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特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<

天内大樹

かつてなく「日本」を意識させられる一年だったと思うが、メディアを眺めていると、一枚の鏡を見つめるほどに側面や背面どころか首から下も見なくなるという陥穽に、右から左から総ハマリなのではないかと感じる。これで網羅したというつもりはないが、以下建築・都市に限定して書物を中心に三面の"鏡"を手短に挙げる。

いくばくか手垢がついたイメージさえ伴う「アメリカから日本への視線」という一面は、しかしながらけっして単純ではない。Ken Tadashi Oshimaの『International Architecture in Interwar Japan: Constructing Kokusai Kenchiku』は堀口捨己、山田守、アントニン・レーモンドの3人の1930年代を主に取りあげる。3人には東京の外(岐阜またはボヘミア)から東京にきて仕事をし、国境を跨ぐ旅を複数回行ない、伝統と近代の断裂に直面したという共通項があるという。Zhongjie Linの『Kenzo Tange And The Metabolist Movement: Urban Utopias of Modern Japan』は1960年代のメタボリストたち(とその周辺──丹下と磯崎)の課題を再現し、海と空という"外部"にその解決を求めたことを手際よく要約している。アメリカ的学問としてのエリア・スタディーズから日本の近代建築や美術への関心表明は、学問の中国へのシフトに対する各研究者の危機感の表れとしてでもあるが、盛んになりつつある。今後日本側からの対応(共同/対抗)も図りたい。

Ken Tadashi Oshima
『International Architecture in Interwar Japan: Constructing Kokusai Kenchiku』

具体的な近代建築については、歌舞伎座や中央区立明石小学校の解体、東京中央郵便局や三菱倉庫本社ビルの"外壁だけ"保存の一方、羽澤ガーデンの保存運動、三菱一号館の復元などが話題だろうか(筆者が東京で仄聞した一例に過ぎない)。米山勇監修『日本近代建築大全』(講談社)、藤森照信+増田彰久『失われた近代建築』(講談社)が出版され、山口廣『近代建築再見』(エクスナレッジ)改訂版や倉方俊輔+斉藤理『東京建築ガイドマップ』(エクスナレッジ)新装版も今年出た。建築博物館とは言わずとも、全国に小規模なものが分散配置されることになろう建築アーカイヴズへの動きも伝わってくる。これらは、おそらく忘れかけているのだろう過去の自己、「日本の近代建築」を鏡として取り戻す企てと呼べる。ル・コルビュジエの国立西洋美術館を世界遺産に登録する再びの挑戦もいずれ始まる(始まっているかもしれない──2011年にUIA大会が東京で開かれる)。樹木がトンネル状に覆い被さる文京区湯立坂の両側に、高層マンションと大学校舎が建ち上がりつつあるのをこの1年眺めていると、今後単体の建築ではなく都市環境を保全するという新たな回路もありうるのでは、と思う(阿佐ヶ谷住宅でも建築物より「居住環境」保全のほうが曖昧だが重要だったかもしれない。運動に役立つかは判らないが)。

『タモリのTOKYO坂道美学入門』/三浦展ほか『奇跡の団地──阿佐ヶ谷住宅』

多少意外なイメージとして「イタリアの近現代」という面を最後に挙げる。美学でもクローチェ、グラムシ、アガンベン、カッチャーリなどへの関心が高まっている(倉科岳志『クローチェ1866-1952──全体を視る知とファシズム批判』(藤原書店)など。『イタリア現代思想への招待』(講談社選書メチエ)の岡田温司は新刊が相次いでいる)が、ここではパオロ・ニコローゾ『建築家ムッソリーニ──独裁者が夢見たファシズムの都市』(白水社)を挙げる。北川佳子『イタリア合理主義──ファシズム/アンチファシズムの思想・人・運動』(鹿島出版会)もこの翻訳が世に出る後押しになっただろうか。日本の1940年代の建築は、体制に協力しようにもさせてもらえなかったと井上章一『夢と魅惑の全体主義』(文春新書)は議論するが、植民地建築や戦中体制を承継した戦後の展開、建築や都市に対する現代の一般の期待(の低さ)などを考えれば、だからといって何か肩の荷を下ろせるわけでもない。高付加価値のモノづくりに固執する産業において雇用は硬直化し、経済成長を置き去りに政府債務だけは成長(?)しつづけ、しかし国政はぐだぐだで独占化されたメディアに些末な事象ばかり報道される──という共通のデッドロックを挙げても仕方ないが、彼の国を考えるのも遅効性の薬として悪くない。

倉科岳志『クローチェ 1866-1952』

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