での日本木材学会主催の木造セミナーに参加してさまざまな知見を得ることができた。特にそのなかで網野禎昭氏(法政大学)の紹介されたヨーロッパでの木造化先進事例が興味深い。日本では宮大工からの脈々と続く木造文化があるからか一般に木造/非木造という枠組で考えがちであるが、スイス・オーストリアでは用途や規模によっては建物全体を木造とせずに鉄骨や鉄筋コンクリートなどとのハイブリッド構造とした事例が多くみられるようだ。日本では法制度などの課題は多いが、このような単純な木造ではない多様な木の使われ方を木質建築の実践として試行したいと考えている。
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宮崎の飫肥杉で制作した《AO Hocker》

CAt《宇土市立宇土小学校》(2011)

L壁を離散的に配置するだけでつくられた学校空間。「L壁」という形式が反復することでできた集積回路型ではない多様な空間のある開放系建築。L壁と外部の雑木林が緩やかに連続し、内外が曖昧な空間が生まれ、中庭から見た建築の姿と周辺環境から見た建築の姿が等価で外観がないとも言えるような建築であった。内部に立つと、視線が拡散する「多焦点」な空間はどこかを見ていても他の焦点が立ちあらわれ、L壁の曲面がさらに視線を誘導する効果を持つ。バラバラと壁やガラスがばら蒔かれているように見えるが、要所要所に機能を担保する工夫がされており、写真ではわからない体験しないとわからない興味深い建築の在り方だと感じた。

『建築雑誌』2010-11

日本建築学会発行の『建築雑誌』。2010-11年は歴史工学家・中谷礼仁氏が編集長を務め、エディトリアルデザイナー羽良多平吉氏による表紙デザイン、顧問を務めた中村敏男氏による連載「日記のなかの建築家たち」、写真家・山岸剛氏による連載「ON SITE」など多彩な内容であった。12月には建築会館ギャラリーでその2年間の『建築雑誌』を総括する展覧会「建築雑誌展2010-11」が開催された。特に山岸剛氏による「ON SITE」のシリーズは、人工が自然に介入し、さらに人工が自然の指標となっているともいえる時間の切り取りが秀逸であると感じた。

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『建築雑誌』2010年1月号、同6月号、2011年12月号

●A3
yHa architects|平瀬有人+平瀬祐子 展「都市のミリューからマテリアルへ」

2011年12月15日より2012年1月10日まで新宿・リビングデザインセンターOZONEにて開催している展覧会。「ミリュー」とは表層を超えた「〈社会的・文化的〉環境」という概念で、私たちは〈建築〉を都市の「ミリュー」を読み説いて物質化することととらえている。都市の記憶をたぐり、その現在の活動を読み、人々が建築と都市の関係に新しい意味を発見するためのメディウムをつくりたいと考えている。その場所の歴史や個性を読解したうえで、場所や風景に対してどのような形式・質量・関係を持つ環境を形成するのかという点に興味を持って取り組んでいる近年の5プロジェクトを中心に、日本・スイスでのプロジェクトの展示をしている。
URL=http://www.ozone.co.jp/event_seminar/event/detail/1197.html

「yHa architects|平瀬有人+平瀬祐子 展」DM(デザイン=三星安澄)

同展、会場風景

木質建築(2作)

木と鉄骨のハイブリッド構造の骨格を持つ木質建築プロジェクトを進めている。どちらも地域の環境を読み解き、大らかな力強い空間を目指している。

[1]《KAH》(2011-2012)

敷地周辺には清らかな湧泉が数多く点在しており、敷地前面水路の水害から守るためにある程度塀や壁に囲われた領域をつくり出している。既存の煉瓦塀や既存家屋の煉瓦の外壁といった場所の記憶を継承しながら、新たな煉瓦による量塊を計画した。プランはほぼ正方形の平面に浴室・キッチン・駐車場などの閉じたコアが配され、大きなワンルームながらもコアによって緩やかにそれぞれの場所を分節している。四隅の高さがそれぞれ異なることで特徴的な四つの場所となるよう、対角線上に棟を配置した切妻の形態によって、周囲の建物の切妻屋根に呼応している。

《KAH》、外観

同、内観

[2]《UYH》(2011-2012)

江戸時代に脇往還として整備された街道の宿場町として栄えた温泉街に建つ宿泊施設に新たに街のシンボルとなるようなショップを計画している。春先には桜並木となる川沿いに長さ約60メートルのリニアなヴォリュームを配した。川を挟んで大小50軒近くの旅館が軒を並べる温泉街において、この建築ができることで街に与える影響は大きく、たんなるショップのみならず、さまざまな人やモノが往来する都市の文化拠点になることを見据えた計画である。内部は湾曲したワンルームではあるが、高さが変化することで多様な領域が形成されている。

《UYH》外観

同、内観

斜めの空間

木質建築2作の屋根形状とも連関して、「斜め」の空間に興味を持っている。吉阪隆正氏の《大学セミナーハウス》(1963)では斜めのモザイクタイル壁の浴室をはじめとして、全体の空間に斜面的要素が持ち込まれている。ユニットハウスの並ぶ斜面は氏の設計した《涸沢ヒュッテ》(1961)とも相似しており、山の斜面という自然の造形物に対して、多様なアクティビティを誘発する役割を持つ人工の造形物が立ち並ぶ。斜めの持つ空間の斑が身体をドライブさせる力を持っているのだろうか。


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