0 9 _ デ ス ク ワ ー ク

オフィスの環境創りは都市計画と似たところがある。
対象となる土地があって、必要な機能を分類し区画をつくり、建築計画を行なう。最もスペースの比率が高いのが宅地である。ここには住民が住まう住宅が立ち並ぶ。多くの場合、集合住宅であり、団地のように同じようなデザインの建屋が連続している。なかには裕福な人の大邸宅が最も景観の良い高台に建っていることも多い。その他公共施設や商業施設に相当するスペース等を適宜設けて、ひとつの街ができあがる。そのなかにあって個々の住居の在り方は住民にとって、快適な生活を営むための重要なファクターとなるはずだ。一般的には、官主導で計画された画一的な集合住宅で間取りも均一である。しかし地域によっては自治権を強く行使し、独自の住宅を作っているところもある。どちらにせよ、何かしらの変化が起こると転居したり、建て替えを余儀なくさる。それでもまだ住む家を持てる人はそれなりに落ち着く場所があるのだが、なかには日々ホテル住まいもいる。どちらが幸せということは規定できないが、狭いながらも住む人なりの工夫で生活をエンジョイしたいものである。

ちなみにオフィス環境のなかで言うと、「住居」が個々のワーカーの執務デスクに相当し、「団地」というのは同じ規格のデスクを塊にして配列したもののことだ。また、「官」というのは総務部門等の管理セクションのことである。

千代田健一(スペースプランナー/インテリアデザイナー)


DESK WORK 机が仕事する――机の上のパブリックとパーソナルのバトルロワイヤル

突然だが、僕の机は汚い。汚れているのではなく、ひどく散らかっているのだ。家の机も、会社も同じだ。その割には何かをしようと決めた時は、まずは机をきれいにしないと始められない。しかもただ整理するだけではダメなのだ。あれこれ机の上の小物の配置を考えたり、書類の並べ方を変えてみたり、新しい道具を買いに行ったりまでしてしまう。要は気分が乗るための雰囲気ができないとダメなのだ。まことに厄介な性分である。
小学校に上がった時に、初めての机を持った。いわゆる学習机だったが、あの特有のガチャガチャした飾りを中学になって取り払った。高校では机に合わせるライトを探したりレイアウトにこだわってみたりと、机は「勉強のためのもの」という存在からズレていった。大学では机で勉強した記憶すら定かでない。学校を出て何年も過ぎたが、今では家と会社に自分の机がある。しかし今は仕事をするということに限れば、僕は電車の中でもトイレでも、カフェでも仕事ができてしまう。ならば机は何のための存在なのか、とふと考えてしまう。
今の自分の机を見ると、仕事をするための道具や書類よりも、「明日まで○×を!」と大きく書かれたメモや友達からもらった旅土産、あるいはヘンテコリンなオブジェが一角を占めていたりする。仕事の場所というよりも、僕自身がそこに映し出されているようにも感じる。散らかっていく様は僕の今そのものであり、だから時々リセットしたい欲求に駆られるのかもしれない。そう考えると、机は小さいながらも非常に興味深い場所に思えてくる。
自分の中であるようで、外でもある。他人の目に触れる社会的な場所でもあるが、自分を癒す家庭的な場所でもある。大げさに言えば、僕の生きている時間のミニチュアがそこにあるのかもしれない。僕の机はこれからどんな風に変わっていくのか、僕自身とても楽しみでならない。
佐伯肇(内田洋行)

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