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特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<林憲吾
●A11. ハイチ地震(1月12日)
「今年もまた......」と思わされた震災。未曾有の被害をもたらした2004年のスマトラ島沖地震をはじめ、ここ数年、毎年のようにいわゆる「途上国」で大規模な震災が発生している。震災によって、日常では不可視となっているその国の建築的状況が突如あらわになるが、政治的混乱が取り沙汰されてきたハイチで、それと同時にいかに脆弱な建築がつくられてきたかが、今回露呈した。しかしながら、専門的知識を欠いた巷の施工者がつくるRCフレームにレンガ壁の一般住宅が倒壊するだけでなく、資本が投下されているはずの政府関連の建物や商業施設までもがあっさりと倒壊するという現象は、例年目の当たりにし、ハイチに限った現象ではない。アフリカ、アジア、ラテンアメリカの多くの国々が同じリスクを抱えている。20世紀の後半に途上国に蔓延したこの建築的状況を改善することは、やはり国際的な課題だと年々思い知らされる。2.「SANAA」のプリッカー賞受賞/日本のベトナム原発建設受注(5月17日/10月31日)
まったく毛色の異なる2つの出来事。けれども、現在の日本の建築・建設と海外との関係を象徴的に示す対照的な出来事である。SANAAや石上純也など、彼らのつくる、抽象度が高く、それでいて大気や光、そこを使う人々など、建物を取り巻く要素の変化に対して、空間の質が鋭敏に応答するような繊細な建築が、世界で注目されて久しい。ひとつめは、世界が日本の現代建築に浴びせるそんな関心の目を象徴する出来事。
他方は、世界で取り残されまいとして、日本が海外へ向けている目を象徴している。近年、国内需要の縮小に伴って、原子力発電所の建設など高度な技術と経験を要する海外のインフラ建設需要へと日本は関心を振り向けている。しかし、今回の受注に至る以前での、韓国やロシアなど、他国との競争で敗退してきたことは、恐らく日本が抱いているであろう自国の技術や経験に対する自負が、海外からの評価とは乖離している可能性を如実に示す結果にもなった。
3. 京都国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT」(10月28日〜11月23日)
今年から新たに京都で開催されるようになった演劇フェスティバル。東京では、09年から国際的な演劇祭「フェスティバル/トーキョー」が池袋を中心にしてスタートしており、関東関西の都市を舞台にした演劇祭が立ち上がる格好となった。現代アートや映画などに比べて、日本では比較的関心が低い演劇ではあるが、『HIROSHIMA-HAPCHEON 二つの都市をめぐる展覧会』(松田正隆/マレビトの会)や『個室都市 京都』(Port B。今回は残念ながら見れず)など、都市空間と密接に関わるテーマのものも多い。同時期に開催されていた東京でのフェスティバルと上演作品などで共通する点も多いが、東京との違いとして、京都では上演に使われた建物に特徴があった。スパニッシュ・スタイルの明倫小学校(1931年)をリノベーションした《京都芸術センター》、武田五一設計の大阪毎日新聞社京都支局ビル(1928年)を利用した《Art Complex 1928ビル》、そして1919年当時の舞台の姿を残す《大江能楽堂》など、いわゆる近代建築を利用したものが多く、劇場が、京都という都市とともに育ってきた建物でもあったことで、都市─劇場─演劇が緩やかにつながる効果をこの芸術祭にもたらしていたように思う。●A2