アートの現場から[3]
Dialogue:美術館建築研究[5]


 田中功起
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 青木淳


●不自由さの可能性
《鳩にキャビア》
田中──ぼくはずっと絵描きになろうと思っていたので大学の学部生のころはよく絵を描いていたのですが、いくら描いてもどうもどこかで見たような絵になってしまうのです。描いても描いてもそこには先行するアーティストの絵に似た絵ができてしまう。すごくやりにくかった。絵画を描くということはぼくにとってまっさらなところにまったくはじめからなにかを組み立てていく行為であって、それはとてつもないことのように思いました。もちろん絵画というものはひとつの形式性を備えたものですし、先行する絵画との関係でいえば十分に不自由なものなのですが、絵画という形式自体はとても自由なものです。絵画を絵画として描くとき、ぼくにとってそれは不自由すぎるとも言えますし、自由度が高すぎるとも言えます。映像や映像を使ったインスタレーションの不自由さはぼくにとってはちょうどよいのです。映像はその仕上がりを機械に任せるしかないので、人工と自然という違いはあるけれども陶芸のように窯に入れて焼いてみないとわからないということに近い。OKかボツかははっきりしているし、その人の癖のようなものや味を排除しやすい。実写の場合、現実にあるものを組み合わせて撮るしかないからそこがもっとも大きな制約ですね。映像は結局、現実の組み合わせ方の違いで見せるしかない。こうしたことは、なにかをつくるときにちょうどよい不自由さなのかなと思います。
青木──なるほど。例えば、粘土とレゴでは不自由さのレヴェルが異なりますね。レゴには、最小単位としてのかたちと大きさ、組み合わせ方の制約といった、粘土にはない不自由さがあります。その不自由さとは、レゴに内在するかたちの論理であるわけですけれど、だから逆にその論理の展開によって、思い掛けないものが生まれてくる可能性がある。粘土の場合は、自分を超えられないけれど、レゴは自分を超えられるかもしれない。何の不自由なく自分が決めたものというのは、もともと自分の脳のなかにあってそれが外へ出たもの、自分の脳のなかで動いていることがもう1回世界で反復されているだけと言えるかもしれません。もちろん、つくることではじめて自分の脳のなかがかたちになるということはあるし、それが正確に行なえることは楽しいことだし、その域に達するためには相当の技量が必要になります。それはそれですばらしいことだけど、もしつくることで自分を知るというのではなく、つくることで自分を超えたい、それがつくる意味である人にとっては、ある不自由さが望ましいのかもしれません。

●制作における「他者」
《grace》
《バケツとボール》
《馬見原橋》
撮影=青木淳建築計画事務所


《grace》
東京国立近代美術館「現代美術への視点──連続と侵犯」展、展示作品《U bis》
撮影=阿野太一
青木──昔、《馬見原橋》という橋を設計したことがあります。橋というのは土木に属しています。一方、私は建築に属する設計を生業にしています。一般の人からすれば、土木と建築とでそう変わらないのでしょうけれど、実は大きな違いがあります。無理やりやればできないことはないけれど、基本的には建築の設計法では橋は設計できないのです。土木の設計流儀と建築の設計流儀があって、私からすれば土木の設計流儀は「他者」なのです。私はこの橋を土木の設計流儀にしたがって、そのなかで設計することにしました。設計自体を、土木設計のプロに任せ、私はその設計の進む方向を、外から「あっちではなく、こっち」と口を出すだけにしました。だから、結果として変わった橋ができたとはいえ、それは標準的な土木設計というそれ自体で完結した生産機構がつくりだしたものなのです。私がやったことは、その機構のなかに忍び込んで、自分ではなにも生産しないでその機構に結果として私が望んだものを生産してもらうことでした。ウイルスのようなものですね。
もっとも今、私は「私が望んだもの」と言いましたが、それは正確ではありません。たぶん、私が望んだ方向にある私を超えたもの、と言った方がいいかもしれません。それは、私でも標準的な土木でもない、新しいモノのあり方だったのですから。こういうつくり方は、土木の世界でも建築の世界でもほとんど評価されませんでしたし、それは今でもそうだろうと思います。でも、建築の設計方法によって力技で土木の設計方法をねじ伏せたものより、そもそもの不自由さを受け入れて、そのなかで最小限のアクションで最大限の結果を出す方がずっと意味があると思いますけれどね。
田中──アーティストがなにか作品を制作するという場合、そのはじめから終わりまですべてを自分の手でつくらなければならないということが、なにかしらの暗黙の了解としてあるように思います。それがひとつの展覧会のなかで強く期待されると、すこしやりにくくなりますね。判断はすべての時点で行なうべきだとは思うのですが、制作そのものやアイディアの部分では他人の意見が入ってもいいし、それによってよりよい方向に向かうことはむしろ歓迎すべきことです。
青木──東京国立近代美術館で作品を制作したことがありましたけれど、最初から最後まで自分でつくらなければならないという雰囲気はありましたね。私は、ほとんど現場に行かないで、図面などで指示を出すだけでしょう。ここの寸法はこう、ここの柄はこの700倍とか。周りでは、アーティストが日夜詰めてつくっているわけです。なんとなく引け目を感じました(笑)。
田中──人にもよりますが、青木さんは断然なにもしないで発注するという方法が合っていると思います。ぼくの場合は自分がするべきところは自分でやり、人に任せられる部分は任せる、というのがいいですね。作品そのものの内容からどうしても自分でつくることが要請されるときもありますから、つくらなければならないときはつくります。とくに映像における編集の部分はぼくでなければできません。

●「わかる」ということ
《鳩にキャビア》

青木──田中さんの作品は、作品によって、これはわかる、これはわからないというのではなく、どれもなんとなくわかる、あるいはどれもなんとなくわからない、という気がします。
例えば、《Fly me to the moon》がわかるというのはどういう事態でしょうか? これは、宙に白いしなやかなリボン状のものが生き物のように舞っている映像作品です。観ているとそのうちに、その白いリボンがトイレットペーパーであることに気づきます。このとき、私たちは「この美しいものはトイレットペーパーだったんだ」とか「トイレットペーパーにはこんな美しいあり方があるのだ」とか言うふうに、腑に落ちた気分になります。なんとなくわかったような気になる。でも、それでわかったことになるのかどうか。むしろ、観たあと残るのは、そういう腑の落ち方を含んでいるかもしれないけれど、もっと朧げな気分の塊なんです。それを、日常のなかに日常とは異なる相を発見する、というふうにまとめるとちょっと居心地が悪い。強いて言えば、崇高さが残る。どう言えば良いのかわからないのですけれど、絶対的なものを前にして感じるものと同じ感覚があるんです。しかし、それは至って軽い方法で成し遂げられているわけです。これは相当アンビバレントなことで、田中さんは多くの人が「わかった」と受け取ることをどうもアリバイにして、本当にはわかりえないことを定着しようとしているのではないか、と思えるのです。と言いながらも、そういう感じられ方さえアリバイにしているのではないか、と自信がなくなってくるのですけれど。
田中──作品はできるだけ普遍なものをつくりたいと思っています。先ほどの青木さんのお話のように自分のなかにあるイメージを実現させるのではなくて、自分の存在とは無関係なところにある普遍なものをみつけるという感覚かもしれないですね。自分の外側のこの世界にあるなにかよくわからないけど気になるもの、そのなにかをまずみつけだす。そしてそれを自分の技術を使って自分だけでなく他者にも見えるあるいはわかる状態にする。このことを実現する方法として、いまのところぼくが一番やりやすいのが映像を含むインスタレーションとして見せることです。もちろんこれはほかのメディアを使うことでも実現できるし、実現しているアーティストもたくさんいるのですが、映像を使うことが今の自分にとっては自然というか健康的な制作方法ですね。
青木──普遍的とはどういうことでしょう?
田中──アートとはそれを制作するアーティストの生活であるとか人生とは無関係でも成立するものだと思います。そして例えばこの世界のなかに無数にある隠されたルールや見えない公式のようなものを発見して開示するだけでも十分に成立するものだとも思うのです。それを見出すアーティストはある意味サポート役で、それはだれであってもかまいません。ぼくがサポートしてもいいし、青木さんがサポートしてもいい。見つけただれかがサポートしてそれを見えるかたちにする。そうやって作品ができあがるのが理想的な姿です。それはつまりはだれの作品でもなくなっている事態で作品が作品だけで自律している状態です。もちろんぼくが発表すればそれはぼくのものになってしまうのですが、それは外在的な要因ですし、アーティストの生活もかかっていますから、発表することも必要です。また、このときに有効なのがありきたりなものや身近なものを題材としてあつかうことではないかと思っています。身近であればあるほどそれが普遍なものとして成立したとき、その作品にはスケール感が出てきます。身近なものはとにかくわかりやすいものですよね。にもかかわらずそれが不可解なものになっている。その距離が壮大になる可能性があるという意味でのスケールです。
青木──その感じはわかります。私は、この9月に《青森県立美術館》の竣工を控えていますけれど、ここで人間とは切れたところに存在する空間を実現しようと思っています。美術館の展示室は、作家や観る人のことを十分考慮に入れてつくるものですが、作家や観る人にとって本当にいい空間というのは、その人たちの感覚とまったく別の、ただそこにあるものとして荒唐無稽に存在しているものなのではないか、と思うのです。この美術館の案を説明するとき、私はついつい隣にある三内丸山縄文遺跡のトレンチ(発掘溝)との関連で話すのですけれど、そうして、そうすると「なるほど、遺跡の発掘現場の質をここで延長した空間なのだ」と納得してもらえるのです(笑)。でも、それでは「わかった」ことにはならない。いや、その意図も嘘ではないのですけれど、もっと大切なことは、空間というのは、人間の感覚の逆算からつくられるべきものではなくて、神様がつくった自然のように、人知が及ばない論理で「他者」としてつくられるべきなのではないか、と思うのです。そういうことを実現するためには、「私」から出発しては駄目で、「私」とはなんの関係もなくそこにあるものから、とりあえず出発しなければならない。それが三内丸山縄文遺跡のトレンチなんですね。そして、その設計のプロセスにおいても、「私」がどう思うかではなく、それとは別の空間を生成させる一種の形式論理が必要になってくる。それが、土のトレンチのような凸凹と、それに上から被さる構築体の下向きの凸凹の噛み合いなんです。設計者は、その生成をサポートしているだけ、ということなのかもしれません。


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