地下設計製図資料集成第7回
渋谷地下街

 
  底にある/そこにある地下街
山崎泰寛

渋谷の谷は深い。

地上を歩けば誰もが思い知らされる渋谷の地形の特異性は、平坦な地下に広がる八重洲池袋 新宿と比較するのではなく、横浜の地下――極端に地形依存的な展開――を思い出すことで、より一層際立つと言える。なぜなら、同様に特異な地形的条件の下に成立する地下街でありながら、横浜の場合地上の建築とほとんど対照できない(そのぶん地形による制限が見えやすい)のに対して、渋谷の地下街は地上のありようとの関連性が高いからである。

横浜を水平方向の広がりだというならば、渋谷の場合はより垂直方向の要素によって寸断され、範囲づけられている。写真1を見てみよう。これは半蔵門線のホーム上にあたる階から、109ビルに向かって撮影したものである(地上の混雑ぶりに比べて、この閑散とした様子はどうだ。写真だけを見ても、おそらくそこを渋谷駅だと認識することは不可能だろう)。列柱の左手に向かうカーブは道玄坂に同期しており、中央やや右手の非常口は109の地下出入り口に接続している。

しぶちか」[写真2] は、日本最古の「地下商店街」である(昭和32年12月開業)。実は「地下街」ならばもっと古いものがあるのだが、しぶちかの場合はおそらくもともと「(地上の)商店街」としてしっかり確立していたのだろう。オリンピックに関連する政策によって地下に押し込められたようだが、それがかえって自立性を高め、空間に強さを与えているようにも思われた。これまで見てきた地下街に比べればたしかに暗く狭いのだが、混沌とした地上――真上はスクランブル交差点だ――との断絶ぶりはむしろ潔いほどだ。

渋谷で一番広い空き地は、スクランブル交差点である。そしてこの交差点は、渋谷という谷の底に位置している。渋谷駅に降り立って西武地区(公園通り方面)に向かう者の誰もがスクランブル交差点を渡るわけではない。交差点の下にも人は流れている。車道と歩道の八方向から満たされる、交差点という谷底。信号が変わりってそこが干上がる瞬間にも、谷底の下には地下水が流れつづけている。この場所を例に、渋谷の地下と地上のありようを述べておこう。

渋谷駅で降りてスクランブル交差点に立つと、 QFRONTを挟んで計三面のスクリーンが目に入る。そうでなくても、渋谷の西武地区周辺は巨大な看板が頭上にひしめいている。CDショップの看板、タバコの広告……どうも、渋谷は頭上に巨大なものをなにか配置したがっているように思えてならない。佐々木正人が明かしてくれた渋谷の「空のかたち」の効果(『10+1』No.25、p.065)は、この街が谷にあるからこそ際立ってくる。頭上に迫りくるものの存在感は、谷ゆえの道の狭さと相まって、倍加する。空のエッジは、頭上のものが大きければ大きいほど、より明瞭になる。ここがどこであり、いまがいつなのかは、見上げた先の空が狭いほど正確さを増すに違いない。「しぶちか」の頭上に広がる空き地が、そのことを教えてくれる。

スクランブル交差点に立つと、パースの効いた渋谷マークシティが迫ってくる。谷に打ち込まれた楔であるこの場所を[写真3]、樋口泰人は「出口のない内部」と言った(2001年1月22日の日記

マークシティの内部は、新たな地下水路と化しているらしい。マークシティのショップ部分は、床や壁は部分的に外装用の材料であしらわれているようだし、さらにこのような場所さえある[写真4]。この写真は注意深く見る必要がある。画面中央部の明るい部分には、真上のライトが反射しているわけではない。上下の位置は正確に対応しているが、もちろん両方ともが光源である。窓の外の坪庭に敷かれた石が本物であるのと同様に、外部性を演出する道具立てなのである。スクランブル交差点のすぐ脇から伸びるエスカレーターを上り、ただ歩いてさえいれば道玄坂の半ばに着いてしまう。途中退出は不可能だ。なにしろ、そこは谷底からの一本道なのであり、脇道に逸れようとしてもそこはビルの4階や5階で、切り立った崖に飛び込む羽目になるからだ。さも外部であるかのように「自然な」演出を散りばめることで、かえって「出られなさ」が強く認識されてしまう。なんという逆説だろう。屋外でも屋内でもない、「出口のない内部」。ビルの内部に演出された地上は、その「出られなさ」ゆえ「地下」と呼ばれるに相応しいのではないか。マークシティに突っ込んでいくように見えかねない銀座線の存在が、その理解を加速させるはずだ。

谷底(スクランブル交差点)のさらに底(しぶちか)から地上を構想することは、空のエッジで知覚するという渋谷の特質を理解する手助けにもなった。そして、このエッジを描き出す建築の内部に、さらに「地下」が成立している [写真5]。渋谷の入り組み様は尋常ではないが、「地下」というキーワードで明瞭になるなにかがあることは間違いない。

写真をプロットした画像の背景は、渋谷に実在する地下道の様子である。どこなのか判然としない空間と輪郭を欠いた歩行者の背中が、見る者の意識を混濁させ、「地下」へと送り込む。どこかにある、どこにもない、そこにある地下。私たちは、当分「地下」から出られそうにないらしい。

■フィールド・ノーツ













[写真1]




[写真2]




















[写真3]




[写真4]




[写真5]



スタッフ

狩野朋子(協力)
塩田健一
瀬山真樹夫
田中裕之
戸澤豊(協力)
山崎泰寛