地下・風景をめぐるノート(4)|野村俊一

地下の閉合性
「中野ブロードウェイ」をめぐって


 
先日、友人の誘いで東京都中野区にある「中野ブロードウェイ」 ★1に行って来た。分析対象として挙げるにはいささか唐突に思われるのかもしれない。地上にも地下的な、地下にも地上的な環境が存在するかもしれないという前回の推察から、最近はフィールドワークの対象として地上にあるものすら含まれるようになったのだ。今回は「中野ブロードウェイ」をめぐることで、地上と地下それぞれにおける環境の違いについて考えてみたい。
★1──http://www.nakano-city.com/
bw/bwtop/bw_top.htm

「中野ブロードウェイ」とは?
「中野ブロードウェイ」は地下1階から地上4階まで様々な店がひしめく巨大複合モールである。地方都市にある商店街のような感じさえ受けるそこは、JR中野駅北口の「中野サンモール」という商店街の先にあり、しかも狭い道路を一本挟んで隣接しているため外壁を確認しないまま内側へ潜入することができる [fig.1]



プランを見ると、地下1階から4階までほぼ同一の長方形となっており、そのなかで通路の両側にほぼ同一スパンで店舗用のエリアが区画されている [fig.2]。中には怪しげなカルトショップが軒を連ねていて、アニメショップやコスプレ専門店、衣料品の激安問屋、業務用カメラ店、占いの館、古本屋、さらには人気のない内科や眼科など、マニアの牙城と一般の店舗が混在している。同一のエリア内で歯の治療を受け、将来を占ってもらい、レコードを物色し、コスプレ用の衣装を試すことができるのだ [fig.3]





1階フロアにはエスカレーターがあって、洋品店が占める「プチパリ商店街」という地下1階へ行くことができる [fig.4]。ここは食料品売り場と隣接しており、小さなデパート地下街といった趣である。奥には駐車場があり、スロープや階段で直接外につながっているため、半地下といったところか。



次に1階から上階へ行こうとすると、エスカレーターが何故か2階に止まらず3階まで直通となっている。2階へは階段でしか行けない。1階と2階、3階と4階はそれぞれ吹き抜けを通じてつながっているので、どうやら二層分のフロアをワンセットとして見立てているようである。そのため、最初は「中野ブロードウェイ」の全体像を把握することが難しいのである。
 

ノルベルグ=シュルツの実存的空間
ところで空間は生活者の視点からいかに捉えられるのか。この視座のもと、建築や景観全体の様子を論理実証主義的ではない方法で了解するための議論が1970年代以降から活発に行なわれ、さらにこれは生きられる世界の奪回というテーゼとともに、均質化した風景へノスタルジックに対峙しようとする当時の風景議論とも決して無関係ではなかった。この議論に関連してよく参照される代表的な書としてすぐさま思いつくのは多木浩二の『生きられる家』のほか、彼も意識したというケヴィン・リンチの『都市のイメージ』やノルベルグ=シュルツの『実存・空間・建築』が挙げられる。シュルツの書は実存思想の影響下にあり★2 、そのもとで産出された複数の現象学的建築論や地理学――イーフー・トゥアンやエドワード・レルフらによるそれ――の理念と類似点を挙げることができる。
これらの書に共通なのは、いかに空間が定位、認識されるかという問題意識にこそある。そのなかでもシュルツの書は独特である。一瞥すると、彼は知覚心理学者のJ・ピアジェを参照し、個人と環境との相互作用に対応した典型的な反応である「シェマ」というキーワードを援用する。やがてこの複数のシェマが社会的文化的に複合、定位することで、人間を中心に三次元の安定した象徴体系としての空間が形成されるという。そしてシュルツはこの空間を実存的空間と名付け、具体的かつ流動的な知覚的空間よりも重要視した。この空間イメージの現実化は場所・通路・領域といった諸要素を通じて説明され、〈中心〉、〈方向性〉、〈区域〉、〈結節点〉、〈軸線〉などのほか、〈閉合性〉が重要なポイントであるとしている。つまり「自己と外側の世界との間に、情緒的に不安定となる限界を固定するため」 ★3である。ゆえに内部の空間は安定した静態なものとして認識されることになる。
★2――シュルツが解釈する実存は、ハイデガーもしくはサルトルの実存思想と異なる。詳しくはノルベルグ=シュルツ『実存・空間・建築』(鹿島出版会、1973)、もしくはノルベルグ=シュルツ『建築の世界 意味と場所』(鹿島出版会、1991)のそれぞれ訳者あとがきを参照のこと。

★3――ノルベルグ=シュルツ『実存・空間・建築』(鹿島出版会、1973)p.112−114。

「中野ブロードウェイ」の閉合性
「中野ブロードウェイ」に話を戻し、シュルツの考えのもと、空間の話に絞って半ば強引に展開し当てはめてみよう。通路はまっすぐな軸として認識され、それをはさんだ店舗はそれぞれ異なる文脈ではあるものの、別種の商店の領域として各々認識されるだろう。そこには小さな店舗がまるで葡萄のように連なって密集している。またそれぞれの階高は1階と3階、2階と4階がほぼ等しいものとして、また平面は地図に記されたプランをもとにどれも似たような軸線や方向性を認識することができよう……。しかし閉合性についてはどうか。「中野ブロードウェイ」には窓がない。あったとしても張り紙や家具でほとんど塞がれているため、内側から外の景色を目視できず、内部と外部の境界をはっきりと認識することができない。つまり外部に対するオリエンテーリングが困難なのだ。
はじめて訪れたところを親密な内部として捉えるためには、外部を何かしらの方法で把握することが必要だ。もし外部の認識が不確実に遂行されたなら、内部の構造を閉じるもの、つまり内部を内部たらしめるものが象徴的に想像されなければならない★4 。外部の認識の不安定な要素をそこへ押しやるためだ。そして内部の側から境界と外部へ追いやられた事柄は、想像された不可視なものであるためによそよそしく、不気味なものとして捉えられるだろう。 とはいえ、この屈折した内部と外部の関係は、「中野ブロードウェイ」の外壁を経験的に確認すれば消失するだろう。そこは長方形プランをもち、「broadway」と記された直方体の不動産である [fig.5]。そして壁のこちら側とあちら側両方を経験した者にとって、そしてよほど経験の差がない限り★5 、不気味な要素は払拭されるであろう。



★4――柄谷行人「交通空間についてのノート」『ヒューモアとしての唯物論』(講談社学術文庫、1999)p.33−34。

★5――内側と外側における経験の落差という視座からみると、西沢立衛の《ウィークエンドハウス》は興味深い。詳しくは塚本由晴「窓」(「現代住宅研究」『10+1』No.23、INAX出版、2001)、もしくは五十嵐太郎「メディアと建築」のなかの一節「西沢立衛、あるいはカメラ・オブスキュラを超える建築」(『10+1』No.23、INAX出版、2001)を参照のこと。

地下の閉合性と不気味な感覚
とすると、観察者から見て壁の一方向しか捉えられない場合、人は例の不気味な感覚に襲われるのではないか。地下はその典型的な例である。図面で確認しない限り、地上から地下ヴォイドの輪郭を確認することはできない。そして地下にいるとき、外部は想像され続けるほかないのだ。
今回のフィールドワーク中、偶然地下2階へ通じる階段を発見した [fig.6]。注意深くあたりを見渡しても進入禁止を記す看板がなかったため、私たちは降りてみることにした。そこは今までの環境と異なり、電灯が消え、壁は剥げかけており、階段は所々崩れていた。やがて轟音のするやけに広い場所へとたどり着いたのだ。瓦礫の山と、巨大なダクトや機械室が駆動していた。奥には管理人室のような詰め所が見えているが、人は誰一人としていなかった。全体は暗く、遠くを見渡せない [fig.7, 8]。そこは地下2階というよりも、案内図に載っていないので、正確には地下1階の下のフロアというべきだろう。







この地下の不気味さは、その場の雰囲気が今までの経験から予測できない尋常でないものだったからなのかもしれない。そして何にも増して、一方向からしか壁を確認できないことが大きな要因だったのではなかろうか。
全体を内部空間として完全に了解する試みは不確実に終わる。そうなると観察者の内面にえも言われぬ情動が生じ、それを排除しようとした時、さまざまなリアクションが起こるだろう。不気味なものを抑圧するため、さまざまなパフォーマンスを余儀なくされるのだ。
地下は不意に観察者をまごつかせる。その時同伴した友人Aは早く上階に行こうとつぶやき、友人Bはひたすら面白がりカメラのシャッターをバシバシと切っていた。そして友人Cはそんな彼らにお構いなしに、暗闇の奥を見据えてただ呆然と立ち尽くしていた……。上階への出入口が、それまでとは違う様相を呈して立ち現われていた。
 
   

▲TOP
SERIES
■HOME